13話
約束の時間の朝八時。
私と凜が最寄り駅の駅前ロータリーにやってきた時には、既に奈央の運転する若葉マークの貼られたレンタカーが停まっていた。
「リコリン~! ちょっと遅いよー!!」
由美が窓の開いた助手席から身を乗り出して、私と凛に向かって手を振っている。
「ごめんごめん!」
「待たせたね」
スーツケースをガラガラと引きながら、足早に車の元へと歩みよる。
「ほらほらー! 早く荷物つんで乗って~!! 道混んじゃうよ~!」
「はいよー。サンキューね奈央様」
煽る奈央に凛がさらっと返しながら、トランクへ自身の荷物を積み込む。
「ほら、理子。荷物入れるよ」
「あ、ありがと」
私の分の荷物も凜に渡してトランクへと積んで貰い、後部座席に二人並んで座ると、待ちきれないと言わんばかりにすぐに車が動き出した。
今日は凛の誕生日なのに本人は、特に嬉しそうな顔をしていない。
……いや、していないように見えるだけで、口元はずっと少し緩んでいる。
(私じゃなきゃ見逃しちゃうかも……? なんてね)
ふざけた事を考えたと窓の外へ視線をやり、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
まだ去年の冬に免許を取ったばかりだという奈央の運転は、思いのほか安定していた。
緊張感こそあれど、しっかりと運転手として守るべき事を守っている。
「奈央奈央! 音楽かけていい?!」
「いいよー! DJ由美の選曲期待してる!」
由美がスマホと車のナビシステムをBluetoothで同期させ、夏らしい陽気なアップテンポの曲が流れ始める。
「いいねぇ~夏の旅っぽい!! 窓開けようよ!! 高速乗るまで!!」
「いいけど、髪乱れるよ?」
「気にしない気にしない!!」
走り出した車の窓から、夏のむわりとした暑い風が入ってくる。
決して涼しいわけではないが、車内を抜けていく風の爽やかさはエアコンでは味わえない。
由美がナビ画面を見ながら言った。
「奈央、次の信号右ね」
「はいはーい!」
「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる! 右だよね!!」
(……この二人は車の中でも変わらないな)
後部座席で凛の隣に座りながら、私は静かに外の景色を見ていた。
まもなく高速道路に乗り、都心を抜けると少しずつ景色が変わっていく。
途中のサービスエリアでじゃんけんをして、運転を交代しながら南へと向かった。
……ちなみに、二番手の運転手に選ばれた凛のハンドル捌きは、無駄がなかった。
「凛、運転うまいね。何か様になってる」
「そう? ……普通だよ」
「さっすが凜! もう私高速は怖くてさぁ~!」
凛はハンドルを握る間、基本黙って前を向いたまま、後部座席で雑談に華を咲かせる奈央由美の会話に時々相槌を打っていた。
——そして会話は、凜の誕生日へと話題が移った。
「しかし、凛ももう二十歳だねぇ~。おねーさん追いつかれちゃった」
「ねー! 凜おめでとー! じゃあ今日から早速飲めるじゃん!!」
「改めておめでと、凜」
「ありがとね。……んー、お酒は別に、飲まないかなぁ~」
前から凛の声が飛んでくる。
「え、凜飲まないの?!」
「演劇サークルの歓迎会で飲まされたけど、自発的にはそんな飲みたくもないかなーって」
「えーもったいなー! でも凛らしい!!」
奈央が笑い、由美が続けて笑った。
私も、ついつられて笑った。
笑い声が少し落ち着いた時、凛が前を向いたまま、静かに言った。
「……ま、今夜は飲もうかな。みんなも付き合ってね?」
「「もっちろん!!」」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる奈央由美に私は苦笑しつつ、しっかりと釘を刺しておく。
「あまりはめ外さないようにね」
「その時はよろしくお願いします、理子様!」
「理子様ぁ~!!」
「わー、他力本願だ」
再び車内は笑い声で包まれ、流れる音楽もかき消されるようだった。
* * *
