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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
93/374

牛歩のあゆみは結構速い

 様々な情報が溢れかえってしまった昨日。

 多方面すぎて解決のベクトルが定まりません。

 さすがに全てを一気に片付ける策は思いつけないでしょう。


 そういう時は片付けられるものから片付けるものです。


 そのためにはまず、今すぐ片付けられるもの、時間がかかるもの、そして優先度の高いものをそれぞれを仕分けする必要があります。


 生首の処分。暗殺者の件。旅神スィ・ムーラン関連。生徒たちのスキルアップ。生徒会活動。そして、忘れてしまいそうになりましたが学園予算の穴埋めもあります。

 もちろん、来月の貴族院の試練も近づいてきています。


 時間がかかるのは言うまでもなく生徒のスキルアップ。

 次に予算の穴埋め、貴族院の試練。この三つは時間がかかるものですがどうとでもなる感じです。比較的、危機レベルは低いと見るべきでしょう。


 スキルアップと生徒会活動は切っても切れませんし、予算の穴埋めに生徒会活動は貢献する予定です。

 この三つは一括りにすべきでしょう。


 差し迫った脅威として暗殺者の件は筆頭です。

 これはなんとしてでもすぐに片付けたいところです。


 逆に余裕があるのが旅神スィ・ムーラン関連。

 ポルルン・ポッカからの情報のせいか不確かかつ面倒な感じです。

 危険度はゼロに等しく、今は無視してしまってもいいでしょう。

 貴族院の試練が終わってからでも十分、調べられます。


 今回は旅神スィ・ムーラン関連に手を触れないでおきましょう。


 さて、優先すべき暗殺者の件ですが、もっぱらさっさと終わらせたい件は一つです。


 朝、職員室に入ってすぐ、自分はヘグマントに話しかけました。


「昨日のアレはどうなりました?」


 あの夜、結局、ちゃんとヘグマントから話が聞けなかったので今日に回しました。

 理由はメルサラを抑えるという重労働のせいですね。本当にしようがないバカです。あの女は。

 とうとう自分以外にも被害を出し始めました。


「うむ。なんとか奪取し、ちょうどいい墓石の下に埋めてきた。あそこなら骨が出てきたとしても不思議ではあるまい」


 昨日の疲れもなんのそのと言った様子で筋肉を誇るヘグマント。


 しかし、ちょうどいい墓石ってもしかして。


「中庭の花壇に埋まっていた墓石ですか?」

「む? 知っていたのか。誰が置いたか知らんが斬新なガーデニングだったな」


 すみません。アレは自分のせいです。

 そして、とうとう、名実と共に本当の墓になってしまいました。

 

 どうするんでしょうね、あの墓。

 意味なく学園の不思議が本当に完成してしまいました。

 そのうち、謎の墓から生首の幽霊が出てくるとか、そんな噂になったりしないでしょうか。

 もしもなったらシャルティア先生になんとかしろとか言われかねません。


「昨日、言い忘れていました例のアレですが。アレを法国のイリーガルと仮定しましたが、帝国のイリーガルの可能性もなくもありません。その可能性を消すために法国のリーガルと接触するつもりです」

「うむ。的を絞るつもりかね」

「えぇ。間違うと手酷い結果になりそうで。放課後にでも行くつもりです。ですが、ここで生徒会活動が足を引っ張りますね」


 そう。外に出るようなことになれば暗殺者は生徒を狙いたい放題です。

 また暗殺者の狙いが本当に生徒なのかも定かではありません。

 暗殺者の狙いが何かを知る必要があります。


「今日だけは【宿泊施設】の住人の手伝いだけを掲示板に貼っておくべきだろうな。しかし、近日中に片付けなければ生徒が怪しむぞ」

「とりあえずシャルティア先生にそう伝えておきます」

「俺も放課後は見回りに従事する予定だ。生徒にも早く帰るように伝えておこう」


 掲示板の掲示物は全てシャルティア先生が担当しています。

 報酬とポイントなどの数に関係するのでシャルティア先生に一任すべきだろうという意見のせいでシャルティア先生持ちになったのですが……、もしかして昨日の居残り、その腹いせでしょうか?


 ありえそうで怖いです。


「何を男二人で内緒話をしている。私の名前が聞こえた気がしたが」


 さすがは自尊心の高い女です。

 もといシャルティア先生です。

 決して自分の話題は見逃さない。それってどうなんですかね?


