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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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教師の品格 ‐アングリー編‐

 いつまでも立ちっぱなしではいけないと思い、学園長に青空教室の結果を伝えに行ったら怒られました。


「確かに報告は聞いていますヨシュアン先生。ですが、本来ならば教室で行うはずだった授業を急遽、変更されては困ります」


 非常に大人らしい、事務感あふるる怒られ方でした。

 適当に謝って、「今後、気をつけます」と言って退室しようとしたらテーレさんに止められました。


 羽交い絞めです。

 あれ? なんで自分は羽交い絞めされているのでしょうか。


「注意力散漫」

「それはどうも。ご忠告感謝します。離してもらえません?」


 二日酔いっていうのは、こんな気分のことなのかもしれません。

 今は何もかもが億劫な気分です。


 しかし、自分の要望は老婆によって返答されました。


「ノックマッチの顔より青ざめた顔色でどこへ行こうと言うのです」


 ノックマッチ。アンデッド系魔獣の代表格です。

 簡単に言うと骨です。スケリントンです。どうやって動くかは謎です。


「あれは石灰が羨ましくなるほど白いので自分は青くなってませんね。つまりQ.E.D.です」

「いつもの軽口が見る影もなく重たそうですね。何がありました?」


 力を抜いて観念すると、テーレさんが丁寧にソファを勧めてくれました。

 出されたお茶もあえてミント茶ではなく、香り高い紅茶、おそらく法国産です。


「いえ、何も」


 ただ生徒が術式具を武器にしちゃっただけですよ。

 しかも、あろうことか偶然にしたって出来過ぎすぎて悪夢じゃないかと思う、あの【火榴燈かりゅうとう】をね。


「そうですか」


 学園長はきっと何もかもを知ってしまっている。

 それは自分の過去もまた、同じじゃないかと思っています。

 下手をすれば貴族院のスパイのことだって。

 でも、それを口に出したりせず、全てを懐に入れていられる。


 いつも変わらず、学園長室の机に座っていられる。


 出来た大人だと思いますよ、ホント。


 自分はこの苦しみを吐露したくてたまらないっていうのに。


「昼過ぎに爆発騒ぎがありましたね。近くにヨシュアン先生が居たようなので、おそらくいつものオシオキかと思ったのですが、当たってますか?」

「えぇ、まぁ、ついつい力が入ってしまって」

「やりすぎは良くありませんね」


 じわじわ追い詰められてますね。

 問題は追い詰められていることを良しとしている自分ですが。


「術式ランプの授業に、爆発。これを聞いて、ふと思い出したのですが内紛時にそういった武器が使われたことがありましたね。そう、あれはランスバール革命時。鉄壁の守りとされた東錦宮が、ある一つの武器で瓦解してしまったという。そのあまりに悪夢めいた武器はそれ以降の戦争ですら使われず、即座に封印されました。軍用への転用はおろか、設計図すらも焼却。製作者は殉死したとも聞いています。私が知っていたのは単に長く生きすぎたせいでしょうか」


 訥々と語る戦争の形。

 それを自分の体験以外から聞くのは、何時ぶりでしょうか。


「封印された理由は威力が高く、『誰にでも作れてしまう』ところから。その悪夢めいた武器を作った者が死んでしまったため、誰一人として製法を知らない術式具。名前は確か――」

「【火榴燈】」

「そう。その名前ももう使われないでしょうね。ところでヨシュアン先生はどうしてその名前を?」

「決まってるじゃないですか」


 決まりきってますよ、そんなもの。

 あの狂っていた自分が、それでもそのありえなさにビビって封印をバカ王に頼んだものですから。


「わかりました。言いますよ。言えばいいんでしょう」

「Q.E.D.と言うのですかね。こういうのを」


 余すことなく、あの授業で起こったことを語りました。

 と言っても、そう長い話ではありません。

 生徒が武器を作った。それだけです。


「【火榴燈】の製作者は自分です。死んだのはただのカモフラージュです。あの日、あの時、この世憎しと思って『そこらのランプを利用して攻城兵器を生み出した』のです」


 あの光景は、忘れもしない。

 いくら貴族が憎かったからと言っても。

 王国の全てを焼き尽くしてやりたいと願っていても。


 目の前でそれができることに、怖れ、震えてしまいました。


 すでに戦略級術式師としての力も備え、この手で何百、何千人もの生命を葬り去ってきたにも関わらず、その規模の大きさにだけは一歩、足を引いてしまったのです。


 誰でも簡単に、それこそランプを放り投げるだけで鉄壁の守りが瓦解していくんですよ?

