Re:2 夢へと進みし……①
「……怪しいな」
「……うん、怪しい」
それに気がついたのは、わずか数分前のことだった。つい先ほど、支度を済ませて家を出た、僕とベガ。
ベガは路地を歩き始めてから街ゆく人や物を、ずっと興味津々に見つめていたと思う。その目は、欲しかったものを買ってもらった少年少女とでも例えようか。なんともまぁ可愛らしいというか、父性本能をくすぐるというか……。
そんなベガであったが、商店街の人通りの少ない場所を歩いていたとき、その表情は何かを怪しむ、疑惑の表情へと移り変わっていた。
「ルイ、あれ、見て」と言われ、僕は、ベガの指さす方向を見つめた。
示す先には、いかにも怪しい男が一人。男は、いかにもと言った具合で、異質な行動をとっていたんだ。そそくさとした、忍者のような足取りに加えて、誰にも見られてなるものかと言わんばかりに、前後左右の確認を何度も行う。見た目年齢は後姿だったから良く見えないけれど、何か良からぬ雰囲気を醸し出しているということは、ベガにも僕にも、良く分かった。僕たちはバレないように民家の物陰に隠れてじっと見つめていたんだ……。
その「怪しい男」を、ベガはなかなか言葉で言い表せないようで、口をもごもごとさせる。
「……あいつ、変だな」
とってもアバウトだけれど、ドンピシャリな言葉だった。まさにその通りで、本当に変だなあと思った。
「……不審者、だね。初めて見た」
「ふしんしゃ……」
「ふしんしゃ」という単語に、ベガは納得のできない顔をしていた。その理由は、言葉のアヤにあった。
「それって、ルイもじゃないのか……?」
一瞬どころか数瞬、意味が分からなかった。どうして僕が不審者なのだろうと思うほどには。
間がしばらく空いて、僕は気付いた。難しく考えすぎていた。
「あー…………不振者、だね」
先日教えた、不名誉な言葉だった。
「これがどーおんいぎごかぁ」
ついに納得できたと嬉しそうにパチンと手を合わせていた。でも。
「ベガさん。お願いです。トリウシ(トラウマ)をほじくり返さないでください……」
「え、ダメなのか?」
先月の月末試験において、見事なまでに綺麗な、食べられない団子を二つ取得した僕にとって、その言葉は瘡蓋をチェーンソーで削り取るようなものである。その月末試験の結果が開示された際、担任に言われた言葉こそが「不振者」であった。
近くにいたベガにも聞こえてしまい、今混同してしまったというわけか。ただ、その意味までは、まだ理解できていないようだったけれど。
「あ、ルイ、あいつ走り出したぞ!」
「ええと……放っておくと気になるし、追いかけてみよう!」
そして僕たちは、町はずれの、もう人が立ち入ることがないような、酷い荒地にたどり着いた。そこはただ、人の身長を雄に越えて、広く、そしてたくましく生きる草の茂みに覆われているだけだった。
どうやら怪しい男を、見失ってしまったようだった。
――――――
「それって、結局誰だったの?」
トモリが気になったように問うてきて、対してベガが返答する。
「あとでまた話はするが、『能冥 械斗』って名前だったな」
ベガが言うと、アカリが何かを知っているかのように、そして、彼女にしては本当に珍しい、とても小さな声で「やっぱり……」と呟く。
思えば朝倉研究所の話題を始めてから、彼女は一度として会話に参加してきていない。アカリは何かを知っているというのだろうか。
気になったので、彼女に問うてみることに。
「ねえアカリ、何か知って……」
「ルイさん、朝倉研の話を続けて」
「え、あ、うん」
だが、トモリがそれを遮るかのように被せてきた。
……間違いない。この姉妹は何か秘密を隠しているんだ。
僕の知らない、彼女たちの空白の二ヶ月。
その秘密が、あの朝倉研究所にある。そんな気がしていた。




