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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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ペンは拳より目潰ししやすい

 クールダウンしていくように術式を解除していきます。

 12の強化術式の制限時間までに終われたのは僥倖だったと思います。


 本当に死にますからね。

 解除してる間に制限時間が来てしまったらアウトでもあるので、余裕をもって終わらせられるに越したことはありません。


 しかも、施すのは一瞬でも解除には時間がかかるのもポイントです。


 動いている間に術陣自体が他の術陣と絡み合って、知恵の輪のような有様です。

 これらが変な形で発動してしまわないように慎重に解除して、ようやく終了です。


 そんな自分を見下ろす赤い影が。


「よーぅ、ヨシュアン!」


 急に視界を覆い尽くす靴裏の模様。

 体をひねり、間一髪、メルサラの凶行を避けました。


「何をするんです?」


 答えより速く、メルサラの指先から赤い射線……、エス・フラムセン?

 綺麗に右耳を狙った正確な射撃ですが、当てる気がなかったようです。

 そこでようやくメルサラの意図に気づき、術式を避けたふりをして体勢を崩しました。


 崩れた体を持ち上げるように掴まれる胸ぐら。くるしいっす。


「テんメェ……、三度も手加減しやがったな!!」


 大声をあげるメルサラに自分は何も言いませんでした。

 いえ、言い直すなら、周囲に聞こえるようには言いませんでした。


 抑音発声法です。


『ねずみが出てきましたか? ずいぶん堪え性のない』

「見事に出し抜いてやったつもりなんだろうがバレバレなんだよ!」

『そりゃメルサラ相手ならそうでしょう。自分だって気づいていました。でも模擬戦中に割りこむ気配がなく、観察している気配しか見えませんので放置しました。動きますか?』

「そういう甘ぇところがつけあがらせる、わかってんのか?」

『相手も自分もお互いに気づいているのなら、相手に気づかれていることに気づかれていない今、アドバンテージは自分たちにあります。殺さないように生け捕ってください』

「はっ! まぁ、いい。テメェがそうでもオレはそうじゃねぇ」


 そして、ここからは聞こえるようにしゃべります。


「あまりジルさんたちに手荒な真似は止してくださいね」


 メルサラは打って変わって、にんまりと口を歪めました。


「つまらねぇ真似した分だけズドン、だ。文句は言わせねぇぞ」


 そのまま森へと歩いて行ってしまいました。

 肩を怒らせているのは、不機嫌なのか上機嫌なのか判断しづらいですね。


 暗殺者さんに冥福を祈りましょう。

 運が良かったら半殺しで済みますよ?


 さて、ネタばらしといきましょう。


 今回の模擬戦も一つの罠でした。

 ねずみ捕り……、いわゆる暗殺者さんを捕まえるための餌でした。


 わざわざメルサラに詳細を話したのも、暗殺者兼観察者を捕まえてもらうように頼むためでした。


 さすがにジルさんを相手にするなんて流れは予想外でしたがね。


 自分と違い、メルサラの気配探知能力は大雑把で広範囲。

 対軍に特化しているメルサラらしい能力とも言えます。


 暗殺者相手だと非常に相性が悪い探知能力ですが、しかし、ある程度メルサラに近づけば野生の勘で避けるは当てるわで、暗殺者から見れば暗殺しやすいのにしづらいという嫌な相手なのです。


 デコイ兼スカウトにはもってこいの人材ですね。


 自分が模擬戦に集中している間に監視塔の役割をメルサラがしていました。

 この探知にひっかかったアワレな暗殺者さんは、先のエス・フラムセンでマーキングされました。


 そう、アレは自分を狙ったものではなく暗殺者を狙ったものです。

 自分がふらついたのも暗殺者の判断を鈍らせて、行動を遅らせるものです。


 つまり、気づいているのか気づいていないのか。

 運悪く命中したのか、偶然なのか。

 判断を惑わせる誤情報ですね。

 

 抑音発声法を使ったのは生徒たちに聞かせるつもりがなかっただけです。


 裏向きで会話しやすいようにメルサラが珍しく配慮してくれたので、生徒たちから見れば、模擬戦に納得いかなかったメルサラが気晴らしに森へと散歩に出かけたようにしか見えないでしょう。


