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★レシピ★ * 36 * いつか見た風景



 

 ――いよいよね。


 ああ。


 ――懐かしいわね。


 そうだな。


 ――ふふ、あの頃に戻ったみたいね。


 ああ……。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 神輿に乗り込むその前に、晴れ渡った空を見上げた。


 タバサの目に映り込んだのは、青い空だけではない。

 窓からのぞく人々や、高い屋根の上に登って見物と洒落込む人々の眼差し。

 それらが自分たちへと注がれている。


 手には旗を持ち、大きく小さく振って見せてくれる。


 ああ、今日は祭典なんだ。

 待ちに待ったお祭りの日。

 昨年まではタバサも皆と一緒だった。


 でも、今年は違う。


 そう意識しながら、神輿に乗り込んだ。


 渡された花かごを引き寄せ、かき抱くようにする。


 好奇心に満ちた子供たち。嬉しそうに頬染める女の子たち。何だか眩しそうな男の子たち。優しく見守るように目を細めるおじいちゃん、おばあちゃん達。ちょっぴり心配そうに見上げてくる父さんみたいなおやっさんたち。娘の晴れ姿を見送るように、力いっぱい応援してくれるような笑顔浮かべるおかみさんたち。


 それは全て、祝福に満ちた眼差しだと思う。


 道ですれ違う赤ん坊に向けるものと一緒だと感じたら、胸が苦しくなった。


 タバサが落ち着いたと合図するように頷いて見せた。

 神輿の傍らに控えていたウォレスが、承知したというように同じく頷く。力強く。

 

 それからおもむろに頭を下げると、腰元の剣を抜き去った。


「春の乙女の化身タバサ・フォリウムを、騎士ウォレス・ロウニアが護ります。この命にかけても!」


 高らかな宣告と共に、ウォレスが剣を振り上げた。

 剣の先端に光が集まり、眩しく反射した。

 タバサはその姿に、例えようもないほど胸が高鳴って仕方がない。


 何とまばゆいのだろう。


 皆、同じ事を思うのではないだろうか。

 何故だか心がより一層落ち着かなくなって、慌てて深呼吸する。


「大丈夫かいタバサ?」


 声を掛けられて、本当に驚いた。神輿から転げ落ちたらどうしてくれるんだろう。

 そう恨みがましく思いながら見やると、気遣うような眼差しが、すぐ横にあった。

 神輿からは死角になっていたのだろう。

 いつの間にか馬に跨っていたウォレスにのぞき込まれ、何とか頷く。


 その顔が、笑いをかみ殺しているように見えた。

 イタズラが成功したとでも言いたそうだ。

 ちょっぴり悔しくなって、なるべく澄まして答える。


「大丈夫、です」

「……そう。じゃあ、行こうか?」

「はい。行きましょう」


 差し出された手に手を重ねると、温かなぬくもりが伝わってくる。

 お互い何だか照れ臭いような、心強いような気がして微笑み合った。


 神殿の鐘楼が鳴り響き、出発の時を町中に告げる。

 いよいよだ。

 神輿を引く馬たちが歩き出し、車輪がすぐ下で回るのを感じる。


 盛大な拍手で神輿は送り出された。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 それから、神殿前の広場を抜けて街中に出た。

 街道沿いには人がたくさん押し寄せてきていた。

 皆、乙女の振りまく花と笑顔を待ち構えているのだ。


 目線がいつもと違うだけで、こうも見え方が違うのだと感心してしまう。

 高いとずっと遠くが見渡せるのだ。


 暖かな日差しの中に人々の幸せを願う熱気が入り混じって、祭典の空気を作り上げている。

 このお役目は一身にそれを受け止めるのだ、と今更ながら自覚した。身体が火照る。

 手が震える。

 それでも花を籠からすくって、風へと託した。


 ――風が吹き抜けて行く。


 まだいくらか冷たさを含んだもの。

 それがタバサの頬には心地よく感じられた。

 立ち去り間際の冷気に背筋を撫で上げられて、気持ちが引き締まる。

 冬の名残が今、祭典の熱気に溶かされて春の風と生まれ変わる。


(私は女神さまの化身……春の乙女)


