Seeking the Pearl-1
魔法とは1を100にも1000にもできる、すぐれた技術でございます。そこに風の流れがあるならば、たとえ手のひらで仰いだそよ風を竜巻に変えることもできますし、そこにコップ一杯の水があるならば、氷の雨を降らすこともできます。
しかし魔法は、0を1にすることはできません。そこに火種がなければ、私は蝋燭に火を灯すことはできませんし、そこに電流がなければ、私は部屋を明るくすることもできません。空気も水も……何もない場所では人は生きてゆけない、ということなのでしょうか。これが魔法の、いいえ、人類の限界というものでございます。
「――ということは、王子もご存知でしょう。」
私は半分ほどまで水を注いだグラスを片手に申し上げました。
「ああ。でもデュランなら、空気中の水分をこのグラスに集めるくらいのことならできるだろう?」
確かにその程度ならば可能です。しかし――
「ですが王子、そのようなことをしてはひどく乾燥してしまいますよ。」
それもそうだな、乾燥はお肌の大敵なんだ、と王子はご婦人方のようなことを仰って、白い歯をお見せになりました。
「では王子、続きを。」
私が促しますと、王子は途端に真面目にグラスに向き合い目をお閉じになりました。王子の指先にわずかに魔力の流れを感じます。この魔力の制御も随分とスムーズにこなせるようになられたようです。グラスの水に目をやりますと、水面が小さな波を立てました。やがてそれは小さく渦を巻き始めたのでございます。
「できた……デュラン!」
「合格です、王子。」
そう申し上げますと王子はまた、あのあどけなさの残る少年の笑顔でお喜びになられました。
「少し早いですが今日はここまでにしましょう。」
「え……もうか? もう少しできるぞ?」
王子は物足りない、と訴えるようにそうおっしゃいました。
「王子、焦らなくてもよろしいのですよ。大切なのはそれを明日も明後日もずっと完璧にこなせるようになることですから。」
そう申し上げますと、王子は少し何かお考えになるそぶりをお見せになり、そしてまたいつものように私の両手をおとりになりました。
「それもそうだな! サンキュ、デュラン。」
その時の王子はまるで太陽の花のようでした。王子の喜びが私にとっての一番の報酬であると思ったのです。
「そうだデュラン、このあと時間あるだろ? ちょっと付き合ってくれよ。」
「え?」
「見せたいものがあるんだ!」
そうおっしゃるや否や、王子は握った私の手を素早く引き、あっという間に廊下まで連れ出されたのでございます。
シーキングザパール――主な勝鞍はNHKマイルカップ、モーリス・ド・ゲスト賞
日本調教馬として初めてヨーロッパのG1を制した馬。その後は勝ち星を挙げることができず引退し、アメリカで繁殖牝馬となった。
初仔のシーキングザダイヤは日本のダート戦線で活躍した。
放牧中の落雷により死亡、11年の生涯を終える。




