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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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能ある鷹は森に爪を隠す。

「クリスティーナ君にマッフル君。もう下校時間は過ぎてますよ。管理人さんも心配するでしょうに、一体、どうしたというのですか? 先生たちは生……ではなく、色々、処理に忙しいのでこのまま回れ右して部屋に戻ってベッドで眠ると良い感じに先生とか助かりますが、そうはいかないですよね、そうですよね」

「先生、なんか言ってることはわかるんだけど、変だよ」


 クリスティーナ君とマッフル君の怪しむ視線に冷や汗を流しながら、内心、舌打ちしたい気分でした。


 現在、職員室に生首があります。

 この時点で巡回騎士に職質されてもおかしくない状況です。


 もちろん、犯人の心境です。


 自分がやったわけじゃないのに。

 というかイリーガルを殺しても、王国法では罪に問われないのに……。

 なんでこんなに後ろめたいのでしょうか。


「そうですわ。まるで後ろめたい犯罪をひた隠しにする殺人鬼のようですわ」

「その後ろめたい犯罪の九割は絶対に殺人ですね」


 この子たちのジト目をなんとかしてください。


 しかし、クリスティーナ君。マッフル君。

 君らは怪しんでいるようですが、むしろ愛されていると疑うべきですよ?


 生首という悪夢を見させないようにしているという、先生の愛に。

 気づくわけないですよね、そうですよね。世の中そんなに甘くないですよね。


「だぁらっしゃー!? ぶっ殺されたくなきゃその手を離しやがれぇ!!」

「ぬぅん! 行かせはせん! 我が究極の筋肉によるダブルバイセップスを見よ!」

「無駄に固ぇぞ! おい! 金属かこいつぁ! いい加減、月までぶっ飛びやがれ!」


「メルサラー! 術式使ったら表に放り出しますよ!」


 応接室で激しい攻防を繰り広げている二人に怒鳴りつけます。

 すまんヘグマント。もう少し耐えて……、そういえば【剛体】に自信があるような感じだったので大丈夫ですね。


「……先生の他にメルサラ・ヴァリルフーガまで職員室に?」

「怪しい……、なぁんか怪しい」


 なんとしてでも生首とのファーストコンタクトを阻止しなければなりません。


 無意味に冤罪の理由を増やしてしまいそうで怖いというのもありますが、職員室には生首があるという噂が流れては学園の不思議に新しい項目ができてしまいます。


 謎の発光現象、花壇の謎の墓標、職員室の謎の生首……、まずい。

 並べてみたら、その全てに自分が関わってるじゃないですか。


 これ以上、学園の不思議に関わりたくないです。


「二人とも、問答無用で校舎から放り出されたくなかったら、さっさと用件を言いなさい。何か理由があって下校時刻を無視してまで職員室にやってきたのでしょう? 見ての通り、現在、職員室は火種と金属が混同する危険地帯です。知ってますか? ある二つの金属粉を混ぜ合わせたものに火をつけた場合、鉄が溶けます」


 テルミットです、テルミット法。

 良い子の皆は本気で使わないように。

 術式並の高温が発生します。約2300℃です。


「つまり、ここは溶鉱炉並に危険というわけです。わかってください」


 なんというか、自分、動揺してるのですかね?

 自分で言ってて意味がわかりません。


 言語を司る脳が働いていない気分です。そんな気分にもなろうもんですよ、この状況。


「まぁ、先生だし」

「先生なら仕方ありませんわね」


 まず君たちは何故、自分であるということが理由になるか説明してくれませんか?

 アレフレットとは違うんですよ。


「【大図書館】で調べたいことがありますの」


 クリスティーナ君とマッフル君がレポートに書いたこと。

 彼女たちが気づいたもの。


 それは相手を知るという考え方そのものです。


 この二人は原生生物のことを知らずに、何の対策も立てず、思うことすらしなかったのです。

 この思うことをしなかったことこそが、ポイントです。


 本当に原生生物に対して恐怖や畏敬、マイナスな感情でも真剣な気持ちさえあったら、相手がどんなものか知ろうとします。

 よくよくメルサラが戦闘を愛だの恋だのに例えますが、近しい感情だと思いますよ?


