お主も悪よのぉ
「ああ、あれねぇ……」
ママの目が遠くなった。
「すっごく大変だったのよ、肉体改造」
「にくたいかいぞう」
私が聞きたいと思っていたテーマなのか、それ……?
「ブレンダンってね、昔はそりゃあ、王子様みたいな人だったわけ。ダンジョンギルドでもすっごくモテててね。そんなだったから、再婚することになった時も、名目だけってはずの話だったのに、けっこう危険だったみたいなのね。貞操とか、そういうの」
ええと、つまり王位継承するにあたって、兄嫁たる王妃様が再婚された時、名目上の夫であるパパの貞操が危険になるほどのアプローチがあった、と。その当時は王子様系イケメンだったと。……パパが。
え、ほんとに? あのパパが? むちむちわがままボディのパパが? 痩せたらイケオジって感じになるわけ? ママの気のせいじゃなく?
「まあ私は別に、ブレンダンの顔だけが好きってわけじゃなかったし、ブレンダンも、その気が萎えるような外見にすればいいんじゃないかって自棄になっちゃって。でも筋肉は落としたくない人じゃない。元ダンジョンアタッカーだったから、そういうのは許せなかったみたいで」
「え、だからもしかして、ママが言ってた『動けるデブ』ってやつ?」
「そう。筋肉の上に脂肪を纏わせた、偽りのデブよ。ただ単に太るよりも、ずっと大変な肉体改造だったって言ってたわ」
動けるデブから偽りのデブに。……ママ、デブって単語使うのやめなよ。肥満体とかそういうのにしなよ。秘技、欺瞞肥満とかそういうのにしようよ。
「ママは、心配じゃなかったの? パパの気持ちとか、そういうの」
「うーん、最初はちょっと心配だったわよ。そりゃね。リタを産む頃は、このまま捨てられちゃうんじゃないかって思うと、どうやって灼いてやろうかと思い詰めたこともあったし。でもね、ブレンダンがね、どうしてそういう風に考えちゃったのって方向で努力してるの見てたら、なんだか笑えてきちゃって」
「パパ、ずれてるもんね」
優しいけどずれてるのはすっごく思う。やっぱり生まれが王家とかいう、ロイヤルな環境だったからだろうか。一般庶民の考えとは違うのかもしれん。
「ブレンダンはブレンダンで、急にお兄様の跡を任されて、必死だったんだと思うわ。だから別に、ママには不満はないの。浮気してたら殺してたと思うけど」
最後の一言がなければ、愛情深い夫婦の話で終わってたのに。すっごくママらしい。
「それにしたって王様なんてさぁ。ちらっとほのめかすとかしてくれたっていいじゃん」
「あなた、実は王女なのよ! ……なんて、いきなり言われてたらどう思う? そもそもあの人の許可が出ない限り、庶出だろうと王女なんて名乗ったら、偽証罪で断罪されかねないのに」
「だんざい」
「処分できる正当な口実を見逃す女じゃないわよ、あの人」
基本的に殺意高い人じゃないですかね!? こっわ! 王妃様こっわ!
