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トコナツミラクル  作者: 志記折々
四章『成り代わり』
22/24

21:「未練」

 鍵が開いたとき、最初は女性が出てくるかと思った。


 だってそれ以外考えられなかったから。

 でも出てこなかった。

 だから何か意味があるのかと、入ってもいいという合図かと思った。


 でも、中に入ってわかった、女性はベッドの上で膝をかかえていた。


 鍵が開いてから入るまでの時間で、あの状態になるのは無理だ。

 タイムラグが短すぎるし、もし出来たとしても移動したときの音がするはずなんだ。

 あの部屋は物が多すぎて、歩くだけでも音が響くんだから。だから移動に音がしない、幽霊じゃないと出来ないことだった。


 最初は、まったく気がつかなかったけどね。

 部屋から移動出来ないと思っていたから。

 でもその一つがわかるだけで、色々なことが繋がったんだ。


「太陽と月って、茶髪はお前達二人のことを言っていたよ。馬鹿みたいに明るいお前が太陽だと思ってた。だけど違った、お前が月だったんだ。暗いのは、お前のほうだった。

 最初はさ、勘違いしていたんだよ。茶髪がなんで最近になって浜梨氷雨を好きになったのかがわからなかったんだ。茶髪は暗い子が好きなんだ、だからお前になろうとした浜梨氷雨を好きになった。以前……お前が死ぬまで、彼女は明るかったんだ。

 お前が……先月茶髪を振ったんだ。告白されて、でも最悪な方法で、断ったんだ。死ぬこと、自殺することで、茶髪を拒絶した」


 だから浜梨氷雨は拒絶した。

 草木瓜乾二だけは、受け入れるわけにはいかなかった。


 相思相愛だと思っていた。そう言っていた。

 傍から見てもそう見えるくらい仲が良かったのに、結局はうまくいかなかった。

 そして茶髪は思い悩んだ、外から見ていて全員の気持ちを知っていたであろうデブもそう思った。

 茶髪が告白したことで、死に追いやってしまった。だけどこれは間違いじゃない。本当の理由がもう一つあるだけ。


 多分、こいつは――


 幽霊は茶髪ってケンジくんのこと? と少し笑い、


『私とマナちゃんてさ、本当に小さい頃から一緒にいたの。生まれたときからずっと友達だった。片時も離れなかった。ずっと一緒、まるで……双子、みたいに。

 ……容姿も性格も、全然違ったけどね。

 好きになるものも、タイミングすら一緒だったんだ。ケンジくんを好きなったのも同時だった。この、雪割荘に入って、優しくしてくれるケンジくんをすぐ好きになった。

 太陽と月……かあ、うまいこと言うね、さすがケンジくんだ。そうだよ、私は月だった。太陽みたいに輝いてたマナちゃんに隠れちゃう、そんな月みたいな存在だった。

 私は幸せになっちゃいけないんだよ。太陽の光がないと生きていけないのに、マナちゃんを置き去りにして、幸せになんて絶対になっちゃいけなかったんだ』


 そんな自虐的な考えを、言ってしまった。

 自分を諦めている、その目を閉じて。


「…………っ」


 同じ人を好きになったのに、うまくいくのは自分だけだった。

 輝いていた親友、多分今まで何から何まで敵うことがなかったのかもしれない。


 劣等感、ぼくもずっと小さいころから感じている醜い感情だ。

 見えてはいけないものが見えるからこその、敗北感。


 唯一勝てるものが見つかったのに、それでも大好きな、惚れた男よりも大切な親友の気持ちを知っている幽霊は――


「だから、身を引いたっていうのか……?」

 

 ――こんな、自殺するなんて、最悪な方法で。


 それがどれだけ間違っているかなんて、考えなくてもわかるだろう。

 お前がそんな風に死んでしまったから、心が壊れたり、自分のせいだと思って苦しんだり、何の事情も知らされず友達だと思っていた人に突然死なれてしまったと悲しんだり、そんなふうに。


 ……仲が良かった住人が、ばらばらになってしまったんだろ!


『少し、違うよ……』


 幽霊は閉じていた目をゆっくりと開く。

 その目は、諦めているようには感じられない、むしろ、すがっているような、そんな目で。


『もちろんそれもあったんだ。マナちゃんに幸せになって欲しかったから。でもね、本当の理由は違うんだよ。私が死んだのは、もっと単純なんだ』

 

『私はね、自分を――変えたかっただけなんだよ』

 

『体を無くして、生まれ変わる。うん、私は自殺することで、何かを変えたかったんだ。

 昨日、少し話したかな。人と話すことが少なかったって。友達なんか数えるほどしかいない。皆は気を使って話してくれるけど、本当は私のことを気持ち悪がって避けてたのがわかってた。てっとり早く外見から明るくすればよかったんだけど、それも怖くて出来なかった。相手の目を見て話すのが、どうしても出来なかったんだよ。だから長い髪で、見られたくない顔を隠すみたいに……覆ってた。

