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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
87/374

戦いの神ルーカン、只今筋トレ中

 次の日。

 授業の後半をまるまる潰して、自分と教師の誰かの模擬戦を見せたいという要望に学園長は少しだけ渋い顔をしてしまいました。


「いくら学習要綱に余裕があるといって、そうそうに貯金を使っていてはいざとなった時に困りますよ。この計画は何時、邪魔者が入ってくるかわからないのですから」


 窘められてしました。

 普段なら、ここで自分が「もーしわけありませんこんごきをつけまーす」と言ってテーレさんに睨まれ、学園長の呆れたような笑顔に見送られるのが日常でした。


 しかし、今日は少しだけ様子が違いました。


「ときどき、この学園は遊戯室なのかと思ってしまいます」


 誰にとって、などとは言わなくてもわかるでしょう。バカ王です。


「生徒のための遊戯室、という面もあるのでしょう。しかし、王にとっての遊戯室という面もまた否定してはいけない」


 それは生徒会のことを言っているのでしょうか? 確かにバカ王が好きそうなシステムですが。


「王にとってということは、それはリスリア王国そのものと言っても過言ではありません。貴族社会とはそういうものです」


 それとも……、いや、早合点しすぎですね。

 まだ会話の途中です。最後まで聞いてから判断しても遅くないでしょう。


「初めは雑多だった物置部屋も片付けられ、必要なものが揃えられ、もう遊ぶことのできる立派な部屋となりました。遊具はまだまだ足りませんが、基本は揃えたと言えるでしょう」


 窓の向こうから覗くリーングラードの土地。

 二ヶ月前から見た光景と何一つ、変わっていないのにどこか不思議と変わったように感じるのは気のせいでしょうか。


 心情の変化? それとも学園に慣れたせい?

 

 慈母のような眼差しを向ける学園長に、自分は何も言いません。

 この場で何かを言いたいのは学園長その人なのですから。下っ端は黙ってるに限ります。


「壁の穴にはお気をつけなさい。大抵、ねずみは壁の向こう側にいるのですから」

「ねずみも遊びたがっている、というわけですか。そろそろ仕掛け時だと?」

「嫌がらせしたくもなる時期でしょう。一ヶ月と半月後に貴族院の試練、生徒たちは試練に向けて己を詰めている途中。そのための遊具も完成しました。なら、生来より癪の強い誰かさんが子供をたしなめるために遊具を壊す、なんてこともやりかねません」


 タチの悪い話です。

 しかも、もっともタチが悪いのは『その行為自体、本命でもなんでもなく我々を困らせればそれでいい』と考えているところです。


 愉快犯みたいな動機でそんなことされたら、こっちもたまったもんじゃないんですよ。


「そうですね、適当に殺鼠剤でもまいておきます。お望みならそれ以上も」

「そうしてもらえますか。あと、ねずみの中にも魔獣種がいましたね」


 ……職業暗殺者でも雇った、と解釈してもよろしいのでしょうか?

 やだなぁ、こんな辺境の学園施設に暗殺者とかバカげすぎてます。


「くれぐれも怪我をしないように。明日までに生き返る算段がついているというのなら話は別でしょうけれど」

「……化け物ですか、自分は」


 本当にどこまで知ってるのでしょうか、この人は。

 この場で誰が化け物かっていえば、百~千人単位を滅ぼせる戦略級術式師の自分でもなく、この世の誰をも殺してしまえる【神話級】保有者でもなく、なんの変哲もない老婆だというのだから夢見の悪いジョークですよ。


「まぁ、メルサラみたいなのを連れてこない限りは大丈夫ですよ」

「頼りにしていますよ、ヨシュアン先生」

「生き返らないように気をつけます」


 自分はおどけるように肩をすくめて、学園長室から出て行きました。

 ずっと窓を眺めている学園長の顔が見えなかったのが、ちょっと判断に困るところです。


「さて、これはまた厄介な」


 学園長が教えてくれた情報は非常に厄介な事柄を含んでいました。

 下手をすれば事が貴族院や王室だけでは済まされないレベルの変事です。


 あぁ、もう! 自然、眉は歪んでしまいますよ。

 昨日まで続いていた、のほほんとした空気よ帰ってきてください。


 ともあれ、相手がプロなら下手な潰しは無意味でしょう。

 そういうのはテーレさんのほうが向いていると思います。


 自分ができるのは事態が起きてから、即座に動くこと。

 先に起こることを予測して生徒たちを守ることです。


 そして、同時に生徒たちに授業していかねばなりません。


 いやぁ、教師はつらいですね。

 アサッシンとも戦うかも知れないんですから……、そんな業務内容がある教職があってたまるものですか。責任者でてこい!