 そう何の気負いもなくそう思えたら、唇の端が持ち上がったのを感じた。

 自然と自分が笑い出せた事に気がつく。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 風が吹き付けてくる。

 あたたかな風に包みこまれる気がした。

 優しさに涙が溢れそうになる。

 たくさんの花が風に乗って運ばれてくる。


 白い花は、街路樹のフィローだ。


 町中に咲き誇る花でさえも、祭典の意識に合わせてくれているようだ。


 花が、花びらが神輿にまで吹き付けてくる。

 それは視界をも遮るほど、惜しみない雨粒のように降りそそがれる。

 あまりの事に瞼を閉じてしまった。


 ほんの一瞬のはずだった。


(あれ……?)


 神輿に乗っている春の乙女を見ていた。

 彼女と同じ目線で、乙女役の少女を眺めている。

 波打つセピア色の髪を時折、風がさらう。

 一緒に手にしていた花も、風に巻き込まれて乙女の髪や胸元を飾った。

 乙女が笑う。

 心から楽しんでいるのが伝わってくる笑みに、空気が震えた。

 それと一緒になって自分も心地よく揺れ動く。


 ふと乙女の傍らによりそう馬上の騎士に、見覚えがある気がした。

 鳶色の硬そうな髪を後ろで束ねている。

 よくよく見てやろうと意識を向けると、太い眉の下の瞳が眇められた。

 何やら警戒しながらこちらを見据えてくる。

 でも怖くは無かった。

 記憶よりもずっと彼が幼いせいだと思う。


 幼い?

 誰よりも、とうのだろう。

 じっと彼を見つめると、いよいよ剣を抜き出されてしまった。

 それすらも祭典の催しのひとつとされたらしく、周囲からは感嘆の声が上がる。


 それを諌めたのは乙女だった。

 首を横に振ってそっと騎士の肩に手を置くと、耳元に何やら囁いている。

 騎士はすぐさま剣をしまった。

 そしてこちらを見た。

 眩しそうに、それでいて何かを見極めようとするかのように、瞳を眇める。


 乙女は真っ直ぐにこちらを見つめてくれた。


 吸い込まれそうなほど、透き通った紫色の瞳。

 春の野辺につつましく咲くスミレ色。


 吸い込まれそう。

 ふと傍らの存在が手を掴んできた。

 あまりに自分と近すぎて、認識は薄かったが、確かに側にあった。

 その子に手を引かれるような格好で、乙女へと手を差し伸ばした。


 乙女は嬉しそうに笑って、両腕を開いてくれた。

 受け入れらた事が誇らしくて、たまらず飛び込んだ。

 

 風にさらわれた白い花がふたつ、乙女の胸元を飾った。

 それを受け止めると、大事そうに抱えられた。

 乙女はひとつを自分の髪に差し、もうひとつを騎士の肩紐に差し込んだ。

 

 二人がお互い言葉もないまま、笑みだけを交わしあうのを眺める。


 この乙女役の少女と、青年に差し掛かった騎士の間に漂う。


 ああ、そうか。

 わたしは、わたしたちは、この人たちの元に行くのだ。


 白い花びらが、あとからあとから舞い落ちてくる。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 乙女の役はね、タバサちゃん。

 女神様のよりしろ、化身なの。

 だからね、とびっきり幸せな気持ちで優しい想いを込めて笑顔でね。

 お花をまいて、祝福さずけて回るのよ。それがお役目。

 そうそう。女神様のお力をその身に宿すから、不思議な事が起こるかもしれないわ。

 でも心配いらないからね。


 何かあったら貴方の、乙女の騎士がついているから、何も心配いりませんからね。


 ジルサティナ様の声が蘇る。


 ――何も心配いりませんからね。


『お待たせいたしました。』


もし、まだ待っていて下さる方がいるのなら。


かなりの間、書いては消しを繰り返していたら


このザマです。


お許しを&お楽しみいただけますように!


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