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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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吊り橋の上で踊りましょう

 使い捨てていい、というのなら住所不定のワープア……、もとい冒険者ほど扱いやすいものはいません。


 危険な場所へと依頼して、情報だけ持って帰らせて殺す。

 そういうことは昔はよくあったそうです。


 今のギルドの形態になってから、そういった使い捨てのような真似は逆に難しくなったと言えるでしょう。


 開拓という国政プロジェクトの人材を使い捨てにする者が居たら、それ相応の罰が待っているからです。

 もっとも、冒険者の地位が向上したわけでもなく最低限の権利が守られただけです。


 未だ罠にかかって帰らぬ人になってしまったり、妙な陰謀に巻きこまれて不幸なメにあってしまう人は、まぁ、少なくない、とだけ言っておきましょう。


 反面、最上位とされる冒険者。

 通称【名持ち】と呼ばれる冒険者たちは国務に携わる機会があったり、請われて騎士になったりと出世街道を爆進し、個人収入もそこらの商人顔負けのこともあります。


 つまり、完全実力制で歩合制な、ヤクザな商売ですね。

 騎士と並ぶ子供たちの憧れであり、就職できないアラクレの救済所であり、殉職率NO1な職場です。

 間違いなくブラックですね。


「シェスタ・ジェンカ。上級冒険者。19歳。ギルドに登録されている銘は攻性術式師。ギルドの一団『ナハティガル』に所属。生まれは帝国で、内紛時代に職を求めて冒険者に。王国に渡ってきた経緯は母方の祖母の下で術式の修行するためです。訪問の際に内紛に巻きこまれて、帝国行の期限パスが切れてしまい、王国に取り残される。帝国に帰るために国境を通るお金を稼いでいるところをジンさんとペアを組み、『ナハティガル』に誘われる」


 経歴だけ見たら、暗殺者っぽくありません。


 今、自分がヘグマントやメルサラに語って聞かせているのはベルベールさんからもらった学園資料の、人材経歴の項目です。


 一ヶ月半くらい前にメルサラが持ってきた資料ですね。


 経緯がわかると暗殺の報酬は見え隠れしてますね。

 帝国行のパスをもらえるか、元々持っていたパスの期限を伸ばすためのお金をもらうためでしょう。

 どちらにしても魔女シェスタ・ジェンカは帝国に帰ることを目的にしてます。

 あるいは目的のための手段、でしょうか。


「あー、なんだよ。暗殺者っつーから楽しめるかと思ったらよぉ。身バレで即ぶっ殺しか……、追い詰める手間もなけりゃ、ヒマもないってか?」

「いや、メルサラ警備隊長。事はそう単純ではないだろう?」


 さすがヘグマント。戦闘や警備に関しては鋭い指摘ですね。

 国境警備の仕事というより、『国境を護る軍隊』であるヘグマントは暗殺者や犯罪人を捕まえる訓練を受けています。


 その知識や経験則は、即座に自分の思い描いた思考を辿ってくれるでしょう。


「イリーガルやアサッシンの生殺与奪権はないのだ。つまり、法的に殺してもいい。我々もそのつもりで国境に挑んでいる。何せ帝国は『轡をはめた虎』だ。過去数度の接触でも牙しか封じられん」

「ぶち殺せばいいだろうが、んなもん」

「虎の中に魑魅魍魎が隠れ住んでいたとしてもかね? 虎の形をしてくれているから我々もまだ対処できるのだ。過去十数年と続いた王国、法国、帝国の駆け引きの全ては帝国の手足をどうにかもぎ取ることだけに終始しているのだ。……む、何の話をしていたか?」

「帝国ぶち殺すって話だろーが! そんぐらいオレでも覚えてるっつーの」

「違います」


 主旨くらい覚えてくれませんか、この脳筋ズ。


「いいですか。まず、①イリーガルやアサッシンは殺していい。②王国法は自国民と正規パスで入国した者の殺害や暴行を取り締まる。③魔女シェスタ・ジェンカは帝国生まれであっても現在は王国民である。④魔女シェスタ・ジェンカは高い確率で暗殺者である。この4つだけでわかることもあるでしょうに」

