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アグロンド王国物語-妖精国家の英雄譚-  作者: ガーレ
第1章-アリス編-

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第14話-光柱-

「フィル……ッ!」

「ルーナ様あああああッ!」


 ルーナ隊は主に、水エレメントの魔法が得意な者たちで構成されているわ。フィルもその例に漏れず、水エレメント魔法が得意な魔法使いよ。ただ、反面彼は火エレメントの俊敏魔法も、風エレメントの肉体強化魔法も使えなかった。得意の結界魔法は物理攻撃に弱く、こんな状況じゃあまり役には立たない。

 空を自由自在に飛べる妖精種の方が機動力に勝る上、そもそも100人以上と2人では数が圧倒的に違う。追ってくる大部隊を前に抵抗するも、彼はついに捕らえられてしまった。

 ルーナはそんな部下を見捨てることができず、その場で立ち竦んでしまう。


「そこの嬢ちゃん、1歩も動くんじゃないよぉ? よぉしよし、良い子だぁ」


 基本的に、魔法というのは手の平か杖に魔力を込めて行使するらしいわ。なぜなら、それが一番簡単だから。じゃあ、フィルのように後ろ手に縛られた魔法使いはどうなるか。一部の人を除く大多数は、上手く魔法を行使することができなくなってしまうでしょうね。


「どうして逃げたんだい、お兄さんとお嬢ちゃん。おじさん達は話を聞きに来ただけなんだ。そうだ、お兄さん、色んな事知ってそうな顔してるねぇ、アントニーとフィリップを知らないかね、我が国の徴税官なのだが」

「し、知らない」


 フィルは指を1本折られた。


「ああああああああああああああああ」

「そうなのかい? お兄さん。あ、自己紹介がまだだったねぇ、僕はサスーク国軍懲罰部隊隊長の……ふぅむ、名乗る必要もないか。んん? よくよく見たら、君たち原種じゃないか。どうやってここバルバリア島へぇ?」


 サスーク国部隊の隊長を名乗る男は、芝居がかった仰々しい態度でフィルを脅迫する。


「教えるものかッ!」

「ふむ、この状況でよく反抗できるなぁ、お兄さん面白いねぇ」


 フィルは指をまた1本折られた。


「ぐ、がああああああああ」

「ほらほら、お兄さんがそんなに叫ぶからお嬢ちゃん怖がってるじゃないの、震えているよぉ? 動くなとは言ったけど、震えを許さない程おじさんは鬼畜じゃないから、安心していいよぉ」


 ルーナが本気を出せば、この軍勢を惨殺することなんて容易いことだったわ。けれど、彼女にはそれができない事情があった。彼女の魔力は水との親和性が非常に高かったの。もし、この雨の中で攻撃系魔法でも行使してしまえば、降りしきる雨粒1つ1つが彼女の魔力に何らかの影響を受け、貫通性を帯びる可能性があった。貫通魔法の対人殺傷能力は非常に高い。捕まったフィルは結界魔法を行使することができない状態にある以上、ルーナのたった1回の魔法行使が、彼の生命を脅かす危険を孕んでいた、ってこと。


 礫を生成しながら動力魔法で操って見せたジョンの様に、複数魔法……例えば、攻撃系魔法と結界魔法を同時に行使すれば良い、なんて簡単に非魔法使いの私は思ってしまうけれど、実のところその辺、彼はかなり器用らしい。

 立て続けに異なる種類の魔法を発動する、ということは、全く解法の違う方程式に全く違う変数を入れて連続で解かされるようなもの。普段、自身の膨大な魔力量に頼りがちなルーナは、魔法の連続発動が苦手だった。いや、それは普通の魔法使いだって同じこと。彼女が鍛錬を怠っていた、なんてことは万に一つない。だけど、今回はそれが裏目に出てしまった。


 混乱状態の中、すんでのところで魔力を暴発させなかった彼女は、この1件の中で唯一、正しい判断ができたと言っていい。けれど、もう既に事態は収集不可能なところまで来てしまっていた。

 状況は考えうる最悪な形での膠着状態に陥ってしまっていたの。


「くっ、がああああああ」


 その後も、何度も、何度も、フィルの絶叫が平原に響き渡る。その度に、ルーナの肩がビクッと震え上がる。

 彼は指を8本折られた。

 この膠着状態を打破できなくなる前に──具体的に言えば、魔力を発動するのに不可欠な「手」そのものを失う前に、彼は決心した。


「さて、そろそろ答えてくれると嬉しいんだけどぉ……」

「絶対に、断るッ……!」

「なんだとぉ、貴様、全ての指を折られたいのか! 指だけじゃないぞ、次はあばらを――」

「ルーナ様! 僕が邪魔だから動けないんですよね!」


 フィルは腹の底から叫んだ。


「うるさい、勝手に喋るな!」

「であれば、僕が自分で死ねば、ルーナ様は、本気を……」


 ルーナは魔力の動きで気づいてしまった。彼が行おうとしていること、貫通魔法の逆噴射に。アトゥス教最大禁忌の1つを彼が犯そうとしていることに。


「や、やめて……やめてよぉ!」


 このままいけば、じきに両の手の甲から放たれた貫通魔法は、彼自身の脳天で交差することになる。

 ルーナがもし即座に結界魔法を展開していれば、もしかしたら間に合ったのかもしれないわね。

 でも、彼女は叫ぶことしかできなかった。咄嗟に動くことが、叶わなかったの。


「ん、なにこれ、こいつの頭が、消えて――」


 敵は動転した。人質が理解できない死に方をしたんだから当然よね。その間に、よろよろとその場で立ち上がるルーナ。私が思うに、彼女の両目はその時、真っ赤に光っていたでしょうね。


 通信魔法越しにでも分かる膨大な魔力放出に、1人の隊員は叫んだ。


『全員、すぐに結界魔法を展開するんだ! もしも使用できない場合は、全力で、身を守れ!』


 呆気にとられるサスーク国の軍勢を前に、立ち上がったルーナが発した言葉はたった1言。


「死ね」


 その瞬間、辺り一帯に降り注ぐ雨粒が、全て貫通魔法と化した。光の柱に囚われたモノは皆、人も、植物も、動物も、大地も、屍も、その範囲内では例外なく全てに、雨粒サイズの貫通魔法が浸透していった。

 その光景は、外から見ればとても幻想的に映ったことだろう。

 魔力の放出が落ち着き、雨音の響く夜が戻った時、真円形のクレーターに広がっていたのは虚無であった。その真ん中で、1人の少女がゆっくりと膝をついた。


『えー、ルーナ様に代わって、点呼。2番』

『3番』

『4番』

『――』


『9番と14番は今日は非番だったな。ということは、さっきのに巻き込まれたやつはいない。そうだな?』

『……』

「7番が、いない、返事が、無かった、よ。通信魔法、ノイズが多いんだっ、て、相談して、くれた、よね。私、魔法陣の改良とか、頑張るから、ね、戻っておいで、よ」

『ルーナ様……』

『グスッ』

「フィル……」


 少女は1人、静かに虚無の中で立ち上がる。文字通りこの世界から「消失」した青年の名を呟きながら。


『すみません、拠点まで、あと半刻は掛かりそうです』

「私、先に、戻ってる、よ」

『ルーナ様、あんな魔法を使ったばかりなのです。少しくらい休――』

「私が、アリスねぇねと、ジョンと、皆に、話さなきゃ、いけない、から……」


 俊敏魔法を身に纏った彼女は、この場から姿を消した。

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