初めての依頼失敗 ケース:マッフル君
クリスティーナ君と別れた後のマッフル君でしたね。
ここで一度、マッフル君の戦闘スタイル、武器と防具について触れておきましょう。
マッフル君の戦闘スタイルはいわゆる受け流し型です。
クリスティーナ君よりももっと攻撃的なスタイルで、相手の攻撃を誘発させる間合いを掴み、いざ攻撃させたら相手の力に抗わないように剣を巧みに操り、態勢を崩させて一刀の元に切り裂く対個人用の剣術使いに相当します。
マッフル君に近いスタイルをあえて言い換えるなら剣闘士でしょうか?
普段の言動からそうは見えないでしょうが、純粋な剣の技術、という面においてマッフル君は学園一二を争う実力者です。
総合的な面では残念ながら、驚異的な身体能力と運動神経を誇るリリーナ君、学園生徒でおそらく一番、腕力が強いフリド君に遅れを取る部分があります。
しかし、それでも両名に引けを取らないのだから、どれだけのものか分かろうものです。
あるいはどれだけの努力を重ねてきたのか、という部分ですね。
「さて、ちゃっちゃと着ちゃいますか!」
気合を込めて、マッフル君の木箱から油紙に包まれた塊を取り出します。
包みを開けば、年季の入ったレザーアーマーが姿を表しました。
全体的に明るい赤茶の色彩が多いのは、何の革ですかね?
自然色なら肌色が赤みの強い動物……、原生生物だとドドンガ・ボアでしょうか?
たぶん、クロム溶液で鞣した普通の革だと思うのですが。
まぁ、本当に珍しいのはそこではありません。
この鎧、二重構造の多関節鎧ですね。
マッフル君のレザーアーマーの場合、布や革で構成された、薄く体に密着するインナーハイドアーマーに、硬質で大きめのアウターレザーアーマー。
この二つで構成されています。
多関節鎧は全てをバラすと、鎧とは思えないほど多くの部品で作られています。
プレートアーマーのように何重もの金属板を部品によって鎧の形にしているのではなく、何重もの部品をベルトや鋲、ひっかけなんかを多用して部分単位で組み合わせていく鎧です。
ものすごく複雑な造りの鎧なので、着るのは一苦労です。
普通の冒険者や正規兵は絶対、装備しないでしょうね。
管理が難しく、着用も複雑、完全に鎧に熟知していないとバラした後で元に戻せないなんてザラにある話ですよ。
結構、接着部品の消耗が激しかったりと自分で手直しできない者にはオススメできない一品です。
そんな多関節鎧をマッフル君は慣れた手つきで分解して、それぞれに仕分けていきます。
首を守る部品、腹部を守る部品、胸部を守る部品だけを中心に手早く制服の上から着ていきます。
腰部分は剣を下げられる部品と、骨盤を守る部分だけをチョイス。
「相変わらず面倒だよなー」
口とは裏腹に、もうインナーアーマーを着込んでいます。
そして、さらにその上からアウターアーマー、胸部部品と左肩のショルダーを装着して終了です。
左腕は肘まで、右は手首までのアームガード。
膝上までビッチリ守られたグリーブ。
こうして見ると中軽装、防御を中心に選択したようですね。
フルプレートアーマーに比べたらあまりに保護部分が少ないアーマーですが、それでも普通のレザーアーマーに比べたら鎧としての効果は抜群です。
多関節鎧はプレートアーマーなどの全身鎧と違ったメリットがいくつかあります。
一つは状況に合わせて、軽装から重装まで選ぶことができるところです。
沼地や密林などの行軍に向かない場所では軽装、洞窟内や山林なら中軽装、平地では重装。
着用者の体力を考慮して、最適な部品で鎧を組み上げられること。
そして、とても動きやすいことです。
関節や接着部品が多いということはその分、体の動きに鎧がついていけるのです。
相手の攻撃を受け流すために体をひねることが多いマッフル君にはうってつけの防具とも言えるでしょう。
強打などの衝撃も鎧自体の関節部分が吸収してしまうので、柔らかくて堅いという鎧に求められるダブルスタンダートを満たした造りです。
もっともそのせいで消耗が激しいのですが。
最後に流線型の片手盾に、片手剣。
それぞれの銘はなんでしたっけ?
