経験のランプは足元しか照らさない
午前は通常授業、午後は生徒会システムの試運転として、まるまる使って生徒会活動を体験してもらう日程です。
すでに依頼は何件か届いていて、中にはバーベキューのためにお肉を大人買いした、あのお肉屋さんからの依頼も届いています。
内容は獲物を狩ってくること。腑分けしているとなお良し。それっぽくて安心です。
どうやら、経済貢献に一役買ってくれているようです。
実験の実証というには、あまりにも足りない検証数ですが、無作為搾取の結果にこれならまずまずですね。
お肉屋さんがちゃんと余ったお金を消費してくれてなによりです。
つまり、【宿泊施設】の住人はある程度のお金があった場合、あるいはキャラバンなどの消費対象がない場合に限り、暮らしを楽にする方向へと向かおうとする、と。
あと何件か試してみて、同じような結果なら十分でしょう。
今度はお肉ではなく、装飾品や家具みたいな個人資産でも試してみたいですね。
これらは上々、しかし、個人的な問題はまだ解決していません。
いまさらですがエリエス君に、ちゃんと話してあげなければなりません。
昨日、シャルティア先生に最後に言われた言葉。
「生徒を不安にさせた分だけ、できるだけのことをしてやれ」
教師として、というよりも自分という人間に向けての言葉でした。
弱みを見せない自分だからこそ、弱みを見せる行為は信頼の現れ。
一方的に与えるだけの師弟関係ではいけないのでしょう。
自分も人間で、大人でも成長していかなければいけないのですから。
でも、どうやってエリエス君に昨日のことを伝えましょうか。
いきなり、呼びつけてもアレでアレな感じですし、不安になる――エリエス君に限って不安そうな顔をするとは思えないのはどうしてでしょうかね?
あと、食堂で普通のメニューを頼んだら【大食堂】でランチをいただいていた生徒が驚愕な顔をしたのは何故でしょうね。
ちょっと呼びつけて怒ってやりたいところです。
フレンチトーストとサラダのセットをポリポリと食べていると気配がします。
背後からじっと眺めている気配。
しかし、自分が身動きすると、そっと視界の外に移動する手腕。
少しカサカサと音がするのは何かを持ってる?
相手はおそらくエリエス君でしょう。
羊皮紙か何かを抱えていて、しかし、エリエス君に限って自分に話しかけるのを躊躇しているとなると。
やっぱり昨日のことが引っかかっているのでしょうか。
エリエス君が戸惑うくらい、昨日の自分が酷い有様だったという証拠でもあります。
ため息しかでません。
でも、このため息は自分に向かってです。
「エリエス君。自分もちょうど用事があったところです」
「……はい」
一拍のタメの後、スタスタと歩いてきました。
思ったとおりの羊皮紙を抱えていました。
向かいの席を勧め、それからお互い無言でした。
いや、なんと言えばいいものか。自分がやらかした手前、なんというか話しかけづらかったりします。
つくづく自分にため息です。子供じゃあるまいし。ここは大人力を駆使した、全力で罪悪感を隠しつつ何事もなかったように振舞います。
とはいえ、切りこむ話題は必要です。
生徒に対してこんな卑屈な心を宿したまま、話題探しとか自分がモノ悲しくなりますがそこも大人力でカバーしました。優秀ですね大人力。無意味に精神力が削られるのが欠点です。
机に置いた羊皮紙に目をやると、丸まった羊皮紙の中身が少し見えました。
「それは術陣ですね」
「はい」
「見せてもらっても」
頷くと同時に、広げられた羊皮紙。
その中身が術陣を描いただけの設計図であることは明白でした。
通常、羊皮紙に描く術陣は効果を持ちません。