 決定的に違うのは、害意、殺意があるかどうかですが。


 真逆の概念でありながら、近しい性質を持つ二つ。

 そこには【識る】という思考が確かにあるのです。


 シューペ・マウラフとコルヌ・シュピーネは、これが欠けても倒せる相手ですが真正面から挑むと途端に面倒になります。

 故に必勝法が存在しているわけですが、必勝法があることすら二人は知らなかった。知ろうともしなかった。


 原生生物という危険に対して臆病になれなかったのが、この二人の最大の失敗だったわけです。


 【支配】を教えようと思ったのは、【支配】が相手を知ることによってのみ得られるからです。


 殺意を向けられる恐怖に耐えながら、殺意を向けてくる相手の気持ちを知り、殺意が描く相手の動きに対応する。

 模擬戦でクリスティーナ君とマッフル君が見て、考えて動いて得たものは【識る】ことの重要さでした。


「下校時間も過ぎているから明日にしなさい……、と、言いたいところですが」


 レポートでも『どうして先生が相手を知っているように立ち回れるのだろうか?』という疑問から始まり、『まるで知っているようだ』という例えに入り、『変態機動すぎ』『あんな状態で術式使えない』などという文句へと移行し、最終的には『実際に説明されて、ようやくわかった』と理解を示しました。


 【識る】重要さを知った二人は、ようやく先日の敗北を見直したのでしょう。


 自分自身に自信がある二人です。

 きっと二人とも、敗北した日は枕を抱えて原生生物への文句ばかり言ってたと思いますよ。

 何が悪かったのかもわからず、でも、何か決定的な悪かった部分もわからず。

 答えがない苦しみを味わったんじゃないでしょうか?


 そのうえ、答えを教えるはずの自分は教師間競争のせいで曖昧なアドバイスしか言わない。


「いいでしょう。一時間だけ開けましょう。とはいえ時間外なので先生も付き添う形になります。いいですか?」


 さぞ、やきもきしたことでしょう。

 埋め合わせ、というわけではありませんが少しはわがままに付き合ってあげましょう。


「やった! 珍しく話がわかるじゃん」

「いつもそう素直に事を運んでくださればよろしいのに」


 文句言うんじゃありません。

 今回は君たちのわがままを聞いてあげてるんですよ?


「ぶーたれていると開けてあげませんよ?」


 職員室入口に備えられている鍵保管庫に足を運び、保管庫の鍵で開けます。

 【大図書館】も【室内運動場】の鍵も全て、この中にあります。

 鍵を保管するために鍵がいる、文字にしてみると変な感じですが管理の面では正しいでしょう。


 この保管庫の鍵は教師しか持っていません。


 紛失などしようものなら、学園長から何を言われるか想像も固くないでしょう。

 

 保管庫から、【大図書館】と刻まれた木札がぶら下がった鍵を取ります。

 この木札をぐるぐる回したくなるのは何故でしょうね? 童心に帰れる気分をちょっとした安価で味わえます。


「行きますよ」

「ね、先生。アレ放っておいていいの?」


 マッフル君が指差すのはドタンッバタンッと揺れる応接室。

 怒鳴り声と苦悶の声が聞こえてくるのが面倒くささ全開です。


「メルサラー! ヘグマント先生! 一時間ほど【大図書館】に向かいますのでその間に例のものを片しておいてくださいね!」


 「ぬおおお!?」という苦悶の声が返事してくれたので、良しとしましょう。

 例のもの? と、首を傾げる二人の背中を押して職員室から出ました。


 おっと、備えの術式ランプも必要でしたね。

 適当に術式ランプを手に取り、クリスティーナ君とマッフル君に渡します。


 すっかり暗くなった廊下を先導しながら、少しだけ助言してみました。


 書籍を探している間に時間切れなんて脱力するようなオチはゴメンですしね。


「シューペ・マウラフとコルヌ・シュピーネを調べるのでしたら、魔獣図鑑よりも森の生態や原生生物図鑑という本がありますので、そのあたりを調べるといいでしょう」

「どうしてわかりましたの? 調べたいとしか言ってないのに」


 目的を察しているとわかって、クリスティーナ君が疑問の声をあげました。


「それくらいわかりますよ。君たちの先生ですからね」


 今、自分、いいこと言いましたよ?

