22:「友達」
「……ぼくは子供の頃、お前みたいな幽霊に会ったことがあるんだよ」
あいつは、お前みたいにいじけては、いなかったけれど。
『私みたいなって、どういうこと? 女の子の幽霊?』
目を瞑って、テーブルの上で腕を組んで。
まるで眠る前のおとぎ話を楽しむかのように、幽霊はぼくの話をちゃんと聞いてくれる。
こいつは、ちゃんとここにいる。
「いや、男の子だった。まあ小学校低学年の頃だから、男女の括りなんかあってないようなもんだろうけどさ……」
それに安心して、だけどどこかむず痒くて、ぼくも無意識に目を閉じた。
壁に寄りかかるように座って、背中に当たる冷たさがなんだか気持ちよかった。
『そっかぁー……、友達、だったの?』
「――ああ、友達だったよ」
これだけは断言できる。人生でたった一人の、大切な友達だった。
心から楽しんだ唯一の思い出。
「子供の頃から死んでいる人の姿が見えてさ、でも周りにはそんな奴なんかいなくて、いつも嘘つき扱いだった。正直に言うと、ずっといじめられてたんだよ」
『……うん』
「でも、それでも見えるんだから、しょうがないよな。いくら嘘つきって言われても、子供だったときは、無視するなんて思いつきもしなかったんだよ。むしろ皆のほうが残酷に見えたよ。なんで無視するんだ、なんでいないものとして扱うんだ、って」
『あはは、そうだよね。ちゃんといるよね。それに気づかない……だけなんだよね』
「必死に気を張ってたよ。一人でも大丈夫だって。友達なんかいるかって。だって一緒に遊んでも面白くなかったんだ。ぼくが見ているものを見えない奴と、遊んだって」
『……そうだね』
「あれは、学校からの帰りだった。雨が、降ってたな……あの日は」
『……おー、ついに登場かな?』
「公園の真ん中に、一人で立ってたんだ。なんでみんな今日は公園に集まらないのか、わからないみたいに、ぽつんと、一人で不思議そうに突っ立ってた」
『んふふー。可愛いなーその子』
「だからかな、つい話しかけちゃったんだ。なんか、放って置けなくてさ」
今思うと、当然だったんだ。誰も雨の日に外で遊ばない。だからあいつは一人で。
あの日を思い出していたら、なんだか……。
『……続き、聞いてもいいんだよね?』
少し無言の時間が長引くと、心配そうな幽霊の声が耳に入ってきた。
「ああ、そうだな」
あいつを懐かしむのは、語り終えてからでも遅くない。
「すぐに……仲良くなったよ。だってそいつはぼくと同じように幽霊が、見えていたから。初めて仲間が出来たと思った。初めて他人と一緒の景色を見れた気がした」
最初は、気づかなかった。
他の幽霊とは違い、姿もはっきりしていたから。
でも、あいつも幽霊だった。
だから他の幽霊も見えていた。
本当は気づいているのに、気づかない振りをしていただけだったんだ。
初めて出来た友達を失いたくなかった。
――だってあいつには、影がなかった。
それに気づいていながらも、ぼくは、それを受け入れた。
『……うん、わかるよ。その気持ち』
この幽霊にも、双子のように仲が良い親友がいる。
その存在は、どれだけ勇気をくれただろう。自分が嫌いな人にとって、どれだけ眩しい存在だっただろう。
でも、出会ってから一月ほど経ったころ。
「……突然、消えたんだ。また明日って、ちゃんと言ったのに。絶対言ったのに。でもあいつは突然いなくなった。そしたら公園のベンチに、紙が置いてあった」
今回と同じ、お粗末なノートの切れ端。
お前のと、同じ置手紙。
『…………』
「『ありがとう、ぼくだけ幸せになってごめん。アキを残してごめん。……ぼくは友達が欲しかったんだ』……そう、書いてあったよ」
あいつは友達を作ることを目的とした幽霊だった。
きっと生前、友達が作れないまま死んでしまった子供の幽霊だったんだろう。
ぼくと友達になって未練を叶えたあいつは自分が消えるということを悟って、最後に手紙を残してくれたんだ。
ぼくに友達の大切さを教えて、また一人にしてしまうことを悲しみながら。
『その子の、名前は……?』
「知ら、ないんだ。最後まで、教えてくれなかった」
なんでだろう、顔はいつもの無表情なのに、胸の中は全然違う。
目の奥が、熱い。
『アキくん……』
そう、今と同じようにあいつがぼくを呼ぶだけだ。
『アキ』って、本当に嬉しそうに。
「――友達と遊ぶのは楽しい。初めてそう思ったよ」
なんでだろう、いなくなった後に気づくんだ。
もっと遊びたかった。もっと話したかった。
ぼくはあいつが、好きだった。
『……うん、そうだよね』
「いなくなった後は必死に探したよ。でもどこにもいなかった。家も知らなかったし、公園に行けばいつも会えたから。ぼくは、あいつのことを何も知らなかったんだ。
あいつが教えてくれたことを守ろうと、クラスの奴らとも仲良くしようと頑張ったよ。
だけど、結局うまくいかなかった。だって、あいつは他の奴らには見えてなかったんだ。一人で、見えない奴と遊んでる変な奴だって、噂が広まってたよ。
ぼくの学校生活は、もう取り返せないほど、壊れていたんだ。最後に、あいつと遊んだことによって。粉々に、壊れてしまったんだ」
堰が切れたみたいに、言葉が止まらない。
全てを吐き出すように。
『…………』
「でも、あいつと出会ったこと、後悔はしてないんだ。あいつが教えてくれたことだけは、嘘にしたくなかったから。でもこれだけは、今でも思う。今でも夢に見る――」
『……アキ、くん』
「一回だけでもいいから、あいつの名前を……呼んでみたかったんだ」
それがあいつとの大切な思い出の中で、唯一後悔してしまったこと。
顔が濡れているのを感じて、手を添えるとどうやら涙が出ているのだと気づく。
やっぱりぼくは、あいつのことをまだ吹っ切れていなかったんだ。
長い自分語りを終えて、幽霊のほうを見ると、
『……そっか。アキくん。頑張ったね』
なぜか幽霊も泣いていた。
これは、全然美しくないぞ。
なんか気まずいし、上から目線だし。自分の泣き顔見られてすごい恥ずかしいし!