 常に周囲に気を配っている、といえば聞こえは良いでしょうが、悪く言えば出たがりってことじゃないでしょうか? あるいは首をつっこみたがり。

 高確率で被害を受け……、シャルティア先生なら暗殺者相手でも理詰めで追い返しそうですね。


「いえ、少々、問題がありまして生徒に類を及ぼすかもしれないので今日の放課後生徒会活動に関して」

「皆まで言うな。安全な住人手伝いだけを貼れということだな。【宿泊施設】内でできるならなんでもいいか?」

「えぇ、問題ありません。お手数をかけます」

「で、今回は何に煩わされている。この首をつっこみたがりめ」


 あれ? シャルティア先生はいつの間にベルベールさんと同じ能力を得たのでしょうか。

 それとも脳内の感想にも反応できる能力ですか?


 とはいえ、流石に非戦闘員のシャルティア先生に話して聞かせるようなお話ではありません。

 具体的には生首が出てきたりしますし。


「今回は自分のせいではありませんよ。遊びたがりを追い払っているだけです」


 どちらかというと神様の下に強制的に避難してもらうだけです。


「何にせよ、試練の前だ。模擬戦みたいな真似はともかく体が壊れない程度には自重はしろ」


 試練前に教師間競争を企画した人とは思えない常識人っぷりでした。


 そして、いつものように職員室を出て、術式の授業を行い、生徒たちの面倒を見て、放課後です。


 放課後も生徒会活動は行われます。

 しかし、授業で行われる生徒会活動とは少し、趣きが違います。


 授業で行われる生徒会活動は2時間の制約があり、教師の同行が必須です。ここでは生徒は必ず一つの依頼を受けなければなりません。

 一方、放課後の生徒会活動は1時間、教師の同行は任意です。また依頼を受けるか否かは生徒の判断に任されます。


 この違いは放課後にも仕事がある自分たち、教師陣への配慮です。


 そして、参礼日前の日の生徒会活動だけが野営を行っても良いという条件です。

 もっとも野営する場合、野営の旨を教師に伝え、同行をお願いしなければなりませんがね。


 今日は通常の放課後。

 参礼日まであと三日もあり、生徒たちへの依頼は全て【宿泊施設】内だけです。


 別段、ついていく必要もないでしょう。

 その間に自分は法国のリーガルと接触しましょう。


 目的は情報。

 帝国の暗殺者、その目的を知ることです。


「どうしてコルヌ・シュピーネの討伐がないんですの!」

「おっし、シューペ・マウラフの依頼、ゲット!」


 学び舎から出ていこうとした時、マッフル君とクリスティーナ君の声に反応してしまいました。


「くっ……、どういうことですの! 昨日まで確かにここに! コルヌ・シュピーネの討伐があったでしょうに」

「クリスティーナがモタモタしてるから誰かが終わらせちゃったんじゃない?」

「貴方だって同じような条件でしょうに!」


 あー……、うん。それはシャルティア先生の選定ですね。

 コルヌ・シュピーネは森の中で、シューペ・マウラフは【宿泊施設】での依頼ですから、コルヌ・シュピーネの依頼はハネられてしまったのでしょう。


 もちろん、事が終わり次第、元に戻るはずなのですが。

 暗殺者をどうするかによりますね。つまり、自分の手腕に問われています。

 問うているのはクリスティーナ君です。嫌だなぁ。


 二人の言い争いを見ていると、マッフル君がこちらに気づきました。

 これ幸いとやってきて、承認をねだってきます。


 その時にチラリとクリスティーナを煽っているあたり、マッフル君もハメを外しすぎです。

 あの挑発は底意地の悪さから来るものではなく、自分が先んじて実力を試せるというものからでしょうね。


 【支配】の見稽古と模擬戦で得た新しい考えと動き。


 試せる機会が来て、何よりも先に試せる。

 そのせいでテンションが上がって、無意味な挑発をしたってところでしょう。


 依頼書を受け取って、サインを入れます。


「シューペ・マウラフの討伐、確かに認証しました。さて、ちょうどいいので先生がついていきましょう」

「ちょ、なんで先生がついてくるわけ?」

「ついていってはいけない理由がありますか?」