 大人だって、男だって、女だって、子供だって年寄りだって関係ない。


 誰もが【火榴燈】を持ち、投げあえばどうなるか。

 想像なんて容易くできます。

 畜生道なんて目じゃない。地獄の悪鬼すら裸足で故郷に帰りますよ。


 戦術兵器の簡略化は兵士の価値を下げます。

 屈強で鍛えなければならない兵隊は、鍛えていない飢えた子供の腕で殺される。

 精錬にかけられる時間は必要なくなり、【火榴燈】の製造と扱い方だけ教えれば、あっという間に戦術級術式師と同じ存在が生まれる。


 そんなインフレーションが起これば、当然、人数合わせの寄せ集めでも王国一つを滅ぼし尽くせるんですよ。


 片方だけが【火榴燈】を持っていれば、大丈夫でしょう。

 殲滅させるだけなのですから。

 でも、これが、【火榴燈】の設計図や使い方が敵味方問わず広がってしまえば。


 戦えない人を巻き込んだ、火炎地獄の幕開けです。


 【火榴燈】を封印しなければ、内紛はきっともっと早く終わったでしょう。しかし、その先は、内紛以上の地獄が開幕していたことでしょう。


 自分はそんな地獄のカーテンを開くのだけは、躊躇われたのです。

 自分が憎く思っているのは、人を人と思わない貴族だけ。

 街中で笑う子供や、子供の帰りを待つ母親ではないんです。何も知らない人まで殺したくなかった。


 ソレだけは、決して自分の中で越えてはならないボーダーライン。

 ソレを越えてしまえば、自分は畜生以下の化け物以上ですよ。


「そうですか。そして、同じものをアインシュバルツさんが」


 エリエス君が作ったものは【火榴燈】よりも精度も威力も低いものです。

 ですが、あれはれっきとした【火榴燈】です。


 確かに自分が簡単に作れたのですから、いつか誰かが開発してもおかしくないでしょう。

 自分が封印した【火榴燈】は、そのいつかを少しだけ遅らせるだけの行為です。


 そして、今まで【火榴燈】が作られなかった理由は大体、見当がついています。

 術式具が術式の補助的な立場にあることと、開発の面倒さという先入観です。実際は第三のランプのようになんとなく作れてしまいますが、金属選びなんかの素材の観点から難しいとされています。

 固定観念を覆すだけの知的教養の無さも原因ですかね。


 ……今、自分はものすごいことに気づいてしまった。

 義務教育計画が正式にスタートしたら【火榴燈】も作られやすくなるんじゃ、ないでしょうか?


 この計画、頓挫させたほうがこの世の平穏に繋がるかもしれません。

 いや、ここまでやっておいてもう後戻りもできない。この思考は考えなかったことにしましょう。


 アレはエリエス君だからです。エリエス君だからできたのです。そう思い込みましょう。


「あの子なら、行き着いてしまうでしょうね」


 自分は【火榴燈】――ランプ砲と揶揄されたあの武器をまた、見るハメになったのです。

 それも自分ではない、あろうことか自分の生徒が作ったという事実。


 正直な話をしましょう。

 自分は術式具の授業を開いたことを後悔しています。


 身勝手な話だが、他の誰かが作っても構わなかった。

 時代の流れ、技術が進歩する以上、【火榴燈】は避けて通れない道です。

 だけど、自分が教え導いている生徒が人殺しの道具を生み出すことだけは見過ごせない。


 だって、あの子たちは戦争を知っていても、参加してないのですから。

 あの子たちだけは戦争なんてせずに、平和な王国で楽しげに、時には悲しんで、苦しんで、でもその全てが愛おしく思えるような時を過ごして欲しかった。


 こんなのは綺麗事で、押しつけです。

 子供に自分の理想を押しつけて、ふんぞり返っているだけです。


 でも、それくらい望んだっていいでしょう?