術陣はあくまで源素を媒介にするか、金属を媒介するかでしか術式になりません。
なので、これは術陣の設計図。
しかし、ON/OFF機能、着火機能が用意された術陣は一つしか思いつきません。
「術式ランプですか」
昨日、アドリブでアレンジした術陣をもうすでに再現したわけですか。
もうこの時点でこの羊皮紙を破り割いて、厨房の調理班にこんがりローストにしてもらいたいところですが、昨夜、その部分でも怒られました。
リィティカ先生の神託によれば「せっかく作ったものを爆発させて、やり直しは酷い」とのことです。
冷静になって考えれば、確かにそうでした。自分が誰かにやられたらと思うと、とりあえず不出来な生ゴミが一つ、出来上がっていたことでしょう。
リィティカ先生の御言葉は真実と愛が詰まっていますね。見習いたいものです。
じっくり設計図を見て、ふと以前とは違う制御系が刻まれていることに気づきました。
制御系はランプが衝撃を受けた際に、爆発をコントロールするものです。
さらに言うと制御系が働いている間、決して爆発しないものです。
ここでようやく、自分が言わなければならない言葉を理解しました。
「聞きましょう。これはどんな状況を想定して作ったものですか」
「今日から生徒会システムが授業に組みこまれると聞いて、状況を想定しました。特に『生徒会活動』の日は高確率で討伐依頼が選ばれるからです。理由はクリスティーナとマッフルの二人です」
自分も同じことを考えました。
あの二人は絶対、選びますよね。目に浮かびます。
「もちろんヨシュアンクラスは当然のごとく、この最難関の討伐依頼に決まっていますわ!」
「先生! なんで魔獣退治だけ貼ってないんだよ! ここは月間優秀とるためにポイント割高の魔獣退治に決まってるじゃん!」
こうなります。台詞だって完璧だと思います。
そこに涙目で怯えるセロ君と、面白そうだからもっとやれなリリーナ君が加わり、冷静に対処を始めるエリエス君が入って完成ですね。
「先生は止められますか」
「大人力にも無理なものくらいあります」
あの二人の方向性が一つになったとき、ちょっと引きます。
「魔獣や原生生物の生息域は地図で確認しておきました。多くは森の奥、洞窟の奥でした。視界が悪いことを想定し、ランプは必要だと考えました。そして、不測の事態があった場合、おそらく先生が助けてくれますが絶対と言い切れない状況もあると思われます。特に洞窟の中、先生が入れないような狭い入口があるような状況です」
まぁ、狭い入口があって、向こう側に生徒が居る状況。
何かに隔たれたくらいだと、『眼』で魔獣を特定して術式で狙撃とかできますが。
さすがに絶対とは言い切れませんね。
「とっさの機転で運用できる武器。手元にあって使いやすいもの。その場にあったもの。そういった観点から術式ランプの武器転用を考えました」
なんと言ったら、良かったでしょうか。
たぶん、これは救われたと言ってもいいんじゃないでしょうか。
自分は術式ランプを改造し、人を殺すための武器を作ったのに。
エリエス君は『仲間を守るための武器』を想像していたのです。
「先生がダメと言った意味は、簡単に爆発してしまったところから、安全装置の類がついていないことだと解釈しました。だから、この設計図には安全装置もつけました」
クリスティーナ君の術式ランプは火の美しさというものを想定していました。
セロ君は火の躍動感、その動きに面白みを表現したのだと思います。
マッフル君は完全な実用性、安全で安定した光量を求め。
リリーナ君は緑属性に変えることで長時間の運用を考えていました。
誰一人として。
ヨシュアンクラスの誰か一人でも、何かを害そうとしてアレンジしただろうか?
