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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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きゅ きゅ ぼーん

 アレフレットが起きあがって、文句をつらつらと並べてまくし立ててきました。

 とりあえず右から左に聞き流してから状況を説明してあげた後の言葉です。


「面白い。数学宮のバカ女が発案したわりにはマトモな案じゃないか。常々、誰がこの学園で一番、優秀か知らしめる必要があると思っていたんだ」


 そんなことを考えながら授業していたのでしょうか。

 頭がハッピーな人は楽しそうで良いですね。


 ですが自分にとってはアンハッピーですよ。非常に厄介なことになりました。

 実のところ、今回は生徒たちに負け戦をしてもらう予定だったのです。


 勝って得られるものもあります。しかし、負けから得られるモノはもっと多い。

 特に、自分自身に足りない部分を気づくことができる、ということは具体的な対処を取る方法を見つけやすくなります。


 つまり、依頼の失敗を通して生徒たちは自分のどこが悪かったのか、己を見つめ直す機会を与えてやりたいのです。


「先生! この依頼よろしく!」

「私はこちらを請負いますわ」


 二人が元気よく手渡してくれる依頼書には『討伐依頼』と書かれていました。


 この時の自分の顔をどう表現したものでしょうか。

 笑顔、だったと思います。

 笑顔の前に『青ざめた』という修飾語がつく可能性は大です。


 マッフル君が受けた討伐依頼の対象は、家畜を狙う憎いモグラ、シューペ・マウラフ。

 クリスティーナ君のは、時に大型の獣も襲うと言われる大蜘蛛、コルヌ・シュピーネ。


 シューペ・マウラフもコルヌ・シュピーネも人が住む近くの森を生息域にして、家畜や人を襲う原生生物です。


「君たちは本当に、予想通りというか予想外というか」


 討伐のほうがポイントが大きい。

 だから討伐を請け負う。

 そして、自分たちなら討伐依頼なんて楽勝だ、と言わんばかりの顔です。


 自信が溢れています。なんとかしてください。


「えー……、一応、言っておきますが本当に受けるつもりですか?」

「受けなきゃ取ってこないし」

「それとも先生はこの程度ができない、とおっしゃりますの?」


 クリスティーナ君の眉が見えない釣り針にでも引っ掛けられているみたいに吊り上がっています。

 マッフル君も頬を少し膨らませた、憮然そうな顔付きでこっちみんな。


「シューペ・マウラフとコルヌ・シュピーネですか。6pと8pです。わかっていますか。失敗すればマイナスだということを」


 失敗するかどうか、という問題は置いておきましょう。


 戦闘能力、これだけを見て判断するなら、間違いなく勝てます。

 ヨシュアンクラスでもっとも体力があるリリーナ君を差し置いて前衛のポジションにいる。

 そのことが二人の能力の高さを物語っているでしょう。


「まさか先生はそこの愚民を差し置いて私が遅れを取ると、そう思ってらっしゃいますの!」


 言うと思いました。

 烈火のごとくとは、まさにこのことです。


「自分の生徒を信じないってどーかと思うけどなぁ。そこのフリルバカと違って倒せる相手選んでるつもりだし」


 ジト目の二人はもう完全に怒ってます。

 というか頭に血が上りすぎです。


 下手な言い訳も説教も聞き入れそうにありません。


「わかりました。受理しましょう」


 仕方ない……、ですよね。

 危険なのは変わりありませんし、元々、危険を犠牲に成長してもらうと決めていたはずです。

 いや、まぁ、ある意味、安全でしょうから一度、任せてみますか。

 こういう運がいいシュチュエーションなんて、滅多にありませんしね。


「当然ですわね。これからヨシュアンクラスは栄光の道を歩むのですわ。常に月間優秀、まさに私にふさわしい功績ですわ」

「モグラ叩きくらいで先生、なんて顔してんの。なんかスパゲッティ食べたら甘かったみたいな顔してるよ」


 どんな顔ですか。


 依頼書を返すと、二人はさも当然という顔で受け取ります。

 そして、自分の脇を駆け足ですり抜けていく。


 ゆらゆらと揺れる金髪ウェーブと短い赤髪を見送りながら、こっそりため息です。


「これは……、退治法を教えるのもいけないのでしょうね」

「もちろんだぞ。そんなことしたらクソ虫だ、クソ虫」


 シャルティア先生の背後からの釘刺し&ジト目です。


「アドバイスのみ、だぞ」


 なるほど、直接的な依頼攻略……、すなわち答えのようなものは教えられないわけですか。


 あ、それなら少しでもクリスティーナ君とマッフル君にヒントを教えておくべきだった。


「先生」


 呼ばれて、慌てて依頼書を受け取りました。


「三人とも、チームでの仕事ですか」


 エリエス君にセロ君、リリーナ君の依頼書はチームを示す枠にチェックが入ってました。


 しかし、思ったより依頼の数が多い。

 クコの実採取の3p、ドライアドのかさが5p、ハツカタネツケバナの葉が4p。