『――よしよし』
「…………っ!?」
抱きしめられた。
正面から。
顔が幽霊の胸に当たっている。
「…………っ!」
なぜか、何も言えなくなってしまった。
体がないくせに温かいし、なんだかいい匂いもする。ていうか顔におっぱい当たってますけど、気づいてないのかこの幽霊。なんでこんなことするんだーとか、気持ち悪いから早く離れろとか、言いたいことがたくさん頭に浮かんでは消えていく。頭真っ白、ぐるぐる回ってよくわからなくなっていく。ああ、抱きしめられたなんていつ以来だっけ。親は子供の頃から外国暮らしであんまり会ってないし、そもそもぼくはここに来るまで人と話すことすらしていなかったんだ。うあー……背中さすられるって気持ちいいんだな。ていうか体温ってなんか、安心する。ぽかぽかしてるんだな、人って。お風呂に入ってるみたいだ。そういえば今日お風呂どうしようってかもう遅いかも、銭湯っていつ閉まるんだっけあー思考がまとまらない。
『……んふふ、アキくんかーいー……』
その一言で、
「うわぁっ!?」
『わきゃっ』
我に返って突き飛ばしてしまった。
あー……なにをやってるんだぼくは。
危ない、女って怖い。
そうか、この柔らかさに皆はまってしまうんだな。気をつけなければ。
『いたーい……なにすんのさっ、せっかくいい子いい子してあげたのに!』
倒れたときに腰を打ったのか、さすっている幽霊。
痛覚とかあるのか幽霊って。
いい子いい子って、それがいけないんだよ。まったく、魔性の女だな。
「お前……これからどうすんだよ」
もうここにいなきゃいけない理由はない。
親友には、彼氏がついている。もともと地縛霊じゃないんだ。
このままどこか行ってしまうんだろうか。
『んー……最初にさ、私のこと消せるって言ってたよね? あれお願いしてもいいかな』
「…………はっ?」
なんのことだ。消せる……?
ああ! ちょっとした脅しで言ってみたあれか!
まったく効いてないからすっかり忘れていた。
ていうかあれ信じたんだなこいつ……。
「あんなの嘘だ、ぼくにそんな力はない」
『えっ、そうなの!? じゃあどうしよう……』
しょぼんと落ち込んでいる。
多分消してもらえると思っていたから計画が狂ったんだろう。
ていうか、そうかもう一度死のうと思って首を吊っていたんだよな。
現世に、未練なんかもうないってことか。
……どうしよう。すごいこれ言うの恥ずかしいんだけど。
でもまあ、一歩踏み出さなきゃ、何も手に入らない、よな。
「おい、報酬をまだ貰ってないぞ。お前のお願いを一回聞いたんだから、お前もぼくのお願いを聞け。それが対価ってもんだろう」
幽霊は不思議そうに首を傾げてから、ぽんと手を打った。
『うん、いいよ。消えちゃう前に、叶えてあげる』
まったく……何も考えてないような、安請け合い。
能天気すぎるんだよお前は、もしぼくが悪徳セールスマンだったらすごいことになるんだぞわかってるのか?
くそ、改めて言うとなると恥ずかしい、緊張する。
どきどきしていると、幽霊はいつまで経っても何も言わないぼくを見て、少し笑う。
……なんだよ、勝手に不安がっているぼくが馬鹿みたいじゃないか。
わかったよ、さっさと言えばいいんだろ?
「ぼくの――友達に、なってくれ」
『…………え』
幽霊の目が点になっている。
よっぽど驚いたんだろう。
わかってるよ、柄じゃないことくらい。
でもしょうがないだろう。
だって――
「消えないでくれ。お前が消えたら――寂しいよ、『トコ』」
ダメ押しでもう一言足すと、ようやく心が戻ってきたようで、
『――うん!』
名前の通りの、常夏みたいな元気な笑顔で、トコはぼくを受け入れる。
『じゃあこれからは、アキくんに憑く背後霊になるね!』
「怖いよ……、バカ」