たしか多関節鎧は【カーファの多殻鎧】、製作者は不明。カーファということは『昆虫のように』という意味がありましたから、甲殻虫ですね。
革で出来ていますのでモノの例えでしょうけれど。
片手剣と片手盾は【ホルニース】、意味はスズメバチですか。
虫成分が多いのは気のせいでしょうか。気のせいですね、きっと。
準備は万端です。
管理人さんに「いってきます」をして、目指す場所は【宿泊施設】の牧場です。
依頼書には依頼人の住所も載ってますから、迷うこともないでしょう。
【宿泊施設】の中で完全武装した少女という見慣れない姿の子がいて、住人たちがぎょっとしては「あぁ、そうか」と自己解決していく光景はちょっと直に見てみたかったかもしれません。
「シューペ・マウラフ……、角突きモグラね。そういえばモグラって何食べるんだっけ? ていうか作物荒らされて困ってるんじゃなくって、家畜が襲われて困ってるってどういうこと? まさか肉食?」
いまさらな疑問を浮かべているようですが、肉食です。というか普通のモグラも肉食でしょうに。相手は虫の幼虫とかミミズなので昆虫食というべきでしょうが。
おそらくモグラ退治、という部分だけ見て選んだのでしょうね。
モグラを退治する方法でもっとも簡単な方法はモグラの通り道になる穴に煙を流しこむことです。
近くで火を焚いて、生木を放りこめば煙が出ますしね。
その煙を術式で操って穴に流しこむだけです。燻殺すわけです。
クリスティーナ君もそうでしたが、あまりにも相手を『普段、知っている生物の延長線上の生き物』として原生生物を見ていることがありありとわかります。
もしくはちょっと強い蜘蛛とかちょっと強いモグラ、くらいのイメージしか持っていないのです。
そして、その感覚のまま相手に挑むとどうなるか、もうわかりますね。
誰かさんの二の舞というわけです。
マッフル君は何事もなく牧場地域にたどり着きます。
牧場というより放牧地域というべきでしょうね。
あまり伐採が進んでいないため、まだまだ木々が多く、山地特有の起伏を残したままです。
学園のための資材集めにここで伐採を行い、開いた土地を放牧地に選んだだけのようです。
このあたりの開拓は【宿泊施設】住人にお任せして、マッフル君は依頼人を探し始めました。
「あー、君はもしかして学園生徒の冒険者さん?」
若々しく健康的な男が鍬を肩に担いで登場しました。
牧場主さんですね。
しかし、学園生徒の冒険者ってなんでしょうね?
そういう風に認識されているのでしょうか。
「生徒会活動だよ。冒険者資格なんて持ってないし」
「だ、大丈夫なのか、それ」
まったくです。
初対面の人に「冒険者やってないけど冒険者と同じことするよ!」と言ったって不安になるだけでしょうに。
営業免許ないけど貸し馬車運転するよ、って言うようなものですよ。
「まぁ、失敗するかも、なんて話もあったね」
生徒会の説明の時、学園長はちゃんと生徒たちが未熟者だと伝えています。
未熟だからこそ成長するために協力して欲しい、と。
「何をー!?」
突然、激高しはじめたマッフル君に驚く牧場主さん。
「先生か! それ言ったの先生だろ! 失敗するかもってどういうことだよ!」
いや、当たり前ですから。
君たちは義務教育計画の実験施設にいるってことを忘れていますね。
元々は身分問わず一律の教育を施し、義務教育の成果を結果として出すことが求められるわけです。
言い換えれば、教育を施している間は未熟者と宣伝してるようなものです。
あと、【宿泊施設】への説明は学園長が担当したので自分のせいではありません。
「くっそー、先生はそうやって時々、あたしらを見くびってるんだよな! いいじゃん、見てろよ! 絶対、この依頼、成功させるし!」
「あ、あぁ、まぁ、こっちとしてはやる気を出して挑んでくれるというのなら、言うことないけどさ」
冤罪も甚だしい。
先生は君らに対して決して油断だけはしてませんよ。
何が起こるかわからないですからね。色んな意味で。
牧場主さんが見守る中、マッフル君はまず地面を調べました。
その周囲を毛の長い牛――たしかヤクーという品種でしたっけ? 寒冷地に強い牛ですが、もしかして法国からの輸入品種ですかね?