 でも、そういうお話は大抵、自己責任でして。

 生きる気力がなければ死んで終わりなのですから、死にたくないなら終わらないように頑張るしかありません。ちくしょう。


 まずは教師陣に説明、それからメルサラに話をつけに行きましょう。


 教師全員に急な授業内容変更のお届けをすると、色々と言われてしまいましたがすぐに納得してくれました。


 納得の理由が「ヨシュアンだから仕方ない」なところに納得いきません。


 一応、ヘグマントにお相手を頼むと二つ返事でOKを貰えました。

 ここまですんなり行けたと思います。


 えぇ、順調すぎたんですよ。

 神様のひねくれ具合を考慮できるわけありません。罵ってやりたいですね。腸捻転で死にやがれ、と。


 メルサラがいるだろう詰所に出向き、内容を伝えに来ました。

 しかし、何時来ても汚い室内です。

 汚いのはメルサラの周りだけ、と付け加えるべきですかね。他の冒険者さんたちの名誉を守るためにも。


 ちょっとした酒場ほどの広さに、いくつものテーブルと椅子。

 奥のドアは裏口でもなんでもなく、冒険者たちの装備が詰まってる部屋のでしょうね。

 ここにバーカウンターでもあれば本当に酒場のようです。

 隅には帳簿でも入れてあるのか本棚もあります。それだけがこの部屋のアクセントでしょう。


 部屋自体に特筆すべきことはありません。


 問題はいつも箱の中の住人ですよ。

 今回、協力を要請するのですから細かい内容を伝えました。

 当然、模擬戦のことも。


 もっとも、学園長のお話は若干、ボカしました。

 メルサラが気付くレベルで、ですが。


「んー、つまり、アレか?」


 腕を組んで、一層、凶眼を輝かせています。


 木製椅子に行儀悪くもたれかけ、足をテーブルに乗せたメルサラはまるでマフィアのボスのようでした。

 しかも、冒険者たちも柄がよろしくない面構えなので、余計にそう見えてしまいます。

 つまり、マフィアと下っ端のような光景です。


「オレとLOVEりたくねぇ、と」


 LOVEをそんな形で形容されたのは生まれて初めてです。


「違います。そろそろバカがバカらしく騒ぎを起こす予定ですので、注意してやってほしい、ということです」

「そいつはこいつらが目を皿みたいに丸くしてやってくれるだろうさ。そんなことはどうでもいい、どうにもできなきゃオレが殺るに決まってんだろ。テメェは詰まんねぇお勉強ごっこに精出してりゃいいんだよ。そういうこっちゃねぇ。そういうんじゃねぇだろ」

「いつもの戯れをやるつもりはないですよ」


 ものすごく機嫌が悪そうです。

 気分屋なだけが理由ではありませんね。

 メルサラと戦って一ヶ月と半分、インターバルとしては短いほうですが、そろそろ誰かと戦いたい病が再発してきたようですね。


 もしかして、魔獣や原生生物退治を止めたのも遠因でしょうか。

 ストレスの発散場所がなくてイライラしているので、模擬戦を言い訳に戦いたいとか言い出すつもりでしょう。誰がさせるか。


「今回はあくまでデモンストレーション。お飾りの模擬戦ですよ? 手加減が死ぬほど嫌いなメルサラが出て、溜飲が下がるというなら別ですが」

「相手は誰だ」


 ギチギチと何かを引き絞ったような空気。

 冒険者たちも烈火のような空気を察して、いつでも動けるように身構えます。


 この中で動かないのは自分とメルサラだけ。


 そのことがことさら奇妙に見えてしまうのか、冒険者たちはメルサラだけではなく自分にまで警戒したような視線を送ってくれます。

 警戒しなくていいんですよ、警備の人を殴るような趣味はありませんので。


「ヘグマント先生ですよ」

「あぁ、あの軍人か。ダメだ、あいつじゃ。テメェがやりたいのは【領域】だろ。お綺麗すぎる。演舞にしか見えねぇよ」


 珍しく正論を吐き始めましたよ、コレ。

 イライラしすぎておかしくなったのでしょうか?


