第17話-旅団-
徴税官が死に、懲罰部隊も言葉通り「消失」したことで、恩恵を受けた地域はかなり広範囲に及んだわ。
「アリス様、どうか、我らの村もお救い下さい……」
この一冬で、旧ウェスーク国支配領域の南部――先の戦争でサスーク国に占領されてしまった領域のほぼ全てが、私たち「バルバリア魔法戦線」の庇護下に入ったと言っていいわね。
雪が融けると、すぐさま沢山の町や村から使節がわんさかやってきたわ。その中には、私の知る顔も何人か……。どうやら、昨年の秋に開催した祭りに、他の町や村の人が混じっていたみたい。そこから、私が帰ってきたという情報がジワジワと冬の間に広がっていたのだそうよ。
「情報も多数手に入った。まずは、旧ウェスーク国北部の情報だ。どうやら、ウェスーク国の城には、現在でもミシア国軍が駐屯しているらしい」
やっぱり。私の予想は正しかった。復讐心で心が揺らぐ。だけど、今はその時じゃない。
ジョンはちらりとこちらを見る。私の様子を気にしているらしかった。そんな彼に私はウインクをしてあげたわ。
「正直、やつらがここに攻め入ってくるつもりが無いのなら、俺は監視程度で問題ないと思っている」
私たちは頷いた。これは、事前に話していた内容通りね。
「問題は、手に入れた領土の統治だ」
「領土」、それは土地の支配権を大事にする種族――主に原種しか使わない言葉であり概念よ。けど、農耕を始めたことで、この概念は妖精種の間でも広まりつつある。
「どうやら、今のバルバリア島はロマーラ帝国時代に比べて土地が瘦せているらしい。ワルハムの状態を見るに予想は出来ていたが、去年のこの地の収穫量は酷いものだった。そこでだ、土地改良、農業指導をするチームを組み、各地を巡って貰おうと思うんだが、どう思う」
私たちの同志の中には、学院後期の3年間に農学を専攻した者も多いわ。なぜなら、学院はかなり農学の研究に力を入れていたから。
ムー島の現在の住民の大部分は、ロマーラ帝国ダウニウム属州の崩壊に伴い発生した元難民よ。
ダウニウム属州を追われた人々の避難先は主に3つ。異民族によって同じく帝国崩壊の渦中にあった「大陸」か、帝国の支配が及んでいなかった「バルバリア島西部の山岳地帯」か、ユートレー大主教の私領であった「ムー島」。多くの人々は、ムー島か大陸を脱出先に選ぶことになったわ。
でも、小さなムー島に人が押し寄せた結果、起こったのは重度の食料不足。彼らは、今まで食べる習慣が無かった魚を食べ始めるほど、当時は飢えていたの。でも、1つ奇跡的なタイミングでもたらされたモノがあったわ。そう、「魔法」よ。
牡牛座系魔法は多種多様な鉱石を生み出すことができる。その中から、土に混ぜることで肥料となる鉱石が次々に発見されていったの。
飢えは時に技術を大きく前進させる。ムー島の学院で本格的に研究が始まった「魔法肥料」は、農業に革命をもたらしたわ。
そんな、偉大な学者の下で学んだ者たちが、同志の中には数多くいるの。
「そうなると、本隊の人数が少なくなっちまうなァ」
「そうですね。私の隊は殆どが神学出身ですので、お力になれそうにありません」
「僕の隊から多く出すことになるのかな、最新の農業は地のエレメントと強く結びついているからね」
「通信要員も、つけた方がいい、です」
かつての妖精種の悪夢――「混沌の時代」だって、その原因の1つは食糧不足。麦はあればあるだけ安定した統治に繋がるわ。これは、いわば未来への投資よ。
「アリスはどう思う」
「良いんじゃない? 作戦に支障がないなら賛成よ」
ジェファー隊は丁度、拠点建築がひと段落したタイミングでもあるしね。
「よし、それじゃあ編成に取り掛かろう」
こうして、私たちの組織に2つの旅団が編成されたの。ミシア国軍の動向を監視する「北方警戒旅団」と、領土中の町や村を巡って麦の収穫量向上を目指す「農地改革旅団」よ。
本体から離れて単独行動を行う2つの旅団のリーダーにはそれぞれ精鋭が抜擢され、複数の隊から集まった旅団員に対しての指揮権が移譲されたわ。
「農地改革旅団、旅団長の職。拝命いたします」
農地改革旅団を任されたのは、ジェファー隊に所属していたオリヴァー。彼は今までジェファーの右腕的存在であり、学院でも農学でトップの成績を修めた、まさにうってつけの人物ね。
「北方警戒旅団、任されました。隊長、行ってまいります」
北方警戒旅団長は、ゾーイ。そう、「光の柱事件」のあの時、最初に拠点に戻ってきたゾーイよ。実は、彼女は当時、拠点に向かうべきか迷っており、いつでも帰還できるよう準備していたらしいの。その、有事における咄嗟の判断力が買われたってこと。
新設された2つの旅団は、拝命式の翌日、すぐに拠点を後にしたわ。
――――――――――
春は物事が大きく動き始める時期、ってよく言うわよね。良い方向にも、悪い方向にも。そういえば、お父様が死んだのも春だったわね……。
私は呑気にそんなことを思っていたわ。
その日も、ワルハムの町や拠点は、いつも通り慌ただしく動いていた。2つの旅団が出発してから2週間が過ぎた頃だったかしら。私はルーナ、カリンと3人で町の見回りへと出かけていたの。
クッキーを美味しそうに頬張っていたルーナ。そんな彼女が突然、固まった。クッキーは手から滑り落ち、そのまま地面で砕け散った。
「もう、どうしたのよ。食べ物落としちゃうなんて――」
「アリスねぇね、敵襲」
「敵襲」。その言葉に私は血の気がサッと引いていくのを感じた。ルーナの方を見ると、既に彼女の姿はそこにはなかった。
「ボス、私たちも」
「ええ」
カリンに促され、私たちは全力で拠点へと急いだ。
「旅団」という言葉がしっくり来たんです。旅する団、いいじゃないですか。
なので、現実における旅団の軍事史的なツッコミはご容赦頂きたく……お願いします。