早とちり、勘違い、先入観。
言い訳なんていくらでもあります。教師の威厳を保つために屁理屈なんていくらでも思いつきます。
その全てを自分は今、口には出せません。
ただ、これが答えでした。
自分が何の考えもなく、何の心配もなく、【火榴燈】が作られる可能性を考慮しないほど、それこそあっけなく術式具作りを生徒たちに教えてあげようと思えた理由です。
生徒たちが決して、武器なんか作らないと信じていたからです。
悪ノリする、人の言うことを聞かない、殴らないと止まらない、そんな出来の悪い生徒だけども、出来の悪い自分は信用したのです。
そして、そうと自分が気づかないほど、心に深く根付いていたのです。
目を覆ってしまいました。
別に泣いているわけではありませんよ? 泣いてなんかいないもん、です。
ただ、自分の情けなさに顔を隠してしまいたくなっただけです。
「何か問題はありますか?」
エリエス君の質問に自分は応えなくてはいけません。
理性の鎖で縛りつけてもどうしようもなく揺れ動いてしまう、心のままで。
「その術陣の大きさでは術式ランプの基盤に入りきりませんね」
「……迂闊でした」
この術陣を術式ランプの形に本気で作ろうと思ったら、専用の装飾台がいりますね。
基盤も一つではなく二つにして、拡張していかなければなりません。
使い捨てる可能性があるモノなのに、お金がかかる代物です。
需要も供給もニッチすぎるといってもいいでしょう。
高額所得の冒険者なら、もしかして欲しがるかもしれません。
高額所得者が好んで買い続ける商品となれば、継続して大きい利益が得られるのでアリと言えばアリですね。
ヒントを欲しがる瞳に真正面から向かい合います。
「コレを形にしてみたくありませんか?」
「……え?」
「昨日から今まで、色々考えてきました。もしもエリエス君が、いえ、生徒の誰か一人でも術式具に悪意を持って接することがあったのなら、自分はもう二度と術式具の授業をするつもりはありませんでした」
学園長に言った言葉は本音です。
例え誰かに命令されたとしても、頑として聞き入れるつもりはありませんでした。
「未来永劫、自分の技術を誰かに教えようとも思わなかったでしょう。弟子も取らず、いえ、弟子をとっても一代限りのものにしようと思っていました」
リィティカ先生が教師になった理由。
弟子作りという崇高かつ素晴らしい目的は、実のところ、自分にとっても他人事ではなかったのです。
自分も技術屋、職人という側面がある以上、錬成師と同じように弟子を取らなくてはいけないのです。
法に定められているわけではありませんが、世間様では職人に弟子は基本です。
技術を絶やさないように。
更なる発展の火を決して消してしまわないように。
いくら自分が世間様と違う道を歩いているとはいえ、世間様に迎合していないわけではない。
あぁ、ヒネた言い方をしました。
もっと単純でもいいんじゃないでしょうか。
自分に迫るかもしれない、この才能を自分は絶やしたくないです。
それでいて自分のような悪辣なものではなく、もっと人のためになるものを作るかもしれない可能性を本気で育ててみたくなりました。
「でもエリエス君を見て、決めました。この術陣からなる術式ランプを、自らの手でちゃんと作りたくありませんか? そのための技術を、知識を、得たいと願いますか?」
エリエス君の漆の瞳は真っ平らになってました。
でも、周囲を見渡して、何故かガッカリしています。あれ?
「先生、こっち」
袖口を引っ張られて、そのまま【大食堂】を出て行きました。
あ、まだサラダが残っています、トレーを片付けていません。
でも連れて行かれた場所は【大食堂】の裏。
ベンジャミン5号という真新しい立札が設置された小動物コーナーです。
わお、エリエス君を見つけたウルプールが小屋中を走り回り始めました。
そして、水桶に頭から突っこんで目を回すこの小動物は、マヌケだと思います。
「弟子入り」
はい?
「弟子入りの勧誘と受け取りました」
表面上、なんのアクションもないのに落ち着かない空気をまとっています。
もしかして興奮しているのでしょうか?
「本当ですか? あんなに嫌がっていたのに」
嫌がっていたわけではありません。
面倒だっただけです。
すでに教師として君たちを教え導いている以上、弟子と言えなくもないですからね。
改めてまで弟子入りを明言するつもりがなかっただけです。
ただ、クリスティーナ君が『階梯儀式』なんかするから。
あれからエリエス君の弟子入り志願熱が強くなってしまったのです。
改めて弟子と明言されたクリスティーナ君が羨ましかったのかもしれませんね。
成績ではクリスティーナ君より上なのに、どうして自分はダメなのか、なんて考えもしたかもしれません。
時々、クリスティーナ君に強く当たるのもそのせいですか?