 件の頭のおかしい女はつまらなさそうに冒険者たちを眺め始めました。


「テメェら、出ろ」


 メルサラの言葉に誰もが驚きました。自分もです。

 え、まさか冒険者さんたちと戦え、というつもりですか?


「お言葉ですがメルサラさん」


 ヘグマントかと思うくらいガタイのいい男がにゅうと前に出てきました。

 顔に傷なんかこさえて、まぁ。

 見た目、自分より年上そうに見えますが、たぶん同じくらいじゃないですかね。

 リスリア人でヘグマントみたいなタイプの人は重厚な老け方をしますからね。


「オレたちは素人とやるつもりはないです」


 ……あ、自分、もしかして素人と思われてる?

 やだ、もしかして、もしかするとインテリタイプのもやしっ子で戦えないとか思われてる? 模擬戦も生徒たちに見せるショーか何かだと思っています?


 すごい新鮮です。

 どうしよう、この気持ちは間違いなく困惑です。

 ついでにメルサラも珍しく口を開けて、ポカンとしてます。


「重心は安定してるので何かやってるのでしょうが、こんな体格です。他はどうか知りませんがオレたちとマトモに打ち合うこともできやしないでしょう」

「えっと、冒険者さん? もしくは守衛さん? お名前を聞いてよろしいですか?」


 記念に。えぇ、記念にです。


「上級冒険者のジル・フォードムだ。先生さん」

「……ヨシュアン・グラムです。知ってはいるでしょうが学園教師です。ところで最近、この現場に到着した方ですか?」

「あぁ、少し長期の依頼が重なっていたのだがギルドにどうしてもと言われて、依頼を受けた。団の面子も同じだ。他の者たちと二ヶ月ほど到着が遅れてしまったが」

「なるほど、納得しました」


 この人、自分とクライヴの興行を見てないようです。

 時期的にも最初のキャラバンの時にいなかったのでしょう。

 