 なんだか、一人でショッピングに行こうとしたら父親がついてきた、みたいな顔をされてしまいました。


 どう返せばいいのでしょうか、これ。

 世のお父さんは途轍もなく遠慮して、ショッピングできなくなってしまいそうです。


「べっつにー。アドバイスとか変な応援とかしないでよ」

「大丈夫ですよ。マッフル君が依頼を受けている間、牧場主さんと談笑してますから」

「それはそれでムカつく」


 途中、宿舎の武具庫でマッフル君は片手剣【ホルニース】だけを取ってきました。


「鎧は着なくていいんですか」

「この前とは違うって。今回は大丈夫。それよりさー」


 前とは違い、肩から力が抜けてますね。

 それに途中途中で乾いた枝と生木を拾っていってます。


「どうして今日の依頼、【宿泊施設】のヤツばっかりなの?」

「さて、どうしてでしょうね?」


 本当に答えてあげるわけにはいきません。

 何せ、暗殺者がいるなんてことになったら、この子たちなら犯人探ししかねません。


 不思議な出来事や妙な結果というのは、大抵の場合、何気ない部分に異常が見られます。

 今回だと、依頼書の偏り。

 隠された内容は暗殺者。


 誰もがそうだという思いこみのまま物事の片一面しか見ていないから予兆を見逃すのです。

 しかし、どうやらマッフル君は予兆に気づきました。


 物事を多面的に見る癖がどこかで身についているのか。

 はたまたマッフル君の才能なのかはわかりませんが、この子はよく隠されたものに気づきます。


 ですが問題はその予兆をどう掴み、どう想像するか。


「んー、確か、どんなものにも理由があって理由を作るのは大抵、人だって話だっけ?」

「つまり、マッフル君はそこからどんな理由を見出すのか。【支配】の概念にも通じる部分がありますよ」


 悩みながらも手を止めないマッフル君は、牧場前でピタリと止まりました。


「放課後の生徒会活動は時間が短いから、例え森の中での討伐依頼があっても時間切れになったりするから短い時間で終わるような依頼が集中して、活動時間の長い生徒会活動の授業や参礼日前なんかは討伐依頼が集中しやすい……かな?」

「正解です。模範解答としてはまずまずですね」

「どうして100点じゃないわけ?」


 それは元々、自分が用意していた解答だからです。

 あと、一つ気づいていない部分があります。


 マッフル君の持つ依頼が同じ牧場主さんからの依頼だということです。

 つまり、失敗しても期日が過ぎないかぎり依頼主の依頼削除がない限り、取り消しがないということ。


 そうなればクリスティーナ君が探していたコルヌ・シュピーネの依頼がないことに気付くはずです。

 そうなれば意図的にコルヌ・シュピーネの依頼が掲示板に貼っていないことに気づき、そこから何らかの思惑で依頼が一時、ストップされていることがわかるはずです。


 まぁ、ここまでわかれば100点です。


 もしも100点以上が欲しかったら、隠された思惑を暴かなければなりません。

 もちろん、そこから先は当然のように危険が潜んでいる……、と、それに対して準備までして指針を決めて、実際に行動し結果を出せて、ようやく自分たちと同じレベル――大人というわけです。


「100点を目指すならまず、もう一つか二つくらい理由を探し出してみせることです」

「なんだよ、それ」


 牧場に入るとヤグーが『なんぞ貴様』という顔で迎えてくれます。

 なんかマヌケな顔ですね。鼻っつらをポンポン叩いてやると『もっとしろやオラァ!』とグイグイ近づいてきます。


 えぇい、無駄に人懐っこい。

 顔を押しつけようとするヤグーに両の腕を持って抑えます。

 だって、こいつ、鼻が垂れています。

 自分の衣服は鼻紙じゃないんですよ。


「あぁ、まぁた君か。今度は先生も一緒かい?」

「今回は絶対、成功させてやるからさ」

「秘策があるってことかい。よし、じゃぁ、今回もお願いしようかな」


 呑気に依頼を進めてないで、この牛をなんとかしてください。

 そろそろ強化術式を使ってしまいそうです。


「先生は何をやってるんだい?」

「んー? 先生はよく変な思いつきや行動をするから気にしてたら負けだと思う」


 そういう考えで自分を見てたんですか!?

