法則のないパズル
昼休みが終わり、皆、それぞれの机で術式ランプの基盤作りを始めています。
土台は元々あるものを使用してますし、あとは金属にどんな術陣を刻むか、という部分に難易度が集約するようにしました。
つまるところ、自分が見せた術式ランプの術陣。
この術陣をちゃんと理解し、法則を見つけ、発展させる力が試されるということです。
ランプの術陣を大きく分けると二つ。
赤の源素の収集機能と発火機能です。
つまり、燃料と着火です。
ON/OFF機能は基本、触る必要がないですね。
ちゃんとON/OFF機能を意味する術陣は触らないようにしておくと楽だと生徒に伝えておいてます。
生徒たちはこの収集機能と発火機能の二種をいじるか、これに新たな別の術陣を加えるかが主な作業です。
これくらい簡略化すれば生徒でも大丈夫でしょう。
「先生! フリド・マレッシュがまた基盤を割りました!」
この予想外の事態さえなければ。
「フリド君……」
「はっ! 申し訳ありません!」
他生徒からの報告に、立ち上がるフリド君。
なんでそんな勇壮な顔してるのでしょうか? ごめんなさいみたいな顔で鳴きなさいこの野郎。
基盤はランプの半径より一回り小さく、厚さはひとつまみできるくらいしかありません。
しかし、一応、鉄でできている手前もあって、割れるようなものではありません。
ないんですよ、えぇ。
「基盤も数が決まっていますので、そう割られると困ります」
「甘んじて懲罰を受けたく存じます!」
ドMな台詞です。
「懲罰はともかく反省なさい」
どうして懲罰なしと聞いて、ガッカリした顔をするのかわかりません。
ヘグマントはどんな調教を施したのでしょうか。常人では理解できません。
「割れるということは力を入れすぎているのでしょう。いくら金属とはいえ、刻めばその分、薄くなります。力を入れて刻んでいくのではなく、力を入れないように刻むようにしましょう。道具とは元々、そういうものです」
「はっ! 心にしかと刻みこみます!」
次やったらポンチで体に刻んでやりましょう。
他に困っている子がいないか見ていると、ティルレッタ君が基盤に向かって何かお祈りをしているようです。
スルーしましょう。触りたくない。暗黒邪神的なオーラが出ていて、近寄りがたい名状し難い。
「この程度、私の手にかかれば簡単極まりないな」
突然、術式が発動する気配がして、振り向きました。
キースレイト君が基盤の術式を発動させていました。このバカ。
「こら! キースレイト君!」
急に怒鳴られたキースレイト君はビクリ、と肩を震わせる。
「何か問題でも……?」
「基盤だけの状態で作動させるのは結構です。ですが、それはアレンジの作動確認ですよね?」
「えぇ、もちろん」
「作動確認という言葉をよく考えなさい。もしも爆発したりしたらどうするつもりですか。君や君の周りの生徒にまで被害が及ぶのです。自分ならそんな間違いはしない、なんて考えは捨てなさい。何が起こるかわからないからこそ作業確認は安全な方法で試すのです。机の上で発動させない。ちゃんと地面に置いて、周囲に人がいないかどうかの確認、それから発動させてすぐ逃げる。もしくは防御結界を張る。わかりましたか」
「う……、申し訳ありません」
言われて配慮が足りないと気づいたのか、罰の悪い顔で謝るキースレイト君。
いくら簡単とはいえ、術式具というのは繊細な作業です。
暴発事故で職人が何人、犠牲になってきたと思っているのでしょうか。
「本職でも怪我をすることがある。そのことを全員、よく覚えておきなさい」
周囲の生徒にも伝えておく。
はぁ、まさか生徒たちの作業を見守るだけがこんなに面倒だと思いませんでした。
自分ならすぐに作れる基盤も、生徒たちの慣れない手つきで行っていると怖くて仕方ありません。
やっぱり定員を作って少数でやるべきだった。
気が休まる暇がない。
さて、もっとも問題なウチの子たちはどうしているでしょうか。
こんなに生徒が多いと一番、気にかけたい部分がかけられないジレンマです。
「エリエスー、火力あげたいんだけど術陣、これであってる?」
「これなら問題ない。でも、装飾台を焼くほどの火力」
「問題じゃん」
「制御系を組みこめばいい」
「制御系って、飛ばしたりする術陣のこと?」
「そう」
今、何か問題な発言が聞こえた気がしますが?