「あぁ、そうだ。思い出したぞ! 今、暗殺容疑をかけられても暗殺者かもしれないという理由では殺害は出来ないのだ。監禁も軟禁も難しい。殺害してしまえば我々こそが犯罪者となってしまう。当たり前のことだが表の顔がある暗殺者は捕獲がデリケートだ」

「あー? めんどくせぇなぁ……」


 メルサラは早くも投げ始めてしました。

 ダメだ、このメンバー、頭脳労働者が自分しかいません。


 今のうちにシャルティア先生あたりを味方に引きこ――むわけにはいかないんですよね。

 事が暗殺者なので、非戦闘員が『知っているだけ』でも危険です。

 理由は知っていることを知られた場合、こっちが守る対象を増やすだけですから。手間です。面倒です。ついでに守る対象は『生徒と教師』です。


 そして、守れる面子がこのメンバーだけの三人。

 『ナハティガル』を除いた冒険者たちだけなのですが……、今回、冒険者たちは通常警備くらいにしか使えません。

 何故なら、リンゴが入った木箱の中に腐ったリンゴが入っていたら、どれがどれほど腐っているか調べなければならないからです。


 あまり時間をかけてられない以上、守る対象を増やすよりも先に仕留める方を優先するべきです。


「簡単に言うと、メルサラ。メルサラの手下の一人が王国から疑われている。そう考えてください」

「イラつくシュチュだなぁ、おい。ケツごと焼き尽くしてやりてぇぜ」

「で、頭のイカれた兵士が行き過ぎて手下に暴行を加えた。こうなったらメルサラも怒るでしょうに」

「ヤカンみたいにピーピーな」

「そのキャストがそのまま、今回の状況です」


 今回、色々と情報が積み重なっていますが要約すると一点です。

 『イリーガルの殺害方法がわからない』ことがポイントです。


 つまり、魔女シェスタ・ジェンカがイリーガルを殺したという証拠があればいいのです。


 ところが壁になるのがさっきの話です。


「術式師は気絶中に術式の行使はできない。鉄板のルールがここで立ちはだかるわけですか」


 魔女シェスタ・ジェンカが模擬戦で気絶する→メルサラがイリーガルを見つける→イリーガルが殺害される→魔女シェスタ・ジェンカは気絶から目覚めてから生徒相手の模擬戦を行っていた。


 この流れで、魔女シェスタ・ジェンカが生徒以外に術式を使った形跡はありませんでした。


 彼女のアリバイは自分たちが証明してしまっている状態です。


「そういえば生首の切り跡はどうでした?」

「切れ味のいい刃物でスパッと切れたような感じだったな。術式で同じ傷をつけることは?」

「可能です」

「では、生徒たちや我々の目を欺いて遠距離射撃」

「授業中に森に向かって術式を撃って、それが遠距離かどうかくらいわかります。答えは無しです。そのような素振りはありませんでした。またメルサラがイリーガルを見つけた位置――生徒会で使う地図はありますか?」

