一時の逢瀬
せっかく着飾ったのだから、少しの間出かけてくればいいと、ヤタが気を利かせ、ひなは麟と共に久し振りの街へ降りることになった。
まさかこの姿で出掛けることになるとは思っていなかったひなは、気恥ずかしさと不慣れなために思わず尻込みをする。
「ほ、本当に、このまま出かけるの?」
玄関先でつい口籠るひなに、道先案内で出てきていたマシラは黒い瞳を見開いていた。
「お、何だ何だ? えらい別嬪さんじゃないか! 麒麟様も隅におけねぇなぁ!」
「ちょ、ねぇ、やめてよ」
顔が更に熱くなり、焦りの色が濃くなる。
現世にいた時は、もっと派手な格好もしてきた。だが、きちんとした着物を着ている今の方がなぜか恥ずかしい。
「ひな。……おいで」
まごまごしているひなに、麟は笑みを浮かべて手を差し出してくる。だが、その手を取ることすら恥ずかしい。ただ、手を取る。それが躊躇われた。
顔を俯けたままなかなか先に踏み出せないひなに、ヤタは苦笑いを浮かべながら腰に手を当てる。
「ったく……。早く行って来いよ。早くしねぇとマオが怒ってくるぞ」
「え? マオさん、て?」
ヤタがマオの名前を出すと、ひなは驚いたようにヤタを振り返った。
「あ~、そうか。そこまで面識なかったな。前一回会ってるだろ? こんな猫目の……」
ヤタが自分の目尻を引っ張りながらマオの真似をする。それを見た瞬間、ひなは思わず笑ってしまう。だが、記憶の隅にあった記憶が蘇る。
「えっと……あの、前に麟さんを呼びに来た猫の……」
「あぁ、そうそう」
彼女のきつい眼差しを覚えている。彼女を思い出すと自然と視線が下がる。だが、ひなはそれを顔に出すことなく、誤魔化した。
「あいつが来るとめんどくせぇからな。早くいってこいよ」
急かすヤタに対し、ひなは一度麟を振り返ると、彼は優しい笑みを浮かべたまま見つめてくる。
「あ……」
彼の顔を見た瞬間に緊張して動けなくなってしまう。
それを見ていた獅那は、さりげなくひなの背中を軽く押した。
「え? ちょ……!」
不意打ちで押されたひなは、よろめいて数歩前に歩み出るも、バランスが保てず前のめりに倒れそうになる。そこを麟は受け止めた。
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟にひなが謝るが、麟は涼しい顔を浮かべたままひなの手を取った。
「ではマシラ。案内を頼もうか」
さらりと話題をマシラに切り替える麟に、ひなはただ気後れしながら彼らについていくのが精いっぱいになっていた。
「悪ぃ奴……」
そんな麟たちを見送りながら、ボソッと呟いたヤタの言葉に、獅那はちらりと彼を見上げるも満足そうに微笑んでいる。
「今ぐらい、いいじゃない」
「……そうだな」
明るく、いつもと変わらないように送り出した二人の間には、重たい空気が残っていた。
街は、相変わらずの賑わいだった。だが、子供の時にきた時とは顔ぶれが少し変わっている。
「あれ? 前に見た人たちがいない……」
「この街は、奈落に向かって少しずつ移動しているんだ」
麟の言葉に、ひなは不思議そうな顔を浮かべる。
「いつまでも同じ場所に居続けることで、精進する気持ちに緩みを持たせるわけにはいかないからね。……時間は、有限。そうだろう?」
彼の言葉に、どきりとした。
時間という概念の大切さを身に染みて分かっているひなは、小さく頷き返した。
「少し、歩こうか」
麟はひなの手を改めて握り直し、ゆっくりと街中を歩きだす。
ひなは足元に気をつけながら、履き慣れない草履と着物に気を取られながらも、前をいく麟の背中を静かに見つめた。