「エリエスちゃぁん、火がつきませぇん……」
「ON/OFF機能と着火機能が繋がってない」
「あ、本当なのです。ありがとうエリエスちゃん」
「そう」
「エリリンはどんな男がタイプでありますか?」
「ない」
ものすごくガッカリ顔したエルフがそこに居たのでした。
そして、チラチラとエリエスを見ているクリスティーナ君はアレですか?
実は聞きたいけれど恥ずかしくって聞けない的なアレですか、そうですか。
手間がかかるなー、もー。
「クリスティーナ君。何か問題でもありましたか? うまく動かないとかですか?」
「え! いえ、少し……。この術陣で起動することはわかっていますわ」
となると、動作云々ではなくアレンジ部分の評価を聞きたいということでしょうか。
「ただ、うまく彫れませんの」
予想外の言葉に自分が固まってしまいました。そうだった、この子は不器用な子だった。
生き方も手先も。
「基盤にまず、術陣を書きましょうか。先生のペンを貸しましょう。金属にもかける優れものです」
元は冒険者が大木や洞窟の壁にマーキングするための塗料です。
それをペン軸そのものに組みこみ、術式によって少量だけペン先に滲むようにしました。
言わば術式ボールペン。ペン先にボール部分はありませんけどね。
「インクは」
「そのまま書けるので、気にしないように。注意点はずっと握り続けるとインクが垂れてくることくらいでしょうか」
このあたりはまだまだ改善点が必要ですね。
完全なボールペンにはまだまだ程遠い。
「金属に術陣を書いてからなら、間違えないでしょう。それとちゃんと彫れない原因はポンチを支える手のほうです。ちゃんと固定しておくこと。そして、威力は弱くてもいいからハンマーをポンチの頭に当てること。ちょっとずつ削っていきましょう。焦らないように」
それでも危なっかしい手つきをハラハラして見ていると、ふと見られている気配がする。
ゆっくり、自然に振り向くと漆の瞳とぶつかりました。
「………」
でも、何も言わず、逃げるように目を伏せてしまいました。
あの、エリエス君の反応はなんなんでしょうか。
「エリエス、これでどうよ!」
「問題ない」
「そっか、なら作動確認して――」
「圧縮しすぎて光量が足りない」
「どうしろっていうんだよ!?」
マッフル君が倒れてしまいました。
はぁ……、アレンジ部分に苦戦しているところは予想通りですが、先が思いやられますね。
「火の形を球体状にすることで、光量を安定、一定化すると言ったところでしょうか。運用思想は冒険者用のランプと同じですね」
道具に実用性と信頼性を求めるマッフル君らしくて素直に好感が持てるアレンジです。
アレンジとしては遊びが足りないのが残念なのですが、この子らが遊ぶと大抵、手酷い結果が待っているので良しとしましょう。
「プリムの術陣を小さくしすぎですね。ちゃんとイメージしなさい。術式の授業ではうまくできたからアレンジに使ってるのでしょう?」
「え? うん、そりゃそう……かな?」
「なんで疑問系なんですか。もう少しで動作確認まで持って行けます。頑張りなさいな」
「はぁ、先が長いなぁ……、こんなんじゃ商売になりゃしな」
ハッ、と気づき、慌てて口を閉ざしました。
「なんでもない! 集中するからどっかいってよ!」
「はいはい」
どうやらマッフル君はこの授業の意味を嗅ぎ取ったようです。
良かった、正解者がいて。
何人かは居ると思いましたし、マッフル君なら遠からず気付くと思いましたが、ちゃんとわかっていて何よりです。
そして、また視線を感じます。
あえて気づかないようにしてますが、おそらくエリエス君です。
気づいていることに気づいているでしょうか?
あるいは、それも構わないと思っている?