「持ってこよう」


 ヘグマントが本棚からリーングラードの周辺地図を持ってきました。

 こういうときにあらかじめ地図を作っておいて良かったと思いますね。我ながら先見の明に優れているというか、そんな警戒したような生き方しかできないことを嘆くべきか。


「メルサラ。イリーガルの死体を見つけたのはどこです?」

「あー、ここが校舎か? ならこの辺だ」


 メルサラが指差したのは校舎と運動場をつなぐ先の森。

 宿泊施設から見れば南側の森ですね。


 そこは学園の敷地外です。

 学園から逃げようとしたところをバッサリ、ですね。


「では設置型を森に配置。一応、隠れる場所は森しかないのだから逃走ルートは割り出せるだろう」

「それも無しです。一度、気絶しています。あらかじめ設置していたのなら気絶した瞬間、術式は消えます。そして、確実に気絶した手応えがありました」


 何より、森の逃走ルートは複雑に入り組んでいて、一つに絞れません。

 追いかけっこは何も、ただ逃げる追いかけるで語られるものだけではありません。


 相手の心理を理解して、巧妙に逃げ切る。あるいは追いかける。

 一種の【支配戦】になります。


 逃げる側からすればメルサラの気まぐれは予測できません。

 追いかけてきたと同時に回りこむくらいやってのけます。

 そんな気まぐれ女の心の中を窺い知るのはベルベールさんくらいですよ、えぇ。


「ヨシュアン先生は何か他に思いつくかね? もう出尽くしたぞ」

「う~ん、そうですね。あることはあるんですが……」


 その可能性は非常にややこしいんですよね。

 何より、どっちにしても『メルサラが気付かなかった』という部分が払拭できません。


 手練との戦いが避けられないことを意味します。


「うし、ちょっと待ってろテメェら」


 考えるのも飽きたのでしょうか?

 メルサラがドシドシと部屋から出ていってしまいました。


「メルサラ警備隊長はどうしたのかね?」

「どうせ面倒になったから帰ったんでしょう。それか適当な人を捕まえて代わりに考えさせるか。ともあれ、アレの気まぐれに付き合うだけ時間の無駄ですよ」

「辛辣な意見だが、正直、メルサラ警備隊長の連れてくる人間がキレ者であることを願おうか」


 しばらく、自分とヘグマントは犯人の気持ちになって推理と推測を続けました。

 ヘグマントの軍用知識は面白く、そして効率的なものばかりでしたが、だからこそセオリーから外れない。

 セオリー外の非常識を自分が担当することで、心理の穴という穴はつけた意見が飛び交いました。


 正直、こういうのは面倒でもどこか楽しい感じがしますね。


 同じミステリーを読んで、友達と語り合う様に似ています。


 しかし、ヘグマントは専門知識しか使えるものがなく、自分も目立った意見を言えず時間だけが過ぎてしまいました。

 結局、答えはわかりませんでした。


 もう、明日にするべきか。


 幸い、これらの話で建設的な予防策だけは出てきました。

 その案は容疑者を一人にしないという鉄則のような行動です。

 警備の人間をツーマンセルからスリーマンセルに移行、周辺の警備状況が手薄になっても人数を固め、なるべく一人にさせない。


 自分たちも捜査という名目で、何度か接触する必要が――


「よーぅ! 待たせたな。持ってきたぜ!」


 メルサラが上機嫌で何かを床に放り投げました。


 それは床を軋ませて、ドスンとお尻をつくと痛そうな顔をしていました。


「いや、いやいやいやいや。ありえない、ぶっちゃけありえない」


 自分は現実を理解できずに固まってしまいました。

 ヘグマントにしてもそうです。これは予想外でしょう。


「ネチネチやんのは性に合わねぇ! うーたらぐーたらヤる前によぅ、本人に聞きゃいいだろうが!」


 連れてきちゃったよ、本人。

 魔女シェスタ・ジェンカさんを。


 放り出された弾みに取れたローブのフードから溢れる髪色は金色。

 碧眼の眠たそうな顔に、あまり変わらない表情に怯えを映しているシェスタさんは、なんていうべきでしょうか、アワレな子羊にしか見えません。


「法律? ルール? アリバイ? んなもん知らねぇ! 相手がわかってんのにゴチャゴチャやってるから何もできねぇんだよ! 頭突き合わせてなんになるってんだ! 本人が知ってるっていうならぶち殺して聞けばいいんだよぉ!」


 胸を張って豪語するバカがいます。


 誰かこいつをぶち殺してください。


 あのですね、ここまで色々、情報を集めて条件を割り出し推測して想像してミステリーばりの心理戦を広げながら犯人の自供を促すところでしょうか。

 逆上した犯人相手に自分たちが、こう、「犯人はお前だー!」と指を突きつけ、そのままベルゼルガ・リオフラムなんか撃って「悲しい事件だった」で幕を下ろせば誰を殺してもなんとなく許されるでしょうに!