ともあれ、牛たちがモーモー言いながら牧草を食んでいます。
のどかな光景ですね。
その中で完全装備の女の子が地面を睨みつけるように探っていなければ。
「見つけた!」
マッフル君が探していたのはシューペ・マウラフの移動跡です。
シューペ・マウラフは地中を掘って進むので、地表からすれば不自然に膨らんでいるように見て取れるのです。
膨らんだ地面を追いかけていくと、これまた不自然にポコンと開いた穴。
ちょうど両手を大きく広げて輪を作ったくらいの大きさの穴。
普通に人が落ちるサイズです。
「ここだな」
牛が返事をするようにモーと鳴きました。
「よっしゃ、見てろよぉ」
牛の瞳は穏やかでした。
「止めとけよ」というような諭す瞳だったに決まっています。
しかし、動物とコンタクトが取れないマッフル君は無言の制止も聞かずに穴に飛び込んでしまいました。
はい、失敗その1です。
原生生物が作った巣の中に警戒もせずに飛びこむなんて、紐もなしに崖を飛び降りるのと同じレベルで危険です。
どこまで深いのか確認せず勢いだけで行動したのもNGですね。
ここまでを総合的に言うと、死んでてもおかしくありません。
生きてるのは運が良かっただけです。
もっとも、そう酷いことにはならないと知ってて送り出したのも確かです。やれやれ。
「――っと、意外と浅かったな」
穴の下から見上げると、ぽっかりと光が漏れているのがわかります。
ちょっとした井戸くらいの深さだったのは幸いでしたね。
すぐに術式ランプの縁を触って、火をつけます。
マッフル君の作った術式ランプは冒険者用のものと大差ない光量が出ます。
暗い穴の中でもバッチリ、すぐ横穴に気がつき、奥まで確認、少しだけ背を低くすれば十分に潜れると判断したようです。
「よし、綺麗に三枚におろしてやるからな」
ここで二つ目の失敗です。
マッフル君は状況から相手を推測することを忘れています。
想像力が欠けている、というより、問題文にすら気づいていない始末です。
わかりやすく文章にしておきましょうか。
さぁ、問題です。
モグラの穴に落っこちました。
横穴が人の胴体くらいあります。
さて、『この穴を掘ったモグラはどんな大きさ』でしょうか。
答えは……、もうわかりましたね?
「――っ」
横穴の曲がり角をすぐに曲がると、マッフル君は悲鳴を押し殺しました。
毛むくじゃらな壁が見えたからです。
しかも、微妙に蠢いていて、かすかに血の匂いがします。
どうやらお食事中のようですね。
そして、マッフル君の位置はシューペ・マウラフの後ろ、マッフル君が見ていた毛むくじゃらの壁は全部、シューペ・マウラフだったわけです。
「(こ、こんなに大きいのかよ! そんなん退治できるわけないじゃん!)」
全長だけ見たらマッフル君より大きいですね。
地上ならともかく、地中はシューペ・マウラフの縄張りです。
「(あ、でも、今なら気づいていないし、こっそり尻をブスッてやっちゃえば簡単じゃん)」
たぶん、焦っていたのだと思います。
冷静に考えればすぐに思いついたことでしょう。
片手剣に手をかけて、ゆっくり抜き放とうとして壁に柄頭をぶつけてしまいました。
そりゃそうです。
狭い空間で剣を使おうという発想がそもそもダメダメです。
剣の技術があっても、剣が想定される使用条件をすっかり忘れてしまっていました。
カツン、と乾いた音。
その音はきっとマッフル君には大きく響いたでしょう。
あともう一つ、付け加えるならシューペ・マウラフは最初からマッフル君に気づいていました。
地上の情報が分からなければシューペ・マウラフはどうやって獲物の情報を知るというのですか。
シューペ・マウラフの聴覚は学園の端で落とすコインの音まで察知できるそうです。
おそらく聴覚と振動でしょうね。
この二つを感じる器官が発達しているのでしょう。