 だって、奥にいる冒険者たちは無理無理って顔、振ってますもの。

 あの人たちは自分が戦える人間であると知っています。しかも個人相手に上級術式を撃つと知ってるから戦いたがりません。


 たとえ手加減上の決闘でも、結構、容赦なく打ち合いましたしね。


「面白ぇ……、ジル! テメェんとこの団、全員かき集めて、こいつとやれ」


 一気に上機嫌になりましたね、メルサラこの野郎。

 目が「説明しやがるとぶっ殺してやる」と言ってます。ダメだ、こいつ。誰かなんとか……って、こいつをなんとかできるの自分しかいません。


「メルサラさん」

「オレの命令が聞けねぇのか、ぶち殺すぞ」


 さすがにメルサラの殺気です。

 青ざめてガタガタ震えてる人もいます。たぶんトラウマを踏んづけられているのでしょうね。初対面の時の。

 でも、ジルさんは殺気の中で平然としている程度には場数を踏んでいるようです。


 少し手前でなんとか正気を保ててる人たちはきっとジルさんの団の人なのでしょう。

 団全員で修羅場に慣れている、となれば上級冒険者というのも頷けます。

 第一線級の活躍をしているのでしょうね。


 なら、強さも人選的にも問題ありません。


「わかりました」


 ジルさんもさすがというか手馴れているというか。

 不服でも上位からの命令には従うようですね。


「先生さん。危なくなったら降りても恥じゃない。冒険者なら誰でもそうやって生きてる。学者畑の人間ならなおのことだ」

「ありがとうございます。肝に銘じます」

「カカッ! おいヨシュアン! とびっきりスカしたヤツ言ってやれ!」


 茶々を入れるんじゃありません。

 あぁ、でも無意味にメルサラの機嫌を悪くしてもアレですしね。

 一応、注意しておくに越したこともありません。ジルさんのためにも。


「お礼と言ってはなんですが……、本気で来ていいですよ?」


 ちょー嬉しそうですよ、メルサラのヤツ。

 ジルさんもまさか自分がそんなことを言うと思ってなかったのか鼻白んでいます。



「でないと殺します」



 ついでに殺気も出してやりました。


 とたん、ジルさんの団員の方々は氷結するように身構え始めました。

 メルサラほどではないので倒れる人はいないと思っていましたが、結構な反応をしてくれますね。


 やっぱりジルさんは動じず。

 他の冒険者より頭一つ抜けてる感じですね。


 メルサラなんかはとうとう膝まで叩き始めて大爆笑。

 どうやらツボに入ったようですね。あぁ、もう。やらせるなよ、こういうの。

 でも、ちょっとノリノリなのはアレです。男だからということで一つ、穏便に済ませてください。


「あぁ、肝に銘じる」


 ここにきて、ジルさんもようやく悟ったのでしょう。

 見た目以上にできる相手と。どこまで実力を察したかはわかりませんが、ある程度はできると思ってもらえたらと思います。


 もう少しだけ勘違いして欲しかったのですが、仕方ありませんね。

 ですが、お陰で手加減なんてしてくれるような真似はしないでしょう。


 いや、無意味に手加減されると余計に調子が狂いますからね。

 本気だと逆にやりやすいんですよ。今回のような場合はね。


「それと見くびって済まなかった。面白い勝負ができそうだ」


 一番、面白いと思ってるのはメルサラでしょうね。


「えぇ、お互いに」


 手を差し出すとジルさんはちゃんと握手し返してくれました。


「模擬戦は後半授業から始めますので、それまでに集合しておいてください。外でよく生徒たちが授業をする運動場がありますので、そこが集合場所です。生徒たちと教師陣が集まり次第、始めたいと思います」

「それまでに準備を整える。メンバーはこっちで選出しても」

「えぇ。出来れば五名。これは生徒たちのクラス単位の総数に合わせています。つまり、生徒たちの手本になってもらいたいのです。本職の技を見学させたいという意図もあります」


 ついさっき思いついた意図ですがね。


「わかった」


 手短に話が済むのは現場の人間だからでしょうかね。


 ジルさんも早速、準備を始めるようなので自分はお暇しましょう。

 幸いメルサラに呼び止められることなく無事に詰所から出てこれました。


 それから午前授業を行い、昼に入る前にクラスに午後授業の変更を告げ、急遽、生徒たちは運動場に集められました。

 教師陣も集まり、自分はまず本来の相手だったヘグマントに事情を話すと、特に文句も言わず、逆に興味があるとさえ言われました。

 ですが、やはりヘグマント自身にも疑問があったようでコレを期に聞かれてしまいました。


「【支配】【領域】【圏内】、流派で名が違うものだが、ただ見て理解できるものかね? 理解できねば何が起きているかすらわからんものだぞ」

「【心刀】とも言いますね。ある程度まで基礎ができていればなんとなく気付くでしょう。もしかしたら偶然、その領域に足を踏みこんだ子がいるかもしれませんが……、そのあたりは知りようもないですね。わからない子へのフォローなんかは、そこはそれ、観客が説明してくれるのを期待しましょう。それに」

「なんともまぁ、アバウトな方針だ。それに?」

「暗闇の中、目指すべき松明があるのとないのとでは大違いでしょう? 一つの指針になればと思ってのことです」

「ふむ。助言をしても、得たいと思わなければ意味がない、ということか。そうでなくとも『在り方は示せる』、と。オレのクラスからすればアレを分かりやすい形で見せてくれるというのはありがたいものだ」

「武術系ですものね、ヘグマントクラスは」

「ともあれ、楽しませてもらうぞヨシュアン先生!」


 観戦するのも好きなんでしょうね、えぇ。

 わりと振り回している形になってしまっているヘグマントは、上機嫌そうです。

 

 地味にヘグマントには小さな借りが多いんですよね。

 教科書一つでは返せない程度に。これくらいはサービスです。


 ジルさんと冒険者さんたちが来る前に、自分も自分で準備しておきましょう。

 適当に体を動かして、靭帯や筋肉を伸ばします。ストレッチです。


 そんな自分に慈愛の温かみをもってしてリィティカ先生が近づいてきました。

 もっと近づいてきてくれても構いませんよ?