 人殺しでも、血にまみれた手でも、悪徳のような自分ですが望むだけなら自由であるべきでしょう?


 それとも、そんなことすら許されないですか?

 ただ幸せに生きていて欲しいと思うことすら過ぎた願いですか?

 誰かの幸いを願ってもいけないほど自分は穢れた生き物ですか?


 誰か答えをください。

 クソったれた神様でもいい。

 模範解答を、出来すぎた優秀な解答を、誰もが納得するような回答を。


「そんなもん、あるわけねぇんですよ」


 結局は期待しすぎただけです。

 自分の技術を生徒に教えれば、必然、自分が出来る全てを生徒が作れるという事実に目を背けていただけです。


 生徒たちが誰かを不幸にしてしまう。

 そんな可能性を考えないようにしていました。


 あんまりにも楽しかったから。

 あんまりにも救われていたから。


 生徒たちが日々、成長している姿が。

 育っていく姿に理想を押しつけて悦に入るくらいは、優越感があったのです。

 増上慢もここに極まれり、ですね。


「術式ランプを教えてしまったことは仕方ありません。起きてしまったことですから。ですが、ここから先を教えるわけにも行きません。術式具の授業はもうしないことにします」

「それで良いのですか?」

「良いも何も。あんなもの作られるくらいなら、未来永劫、自分の技術なんて教えませんよ」


 【火榴燈】だけならまだマシなんですよ。

 もしも、もしもの仮定の上での話ですが、【愚剣】まで模倣されたら。

 あの『人間を拡張させる術式具』を生み出されなんかしたら、【タクティクス・ブロンド】が世界中に生まれてしまいます。


「かつて内紛で人工的に【タクティクス・ブロンド】を作ろうとしたクソ女がいました。そいつはもう死にましたが、二の舞だけは絶対にごめんですよ」

「ヨシュアン先生」


 学園長は静かに目を伏せて、自分をたしなめるように名前を呼びました。


「生徒が望んでも、同じことをいいますか?」

「殴ってでも止めます」

「必要に迫られても」

「あんなもの、必要とされてたまるものですか」


 学園長にため息をつかれました。


「ヨシュアン先生。己が今、間違っていると気づいていますか?」

「これというくらいには」

「貴方は己自身が頼りになるので、ずいぶん忘れがちなのでしょうね」


 ツカツカと背後まで回ってくるのはいいんですが、なんです? その無駄のない無駄な動き。


「気持ちが裏返ってしまっていますよ。あの子たちに対して」


 裏返る? 言われても意味がわからない。


「説明しましたか? 教師として」


 何故、エリエス君に【火榴燈】を作ってはいけないかを。


「貴方が術式ランプを教えようとしたのは、学園予算だけが理由ではなかったはずです」


 何故、自分の職業の技術を生徒たちに教えようとしたのかを。


「貴方が信じた、その意味を思い出しなさい」


 それ以上の言葉はありませんでした。

 話が終わったので、自分もここにいる理由はない。


 だけど、ソファから身を起こすのが億劫で、すぐには立ち上がれませんでした。

 体は幾重もの鉄の塊を巻きつけたように、重くて、膝すら震えそうです。


 立ち上がるのはそれから少ししてから。


 誰もいない職員室を抜けて、空虚な廊下をカツカツと歩きます。


 思い出せ、ねぇ?

 何を思って自分は術式具講座なんか開こうとしたっけか?


 単純に生徒たちの金欠を見かねてでしょう。

 あとは予算の不足があって、ちょうどいいから術式具講座を流通に組みこんで、キャラバンからお金を巻き上げようとして、それから。


 そう生徒会システム。

 学園内部の流通を活性化させることで一時的に学園の持つ予算を増やし、輸出分も向上させる。


 この半月は全て、そこに集約されていました。

 メルサラがやってきたり、生徒たちがいつものようにゴチャゴチャしていたりとか色々ありましたよ。


「それだけなはずですよ」


 それだけなはずなんですよ。

 でも、何かが空いている。空いてる部分を避けて通ろうとする思考を自覚しています。


 何があっただろうか?