もしかして嫉妬していた、のでしょうか。
「そうですね。イヤではなかったのですが」
「何故?」
「面倒だったから?」
わお、ものすごい殺気です。
将来有望な殺意でした。
「嘘です、冗談です。殺気を鎮めましょう。相手に攻撃の起点を読まれますよ?」
殺意は相手を威嚇するという利点がありますが、ある程度の胆力があれば、逆に殺意は相手に攻撃意思を悟られる弱点にもなります。
テーレさんあたりになれば、わざと殺意を出したり、出さずに生命を狙ってきたりしますね。
アレが一番、受ける側からすれば対処に困る方法です。
何時、攻撃がくるのかと惑わされますから。
「本当ですか」
「本当です」
「本当に本当ですか」
「本当に本当です」
どこまで信用性がないのか。
というか確認、取りすぎです。
「先生を信じなさいな」
すると目をそらすエリエス君。ちょっと待て。
「先生はときどき、信用できない」
「嘘をついたことはないんですけどね」
嘘です。隠し事も嘘もたくさんあります。
だって、七面倒臭い身の上ですしね。
しかし、信用ないですね、ちょー哀しい。
「だから――」
ふ、と浮かぶスカート。
つい、と摘まんだ指先に持ちあげられるスカート。
機械的なのに、どこか柔らかいカーテシーはエリエス君っぽさがありました。
「高名にして先哲、連綿なる知の先を行く者よ。この無知蒙昧な子羊にどうか暗き荒道を知の燈をもて照らし、導き給え」
以前、クリスティーナ君がしたものとは形式が少し違いますね。
どうやら、もっと古式のものなのでしょう。
なら自分も形式を変えますか。
「今より汝が行く道を照らす洋燈に火をくべよう。我が先を行く者たちより連綿と受け継がれし知の魂火を。我が学びの徒エリエス・アインシュバルツよ。汝の暗き道に赤金に輝く光を。叡智の光を。しかし心せよ、踏む影こそが愚知の誘いである。努、忘れるな。汝こそが我が魂火の継火であることを」
「我が学びの師よ。ヨシュアン・グラム師よ。忘却よりも遠き、其の継火の意を受け継ぎ連なる我が意を照覧あれ」
このやり取りはもっとも深い魂の契約にちなんだ文言です。
契約という面で見れば、クリスティーナ君より重いものです。
もっとも古式な上に、形骸しつつある弟子入りの儀式にここまではしません。
弟子を放り投げる職人がいるようなご時世ですしね。
そんな中で、こんなきつい契約はしません。
つまり、「絶対に逃がさない」という意味です。
ものすごいヤンデレがここに誕生してしまったような気がするのは何故でしょうか?
「……やった」
もっと嬉しそうに言いなさい。
「この気持ちはそう」
熱にうかされたように一歩前に出るエリエス君。
「嬉しい、というのでしょう」
無表情なせいで嬉しそうに見えません。
でも、きっと嬉しいのでしょう。
瞳に少し水気がありますから。
「そうですか。良かったですね」
でも、頭を撫でようとしたら逃げられました。
なでなではさせてくれません。
ガードが固い子なのでしょうか?
ちょうどいい感じに予鈴が鳴り響きます。
今、エリエス君、舌打ちしました? もしかして早速、色々聞こうとしたのですか?
まずい。今になって後悔し始めました。
下手をすれば休日まで個人授業に精を出すハメになりそうです。
自分の引きつった笑い顔に何かを察したのか、また袖口を掴まれました。
どうして自分はこう、自分の退路を防いでしまうのか。
ため息もつきたくなりますよ。
まぁ、でも。
黒い髪がゆらゆら揺れているのを後ろから見ていると。
なんでしょうね、楽しそうに見えてしまうから驚きです。
そして、できるだけは出来たでしょうか?
色々考えて頭も痛い感じですが、身から出た錆だと思って受け入れましょう。
もっとも後悔はするでしょう。
何度も過去を後悔するような、女々しい男ですからね。
でも、なるべくこの子たちにはそんな素振りを見せないようにしていきます。
決めました。もう決めました。
とりあえず身バレするまで、隠し通してやる。
後ろ向きのような気がしなくもないですが、新しく決意を改め直しておきましょう。