 こう、教師っぽい? 生徒のことわかってるアピールです。


「【支配】ってそんなことまでわかりますの……、ハッ! 人の心を読むなんて先生は魔獣の類ですわね!」

「仮に心が読めたって、そういうこと口に出さないでよー。先生はいっつもデリカシーが足んないんだから」


 【支配】でも君らの驚きの思考回路までは予測できませんよ。

 文句を言われるとは思いませんでした。

 あげく魔獣扱いです。


「【支配】は限定的な行動予測です。もちろん日常的に察しが良くなったり、相手の機微に聡くなったりなどの副次効果はありますが、完全ではありません」


 究極のメイド、ベルベールさんみたいなのはあくまで特別なのです。

 察しが良くなる以上の効果はありませんし、そもそも日常で使い続けられる技術ではありません。


「目下、戦闘限定の技術です。そもそも君たちは【支配】という技術を目の当たりにしてこうしてココに来ているのですから、【支配】せずとも推測ぐらい――」

「でさ。職員室で何してたの?」


 マッフル君が意地悪げな顔で覗きこんできます。

 人の話を最後まで聞きなさい。殴りますよ。


「残業に決まっているでしょうに」

「残業? 教師ってさ、教えるだけじゃないの」


 そんなわけありますか。


「君たちのテストの採点やレポート、次の授業の準備なんか、誰がやると思ってるのですか」

「あ、そっか」


 軽い。そっかの一言で片付けられるとちょっと思うところはありますよ?

 具体的には『誰のためにやってんだ』という気持ちです。


「いつもこんな時間まで?」


 クリスティーナ君まで覗きこまなくていいんですよ。歩きづらい。

 ついでに二人で頭を突き合わせて険悪にならないでください。劇薬ですか君たちは。


「やるべきことは多いですね。まだ二ヶ月半。君たちの教材もまだ完全に完成してませんから」


 遠回しに手を煩わせるなと言ってやりたいですが、素直すぎるこの子たち、というのも味気ない気がします。

 こんなことを考えている時点で、もう毒されてますね。えぇ。


「ふぅん……、そうですの」


 そんなことを話しながら歩いていると、すぐに【大図書館】の入口までやってきました。


 【大図書館】に入ると、まず設置型の術式ランプに火を入れます。

 ぼんやりと薄橙に照らされた本棚へと駆けこんでいく二人を尻目に、自分も時間潰しのために一冊、読んでみたくなりました。


 適当な本棚を漁っていると、一つだけ本棚から飛び出した絵本が目に付きます。


 まぁ、時間潰しですし、読んでみましょう。



『あるところに鼻の長い男がいました。

 鼻の長い男は鼻の長さが自慢で、常にこう言っていました。


「吾輩の鼻は世界一である!」


 しかし、その高慢に怒った神様は言いました。


「では、貴方の自慢の鼻をもっと長くしてあげましょう。ただし、鼻を水平より低くしたらポキリと折れてしまいます」


 鼻の長い男は喜んで、神様の祝福を受け取りました。

 ぐんぐんと伸びる鼻に鼻の長い男は、ますます高慢になっていきました。

 常に背筋を伸ばして、鼻を天に突き立てている姿はまるで威張り散らしているようです。

 

 そんな鼻の長い男に、色んな人が声をかけてきます。


「ちょっとそこの鼻の長い人。貴方の足元に金貨を落としてしまったの。拾ってくださらない?」

「無理である。何故ならば鼻を下には向けられないのである」

「鼻の長い人。危ないよ。その先は水溜りだよ」

「無理である。何故ならば鼻を下には向けられないのである」

「鼻の長い人はどうして鼻を空に向けてるの?」

「当然である。何故ならば吾輩の鼻は世界一である」


 こうして、最初は気にかけてくれた人々は鼻の長い男に愛想を尽かして去っていきました。

 一人になっても鼻の長い男は空に向かって鼻を向けていました。

 もう鼻が長すぎてお家にも入れません。


 ずっと空の下で鼻の長い男は自分の鼻の長さを誇り続けました。


 やがて、一人の旅人が鼻の長い男を見つけて、こう言いました。


「そこの鼻の長い人。どうして貴方は鼻を空に向けているんだい?」

「当然である。何故ならば吾輩の鼻は世界一である」

「だけど、不便だろう? それだと下に落ちているものが拾えないじゃないか」

「問題ないである。下に落ちているものよりも吾輩の鼻のほうが素晴らしいのである!」

「まともに前も向けないじゃないか」

「問題ないである。前を向かなくても空が見えるのである」

「友達の顔も、地面に咲く花も見れないなんて、寂しくないのかい?」


 ふと言われて鼻の長い男は思い出しました。

 鼻の長い男にも友達がいたことを。

 でも、ずいぶん長く会っていないことを思い出して泣いてしまいました。


「おぉ。友がいたのである! 吾輩の鼻を誇ってくれた最愛の友が! しかし、吾輩はもう鼻を地面には向けられないのである。友達に誓って、決してこの鼻を折るわけにはいかないのである」