 何を思って、その場限りに思って、一瞬だけ確実に思い切って、だけど、それは今まで頑張ってきた理由にもなっていて。


 この忙しかった毎日に自分は何を置き忘れて――


「この最低教師が――!」


 ――思考に没頭していても、体が億劫でも、反射神経は絶好調だったようです。

 背後から迫るドロップキックをひょいと避けると、空中でシャルティア先生と目が合いました。


 スローモーションで流れる光景。


 シャルティア先生の見開いた目。

 徐々に高度を下げていく体。


 地面に脇腹を打って、悶絶するシャルティア先生。


 何これ?


「えー、シャルティア先生? 女性がドロップキックするのはちょっと」

「こ! この! 避けるな!」


 避けるなと言われましても。

 脇腹を抑えて地面に座りこむシャルティア先生に手を差し伸べたら、涙目で睨まれました。


「貴様……、生徒会システムの説明の最後、自分が何を言ったか覚えているか?」

「何か言いましたっけ?」

「図書院の愚者を虐げた後だ」


 参礼日、つまり今日、教師用の術式具を作ることですか?

 いや、正直、もう寝て全てを忘れてしまいたいのですが。


「私用に調整するから来いと言ったろう。そんなことも忘れたのか」


 あぁ、そうでした。

 ということは探しに来てくれた、というわけですか。ご苦労さまです。


「リィティカもピットラット老も貴様の家で待ってるぞ」


 苦労に見合った分だけ、手を差し伸べて、シャルティア先生を立ち上がらせます。

 すると胸ぐらを掴まれました。


「忘れたというのなら極刑ものだ。ドロップキックを避けたのも極刑ものだ。つまり死刑だ。だがそんなことよりも貴様、なんだその顔。イストフローチの皮膚より酷い色だ」


 イストフローチは蛙の魔獣ですね。粘液に毒を持っていて、その体色はオドロオドロしい青。

 ところで学園長といいシャルティア先生といい、どうして自分の顔色を魔獣に例えるのです?


 そんなに魔獣っぽいですか?


「そんなにひどい男前ですか?」

「あぁ、酒場で潰れているゲス以下だ」


 普段は澄ましているくせに、こういうところだけは熱いんですよねシャルティア先生は。

 さすがクールな表面にマグマの気性を宿した女。


「カカシですらまだマシな顔をしてる。何があった」

「ちょっと失敗しただけです」

「あぁ、良い。今、語るな。お前の話はお前の家で聞く。リィティカやピットラット老にも聞いてもらえ。お前の不甲斐なさをな。公開処刑だ」

「そういうの、逆じゃないですか? 一人で親身になって聞くものでしょう」

「お前に条理が通用するか。客観的に自分を見て気付かなかったのか」


 グイグイとシャルティア先生に引っ張られて学び舎を抜けてしまいました。


「あぁ、気づかないだろうな。お前はそういう男だ。短い付き合いでもわかるぞ。この私なら更に深く理解できるだろうな。ナナメに構えているくせに構えきれていない。諦めているくせに諦めが悪い。世渡りが下手なバカだ。結局、許容量限界まで自分を酷使し、周囲を心配させる。しかし、お前自身の能力が高すぎるせいで、大概がなんとかなってしまう。心配させておいてそれはないだろう。手を差し伸べる機会すら他人に与えない。お前はそんなに人の手を借りるのが嫌いか。弱みを見せるのがそんなにイヤか」