つまり、シューペ・マウラフにとってマッフル君が巣に入ってくるのは当然のこと、巣穴を探していることすら理解していました。
だから、わざわざ待っていたのです。
敵が来るとわかっていて、待っている理由なんて一つしかありませんね。
尻を向けているから、すぐに振り向いては来ないだろう。
マッフル君はそう考え、少しだけパニックから立ち直りましたが、それも甘い考えです。
体を器用に横回転して、ひねりを加え、にゅるんと横穴内部で体を入れ替えたのです。
初めて見るシューペ・マウラフの素顔。
巨大な顔に額からぴょん、と飛び出した角。
目だけがつぶらで妙に愛らしい。でも人の胴体くらいあります。
あれに抱きつけるのはセロ君かメルサラくらいでしょうね。
特にマッフル君は愛らしさで我を忘れるどころか、素直に恐怖を感じました。
「うわ、うわ、うわわわわ!?」
大急ぎで手まで使って来た道を引き返しします。
シューペ・マウラフもマッフル君を追いかけて通路を這いずります。
見ようによってはファンシーな光景かもしれませんね。
先生なら、間違いなくベルガ・リオ・フラムセンで貫通させてあげてます。
縦穴に頭をぶつけて、ひっくり返って、でも目を開いたらつぶらな瞳の巨大モグラが這って追いかけてくる。
すぐさま飛び跳ねて、全身筋力をフル総員させて縦穴を這いあがっていくマッフル君。
この場で一番、恐怖を感じたのはきっと、穴から必死の形相をした少女が這い出る瞬間をみた牧場主さんだったに決まっています。
顔が硬直していただろうと思います。
地上。空。圧迫感のない空間。
安堵した息を吐いて、後ろを見れば穴から顔を出したシューペ・マウラフと瞳が合います。
鼻をひくひくさせて、可愛いですね。きっと、えぇ、たぶん。
十人中二人くらいは可愛いと言ってくれますよ、はい。
「くぉ、このモグラぁー!!」
マッフル君は剣を掴んだままだったので、飛び出しても攻撃できたでしょう。
焦った後での飛びかかり斬りのくせに綺麗なフォームでした。
きっと、反射的にフォームが整うくらい練習したのでしょう。
素晴らしい努力です。涙ぐましいですね。
ただし、当たるかどうかは別問題です。
ひょい、と穴に隠れてしまうシューペ・マウラフ。
穴の奥かと思ってランプをかざしてもシューペ・マウラフの姿は見えません。
しかし、変な振動が足元を伝っていくのをマッフル君もわかったのでしょう。
地中を移動している、理解より先に結果は顔を出しました。
文字通りに。
マッフル君が覗いている巣穴とは別の場所から顔を出すシューペ・マウラフ。
「たぁりゃあ!」
気合一閃、右から左に流れるような駆け抜け斬りでした。
でも当たりません。
「だぁ! 避けるなぁ!!」
それからはその繰り返しです。
やがて体力が尽きて、肩で息するころにはもうシューペ・マウラフは顔すら出さなくなりました。
体中にまとわりついた土は汗で泥になって、マッフル君の体のあちこちにこびりついていました。他にも牧場は穴だらけ。
剣が空振ったものが当たった後も地面に刻まれていました。
剣の勢い、マッフル君の声に驚いた牛たちは柵の隅でブルブルと震えていました。
「はい、ごくろうさん」
「……はぁ、はぁ、はぁ?」
荒い息をついて反射的に受け取ったのは大きなスコップでした。
牧場主さんは綺麗な笑顔だったと思います。
「あの辺、切り立ってるところ。土が露出してるだろ。シューペ・マウラフが作った穴を埋めるためにあるんだ」
スコップを握ったまま、マッフル君の顔は硬直していました。
「うん、気づいてると思うけど、依頼……失敗かな? せめて穴だけ元に戻してから学園に戻ってね」
牧場主さんが去っていくのを呆然と見つめ続け、やがて――
「っっっざけんなー!!??」
――大声で叫んだとさ。
こうしてマッフル君の依頼は無事、失敗しました。