 他の人たちもそうなんですか? というか奇妙な行動なんてしたことありませんよ。

 常に効率良く動いているだけです。常識とかに捕らわれずに。


「そんなだから一段落したら話しかけてやったら?」


 マッフル君は早速、依頼を始めるようです。


 強化術式でヤグーを張り倒して、依頼主さんと顔を合わせます。

 それから柵に身を任せると牧場主さんも同じようにし始めました。


「学園の先生ですよね? ウチの牛に乱暴な真似はちょっと」

「大丈夫です。言うことを聞かせただけですから物理的に。しかし、おとなしい気性の牛ですね。確かヤグーという品種だったはずです」

「お。先生は牛にも詳しいのかい? だったらちょっと相談に乗ってくれないか」

「この夏、ヤグーがどう暑さを乗り越えられるか、ですか」

「そうそう、元々は寒冷地の品種でね。バテてしまった牛も最近じゃ見かけるんだ。矛盾しているようなことを言うけれど、リーングラードくらいの夏ならヤグーも平気だと思ったのさ。ヤグーの乳はうまいからなぁ。なるべくこの品種で育てていきたいんだけど良い案はないかい?」

「そうですね。大人しい気質ですから一所に固まりやすいと思われます。牛小屋の中に入れておいたら大人しく過ごしてくれると思いますよ」

「牛小屋は蒸すから逆にダメなのさ」

「だから換気を強くするべきですね。室内に風を送る術式具を用意しましょうか?」

「本当かい? 本当だとしたら助かるけどいいのかい?」

「えぇ。代わりに帝国のアサッシンについて聞きたいのですが」


 遠くでマッフル君がシューペ・マウラフの巣穴の傍で火の準備を始めました。

 どうやら正解にたどり着いたようです。


 一方、牧場主さんは表情も変えず首を傾げています。


「え……、と。先生が一体、何を言ってるのかわからないんだが」

「いえ、法国のリーガルでしょうに。牧場主さん」


 一瞬、言いようのない顔をしたと思ったら、頭をガシガシと掻き始めました。


「仮に、その法国のリーガル? だっけ。そうだとしたら、どこでそう思ったんだい」

「まぁ、無理がある、というだけの話ですよ。寒冷地でもないのにヤグーを育てるなんて。例えコレがヤグーの対暑実験だとしても、義務教育計画と平行してやる必要もないですしね。そもそもヤグーの実験をしようと思うのなら、ヤグーそのものに詳しい人間がいないと話になりません。義務教育計画に義務教育経験者の自分がいるようにね。となるとヤグーを育てられる人間は法国の人間になります」


 法国は寒冷地が多いですし、ヤグーもそもそも法国の品種です。リスリアにはヤグーはいませんから。

 いくらリーングラードが過ごしやすい土地とはいえ、夏は暑いんですよ。


 ヤグーという品種が生まれる土壌がないんです。


 それにヤグーを育てるにしたってもっと北側に適地があったはずです。


「そんなこんなで『法国側から王国へ正式な対価を渡してヤグーの実験を計画に盛りこんだ』となれば、その関係者は高確率で法国側の人間です。そして、リーガルを送りこむなら牧場主さんのように牧場従事者にするでしょうね。何せ言い訳と理由は整っているのですから、無理矢理、人員を押しこむ必要もない」

「……一介の教師がお国の思惑まで感じ取るってのは考えてもなかったよ。あんたこそ王国からの監視者じゃないのかい?」

「いいえ。断じてありませんよ。監視者でないと名誉にかけて誓えます」


 ついに火に生木を放り投げたマッフル君は、十分な煙が立ち上るまでじっと待っているようです。

 むしろ、周囲のヤグーは煙を嫌ってマッフル君から遠ざかり始めました。


 戦いやすくするためにちゃんと考えてきたようですね。


「ただの教師ですので、ご安心を」

「その教師が一体、牧場主になんの用だっていうんだ。ウチに出せるのはヤグーの乳くらいさ」

「それは一杯、もらいます。いえ、先日、法国側のイリーガルが帝国のアサッシンらしき相手に殺されましてね。遺体は色んな理由から返してやれないことが残念ですが」


 自分は首を一つ撫でます。


「ここをこう、やられていました」

「物騒な話だねぇ。で、犯人は捕まったのかい」

「いいえ。ですから貴方が掴んでいる帝国側の情報があればいいな、と、思いましてね。仇討ちなら代行しましょうという話です」

「代わりに情報ってことか。確かにこの計画、杜撰な帝国貴族や法国のボンボンどもにはお遊びにしか見えないだろうさ。だけど、この計画、成功したらどんな功績になったものかわからないほどの可能性があると思うのさ。いや、ヤグーのことさ。当然ね」


 流石に表向きの会話では協力してくれはしませんか。

 しかし、裏向きだと結構、協力的ですね。

 やはり、仇討ちしたいというのはあるんですかね。


「最近、死んだヤグー。大人しいヤツでね。メス相手に必死で真っ赤になったりするヤツなんだよ。そのくせ動くときだけはアクティヴでそれ以外は大人しい。両面があるっていうか、まぁ、話をしてやると黙って聞いてくれる良いヤツだったよ」

