なーかせた
食堂は総合授業用の校舎の隣に位置している。寮のものよりずっと広い。寮では高位貴族は食堂で食べなかったりもするらしいが、ランチは高位貴族も我々平民もだいたいここでとるからだそう。なんか、高位貴族専用の個室もあるそうだ。なにせここには従兄である王子殿下も、三年生に在籍されている。魔法を学ぶための学園ということは、ここの生徒達はみんな魔法が使えるということだ。つまり暗殺とか、武器なしでやろうと思えばやれてしまうのでは。安全性の意味でも、高位貴族は個室を使ったりするのだろう。
平民や個室を借りるほどではない貴族のために、大きな広間があるけど、そこも暗黙の区分分けがあるようだ。貴族の多い場所と、平民が固まっている場所。
前世は身分制度のない世界で育ったけど、今の私には貴族かどうかなんてぱっと見て分かる。貴族らしい仕草、肌の白さ、着ている制服の、品質の違いなどで明白だ。なのでそっち側からは極力遠ざかりつつ、平民ゾーンに固まる。
総合授業のクラスは男女別だけど、食堂や属性別授業では男女が一緒だ。なので、ここで初めて、平民女子の同級生と出会った。なんで同級生か分かったかというと、制服の襟に刺繍されている刺繍糸の色が、灰色は一年生を表すからだそうだ。
「こんにちは。君たちも一年生だよね? 僕はリオン。よろしくね」
昼食のトレーを持ってそう話しかけると、赤髪の女子がこちらを見て、一瞬だけ変な顔をした。腐属性だから、同席すると嫌がられるかな、と気づいてためらうと、赤髪の子が
「どうぞ。空いてるわよ」
と手で示してくれた。
そういえば、女子の世界はけっこう厳しかった気がする。地位の低い人間ーーつまり腐属性である私だーーと親しくすると、その子の女子社会での地位も下がってしまう。というわけで、なるべく女の子達と遠い席に座り、ジョン達に真ん前を譲る。
「おう、俺はジョン。よろしく」
「私はケイトよ。ご覧のように火属性。この子はルーシー。地属性。ちょっと引っ込み思案の子だから、優しくしてあげて」
「そっか。俺はジャック。一緒のクラスだな、ケイト。よろしくな」
「僕はカール。水属性だよ」
「ぼ、僕はユージーン。僕は……その……」
「いいわ。見たら分かるから。女子寮でも噂になってたもの。噂通り、綺麗な子ね」
ケイト、めっちゃいい子!
自分の経験からいうと、人を褒めるのはけっこう難しかったりするものだ。別にそんなことはないのに、人を褒めた分、自分の価値が下がったように感じることもある。特に自分の得意分野においては。いや、慣れると平気よ? 別に人は人、私は私ってちゃんと分かるんだけど、特に若かったり気持ちに余裕がない時は、褒め言葉が出にくいことがある。女子なんて、綺麗って褒め言葉は言うよりも言われたいはず。それなのに、ユージーンのことを死属性と知っていて、それでもそういう風に褒められるって、なかなかケイトは優しい子なんだろうと思う。見た目はきつそうに見えるけど、案外繊細な気遣いができる子なのかも。
「ケイトもルーシーも可愛いよ。ーー貴族の子からいじめられてない?」
ひそひそっと問いかけると、ケイトはルーシーと顔を見合わせてから、ふふっと笑った。
「私達は大丈夫。あなた達は?」
ジョンとジャックとカールとユージーンの視線が私に突き刺さる。
「べ、別に僕たちも大丈夫」
「……後でな、ケイト」
「俺も、後で話すよ、ルーシー」
ジャックにジョン。さては私のことを口実に、女子と仲良くなるつもりだな?
「ねぇ、ご飯が冷めちゃうよ。まずは食べようよ」
カールの焦れた声に笑いが起きて、それでは、とみんなでいただきますの仕草をした。ほんと、カールは癒やし系である。
食後、貴族もいる食堂に長居するのはお互い遠慮したかったので、総合授業用の校舎裏に連れ立った。男子用の方だ。
「ねぇ、女子寮ではご飯、ちゃんとゆっくり食べられる? 僕ら、時間をずらさないとのんびりできないんだ」
連れだって歩きながらそうぼやくカールに、ケイトが苦笑した。
「私たちも似たようなものよ。これ見よがしに言われるの。『まぁご覧になって、あのマナーを』ってね」
「食べた気しないの」
ルーシーもちょっとずつ慣れてきたみたいで、会話に加わってくれる。
「うげっ。男子寮よりきついかも。こっちはじろじろ見られるだけだもんな、今のとこ」
「それはそれで食べにくいわね」
どんな子かと思ってたけど、平民同士だからかけっこう会話は弾んでいる。それに、特に私にだけ話しかけないとか、そういうのもない。平民の方が柔軟な考え方してそうだな?
