そのG-5 濃密な時間【前編】
そこは、自然と動物を愛する村でした。
至る所にお花畑があり、お家にはまさに園芸と呼ぶのに相応しいような……そんな美しさがどのお庭にも見られました。そしてある民家のお庭には、小さなお子さんを連れたお母さんらしき人がいらっしゃり、僕がおーいと手を振ると、笑顔で手を振り返してくださいました。お子さんも無邪気に飛び跳ねているものですから、こちらも思わず笑みがこぼれてしまいました。
街の真ん中にはとても自然な形の小川が、澄んだその美しい無色で、僕や仲間たちのお顔を鏡のように映し出していたのを良く覚えています。本当に、綺麗でした……。
その小川の流れに逆らい上流へ向かって歩いていくとなんと、見事な水車小屋が、優しく出迎えてくれました。近づくほどに大きくなるその優美さと力強さに惚れ惚れと、感動していたことは今でも忘れられません。むしろ、忘れたくなんてありません。一生とっておきたい。それだけ綺麗な場所だったのです。
折角来たのですから、色んな所を観光してから帰りたい……。そして、興味深いと思ったことを、沢山沢山、朝倉さんにお話したい……。なんて、思い立ったために、ふたりと一緒に楽しく街中を冒険しました。
そしてまた陽も暮れ始めた頃、僕たちは一つのお店にたどり着いたのです。そのしっかりとした木材で作られた外見は、まだ出来て半年にも満たないほどの真新しさがありました。
「定食処……樹得……」
看板に書かれていた文字をそのままに読みました。「樹を得る」と書いてなぜ「ジュエル」と読むのかは良く分かりませんが、きっと店長さんならではのこだわりがあるのかもしれないと感じました。
……後から知った話では、まったく意味がないとのことでしたけれど。
「ふたりとも、お腹、すきましたか?」
旅をしてはや数日(体感的には1、2時間前後)が経過しています。このあたりで食事を取ってから帰るのが良いと思ったのです。予想通りふたりもお腹が空いていたようで、ミュリンはそのねじれた耳が萎れていて、意思表示を示しました。しかし、フレバードは我慢をしていました。でもヨダレが少しだけ垂れているので直ぐに分かりました。バレていないだろうとでも思っていたのでしょうか……ね。でも、当人の気持ちも考えて、あえて触れないことに。
「ではミュリンが空いているみたいですし、みんなで入りましょう!」
フレバードも、「満更ではない」といった表情をしていますが、本心は分かりきっていますので、今回に限っては、最早可愛らしいとしか思えませんでした。
お店の横開きの扉を開くと、いきなり店長さんと思しき顔の濃いおじさん(何故かハートが描かれたバンダナ着用)が「エーッセーッセー!!」と店内全体に響き渡る大声で挨拶(?)をなさってきました。思わず間をおいて扉を閉めました。
「何、ですかね、アレ……」
フレバードは苦笑いをし、肩に乗っていたミュリンに至ってはぶるぶる震えていました。というか肩が湿ってきてました。それだけ恐ろしかったのでしょう。
何だか変な汗が出てきました。でも店員さんにはきっと悪気はないと思いますので、もう一度……。
意を決して扉を開「センメーセメゴエンネシャー!!」く前に店員さんに中へと連行されました。
僕が左、ミュリンは真ん中、フレバードは右のカウンター席に座ると「ネニィネセーッスケーー?!」と、僕たちには判らない言語でメニューを投げてきました。 ……全力で。
恐らく注文を尋ねているのだろうと解釈し、僕たちは魚料理と飲み物を早々と注文しました。
「ケシケーリッシテー!!!」
はい、やっぱり意味が判りませんでした。何なのでしょう。この世界には異国語という概念があるのでしょうか……。
そしてその後、食事を作るためか、厨房の中におじさんは入っていきました。
一変して静まり返るカウンター。
一気に疲れが出てきた僕たち。
……言葉を発するのもかったるい気分になっていました。
「初めは疲れるよね、あの店長さん」
声の聞こえた左側を見ると、厚手の美しい鎧を身につけた、僕より少し背の高い銀髪の女の子がこちらを向いていました。そう、今の話題は僕に振られたものだったのです。
「……そうですね。凄く変わってる人だと思います」
答えると、クスリと女の子は笑い、前を向いたと思えば、唐突に僕が驚くことを言ったのです。
「あなた、この世界の人じゃないでしょう」
息が詰まりました。別に隠しているわけではないんですけどね。
「……どうして、わかるんですか」
「わかるよ。だって、ワタシは色んな世界をみてきたんだもの」
不思議な女の子は、食事の待ち時間を埋めるために、しばらくお話に付き合ってくれました。