「そうですか。随分、情をかけていたんですね」

「普通はないと思うのさ。人間とヤグーの友情なんて。でも、なんていうか噛み合っていた、というか。一緒に飯食えるくらいは心を許してくれていたと思うのさ。だから」


 牧場主さんが首元のロケットを引きちぎって投げて渡してきました。


「ヤツが最後にくれた情報さ。アサッシンの情報も入ってる。俺はもう中身を覚えて処分するだけだったから、あんたにくれてやるよ」

「無駄にはしませんよ。決してね。他に漏らすことも」


 自分と牧場主さんはそのまま、黙ってしまいました。

 まるでそれは黙祷しているようにも見え、ボーッと空を見ているだけにも見えます。


「一つ、聞いていいかい?」


 マッフル君は送風の術式をつかって、煙を巣穴に送り始めました。

 煙が巣穴に充満するまで、どれくらいかかったでしょうか。


 別の入口からも煙がモクモクと立ち上り、巣穴の近くにいたヤグーもびっくりして避難し始めました。


「遺体を返してくれなんて言えない身の上さ。わかってる。でも、供養だけはしてもらえたのかなぁってさ」


 ……学園の不思議と一体化したことは黙っておきましょう。

 事がバレたら絶対にヘグマントのせいにしてやります。


「えぇ、どことは言えませんが墓の下に」

「そりゃ良かった。あんな世界に生きてるヤツさ。だからこそ、最期は人間らしくされて良かったと思うよ」


 送風を繰り返しながら、マッフル君は目を閉じて、地面の振動だけに集中し始めました。

 たぶん、何よりも早くシューペ・マウラフの気配を探ろうとしているのでしょう。


 そう。【支配】は相手を知る技術です。

 相手の微細な変化も、マッフル君なら予兆をつかめるでしょう。


 やがて、マッフル君が駆け出したと同時にシューペ・マウラフが巣穴から顔を出しました。

 フラフラしているのは一酸化炭素中毒……、煙にやられたのでしょうね。


 走る速度を殺さずに、そのまま剣を抜き放ち、シューペ・マウラフの右目に深々と剣を突きつけました。

 ぎゃうがう、と、喚き暴れるシューペ・マウラフでしたが、マッフル君が剣を捻るとあっけなく動きが止まってしまいました。


「ぃよっしゃーぃ!」


 苦渋を飲まされた相手にあっけなく勝利できたとしても、嬉しいものは嬉しいんでしょうね。

 飛び跳ねましたよ、おい。


「良い動きだねぇ。相手の先読みするなんて。あんなのが教育されているっていうんだから、この計画、他国から見たら危なく見えるんだろうな」

「アサッシン放りこむよりマシでしょうに」


 ロケットはもうポケットの中にしまっています。

 嬉しそうに駆け寄ってくるマッフル君を迎えるために、自分は柵からほんの少しだけ体重を浮かせて待ちます。


 中身は後で見るとして、今は生徒のために喜んであげましょう。

 初の依頼成功ですしね。


 それに、薄くて弱々しいとはいえ、一瞬だけ【支配】に近い動きをしていました。


 概念を理解し始めると優れた剣士ほど、【支配】を使えるようになります。

 どうやらマッフル君は剣士としての才能を持つ商人の子なのでしょう。まさにグランハザードです。

 商才がどれほどのものかはわかりませんが、それは予算の穴埋めのときにでも見せてもらえそうです。


「先生、さっきの見てた!」

「えぇ。ヤグーと戯れてました」

「最低だ!? ちゃんと見るためについてきたんじゃないの!」


 調子に乗りそうなマッフル君の頭を押さえるようにナデナデしてあげました。


 できたらご褒美です。

 そして――


「不手際には制裁です」


 マッフル君はなんのことかわからない顔をしていましたが、別にいいのです。

 正義感に駆られたつもりも、情にほだされたつもりもありません。


 そもイリーガルが殺されたとしても自業自得。

 この国で生きるということは、この時代に生きるということは、そういうことです。

 義憤の一つも浮かびません。


 ですが、そうですね。


 その危険度と一緒で、自発的にぶち殺してやりたいと思う程度にはやる気も出ました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 放牧主さんの言葉が重くてそれでいて人情味溢れて良いですね。
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