「全員にへらへらご機嫌伺いしなきゃいけなくて、時々私、なんのためにここに来たのか分からなくなるわ」
軽く言葉にしたように見えるけど、けっこうため息が深そうだ。
「全員にご機嫌伺いする必要なくない? あんまりやり過ぎると、せっかく仲良くなれた人から裏切り者扱いされたりするし」
何の気なしにそう言うと、ケイトがぐっと身を乗り出してきた。
「それ、どういうこと?」
目つきが凜々しいので怒ってるようにも見えるけど、もっと詳しく! って気持ちが強いからかな。
「えぇとね、八方美人に見られちゃうと、信用されないと思うかなって」
「そんなこと……」
戸惑うケイトと、うんうんと力強く頷くルーシー。
「私、思ってた。そこまでしなくてもいいって。そりゃね、丁寧に対応するのは私達平民だもん。しなきゃいけないと思うけど、全員にお世辞言う必要はないかなって」
「ルーシー……」
ちょっと裏切られた顔してるけど、ルーシーの方が意外にしっかりしてるな?
「ちなみにルーシー、クラスでこのグループに入るのが一番いいってところはある?」
「あるわ。穏やかで気さくな方が中心のグループ」
「あぁ、マティルダ様のところ?」
ケイトの言葉に、ルーシーは首を振った。
「ううん。ナタリア様のところ」
「え? ナタリア様はちょっときついじゃない」
「マティルダ様の気さくさは演技だと思う。周りがすっごく気を遣ってたもん。でもナタリア様のところは、周りも楽そうにしてる。ナタリア様のグループの方が、入っていて気楽なんじゃないかなって」
二人で話し合っているのを見ると、ルーシーのしっかりさが際立つ。
「ねぇ……」
困ったように私を見てくるケイトに、頷いた。
「ルーシーのお勧めに従った方がいい。よく観察してるように聞こえるよ。たぶんケイトは、ルーシーが引っ込み思案だからしっかりしなきゃって頑張ってきたんだよね。でも大丈夫だよ。ルーシーも君を支えてくれる。一人で頑張らなくていいんだよ。なんなら僕らもいるし」
たぶんケイトもお姉ちゃんなんだろうな。頑張らなきゃって気持ちが透けて見える。でもちょっと頑張りすぎてるようにも見えるから、肩の力が抜けたらいいんだけど。
「…………っ」
「え、ちょ、ケイトさんっ?」
黙りこくったケイトの目から、ぽろぽろっと涙が零れてきた。
「お、おいリオン! なに女の子泣かせてるんだよっ」
「ご、ごめん! なんか言い過ぎたよね! 知ったかぶって余計なこと言っちゃってごめんね!?」
ジョンに小突かれて、慌てて謝る。同じくらいの背の高さで、顔の高さも同じくらい。その顔を覗き込むようにしてごめんねと謝ると、ケイトが首を振った。
「ち、ちがっ」
「うん。うん、ごめんね。言い過ぎたよね」
「そ、じゃなくてっ」
「うん?」
「わ、わたし、がんばらなきゃって……でも、らくにしていいって、いわれたからっ」
「うん。いやだったよね」
「ちがう、の。うれしくて」
あ、そっち?
「……ケイトは頑張り屋さんだな。たぶんだけど、頑張ってる自覚なかったんじゃない?」
ふえ、という顔が可愛い。十二歳で大人になってると勘違いしてる、小さなレディの泣き顔。腐士だけど、女の子は違う生命体として可愛いよね。自分はその括りに入らないんだけど。だって腐士は腐士って生命体だもん。
「保護者もいないのに、よく頑張ったね、ケイト。ほら、泣かないで」
昨日洗濯したハンカチを、ケイトの目元に当てる。擦るとよくないから、そっと当てて吸い取るようにする。
「ごめんね、ケイト。私、ちゃんと頑張るから」
ルーシーがそう言い出した。
「違うよルーシー。君は君のやり方でいいんだよ。君のやり方で充分ケイトの助けになってるんだから。自信持ってケイトと話し合えばいいんだよ。二人でいれば、貴族の中でもちゃんとやってけるよ」
「リオン君……」
うお!? ルーシーにまで泣かれそうになってる!?
「なーかせた、なーかせた」
ジョンが肩を組んできた。
「な、泣かせてないよっ! ……まだ!」
「お前、女兄弟いるだろ。強いんだよなぁ、こういうやつ」
反対の肩を、ジャックが組んできた。
「い、いや……僕一人っ子……」
「そうなの? リオン君ってお兄ちゃんっぽいなって思ってたのに」
「そう? お兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
「あはは!」
カールに笑い飛ばされました。
「リオン君……」
ユージーンがジョンとジャックの腕をぽいぽいっと外した。
「ジーン?」
「リオン君の肩が凝るから触っちゃ駄目だよ」
ジョンとジャックに言い聞かせている。
「ジーン、僕、まだそんな年じゃ……」
「リオン君も、気軽に触らせたら駄目だよ」
「う、うん……?」
ちょっと拗ねたみたいな顔に、仲のいい友達を取られたような気持ちになったのかと思って、頭を撫でる。
「ごめんね、ジーン」
「分かってくれたらいいよ」
ちょっとむすっとしてるお顔も可愛いね!
「ユージーン君はリオン君が大好きだね」
にこにこと笑うカールと、拗ねてるのに頬を染めるユージーン。
「ね、見た? ルーシー」
「うん。見てる。ケイト」
どことなく不穏な響きの会話を交わす女子。でも泣き声ではなくなっているのに安心した。
「なんか俺、ゴミ扱いされてねえ?」
「なんかお前、ゴミっぽいもんな?」
「お前も仲間だよ!」
ゴミプレイしているジョンとジャック。
平民同士で仲良くなれて、何よりである。