 さらに【宿泊施設】住人から洗剤の元になる、油松の樹液に植物の灰を個数に応じて最大3pずつ。


 合計最大値が18p、最低でも16p。

 5枚の依頼を同時に受けるようです。


 文句なしのチョイスです。ほぼ理想値20pを超えるための条件を満たしています。

 理想値を超える必要はないのです。


 条件こそ理想値を超える、必須条件なのです。

 そこに気づけたエリエス君は、だからこそのチームを選んだ、と。


「はい、依頼を受理します。そうですね。今日は君たちについていくとしましょう」


 生徒会活動でチーム分けされた場合、教師はチームのどちらについていくか決められます。

 基本は危険な討伐依頼についていくのですが、今回はクリスティーナ君とマッフル君が一人ずつ討伐依頼を受けてしまったため、どちらについていってもどちらかから文句を言われそうなのついていきません。


 遺恨を残してしまうんですよね。

 もしもクリスティーナ君についていったら、マッフル君は「先生がいたから成功したに決まってる!」と言い始めます。

 逆も然りです。


 そうなるととうとう二人して「公平じゃない」なんて言い始める始末です。


 このあたり、子供のプライドというか。

 一人でできるもん、な部分が残っているのでしょうね。


「チーム名は【きゅ きゅ ぼーん】です」


 エリエス君は真顔に何を言ってるのでしょうか。

 もしかして自分の体型を気にしてるので、そこを逆手にとったジョークですか。自虐的ですね。


 あるいは何かの爆発音に聞こえなくもないので、ちょっと不安です。


 横目で教師陣を見てみると、何人かが担当教師へと走り出しています。

 特にヘグマントは五人チームでの依頼だったようで、誰よりも早く動き出しています。


「では、さっそく行きましょうか」


 遠足のような気分のまま、生徒たちに導かれる道程。

 エリエス君が地図を持ち、リリーナ君が先導し、セロ君がちょっとワクワクした瞳で歩いていきます。


 やがて、学園の敷地を越えて、森の入口へとたどり着きました。


 徐々に天蓋を埋める緑葉。

 光を遮りきらないように、足元を照らす木漏れ陽模様はちょっとした散歩道のようでした。


 実際は原生生物ひしめく謎の森ですがね。

 奥地に謎の生物の集落があるくらいですから。


「~~♪」


 先頭を歩くリリーナ君はいつもより楽しそうに見えます。


 森と共に歩く、その生き様に恥じない歩き方です。

 無駄に枝葉を傷つけないように人の通れる場所を見つけて、通り抜けていきます。

 そのくせ、後方のセロ君やエリエス君の邪魔にならないようにと、飛び出した藪は全て奥に押しこんで歩いています。


 伐採せずに歩く方法を熟知していますね。

 よく見れば複雑な知恵の輪のように枝が絡んでいます。


 熟練の狩人にも勝る、自然の歩法。

 この場に置いては、自分よりスカウトとして優れているかもしれません。


「この視線は……」


 リリーナ君が何か感じたように背後を向きます。

 近くに誰かが隠れているような気配はありません。


「どうかしましたか? リリーナ君」

「先生に後ろから視姦されて」「黙れ」


 最後まで言わせるか。

 適当にむしったクコの実を放り投げてあげました。

 見事、額でキャッチしたリリーナ君は倒れてしまいました。ざまぁみろ。


「およ、クコの実でありますな」


 天を仰いで見ると、樹に生育する未成熟なクコの樹を発見しました。


 クコの樹は少し面白い樹木です。

 樹のくせに腰までしか伸びず、その背の高さで成熟します。

 どこにでもある普通の樹。


 でも、クコの面白いところはどこでも根を張ることです。


 それこそ樹木の上、岩にすら根を張ります。


 そして、実はどこで生育したかで性質が変わります。


 地面や岩から生えるクコの実は硬く 油分を多い実をつくります。

 でも、樹木の上で生育したクコは甘くて柔らかい、食用の実を作るのです。


「依頼のクコは確か、食用でしたね」


 となると、あの樹木の上に生えているクコはまさに当たりです。


「採取で気をつけることは教わっていますね? あまり採り過ぎないように、必ず次の芽や実が生えるように採ること。採った目印の付け方は覚えていますか」

「もちろんであります」


 ひょいと立ち上がり、その場でジャンプ、枝にぶら下がったまま樹の上で樹にしがみつくという表現に困るシーンを経て、クコの実を入手しました。


 次に小川の暗がりでドライアドのかさ……、別名・樹精のこしかけと呼ばれるキノコを見つけ、順調に採取は続きました。

 同じ、小川の近くでハツカタネツケバナの葉を入手、これは簡単でしたね。

 葉の形さえ覚えていればいいのですから。


「ドライアドのかさは軽い神経毒があり、錬成素材でよく使われます。しかし、もっとも有名な使用方法が化粧品です。ドライアドのかさの麻痺性をさらに弱めて、肌を刺激するのです。ハツカタネツケバナの葉は解毒薬の材料ですね。葉の煮汁が解毒薬を保管しやすい成分を出しますので、防腐剤として医療品に使われるのです。ちなみに食用ですので飯盒なんかでスープに入れれば、癖のある苦さを味わえるでしょう」