 そうでなくてもストレス発散しにいったことくらい、なんとなく予想がつくでしょう。


 最悪の猟犬相手にねずみはどこまで逃げられるかは、後でわかるでしょう。


 今、自分がすべきことは……、


「てい」


 ジルさんをチョップで蘇らせました。

 背骨をトンッと叩くだけで反射を起こして、体に活を入れる技です。

 膝蓋腱反射しつがいけんはんしゃの背中バージョンだと思ってください。


 これをやられると背中が無意識に反り返って、内臓がびっくりします。

 もちろん、普通は器具でやるものですが……、自分は細い針のような術式を使って直接、電気を流しました。


「……もう少し、マシな起こし方はなかったのか?」

「タフそうだったので、アレくらい大丈夫かと思いましたが違いましたか?」

「嫌な聞き方をするな。男にモテないぞ」


 もう一度、寝ていてもらいましょう。


「怒るな先生さん。拳を固めないでくれ。ちょっとした冗談だ」

「ジョークは人と種類を選びましょう。場合によっては死にます」

「気をつける……、仲間を起こしてもいいか?」

「それが狙いです」


 まだ感電で体の自由が効かないのか、ゆっくりとした足取りでしたが一人一人、的確に活を入れて、気絶から無理矢理、意識を呼び戻し始めたジルさん。


 自分もジルさんに習って、電撃法で蘇らせましょう!


「いや、先生さん。普通に意識を戻してやってくれ。かなり痛かったぞ」


 自分はジルさんのジト目が痛かったです。


 確実に戻ってくるのに……、何故でしょうね?


 意識が戻っても本調子に戻りきるには時間がかかるでしょう。

 その間に自分は生徒たちの方へと向かいました。


 模擬戦を見て、ザワザワと意見を交わしあっています。

 んー、こうして見ると、ある程度、生徒たちにとっては良い刺激だったのかもしれません。


 しかし、ここで終わっては意味がありません。

 レポートもそうですが、ただ見て覚えるだけならメルサラにだってできます。


 時間も十分ありますからね。

 準備に実戦、それら含めて30分もかかりませんでした。


 あと一時間と半分。時間は十分です。


「というわけで、皆さんには見て学んだことをすぐに実践してもらいます」


 ザワザワしていたはずの生徒がピタリと静かになりました。


 やっぱり見て学んだら、次はやってみなきゃわからないですよねー?

 座学の次は実践という形式はずっと続けてきたわけですし、慣れてますよね。


「え? 先生何言ってんの――」

「大丈夫です。五人抜きしろとは言いません。先生のように五人全てと戦えとも言いません。誰か一人でも戦って有効打を取れない生徒は……、補習です」


 何名か声を失った子がいます。

 筆頭はセロ君ですね。


 でもセロ君。先生はね。


「戦えない子もいつまでも戦えないなどとは言わせません。危険はいつ何時、君らを襲うかわかりません。そして、戦いが学問なら、学べない理由はどこにもありません」


 できないままで放置しておくほど甘くないですよ?

 愛の鞭の半分は優しさでできています。甘くて痛いバラの棘です。


「もちろん、戦える子はジルさんやアマゾ――アニーさん、チャラ男と戦ってもらいます」

「覚えられてねー!? というか名乗った覚えねー!? 勝手に名前が付けられてるー!?」


 チャラ男が叫んでました。うるさいですね。


「先生さん、ジーニだ、ジーニ」


 見かねたジルさんがチャラ男の本名を教えてくれました。

 いや、聞きたいわけじゃないんですけど。


「えぇ、ジーニさんですね。近接三名は戦闘が得意な子に当たってもらいます」

「おいおい。さっきのあの一戦の後に一時間ちょいもガキ相手にしろってか」

「余裕でしょう? 連続戦闘の経験がないとは言わせませんよ?」


 ジルさんが額に手を当てて、空を仰ぎました。


「なんとか言ってやりなさいよ、ジル」

「無理だろ。先生さんはマジだ。そして『誰一人、この場でこの人の言うことを戦闘力では覆せない』んだぞ」


 わかっていただけで何よりです。

 つまり、この模擬戦で自分は説得力も得たのです。


 戦闘という学問で秀でることは、大抵の言葉にある種の強制力を持つということです。


 この人には勝てない。

 この人には通用しない。


 敗北はそう思わせてしまう強制力があります。

 故に無茶で無謀で、無理矢理な理屈を押しつけられる。


 これが本当の強者の理屈です。

 さぁ、誰が覆せる? この中の誰が? ジルさんたちに勝てないと思った人間は決して自分にも勝てないのだから意見を覆せるはずなんかないのです!


