甘い甘い香り
その日の夜、時間は二十二時を過ぎようとする頃
ピンポン
先月、先々月のように遅くになるインターホン
三度目となると誰が来たか予想がつく
モニターを覗き予想通りの人が見え玄関に向かう
「黒一」
「恩返しに参りました」
三度目の対面となるテーブルを挟んで黒一を正面で見据える
綺麗な黒髪に吸い込まれる瞳、文句の付けようがない整った顔にふわり香る甘い香水と和装があまりにもマッチして絵画から抜け出したような印象すらある
宗馬は今回落ち着いていた
慣れもあるだろうが黒一にどうしても聞く事を用意していた
「黒一、君はどうして来てくれるんだ?」
恩返しに癒しをと言うのは体験した事だが何故それをしに来ているのかがわからない
「覚えてなくとも良いのですよ」
微笑みの表情を崩さずに優しげな顔のまま黒一は答える
「宗馬様には恩があり私は恩返しに来ているだけなのです」
「しかし身に覚えないままで恩返しをされても困る」
少し黒一は目を開きまた微笑み答えた
「あら?お困りになられてるのですか?」
ふふふ、と美しく笑い言うものだから宗馬はテンポをずらされ反論のタイミングを失った
これまで自分や家に害は無い、結果としてあるのが癒しの先に身体的にも精神的にも安らぎが与えられている
「でも何されてるかわからないのは恐怖心が無い訳じゃ無い」
「それは配慮が足りませんでしたね、ただ癒しとは意識を手放し身を委ねてしまう事ですので申し訳ありません」
黒一は深々と頭を下げてまたまっすぐに吸い込まれる瞳で見つめてくる
そして立ち上がり横に座り直した
「何も気にせず私を信じて下さいませ、癒しを差し上げます…」
黒一の少しひんやりした両の手で頬を覆われる
甘い甘い香りが強くなり柔らかな手のひらが安心感を作り包み込まれる
宗馬は抗う事も出来ず目を閉じていった
三度目の黒一からの癒しから二週間程経っていた
宗馬の身体は癒しを受ける度に軽くなり四十代に入ってから衰えを感じていたのが嘘のように好調をキープ
同僚からも最近何か始めたのかと聞かれるぐらい自他共に変化を感じている
(あら?お困りになられてるのですか?)
あの夜見せた黒一の顔が離れない
「…そりゃ困ってはないが」
誰に言うでもなく只々言葉を漏らした




