第124話 勇気の定義
ヨイスがステンドグラスを突き破り教会の外へ。
このまま逃げ隠れしながらダンジョンを破壊されれば止める事は困難だろう。それに奴の目的は世界滅亡。この先何をしでかすか分かったもんじゃない。俺達は急ぎ後を追った。
町を見渡すも今は夜。街灯なんてものはこの世界には無い。くそ、暗くて見づらい。どこ行きやがった。
エコーロケーション……は今は無理か。
今セットしているスキルは“心のホットライン”と“独りよがりなパティシエ”。分析と火力を重視したからだ。こんな事なら今からでも“多才な奏者”をセットしてくるべきか?
遠巻きにこちらを伺う人影がいくつかあった。恐らく騒ぎを聞いた住民が様子を見に来たのだろう。あいつじゃない。こいつでもない。焦る気持ちだけが積もっていく。
「居たぞ! あそこだ!」
転生者の1人が上を指さした。そこには三日月と、それを背に宙に浮くヨイス。あんな所に……!
およそ5~6階くらいの高さだろうか。転生者のジャンプ力でも届く距離では無い。
「逃げるな! 降りてきやがれ!」
俺は思わず叫んだ。
「降りる訳無いじゃないですか。馬鹿なんですか?」
「ホールケーキ!」
「ぶほっ!?」
神罰命中。吐き出されたケーキが地面に落ちてペチャっと音を立てた。
「だから、意味無いですって。いい加減悟りましょうよ」
俺は歯ぎしりした。ヨイスの言う通りだ。どんな攻撃も効果無し。唯一見込みのあった状態異常も対応された。突破口が見えない。
「うるせー、死ね!」
「ちょっと強いからって調子に乗るなよ!」
「まったく、馬鹿って言った方が馬鹿だとあれほど」
「ケツ穴に指突っ込んでガタガタいわすぞおらあ!」
他の転生者達も罵声を浴びせるものの、同じく打つ手が思い浮かばないようだった。苦し紛れの魔法が散発的に放たれるのみ。
ボン、とヨイスを爆炎が包んだ。だが案の定無傷。
「目障りですね。勝ち目の無い相手に挑むのはただの蛮勇ですよ?」
ヨイスが腕を掲げた。上に向かって開かれた手のひらに魔力の玉が浮かび上がる。
「いえ、蛮勇ですらあなた達にはもったいない評価ですね。ましてや勇気でもありません」
魔力の玉がどんどん大きくなる。それは昏い輝きを放っていた。遠くからでも肌がビリビリと刺すような圧を感じる。
「RPGで勝ち目のない敵に挑戦するのは勇気ですか? 違いますよね。何度でもコンティニュー出来て、自分が死ぬリスクなんて無いんですから」
「何が言いたいんだコラ!」
「要約できねーのか!」
「用意された仕組みを使って何が悪いんじゃボケ!」
転生者達が罵声を返す。ヨイスはニヤリと目を細めた。
「あなた達は所詮ゲーム気分なんですよ」
いったい何をするつもりだ。ここは町だぞ。そんなもの撃ったら……!
「もし生き返る事が出来なくなったら、同じ態度を取れますかね?」
背筋がゾクッとした。奴の言葉を聞いて血の気が失せる。まさか、あいつの狙いは……
「教会だ! 教会を守れ!」
俺は叫んだ。
「もう遅いですよ」
巨大な魔力の玉が投げ下ろされる。圧倒的な破壊力を秘めたそれが教会へと迫った。
教会は死んだ時に復活する場所だ。ダメージや疲労を回復する場所でもある。それが無くなったらどうなるかなど、考えたくもなかった。
頼む。誰でも良い。止めてくれ。
俺の声に、あいつが応えた。
「ウイニングボール!」
ケムシンだ。ヨイスの魔力玉に横からぶち当てた。
閃光。そして爆発。
全魔力を込めて放たれる一撃である。しかもケムシンの魔力ステは☆5。その火力はボスにも対抗できる程だ。今まで何度も頼りにしてきた切り札。
それが、こんなにも弱いと感じる日が来るなんて。
止められなかった。進行方向を変える事すら出来ていなかった。
ヨイスの攻撃はまっすぐ教会へ向かい、そのまま着弾した。
「みんな隠れろおおお!」
誰かが叫んだ。
俺は咄嗟に物陰に飛び込んだ。
その直後、爆風が町を蹂躙した。
窓が割れるとか、植木鉢が飛ぶとか、そういうレベルでは無かった。教会近くのレンガ造りの家ですら余波で倒壊した。俺の近くにいた奴は隠れるのが遅れ、瓦礫と一緒にアホみたいな速度で飛ばされていった。
パラパラと砂利が落ちる音と共に、風が止んだ。遠くでは住民があげたと思われる悲鳴が聞こえていた。
「……くそっ!」
その結果に、そんな言葉しか出せなかった。
教会のあった場所にはクレーターしか残っていなかった。敷地の外にまで広がって周囲の石畳を穿っている。
「これは思わぬ拾い物をしました。教会も聖域の1つだったんですね。それも特級の。一気に力が増しました」
ヨイスが満足げにそう言う。一方、転生者側は混乱の渦中だった。
「おい、どうなるんだよ、これ……」
「俺だって分かんねえよ」
「ってか今ので何人か死んだ、よな?」
クレータをどれだけ見ようとクレータでしかなかった。教会はもとより、教会内に鎮座していた祭壇もどこにも無い。復活するたび目の前に映っていたあの祭壇も。
じゃあ、今死んだ奴らはどこで復活するというのか。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。血液が出口を求めて体の中を駆け巡っているのが分かる。呼吸が苦しい。どれだけ吸っても空気を感じる事が出来なかった。
『教会は唯一無二の施設です。それが失われた以上、復活も回復も出来なくなった可能性が高いです』
マオが無慈悲な現実を告げる。今まで忘れていた死への恐怖が、俺の中で息を吹き返していた。
落ち着け、落ち着け俺。
「どうですか? 命がかかった状況というのは」
何かしないと。何をだ? 死んだらどうなる? 死……ヨイスは何を言って? クソ神父の遺体が……。ケムシンの、そうだ、さっきので崩れた家がある。中の人を助けないと。
思考がまとまらない。他の奴らも似たような状態だったのだろう。あれだけ上がっていた罵声はおろか、話し声すらも失せていた。誰か何とかしてくれという投げやりな視線だけが交わされている。
それはある意味ちょうど良いタイミングだったのかもしれない。鳴りを潜める転生者の中に、1人だけ前に出た奴が居た。
「盟友、何故この様な事をするのだ?」
それが勇気で無いはずが無かった。
その少女は俺が良く知る転生者の1人だった。ゴスロリ調の服を着たツインテールの少女。いつも騒がしかった彼女の声には、今は震えが混じっていた。
その少女の名はジーナジョン。知り合いからはジーナと呼ばれている。これまでヨイスとパーティーを組んで来た相方だ。
「こんな事は、もう止めるのだ」
彼女はヨイスに、そう呼びかけたのだった。