「そうかな? 友達は君の鼻よりも君が大事だと思うけどね」


 でも、鼻の長い男は決して空から目を離したりしませんでした。


「じゃぁ、僕はもう行くよ。最後に一ついいかな?」

「……なんであるか?」

「君、幸せかい?」


 聞かれて、つい、鼻の長い男は旅人を見てしまいました。

 ポキリと折れてしまった鼻が地面にゴロンと倒れました。


「その顔で友達に会いに行ってごらんよ。きっと喜んでくれる」


 鼻の長い男は元通りになった鼻を見て、泣きながら去っていきました』



「……旅人がえげつなく見えますね」


 素直に感動できない自分は汚れた大人でした。

 あと、この物語に登場する神様は絶対、悪魔の類です。


 しかし、どうして絵本に出てくる旅人の姿は皆、同じ格好、同じ役なのでしょうね。

 確か【バナビー・ペイター】にも登場した旅人はやっぱり問いかける役でした。


 このリスリア王国、いや、もしかすると大陸で親しまれている旅人像というのは共通しているのでしょうか?

 おそらく旅神スィ・ムーランがモデルなのでしょうが……、ん?


 旅神スィ・ムーラン?

 待て、その単語、いや、その言葉と似た言葉を以前、聞いたような。


「スィムラン……、スィ・ムーラン……、待て、待て待て。そんな相似があるはずが」


 謎の生物ポルルン・ポッカから聞いた謎単語スィムラン。イルミン。透明の獣。

 これら全てがスィ・ムーランという言葉で解き明かしていくと、みるみると理解できました。


 急いで神話関連の本棚に突撃し、スィ・ムーラン関係の書籍を流し読みしていきます。


「……ッ! あった」


 旅神スィ・ムーランが訪れた森。鎖の森。

 そこにはイルミンシアと呼ばれるエルフの真祖がいました。

 そして、イルミンシアが住む鎖の森に封じられている魔獣の名前が――


「【無色の獣】」


 スィムラン=スィ・ムーラン。イルミン=イルミンシア。透明の獣=無色の獣。

 相似は、ありました。


 ですが、だとしたら余計にあの白い少女が眠る森のことが意味不明です。

 ポルルン・ポッカは約束を果たすために、自分を呼んだと言いましたが、それ以上に厄介な言葉を残しています。


『トーメイ ノ ケモノ イルカラー』


 居る? そこに? あの森に?

 いや、違う。アレに対して気をつけろということは。


「【無色の獣】がまだ生きてる、という解釈で正しいのでしょうか」


 とはいえ謎生物の謎の言い残しです。

 杞憂でしかないと思いますし、大体、【無色の獣】はこの神話の最後に当時の六王たちによって倒されています。


 とにかく、現状で優先価値のほとんどない情報でしょう。

 しかし、正しい情報だとも思っています。


 少なくとも、スィムランとスィ・ムーランは同一の存在と見るべきでしょう。

 そして、スィムランと自分が同じか、あるいは似てるとなると。

 旅神スィ・ムーランの正体はおおよそ、見当が付きます。


 とはいえ、その全ては仮説です。

 スィ・ムーランの伝説や神話はマイナーであっても、数多くあります。

 派生系を含めれば、それこそわからないくらいに。


 思いのほか集中してしまったため、生徒たちが満足するまで【大図書館】に居続けることになりました。

 この後、二人を宿舎に送っていったら、心配そうな顔で玄関前でウロウロしている管理人さんと遭遇してしまいました。


 うわ……、気まずい。


 社交辞令的な謝罪をして、職員室に帰ってみれば、ぐったりしたヘグマントが居るわ、まだレポートの閲覧が終わってないとか色々とげんなりする事態に遭遇しました。


 今日はどうやら、いつも以上に長い残業になりそうです。

 公務員って……、残業手当ってつきますかね? 



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