あっという間に開園式が終わったのだがどこもおかしくない
学園長、全教師、そして全校生徒。
王国から祝辞を述べにやってきた大臣各位数名に儀典官。
さらに全校生徒に呼ばれた保護者各位による盛大とは呼ばないものの、そこそこの規模の入学式が執り行われた。
自分はというと適当に目立たない紹介をされ、これまた適当に自分の席に座って眠気と戦っていた。
睡魔との勝負に危うく負けそうになったとき、学園長の訓示も終わり、晴れてリーングラード学園は開園した。
つつがなく終わったというべきだろう。
突然、爆発と共に赤いのが爆誕したり、元 老 院 から白いのが現れたりしていたら自分、心臓止まっていたと思います。
現れなくって良かった。
さて。問題はここからだ。
自分にあてがわれた教室の前で、深呼吸してみた。
豪華なドア、丁番の上あたりに取り付けられた派手な板に刻まれた『ヨシュアンクラス』の文字。
うーん。緊張する。というか人の名前をたやすくクラス名にするなよ、と言いたいが1~6までの数字が並んでいるだけっていうのも味気がないので文句も言えない。
「どうしたものか」
クラス名よりも問題なのは、人に物を教えるのは生まれて初めてなことです。
だけど、それ以上に、生徒という存在に対して自分は免疫を持っていない。
どう接すればいいのか。端的に言うとわからない。
わからないから、怖い。失敗が恐いから緊張する。
いくら、そこそこの対人経験を積んでいても慣れないものは慣れないもので。だいたい26歳ですがティーンズの考えることなんてわかりませんよ? たとえ6、7年前には自分もティーンズだったとしてもだ。
それだけ年数があれば、世代なんて二回転くらいしますよ、えぇ。
あぁ、全身がむず痒い。胃がチクチクする。
自分が生徒だったころは、こんな気分を先生が味わっていただなんて想像もつかなかっただろう。
ごめんなさい先生。黒板消し落としとか仕掛けちゃって。
中綿の代わりに石コロとか入れちゃって。あげく滑車とコロを使って、ドアを引いたらいいタイミングでジャストミートするようにしちゃって。威力が足りないと思ってバネ仕掛けにしちゃって。
初日で頭蓋骨陥没させたのは良い思い出です。
先生にとっては悪夢だっただろうけど。
その結果、始業式のその日に校長室に呼ばれ、仲間たちと骨肉の争いもかくやという罪のなすり合いが始まったのはもう封印したい過去です。
それでも次の日にはケロリとして、同じようなことを考えているあたり、あの頃の仲間は同類だったのだろう。
「今の自分がやられたら、間違いなくベルゼルガ・リオフラムものだな」
無邪気な子供の悪戯が、阿鼻叫喚の地獄を生むという悪夢のコンボだ。
きらびやかなガラスの向こう側にふと目をやれば、鮮やかな花々。王国の政務室からでも見えた綺麗な青色の花ももう咲き誇ってしまっている。
そして視線を上へと移せば、突き抜ける水色の空。浮かぶ『灰色の大地』。
天上大陸。
きっと、この世界の誰もが見慣れた未開の土地。
今日のように空気が澄んだ青空の下だけ、うっすらと空を浮いている大陸を眺めることができる。
多くの冒険者の内、何割かの人間があそこに行こうと頑張っているという話だ。
噂によると、この世界のどこかにあの天上大陸へと向かう道がある、とされているが自分は眉唾だと思っている。
そもそもあれは物理的に浮かんでいるわけじゃない。
そのことに気づいている人間がどれだけいるだろうか。
故ウルクリウスは天の翼を持って天上大陸に向かい、その不敬で地面にたたき落とされたという。
その事実から紐解く、夢の無残さを知る者は少ないのだ。
夢物語の枕物語。
子供に聞かせる、夢のような御伽噺。
「そして自分は、そういうのをやらなきゃいけないわけか」
たとえできなくても、生徒の前ではできると言い張らなくてはいけない。
いつか誰かがそこにたどりつくまで、根拠も自信もなく、手前勝手に不確かな断言を。
「そういうのは気が重いんだよなぁ」
教師というのは父親とかそういうのレベルで割に合わない職業だなぁ。
さて、いつまでも昔の思い出や夢物語に浸ってはいられない。
意を決して、自分はドアに手をかけた。
さいわい、殺傷性黒板消し落としは設置されてなかった。