「あのぅ、大丈夫なんですかぁ?」

「もちろん」

「いいえぇ……、お相手のほうなんですがぁ」


 リィティカ先生はクライヴとメルサラを相手取った、両方の戦いを見てます。

 ついでに【宿泊施設】で行なったヘグマントとの模擬戦も。


 戦闘目撃数はここにいる誰よりも多いのです。

 だから、他の先生よりもずっと自分の能力について知っているのだと思います。


「殺したりぃ、しませんよねぇ?」


 なぜ、そこで疑問に思うのでしょうか、わかりません。

 というより思った以上にリィティカ先生からの信頼度が低いことにもうすでに泣きそうです。


「いえいえ、そんなわけないじゃないですか模擬戦ですよ、模擬戦。殺したりするわけないじゃないですかリィティカ先生。ヘグマント先生との模擬戦を見たことあったでしょう? 手加減くらいできますよ。まったく心配しすぎです」

「そうですよねぇ、ちゃんと手加減しますよねぇ」

「相手は殺す気で来るのでさらに安全ですよね」

「それを危険っていうんですぅ!? なんでそんな約束を取りつけてるんですかぁ!?」


 あれ? また怒られてしまいました。

 おかしい。相手が殺気を持って攻撃してくるということは【支配】が有効になりやすいってことですよ?

 必然、お互いが事故が起きづらいってことなのに……、あぁ、またリィティカ先生との好感度が。


 でもリィティカ先生が教鞭でペチペチしてくれるのは至福の時ですね。

 なんというジレンマでしょうか。信頼度が低くなければ怒られるし、好感度は上げておきたいし……、信頼されないまま愛されるっていう状態、できませんかね?


「ぃよーう! オレの恋人ロメオ!」


 ズカズカと歩いてやってきたメルサラは間髪いれず、自分の胸ぐらを掴みました。

 あぁ! リィティカ先生との至福の時が! この野郎!


「オレを差し置いて殺し愛すんだ。ジェラすんじゃねぇぞ」

「えーっと、複数のツッコミどころ全てに解答しましょう。殺し合いじゃなくて模擬戦です。もともとメルサラは対戦相手じゃありません。そして、ジェラすって何系の言語ですか?」


 ジェラシー+する、の活用形ですか?