エリエス君はある意味、ヨシュアンクラスの中で一番、難しい子です。謎成分が謎生物の次に謎です。
ここで対応を間違うわけにもいかない。
「で、リリーナ君は何をしてるので……、おい」
「なんでありますか?」
「赤属性ですらないじゃないですか」
リリーナ君が作っている基盤を覗くと、赤を示す術陣がどこにも描かれていません。
「フロウ・プリムを基本にしているのなら、これは緑属性型ですよ」
「アレンジしていいって言ったであります」
何が悔しいって、こいつ。
刻んでる術陣に間違いがないってことです。
設計図もないのに何、一から作ってんだよ。確かにできなくはないですがね?
しかも足りない光量を複数用意することで、赤属性型並の光量を確保してます。
つまり、強化版緑属性型術式ランプ。なんて地球に優しそうなんだ。
「予想外すぎます、というかこっちの予想からあえて外れようとしてますね?」
「で、どうでありますか?」
そのしたり顔がムカつく以外、完璧ですよ。
どうしてこいつは課題だけはパーフェクトにこなすのですか。
課題以外は一つも言うこと聞かないくせに。
ため息ですよ。
しかし、できてないわけではないので頭を撫でてやりました。
「おぉぅ、であります」
自分が褒めるとは思ってなかったのかリリーナ君も驚いているようです。
でも、頭を撫でようとした瞬間、身構えましたね? 体を硬直させましたね。
オシオキが来ると思ったのでしょうか。自業自得ですね。
「ちゃんとやれば褒めてあげますよ?」
そう言いながら、頬を引っ張ってあげました。
「へぇんひぇいはろうひてほほほひっはるでありまふか?」
先生はどうして頬を引っ張るでありますか? ですか。
「ははっ、何を言ってるかわかりません」
「うにー」
リリーナ君で遊んでから、今度はセロ君。
でも、セロ君は順調に進んでいるようですでに作動確認まで持って行ってます。
セロ君の基盤から出てきた火は、踊るようにクルクルと回っています。
やっぱり制御系を加える基盤が多いですね。
アレンジすると言った手前、もっともいじりやすい部分が制御系なので当然の結果でしょうね。
マッフル君の基盤もまた制御系です。
制御系でできることが多いのも特徴でしょうか?
強弱、大小、飛ばしたり広げたり、色々できます。
しかし、制御系を加えればその分、基盤の面積を使うので限りがあり、やりたいようにしたかったら着火用の術陣のほうもいじらなければならない。
このあたりのジレンマをどう調整していくか、バランス感覚も試されます。
術式で良い成績を残しているクリスティーナ君やリリーナ君はやはりというか、制御系以外にも目を向けているようです。
リリーナ君がエス・プリムの術陣をフロウ・プリムに変えたように、着火用の陣の書き換えやON/OFF機能の縮小化なんか手がけてます。
基本が術式なので、なんとなくわかってしまうのでしょう。
術式への理解もまた術式具のアレンジに必要な知識……、設計図でしょうか?
さて、最後にエリエス君のものを見てみましょう。
もの問いたげな視線を気にせずに。負けませんよ?
術陣を見て、目を開いてしまいました。
この行動にヨシュアンクラスの子たちも、何事かと自分を眺めています。
「エリエス君」
「はい」
「これは、ダメです」
正直、しかめっ面にならなかっただけマシでした。
エリエス君のつくるランプの基盤は確かに優秀でした。
効率による効率化、ランプというものを更に押し進めたものでした。
ですが、ソレがなんなのか、この子は知らなさすぎました。
考えても見てください。
ランプ。つまり、火を起こすものなんです。
普通にランプというものを推し進めても理解できるでしょう。
もしも石油燃料の代わりに炸薬を詰めて、着火装置の代わりに時限信管を埋めこんだならどうなるか、もうわかりますね。
「どうして?」
「考えるより見たほうが早いですよ」
エリエス君の基盤をつかみ、放り投げました。
誰もがその行先を見つめ、自分だけは基盤を術式で遠隔操作しました。
その瞬間、青空に咲く爆炎の華。
空気が破裂する爆裂音が心臓を叩きます。
爆風の余波は全て赤属性と緑属性の結界で防ぎ、生徒たちはまったくの無傷。
だけど、その爆発は皆の度肝を抜くには十分でした。
「これが答えです」
完全にランプの装飾台が耐え切れる威力をオーバーしていたのです。
そんなもの、使おうものならどうなるか。
人死が出てもおかしくない。
「エリエス君。聞きましょう」
「……はい」
自分が作ったものがどんな結末を迎えるのか、聡いエリエス君なら気づけたでしょう。
「どんなものを作ろうとしたのです?」
「……多機能で、通常時はランプ、緊急用に投げ、つける武器として」
この時点で、まだ二ヶ月ほどの勉強だけで、ランプを武器にする才能なんて。
そんなもの、教えた覚えなんてない。
そんな、違う、違いますよ。この子はただ追求しようとしただけです。
純粋に、ただランプの効率化を目指しただけで、偶然できたのが武器です。
だけど、ダメだろ! 武器なんか作らせるつもりなんかなかったんだよ『俺』は!