 王国法での罰も逃れて、教師としての対面も保ちつつ、王派の賛成派としても言い訳ができる。

 帝国以外、誰も傷つかずベストなエンドでしょうに。


 この女、セオリーから外れることしか頭にないのでしょうか!


 そしてこんなことを考えている自分は自己保身の塊みたく見えますが、これが最適解なんです。

 誰も彼もが丸く収まる方法じゃないですか。


「さぁて。哀れで憐れな子羊ちゃんよぉ! テメェの知ってるナシを全部、小鳥みたく泣きながら出しやがれ。言っとくがこりゃぁ尋問じゃねぇ。命令だ。不服も不満もテメェの境遇も知ったこっちゃねぇ……、塵も残さずぶっ殺されたくねぇよなぁ? だが安心しろよ。楽にゃぁ殺さねぇよ。薄皮一枚ずつ丁寧に焼き墨で彫ったみたく刻んでやるからよぉ」


 マジでした。この女、マジでした。

 周囲の源素はS気に作用されたせいか寄り集まってきましたし、灼熱の殺気がただ一人、シェスタさんにのみ向けられています。


 高々密度の殺気に受けて、もうシェスタさんは一ミリ動いただけでも殺されるんじゃないかと唇を震わせながら、硬直してしまっています。


「男もいるからよぅ、女ならナニされっかわかるだろぉ? おい、テメェらも参加しろよ? イイ目見させてやっからよ! カハハッ!」


 なんか邪悪なこと言い始めましたよ、こいつ。


「断固、拒否します」

「妻に操を立てているのでな。俺もパスだ」

「あ゛? 【検閲削除】で【検閲削除】の穴を【検閲削除】で【検閲削除】グリグリして悦ってりゃぁいいものをテメェらホンマもんの【検閲削除】か? 玉なしか? ヤる気のねぇヤツぁ帰れ!」

「俺の家なんだが……」


 ヘグマントのつぶやきも聞きやしません。


「しゃぁねぇな。んじゃ、オレが処女食ってやるから――」

「いい加減にしなさい」


 もう耐え切れなくなったので、メルサラのテンプルに綺麗なコークスクリューパンチを決めてあげました。

 もちろん、【獣の鎧】を部分的に発動させました。


 言うならば【獣のガントレット】でしょうか?


 衝撃に脳を貫かれたメルサラが崩れ落ちました。

 確実に虚をつきましたからね。メルサラでも避けられません。意識は完全に刈り取りました。


「いい加減にしないとリスリア王国一、温厚な自分でもキレますよ? 大丈夫ですかシェスタさん。この邪悪な生き物に拐われてさぞ怖かったでしょう。ですがもう安全です。邪悪は滅びました」


 何が悲しくて容疑者を助けなきゃいけないのか。


 震える瞳と目が合います。

 メルサラの高圧な殺気を一人ぶつけられて、口汚い言葉で罵られたシェスタさんに冒険者シェスタという仮面をつけていませんでした。


 言うならば、一人の少女。

 19歳のたおやかな少女に、自分は手を差し伸べました。暗殺の容疑者ですが、仕方ありません。ここでは紳士さと真摯さを売って信頼を買いましょう。

 震える手を伸ばし、自分を手を握るとそのままシェスタさんの頬に――あれ?


「……す」


 小さな口が震える言葉で文字を紡ぎます。



「……素敵」



 ……ヘグマント曰く、この瞬間、自分の笑顔は固まっていたそうです。


 なんか変な旗がマッハの勢いで建築されていくのを黙って見ているような気分でした。


「はい?」


 マヌケな声で聞き返してしまった自分を、潤んだ瞳が追求します。

 それは求めです。切なる求め。


 でも、求められてもどうにもならないんですが……、どうしたらいいんでしょう、この状況?


 どうやら自分は何か別の厄介事を買ってしまったようです。


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