 焦らすにもかけているように見えますが、同じ意味ですよ。


 凶悪な笑顔が不安で仕方ありません。


「おう、模擬戦だな模擬戦。念押しでテメェの首を獲ってこいっつっといたからよ。せいぜい楽しめよ!」


 絶対、模擬戦の意味を理解してくれてません。

 それどころかいつの間にか用意していた椅子にドカン、と座って観戦モードですよ。ふてぶてしい。


 そして、視界の端で猫の目みたいに瞳孔を開いて、こちらを観察するリィティカ先生を目撃してしまいました。

 まだ疑惑は晴れていないのでしょうか。


 ため息がとめどなく零れ落ちます。


 やがて、遠くから五人が歩いてやってきます。


 先頭のジルさんを筆頭に現れた集団は、ただ歩いているだけでどこか普通の人とは違う空気を撒き散らしています。

 その空気に生徒たちはザワザワとしながら、注目し始めます。


 いうなれば、重厚感ですね。

 本当に生き死にを体験し、生き残るために総身知恵を張り巡らせ、薄皮を重ねるように実力だけでのし上がらなければ滲まない重みと厚みです。

 例えるなら丁寧に手入れされ続けたアンティーク家具の艶というのでしょうか。

 効率を求め続けた結果の今を、実績としての歴史を体に刻む人々。


 子供心ながらにその重みは感じられるのか、少し気圧されている子もいます。


「遅れてしまったか?」

「いいえ。十二分です」


 黒色の大鎧で固めたジルさんは、すでに準備が完了しているのか威圧感をまったく隠していません。


 重装と軽装の中間点を自らで導き出し、可能な限り動きを阻害しないようにと関節部を薄く、それ以外を装甲で固めた、本物の実戦に鍛えられた鎧。

 まるで皮膚に張りついているかのような防具の装着法は、甘い部分は防具の上からベルトで固定させるほどの密着具合です。


 黒色金属の上には幾つかの溝が彫ってあります。

 いわゆる防御用の術式が刻まれた防具を総称して使われる刻術防具。

 本気モードじゃないですかジルさん。


 ほかの人たちもそれぞれ、自らのスタイルを確立しているのでしょう。

 そのために特化されたスタンスが表面から見えてきます。


「とはいえ突然のことで申し訳ありません」


 ジルさんの左後ろにいる30代女性。

 表面上、防具は両手足のみ。ぴったり張り付いた衣服が少し浮いていることから鎖帷子を着ていますね。装甲よりも速度を重視したソードストライカーと見ました。

 持っている剣が二つ、曲刀というよりカトラスに近い感じです。

 双剣使いってヤツですか。かなり攻撃的ですね。

 アマゾネスっぽいのでアマゾンさんと呼びましょう。


「あぁ、隊長のアレはいつものことだ。ここ数日で痛感している」


 その逆側、軽そうな男性の表情はヘラヘラしていますが、それは表面だけのものだとよくわかります。目が全く笑っていません。

 なんらかのウロコで作られた防具類よりも、特筆すべきは手に持つバルディッシュと長方形型のシールド。

 槍と盾は不釣り合いなように見えて、もっとも実践的な組み合わせと言えるでしょう。

 戦闘での役割は相手の攻撃を一度、受け止め動きを止めさせるタンカーか、味方が攻撃している間を縫って、的確に点攻撃を仕掛けるシースランサー……、いえ、二つを入れ替えて立ち回るならサーチキラーですか。遊撃や囮などを担当しているのでしょう。

 チャラ男と呼んであげましょう。


「煩わしかったら殴っていいですよ」

「さすがに【タクティクス・ブロンド】を殴れる勇気はないな」


 その【タクティクス・ブロンド】が貴方のお相手で申し訳ありません。


 後ろには二人。


 いずれも軽装です。

 一人は……、若いですね。クリスティーナ君やマッフル君たちと同い年でしょうか?

 術式師の身分を表すローブで顔を隠してはいますが、手に持つ杖は術式具。ローブも一部、金属が使われているところを見ると刻術防具ですね。

 そして、術式師でありながら戦闘用術式具……、あらゆる局面に対応しようとする意志が見えます。

 口元しか見えませんが、冒険者のわりに綺麗な肌をしているように見えます。よほど前衛が優秀だったと思われます。だって後衛に攻撃が通っていないことを意味するんですから。