「王女としての権利もないのに、下手に知らされるのはあなたにとって負担だと思ってね。隠してたの。関わることもないだろうって思ってたけど、ブレンダンったらそういうことしてたのね」
うふふふ、って笑うママがどことなく不穏である。パパには頑張ってなだめていただきたい所存。
「ーーところでリタ。他に怪我はないの?」
誤魔化し続けるのもあれなので、正直に告白する。
「えぇと、お腹もちょっと」
「お腹……?」
ママの髪の毛が、水中に潜ったみたいにぶわっと浮かび上がった。
「ま、ママ!」
「お、おなか? おなかって言ったの、リタ? 女の子のお腹を殴られたってこと……!?」
正確には蹴られたのだが、そこは言っていいのだろうか。訂正した方が駄目っぽいような気もする。
「え、えぇと、そんなに痛くはないんだけど」
「見せなさい!」
怒り狂う魔女に抵抗できる人間がいるだろうか。いやいない。私はごく普通の一般人なので、魔女とは戦えない。無抵抗でお腹を見せた。
「ーー見た目の異常はないけど……いいわ、念のため、これ飲みなさい」
と言ってさし出されたのは、忘れもしないエリクサー様。
「ママ、これじゃ女の子に戻っちゃうよ! やり過ぎだよ!」
私の言葉にしぶしぶそれを納め、ポーションを取り出す。
「じゃあ、これ……打撲とか小さな怪我にしか効かないけど……」
「それで充分だよね!」
打撲の記憶しかない。内服してもいいものらしく、ちょっと甘苦いシロップみたいなそれを飲み下す。
「それで、リタ? 誰にされたの?」
事情聴取が始まった。
「うーん……」
「リタ! ブレンダンに言って退学処分にしてもらうから、さっさとお言いなさい!」
「ねぇママ。仮にも炎熱の魔女であるママの娘が、上級生とはいえ一方的にやられっぱなしで、さらには親の介入でどうにかしてもらうって、かっこ悪すぎない?」
腐士にも色んな流派がある。私は『天国から地獄の受け君を救いあげる大天使攻め君』流ではなく、『地獄をのたうち回りながらも克服し、受け君と一緒に幸せになる攻め君』流なので、挫折を知らない攻め君属性を見ると、ちょっとうずうずしてしまうのだ。『どっちも大事だけどわりと攻め君にきっつい試練与えがち』流ともいう。
ちなみにこれが地獄回ではなく、まったりスローライフ回の場合は『受け君攻め君の知能指数一桁台に落としがち』流になったりもする。
「でも、リタ」
「ママならやられっぱなしになんて、ならないでしょ?」
「そりゃ、まぁ。でもリタ、あなたにはハンデがあり過ぎるわよ」
「ママの時代だって、火属性はそんなに優遇されてたわけじゃないでしょ? それでもママは、火属性がいかに優れているかを証明して、信頼を勝ち取ってきた。私だってそうしたい。そうするチャンスがほしい」
「リタ……」
正直、パパよりもママの方が武闘派なのは知ってる。
「馬鹿にしてた腐属性の、しかも平民で下級生の子どもからめっためたのぎったぎたにされるのって、けっこうな痛手なんじゃないかと思うんだよ」
じっとママを見つめそう言うと、ママがふっと口の端に笑みを浮かべた。
「ねぇリタ。ママ、ちょっといいこと思いついちゃった」
美魔女が悪い笑みを浮かべている。
「なぁに?」
「ブレンダンから、リタが参加しないようにしてほしいって警告されてたんだけど、この際それを利用すればいいと思うのよ。ママはこの学園を卒業してないから知らなかったんだけど、ブレンダンによるとね、毎年年末になると、武闘会があるんですって。どの属性の者が最も優れているか、魔法の実力で示す大会ね。でも、いきなり本番だと新入生も困るでしょう? だから、年に三回、武闘会の練習試合が許されているの」
「へぇぇ」
私とママから、デュフフという不気味な笑い声が洩れる。
「武闘会に参加したい人間が、練習相手を指名するの。指名された生徒が上級生なら断ることはできないわ。そしてなによりね、練習といっても、武闘会の予選みたいな扱いだから、武闘会場で、公開されるのよ」
「みんなの前で、馬鹿にしてる腐属性で、平民で、下級生相手にぼっこぼこにされちゃったら……」
「火属性っていう高いプライドが粉々になるわねぇ」
デュフフ……。
「でもリタ。あなたが腐属性魔法を攻撃手段として確立できたらっていう前提があるわよ? 無策で行ってもぼこぼこにされちゃうだけよ?」
「やだなぁママ。私がなんにも考えずに戦うと思ってる?」
「んふ、思ってない」
デュフフ……お主も悪よのぉ、ママ屋……。
「武闘会で使用できるスペルは三つまで。武器は禁止で魔法のみ。……勝てるわね、リタ?」
「スペルが使えるんだ」
「もうすぐ基本は学べるはずよ。リタならきっと、使いこなせるはず」
「三つも使えるなんて、贅沢だね」
火属性のジャックで実験しないとだけど、火属性魔法の火って、酸素がなくなれば使用できないんじゃないかと思うのだ。
「ママ、見学に行くわね」
「うん。めっためたにしてくる」
ユージーンには決して見られたくはない、澱みきった笑みを浮かべつつ、翌月の練習試合に照準を合わせることにしたのだった。