「そんなつもりはありません。生徒会システムだって教師陣、全員の力がないと不可能でした」

「だが、その全てはお前一人でどうにかできただろう」


 時間さえあれば、ですが。

 確かに出来たと思います。


「ほら見ろ。お前が思うほどお前の心の中なんて丸見えだ。証明してやろうか? どうしてお前は今日、特別授業の手伝いをリィティカや私に頼まなかった?」

「それは何人くるかわからないので」

「10人以上は確実に来ると思っていただろう。10人といえば合同授業と同じ数だ。今までなら教師二名で行っていた授業形態なのに、お前は一人にこだわった。新米のくせに。予想できていたなら手を回せたはずだ。術式具の製法なんぞ私は知らん。だが、初級の術陣くらいなら私にでもわかっただろう。図書院の愚者にしてもそうだ。リィティカなどお前の職業の親戚のようなものだろう。ピットラット老はどうだ? ヘグマントはどうだ? 誰か一人にでも相談したか。相談しようと思ったか。相談したいと思ったか! 違うだろう。お前は、集まってから後悔し始めたんだ。誰か連れてきたら良かった、と」


 ビンゴでした。


「だから、許容量を越えて破裂した。これを独りよがりと言わずになんという。証明終了だ。異論はあるか?」


 あるわけがない。

 何も言えず、グゥの音も出ない。

 自分は確かに、シャルティア先生の言うような感じだった。


「あまり他人を舐めるなよ。孤独が好まれるのはガキまでだ。そして、お前みたいなのを見て育つ生徒だって、わからないと思っているか? お前の変調くらいもう気づいているだろう。そして、こう思うはずだ。『一体、私たちは先生に何をしてしまったのだろう』とな。お前にしかわからない問題に頭を悩ませる。お前の独りよがりがお前の育てるべき者まで不安にさせてどうする。逆だろう。お前は生徒に『これがそうだ』と自信を持たせることだろう。何をしているヨシュアン・グラム!」


 いつの間に自分は足を止めていました。

 シャルティア先生もまた足を止めていました。


「誰も見てないくせに何かを語るな烏滸おこがましい!」


 シャルティア先生の顔は自分から見えない。


「他人がアテにならないご時世だ。信用なんてものは酒瓶の底に溜まったカスみたいに捨てられる。過去、お前がどんな生き方をしたかは知らん。どうせ私のように肥溜めより酷い人生だったのだろう。多かれ少なかれそうだ。だがな、全てがお前みたいになんでもできるわけじゃない。だから頼る。だけどな、それだけの意味で誰かを頼っているわけではない」


 胸元を掴まれたまま、微動もできないまま。


「頼りたいんだ。頼られたいんだ。そのくらい、わかれ」


 もしかして自分は知らない間にシャルティア先生まで傷つけていたのでしょうか。

 シャルティア先生だけではなく、リィティカ先生やヘグマント、アレフレットやピットラット先生まで。

 無自覚なまま、無意味に、無駄に傷つけて。


 傷ついたつもりになって傷つけるとか。

 どんな悪辣な人間だというのでしょうか。


「すみません」


 知らず、小さな声が溢れていました。


「私に謝るな、バカ野郎」


 再び歩き出した自分とシャルティア先生に、さっきまでの勢いはありませんでした。


「自分はまだまだ、視野が狭いみたいで」

「メガネの度でも調整しろ」

「生徒がやらかしたのに、ちゃんと怒ってやれませんでした」

「気にするな。どうせ今日みたいに私がお前を怒る」

「手間をかけさせてしまいますね」

「安心しろ。私を誰だと思っている」


 顔は見えなくても、どんな顔かわかるくらいイイ顔をしてるに決まってる。


「シャルティア・シャルティロットだぞ。バカな同僚の一人や二人、叱咤してくれる」


 こうして自分は公開処刑場という我が家に帰る運びになりました。


 リィティカ先生は暖かい励ましを。ピットラット先生は冷静に話を聞いてくれました。

 シャルティア先生は言いたいことを言い終えたのか、一頻り静かでしたが、最後に強烈なダメだしなんかして自分を凹ましていたりなんかして。


 ここまでされてしまったのです。


 ちゃんと向かい合うしかありません。

 それに色々言われて、思い出しました。


 自分が何を思って、術式具の授業を始めようとしたのか。


 策謀なんかではなく。

 見てられなかったからではなく。


 単純な話だったことだけ、思い出しました。




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