「ヨシュアン先生ぃ! 急に授業内容を変えたら皆びっくりするじゃないですかぁ! そういうのはちゃぁんとわたしたちにも説明しててくださぁい! あと、なんて危ないことばっかりしてるんですかぁ! 下手したら死んでるんですからねぇ!」

「あー、ヨシュアン。その意見には同意だが、戦える子と戦えない子の条件が厳しいぞ。ちゃんと体育の授業内容と成績を見ているか? 戦える子は有効打よりも三分間の耐久だ。戦えない子にはむしろ同じ三分間でそこな冒険者たちから有効な体の使い方を聞いたほうがいい」

「え、あ、はい、すんませんごめんなさい」


 斜め45度の綺麗なお辞儀をしてしまいました。

 怒るリィティカ先生と冷徹な目で話の内容を精査するシャルティア先生には一生、勝てる気がしません。

 

 頭を下げた自分にジルさんたちが脱力したのは言うまでもありません。


「……つかめない先生さんだねぇ」


 アニーさんのつぶやきが背中から聞こえました。


 戦闘力で物を言えなくても、説得力なら言えるんですよねー。


「えー、ジルさんたちとの訓練、余った子は自分とヘグマント先生が請負いますので、時間も限られていることですし分散してことに当たるようにしましょう。あと、不出来な技を使うようなら手痛い一撃を食らわせてもいいので、存分に奮いましょう」


 こうして模擬戦後の一時間半は生徒たちの発声や悲鳴で埋め尽くされることになりました。


 模擬戦による生徒たちに与えた影響。

 生徒たちは模擬戦で見た技や【支配】の出来損ないみたいなものを真似したり、理解しようと頑張っていました。


 【支配】の概念がわからない子には先ほどの戦闘の細かい部分を説明してやったりと色々とありました。

 リィティカ先生やシャルティア先生、ピットラット先生は戦えない子に付き合って、手当したり第三者から見てダメな部分を指摘したりして、十分な授業内容と言えるものとなりました。


 そして、自分は放り投げたローブを拾い、生徒たちに向き直りました。


 ローブの中に源素結晶を隠していたりするので、誰かに触られるわけにはいきません。

 えぇ、このローブが12の術式の肝だったりします。


 術式ランプの電池にもなる源素結晶。

 源素を多く含んだこの結晶を砕けば、源素が外に飛び出すのです。

 その源素を操作力で拾って、術式の源素にしたわけです。


 ほぼ一瞬で回収しますから六色の源素が見え、観察力の高い者でしか気付くことはできません。

 ゆえにこの場ではメルサラしか見破れなかったわけです。


「ヨシュアン・グラム」


 アレフレットが睨みつけるように自分の後ろに立っていました。


「……アレはなんなんだ? あんな獣みたいな姿は……、出来損ないの源素の、獣の鎧を作る術式なんか聞いたことがない。お前は何なんだ? 本当にただの術式師か?」


 アレフレットの疑惑に満ちた瞳に自分は、肩をすくめました。


 きっと二ヶ月半前なら、動揺していたでしょう。

 自分が何者なのか、そう突きつけられて答えに困ったでしょう。

 もしかしたら、正体がバレたと思って適当なことを答えていたでしょう。


 しかし、今は……、そうですね。

 わりとすんなり答えが出ちゃったことに自分自身、驚きながら言ってしまいました。


「術式師で術式具元師で、ただの教師ですよ」


 疑惑に満ちた眼は、呆気にとられたようなまん丸に変わってしまいました。


 自分にもやっと自覚が出てきたんでしょうかね?

 この生徒たちを教え導く、教師だということに。


 だから、どうしても譲れなくなってしまって。

 無茶を簡単にしてしまうようになってしまう。


 自重するつもりはありませんが、そうですね。

 この子たちの為にも死ぬわけにはいかないくらいには思えるようになりました。



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