 採取に励む生徒たちの横で自分は何をしていたかというと、各アイテムの解説なんかしてたりします。

 だって、やることないんですもの。


「油松見つけたでありますよー」

「セロ、そっちで瓶にいれてきて」

「はい、なのです」


 植物の灰を手に入れるために雑草を抜いているエリエス君。

 油松に拙い手つきでナイフを持って、果敢に挑むセロ君。

 そんな周囲をスカウトらしく警戒しているリリーナ君。


 周りが仕事してるのに、自分だけ仕事してないこの感覚。

 落ち着かないですね、まったく……、間違いなく職業病です。病名は苦労性。


 ともあれ、採取のアイテムはほぼ全て揃ったので、そろそろエリエス君の解答を聞きたいと思います。


「ところでエリエス君。ずいぶん順調に採取が進みましたが、どうしてでしょうね」

「ちゃんと植生が近いものだけを選びました。それとリリーナが居たのも一つの理由です」


 関係ない話ですが、いつの間にかエリエス君はクラスメイトを呼び捨てにしていますね。

 最初はクリスティーナ君だけ、呼び捨てだったのに。


 そのクリスティーナ君にだって敬称がいらないと判断して……、というより敬称で呼びたくなかったから、というのが本音かもしれません。

 しかし、セロ君やリリーナ君の名前を呼ぶエリエス君に、親しみのようなものを感じます。


 どうやらエリエス君にも仲間意識が芽生えてきたようですね。

 感性に鈍いエリエス君ですらそうなのですから、他の子にもあるでしょうね。


「リリーナが居れば依頼にある植物も正確に見つけられます」

「えっへん、であります」


 エルフは森の様子からほぼ100%に近い確率で目当ての植物を見つけ出す才能のようなものがあります。

 森の中で才覚を発揮するエルフならではの特性ですね。


「しかし、その案だと【宿泊施設】の依頼を受ける必要はなかったですよね?」

「この生徒会活動で効率良くポイントを入手しようと思ったら、やはり+αが必要不可欠でした。例えば討伐依頼の途中で、採取しやすいであろう植物や鉱石を地図で確認して、近い依頼を受けます。そうすれば最悪、討伐の失敗であっても採取の依頼は果たせるのでマイナス分を抑え、プラス分はより多く入手できると踏みました」

「正解です。よくできました」


 無感動な瞳とぶつかったまま、少しだけ安堵の息をつきました。

 こうして成長してるなぁ、と思える瞬間って結構、見逃しがちなのです。


 何せ、こちらも意図を持って、狙って成長を促しているわけですから。

 生徒が成長を実感することはやはり、教師が生徒の成長を確認することにも繋がるわけです。


 エリエス君だけではありません。

 セロ君だって、ナイフを持ってもおっかなびっくりしなくなりましたし、リリーナ君は怠けたりしなくなりました。


 ちょっとずつですが、変わってきています。

 成長しながら、周囲と同調しながら少しずつ、少しずつ。


 芽吹くように。


 後は帰るだけ。

 こうして依頼は無事、成功。

 ポイントは最大値の18pがヨシュアンクラスに与えられました。


 よくやったほうですよ。

 これで終われば、ですが。


「……なんですの」

「……なんだよ」


 授業の終わりくらいで帰ってきたクリスティーナ君とマッフル君は見事なボロボロ模様でした。


 クリスティーナ君は煤汚れと頭に蜘蛛の糸をつけて。

 マッフル君は土まみれの泥だらけでした。


 ものっそい不機嫌なまま、こちらを睨みつけています。


「……ふ」


 小さな吐息のような音は誰のものだったのでしょうか。


 残念なことに自分の見えない位置だったのでわかりませんが、みるみると真っ赤になるクリスティーナ君とマッフル君が、その相手を教えてくれました。


「エリエスさん! 今、貴方笑いましたね!」

「笑わなくたっていいじゃん!」


 飛びかかる二人をひょいっと避けるエリエス君。


 二人と一人の格闘に巻きこまれないようにセロ君を抱いて、三歩ほど後退しました。

 リリーナ君も一緒です。


 彼女たちが術式を使い始めるまで、とりあえず見守ることにしましょうか。

 そのあとはみっちり、失敗談を聞かせてもらいましょう。



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