長い長い高速道路の旅は続き、伊勢原、足柄と伊豆に近付くにつれ、景色は人工物よりも自然のものが多くなっていく。
御殿場のサービスエリアで休憩し、運転の任を凛からバトンタッチして、私が務める事となった。
出発前に堂々と聳える富士山をバックにみんなで写真を撮り、そのまま調子よく走って月ヶ瀬で高速を降り、山道をグネグネと走る事数十分。
「理子ぉー……酔ったかもぉー……」
「えー? 山道なのにスマホ見てたからでしょ?」
奈央からのヘルプの声が上がり、助手席に座る凛がナビを操作して休めそうなスポットを探してくれる。
「理子、このまま414号進めば道の駅があるって。そこで休憩しよう」
「ん、了解」
ちらりとバックミラーで後部座席の様子を伺うと、少し青い顔をした奈央と、奈央を心配するようにビニール袋を構えている由美の姿が見えた。
ナビの所要時間はもう僅か。それでも極力大きく揺らさないように速度を少し落とし、ゆっくりと山道を走らせた。
「……よし、ついた。奈央ー? お待たせ」
「うぅ~……外の新鮮な空気ぃ……」
道の駅に到着するや否や、奈央がよろよろと車外へと出て、大きく深呼吸をする。
由美も奈央の付き添いで先に降りてもらい、私と凜で駐車場へ車を停めにいった。
「ごめんね凜、まだ私バックが怖くて」
「ううん。ちゃんと見てあげるから心配しないで」
何とか無事に車を停め、店屋が並ぶ広場へ戻ってくると、先に降りていた奈央がベンチに座って深呼吸を繰り返していた。
「奈央、大丈夫?」
「……うぅ、生きてる……かろうじて……」
由美がペットボトルの水を差し出す。
「はい、水。ゆっくり飲んで」
「ありがと由美ぃ……」
グロッキーな奈央を皆で見守っていると、ふと彼女が座るベンチの店の看板が目に留まった。
「……わさびソフト?」
「お、理子も気になった? 天城名物らしいけど食べてみる?」
「食べ……てみよう、かな」
「由美はどうする?」
「んー……私も!」
由美に奈央を任せ、凜と二人でわさびソフトを買って、外のベンチへ戻る。
「うわ、ほんとにわさび乗ってるんだ……辛そ~……!!」
「一歩間違えたら罰ゲームだよこれ。でも凄い爽やかな良い香り……」
由美に一つ渡して、みんなで奈央の座るベンチへ腰掛けた。
三人掛けのベンチだろうけど、ぎゅっと詰めれば普通に座れてしまった。
「じゃ、いただきます」
「「いただきまーす」」
躊躇なく大きく一口でぱくりと食べた凜に続くように、少し慎重に一口舐めると、ふわりとした甘さの後から、じんわりとした清涼感が来た。
「あ……美味しい! 一気に塊食べなければ全然大丈夫かも」
「だね。予想より全然食べやすい」
「でも……くぅ~っ! やっぱり来るっ!! あーっ!!」
「そう? 由美は大げさだよ」
「凜も理子もポーカーフェイスすぎっ!!」
黄緑色のソフトクリームを三人で賑やかに並んでかじっていると、顔を伏せていた奈央から声が上がった。
「……私もーっ!!」
さっきまで青い顔で虫の息だったくせに、目をキラキラさせてベンチから立ち上がっている。
「え、奈央大丈夫なの?」
「ソフトクリームなら食べられる気がする!! なんか見たら元気出てきた!! ていうか三人だけずるいっ!!」
由美が呆れたように笑いながら言った。
「現金すぎる……」
「回復が早くて何より」
凛がぼそりと言う。
「だって美味しそうじゃん!! 絶対ここでしかないもん! いってくるっ!!!」
奈央は嵐のように騒ぎ立てて店へと飛び込んでいくと、まもなく満足気な顔をしてソフトクリームを手に戻ってきた。
「ん~っ! 美味し!! なにこれ、わさびなのに甘い!! ちゃんと舌にぴりっとくるのに、不思議と美味しい!!」
「でしょー。生わさびもそんなに高くないし、買っていこうかな」
奈央のテンションが完全に戻っていた。
(さっきの瀕死は何だったんだ……)
おかしくって、楽しくて。
ソフトクリームが無くなる前にみんなで写真も撮って。
遠くの山の緑と、夏の空の青。
まだ海は見えていないのに、もうここは充分に旅の景色だった。