何を子供にさせようとしてんだバカか!
それは殺しあいの武器で、この子らが持っていい時期なんて四年前にとっくに終わってて!
どんな言い分があったって良いわけないでしょうが!
つもり? 実際に! お前は! この子の可能性を見誤って! やらせなくていいものまで作らせたんだ! 作らせなくていいものまで作らせたんだ! 見せつけて作れる可能性を見出してしまった!
瞬間、憤怒も憎悪も後悔も、土砂崩れのように流れてきました。
その全てを理性の鎖で封じ込めました。
一瞬、あるかないかの、刹那での変化でした。
自分の変化に気づけた人間なんて、この場に居たはずがない。
だけど、子供っていうのは敏感で、大人の顔をよく見ているものです。
誰もが無言でした。
触れてはいけない大人がいる、そういう危ないものを子供たちはよく知っています。
何故なら、子供たちは内紛を眺めてきたから。
雨が漏れる小屋の覗き穴から、平原を渡る黒い影から、山の向こうで煙る野火から、窓の向こう側に広がる灰色の空から、酒場で嘆く声を密かに聞きながら。
地獄に参加せずとも、地獄がこの世のどこかで繰り広げられると知っているから。
そして、今の自分のような人間に触れたら、痛い目を見ると理解しています。
あぁ、エリエス君。
本当に君は自分を正当に継げますよ。
絶対に、決して、真似てはいけないところまで。
くそ……、本当にイメージ力が足りてなかったのはマッフル君じゃない。
エリエス君こそがもっとも、この場で想像力が欠けている。
そのことに気付けなかったから、こんな、あぁ……、畜生。ド畜生!
「先生、どうでしたか?」
灼熱の塊が喉から溢れそうでした。
その言葉は成否を問うているのですか?
それとも、自分に正否を問うているのですか?
成功か、失敗か。
ダメに決まってる。
だけど、この場で自分はそれをもう一度、言う資格を失っていました。
「エリエス君。着火機能は絶対に触らないで、制御系だけでアレンジしなさい」
「どうしてですか?」
歯が折れるかと思いました。
「爆発したら危ないでしょう」
うまく、笑えましたか?
普段から笑おうとしない自分ですが、でも、最近じゃそんなことなくて。
この子たちが新しいものを見つけて、身に付けて、それを見てるだけでも嬉しかった。
間違っていたら怒り、でも、きっと、本当に完全に怒りきってなくって。
ため息ばかりの癖に、退屈だけしてなくて。
でも今は、今すぐでも、願うなら全ての力を振り絞って、この場から逃げたかった。
「わかりましたか?」
「……はい」
だけど、それは許されない。
自分はこの授業を終わらせてからじゃないと、逃げるなんてできない。
その後はよく覚えていません。
生徒たちが見せてくれる可能性。
それがランプの形や色、大きさや動き、中には照射を一本にまとめたものまであって。
その一つ一つに意見を言ってあげて、直すべきことを正しく教えていけた思います。
いつもどおり、皮肉げに構えてみたりして、ちゃんとやれたはずですよ。
だけど、その記憶の全てが灰色にしか見えません。
生徒が一人残らず帰った後、自分はまだ大木の前に居ました。
陽も傾いて、赤銅に染まる緑。
まるで血に染まったように見える土を踏みしめて立っていました。
いつか、気づくだろうと思っていたものです。
予測していても、目の当たりにするとは思っていなかった。
生徒たちの可能性。
それにはきっと――
サービスの後は地獄です