 それでも、大学入学で新しいところにマナちゃんと引っ越して、雪割荘の皆は優しくて、今までみたいな関係じゃなくて、本当の家族みたいに、仲良くて……。

 そのとき気づいたんだ。私の世界はこんなにも、狭かったんだって。

 マナちゃんの腰巾着。明るいマナちゃんが大好きで、憧れて。でも私には絶対なれないんだなって思ってた。私はずっとこのままなんだって、思ってた。

あだ名の由来もね、名前から取っているんだけど本当の意味は少し違うんだよ? 「トコトコ」って明るいマナちゃんにくっついてくみたいに、歩いていたから。だから「トコ」っていうあだ名で呼ばれてた。暗くて、大嫌いな私にぴったりな、あだ名』


 幽霊の顔から一筋の涙が流れた。


「だから、それを変えたくて、自殺したのか」


 そんな、後ろ向きな変化を望んで。


 だけど、それがどんな理由であれ今までぼくが接してきた幽霊のは明るい印象だった。

 実際、太陽と月なんて比喩表現を、どっちのこと言っているかわからなくなるほど、勘違いしていたんだから。


 幽霊になって、それは叶ったと思った。

 でもその代わりに、親友が壊れてしまった。


 死んだ自分に近づこうと容姿も変えて、好きだった男性を拒絶してしまうくらい、追い詰めてしまった。


『最初は嬉しかったんだ。今まで私を引っ張ってた色んなものから開放されて。

 これでもう私は自由だ――ってね。

 でもね、それは私だけの問題だったんだよ。結局私は自分のことしか考えてなかったんだ。マナちゃんのこと、何にも考えられなかった。そんな余裕なくしちゃうほど、焦ってて、視野が狭くて。自分のことが嫌いになっちゃってたんだよ――』


「…………そう」


 死んだあとのことなんか考える余裕がないくらい、自分を追い詰めていた。


 そんな自分が嫌で、逃げだしたくて、首を吊ってしまった。

 でも、死んだあとも、逃げられなかった。むしろ前よりも、悪化してしまった。


『生まれ変わりたくて自殺したのに、結局まだこんなに悔やんでる。なんでこんなことになっちゃったんだろう。どうして私はこんなに弱虫なんだろう。幽霊になっちゃって、皆とも、話せなくなっちゃったし。ホント、なにやってんだろ……私』

「…………」


 不謹慎だけど、幽霊の泣き顔を……少しだけ、綺麗だと思ってしまった。

 儚い、とでも言えばいいんだろうか。悩んでいる顔、感情を表に出している顔。

 そんな顔、ぼくは出来ているだろうか。目の前の幽霊は死んでいるのに、きっとぼくより現実を生きている。


 ぼくは辛いことから逃げ出して、見ないようにしているだけだったから。


「そんなに後悔しているなら、自分で手紙を渡せばよかったんじゃないか? 物に触れるんだ、字が書けるんだから。きっとそうしたほうがあの人も――」

 

『――何かを変えられるのは、生きている人だけなんだよ』

 

 幽霊は涙を止めて、まるで忠告するようにぼくの言葉を止めた。


『私じゃ、ダメなんだ。生きることから逃げちゃった、私じゃ……』


 それは、きっと同類のぼくへのアドバイス。

 こうなっちゃいけないっていうサイン。


 何かを変えられるのは……生きている人だけ。


 だからこの幽霊は、ぼくを騙して、動かそうとした。

 親友を助けるために。


 なんの思い入れもない、第三者。

 事情を知っても関係ない、新しい人だから出来たんだ。


 殺人事件だと偽って。犯人を捜させる。

 死んだ理由を、暴かせる。


 そして幽霊にじゃなくて、病んでいる親友に伝えるのが本当にやって欲しかったこと。


 幽霊は自分のために死んだ。

 死んだことで、幽霊は幸せだった。


 決して、親友のせいでも、想い人のせいでもない。

 だから、親友が自分を責めるなんてお門違いだ。


 親友は自分の幸せを望んでいいんだ。死んでしまった幽霊に気を使わないで――


 自分のことがどれだけ嫌いでも、死んじゃいけない。死んでも、何も変わらない。


「……結局、お前の未練って、なんなんだよ?」

 

『――自分を、変えること』

 

 犯人を見つけてとは言ったけど、未練がそれだとは言ってない。

 こいつは自分を変えようと自殺してしまったけど、それでも変われないから……消えられない。


『私はね。とっても弱虫なんだよ。

 好きな人に好きって言えない。友達に言いたいことも言えない。

 だから、変わりたい、こんな嫌な自分を、変えたかったんだよ――

 だけど……ダメだね、頑張ってるけど、なかなか自分って、変わんないものなんだ。

 だから、いつまで経っても消えられない……』


 それで、もう一回消えてしまいたいと思って、首を吊っていたと、そういうことか。

 最初に会ったとき首を吊っていたのは、そんな、幽霊の――自殺未遂。


「……ばーか」


 アホらしい。

 自分で死んでおいて、その結果が気に喰わないから全部無しにしようってか。


 自己中すぎるんだよ、そんなやつに親友も助けられたくないよ。

 どんなおしつけのエゴだ。


 まったく、ここまでみっともない話聞かされたんじゃ、ぼくも――


「少しだけ、ぼくの話をしてもいいかな」


 突然の話の転換に、きょとんとしたあと、


『うん、聞かせて?』


 笑って、ぼくを受け入れてくれた。



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