 うん、典型的な術式師、ということで魔女さんと呼んであげましょう。


「今朝はローブを持っていたが、術式師のほうだったのか」

「そういえば学者を示すのもローブでしたね。どっちかというとクロークですが。勘違いの原因ですか」

「あれほどの殺気を出す学者なんて見たことがない。思えば学園という言葉に先入観があったのかもな」

「いつでも学びの門は開いているらしいですよ? 気づきは学びだそうで」

「学者らしい言い分だが、空々しいぞ」


 ジルさんから苦笑をいただきました。


 最後の一人は長い髪を三つ編みにした男です。

 目が合うとバチコンとウィンクしてきました。そっちの気はまったくありません。

 布と革で作られた鎧に動きやすく所々の余り布を縛っているところから、動き回ることを想定してますね。

 背に背負う矢筒と右手の弓から、まちがいなくアーチャーです。

 ただ、腰にはちゃんと短刀もついているので、近接ができないわけでもない、ということでしょうか。

 この人のあだ名はアーチャーさんで決定です。異論はありません。


 近接三人、遠距離二人のガチメンバーです。

 少なくとも個人に向かってくるようなメンバーではありませんね。


 もしかしたらこの格好のまま、今すぐにでも冒険に出かけてしまいそうです。


「良い防具ですね。その背のものも業物でしょう」


 巨大な大剣、その形状は通常のものとは違い片刃です。

 クレイモアをあえて、そういう風に作ってもらったのでしょう。


 それは意思表明です。

 手加減が効かないので注意しろ、という。

 つまり、一度、剣を抜いたら片刃で切り裂くか、峰で叩き潰すかのどちらかしかない、という意思です。

 まぁ、本当に手加減したいときはきっと剣の腹で殴るでしょうね。


「ただ古いだけさ。そうそう買いかえるほど儲けていないからな。そういう先生さんはそのままか」

「えぇ、防具があってもなくても関係ない世界でしたから」


 メルサラの火力なんか金属鎧を溶かしますからね。

 そんなのを受けてたとうとすれば、防具はむしろ邪魔です。


「見くびっているわけじゃないが、本当にいいのか?」

「はい?」

「こっちは五人だ。先生さん一人でいいのか」

「まぁ、五名を代表にと指定したのは自分ですし」


 先程からの軽い言葉の応酬はお互い、探りを入れるためだけに行っています。

 純粋な戦闘、模擬戦という名の純戦闘にもジルさんは決して手を抜かず、自分の姿から情報を得ようとしている。


 自分もまた彼らの姿からある程度、情報は得てます。


 まず、戦いなんてものは相手がどんなものか知ることから始まりますからね。

 先に情報戦があって、本番はそれからです。

 このあたりを生徒たちはできていないから失敗したわけです。


 ともあれ、ジルさんの純粋な心配にはちゃんと答えてあげましょう。


「この辺一帯を火の海に変えるような術式をポンポン撃たないなら、十分ですよ」

「……そうか」


 何か言いたげな顔だったのはなぜでしょうね?

 この人たちはきっと自制してくれるだろうから、戦術級なんて使わないでしょうし。

 まぁ、戦術級が使えるかどうかは定かではありませんので、最高でも戦術級くらいは想定しておきましょうというお話ですね。


 話し合いも終わったことですし、準備に取り掛かりましょう。


 まず、クライヴとの興行でも使った結界石(リィティカ先生作)です。

 あの興行では自分とクライヴを囲うように置きましたが、今回は違った使い方をします。


 生徒たちや教師陣などのギャラリーを守るように設置します。

 以前は内側から外側への術的干渉を防ぎましたが、今度は逆。

 外側から内側への干渉を防ぐようにしました。


 ギャラリーよりも少し大きめの枠を作ったので、大きく動いても結界から出ることはないでしょう。


 そして、最後にこの模擬戦の主旨をもう一度、生徒たちに説明します。

 自分は生徒たちに向き直り、声を張り上げました。


「では、そろそろ模擬戦を始めたいと思います。この模擬戦の主旨ですが、訓練とは違う純戦闘の見稽古が目的です。君たちは生徒会活動を通して、原生生物や動物、もしかしたら魔獣に遭遇することもあるかもしれません」


 魔獣の一言ににわか騒然になる生徒たち。

 魔獣一匹で村が滅びることもありますからね。恐怖の代名詞ですよ。


「討伐依頼はもちろん、採取もまた危険な作業なのです。戦いは一つの生き抜く術です。そして膨大な学問です。先人たちの経験、技術から学べるだけ学びなさい。己の技術よりも優れた部分があれば進んで取り入れなさい。そして、ただ茫洋と見るだけではなく、己をその場に置いて、想像しながら見なさい。ここに立つ自分の姿を。果たすべき役割を。もしもの可能性を見て、考えなさい。そして最後に――」


 生徒たちにはちゃんと言っておかねばなりません。

 これは娯楽ではなく、授業である、と。

 ハメ外すなよ、と、ちゃんと言っておかないといけません。


「終わったらレポート提出です。忘れないように」


 最後の言葉に生徒たちは笑ったり、困ったり、悲鳴をあげたりしました。

 そんなにレポート嫌ですか。


「羨ましいな」

「手を焼きっぱなしですがね」

「戦いは学問か。オレも学ばせてもらおう」

「是非もなく」


 短く交わして、ヘグマントが自分とジルさんたちの中央にたちます。


「名乗りを!」


 ヘグマントの良く響く声。


「代表しよう! 冒険団『ナハティガル』の長! 冒険者ジル・フォードムだ!」


 『ナハティガル』……、小夜鳴鳥サヨナキドリですか。

 明け方と夕暮れに鳴く小さな鳥のことです。

 ナイチンゲールやヨナキウグイスと言えばわかりやすいでしょうね。


 たしか伝説ではバラの蕾に恋した鳥、でしたっけ?

 なるほど、夢追い人らしい名前です。


 では名乗り返しましょう。


「リーングラード学園、術式担当教師。ヨシュアン・グラム」


 ヘグマントの指先に銀の硬貨が乗っかってます。

 もう決闘の文言を読みあげるつもりです。


「戦の神ルーカンの名において両者の健闘を祈る!」


 放物線を描く銀の線。

 戦いを間近にした自分たちはその軌跡よりも相手を見やる。


 銀貨が乾いた音を立てたのと同時に、お互いを制圧するために動き始めました。



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