30 全ての命に幸せを誓って
旦那様に言われて長椅子の上に起き上がり、座る。
旦那様は両腕を広げると、私が着ているような、白地に金の刺繍の入った正装のような衣装を身に纏う。
神々しい、と神に言うのも変な話だが、初めてであった時より、ずっと神様然としている。
「とても、素敵ですね、旦那様」
「アナスタシア、君も」
そういって旦那様が私に手を翳すと、いつも着ている物より薄い、白に金糸の刺繍の美しい、体のラインに沿った衣装になった。
末広がりになっていて、床の上にキレイにひだが広がる。立ち上がって旦那様の差し出す腕に手を乗せると、祈りの塔の上は急に一面の雲海になった。
雲の上に立っている……浮いている。分からないが、移動したような感覚も無い。
「結婚式って特別な場所でするんでしょう?」
「そう、ですね。特別な場所でします」
「なら、ここは特別な場所。俺の身体の一部、魂が還る所。人間の言葉では、天国の門っていうんだっけ」
「……私たち、死んでしまったんですか?」
旦那様が屈託なく笑う。
「まさか。まだまだ、アナスタシアとしたい事がある。アナスタシアと下界を見守りたいし、俺は生まれて1年にもならないんだよ? もっとずっと、一緒にいようアナスタシア」
旦那様の言葉は確かなプロポーズで、私は、思わず口を押さえて泣いてしまった。
あぁ、どうしようもなく幸せだ。一緒にしたい事があると、一緒に見守りたいと、私と一緒にいてくれるという言葉。
「もちろんです、旦那様」
雲海の上にたった二人。寂しさなんて感じない。旦那様がいる場所が、私の居場所だと再確認する。
お互いの流した長い髪が風にたなびく。天国の門は、雲海の上に射す太陽の光のようだった。
それが二本の柱を成していて、そこに人は死んだら帰り、新たに出ていくのだという。
生前の思い出も、辛かったことも、苦しかったことも。あの中で一度全てが洗われるんだ、と旦那様が教えてくれた。
「誓いの言葉を……考えていたんです。私たちは、病みも貧しくなる事もありません、その逆も」
「そうだね」
「ですから……、旦那様が黒くなっても白くなっても、私は旦那様を愛します。だから、旦那様、私が無私であっても欲深くても、愛してくださいますか?」
「アナスタシアが無私でも欲深くなっても、ずっと愛しているよ。……すべての、命に誓って」
「私も、全ての命に誓って」
こうして、私と旦那様は初めて唇を重ねた。
その相手が旦那様でよかったと思う。心の中が、旦那様への気持ちで溢れる。
私も、あなたに見つけて貰ったから、生まれてきたのです。旦那様。
「……左手を貸して、アナスタシア」
「はい」
私の左の薬指に、旦那様が小さな種のようなものを近づける。
種はしゅるりと木の枝を伸ばして、私の左の薬指に絡みついた。小さな、生きた植物の指輪だ。
「ほら、お揃い。これ、結婚指輪っていうんでしょう?」
「ふふ、はい。そうです。旦那様、この植物は一体……?」
「世界樹の種。この世界にはね、人間が知らない場所や、人間が知らない物が、溢れている。アナスタシアが人里に降りたく無いのなら、そういう所を見て回ろう。100年あっても足りないくらい、本当にいっぱいあるんだから」
旦那様の目が子供のように輝く。私に、旦那様の知っている全てで愛情をかけてくれる。
私は旦那様を抱き締めた。もう気持ちが溢れて、溢れて、言葉では何も伝えられないからだ。この距離ならば……抱き締めれば、全て伝わると知っている。
「……一緒に幸せになろう、アナスタシア」
「はい、旦那様。私、旦那様と幸せになります」
こうして私、聖女・アナスタシアは、神の嫁として永くこの世界に留まった。
気まぐれに人を助けてくれる、神様に溺愛されながら。
長くお付き合いくださり、ありがとうございました!
また今度長編連載に挑みたいと思いますので、よろしくお願いいたします!




