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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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木きな樫の木の下Day

 理解させ、設計図を見せ、実際の道具の使い方なんかを説明しているうちにお昼になってしまいました。


「そろそろお昼休みにしましょうか。一時間休憩後に再開します」


 自分が休憩宣言すると、張り詰めたものを吐き出すような息とともに開放の声をあげてくる生徒たち。

 この独特の開放感は自分にも覚えがあります。


 このあたりはどこも一緒なんでしょうね。


 お弁当を持ってきている子、【大食堂】へとダッシュを試みる者、なんかメイドとかが焼きたてのステーキを出してきてるメガネとかがいますが、皆、和気藹々と昼食を楽しんでいるようです。


 午後は生徒たちのランプ作りです。

 一日の授業時間をフルに使っての連続授業は、自分も生徒も初めての試みです。

 ですがそこまで苦に感じてるように見えないのは、やっぱり導入部で生徒の好奇心をガッチリ掴んだお陰ですかね?


 生徒たちも休みの日にまで勉強したいと心底、思っているわけでもないでしょう。

 いくら向学意欲が高い生徒たちといっても休みなしは辛いものです。


 単にこの授業には一つのメリットがあるのも大きいのでしょう。

 授業で作った術式ランプを自分のものにしてもいい、というメリット。


 術式ランプは術式具の中でもっともポピュラーですが、個人が持つとなれば話が違います。

 術式具の中でももっとも安い部類に入るものでも、一ヶ月の食費が軽く吹き飛ぶくらいです。


 当然のように生徒たちは自分専用の術式ランプを持っていない。

 当初の目的は生徒たちが作ったランプをそのままキャラバンに売りつけさせるものですが、このままだと自作の術式ランプは生徒たちの懐に入ってしまうでしょう。


 つまり、この授業の本来の価値。

 キャラバンからのお金の接収が不可能になることを意味します。


 そう、あくまでこのままだと、です。


 さて、どれだけの子が術式ランプを手に入れるという本当の意味に気づけるでしょうか。


「先生、隣いいですか?」


 木立に体重を預けてサンドイッチをかじる自分に、マウリィ君が声をかけてきます。

 彼女の手には麦藁で編まれたバスケット。

 自分で用意しておいた昼食でしょうね、きっと。


「えぇ、それは構いませんが、お友達と食べなくてもいいのですか?」

「皆とはいつでも食べられるけれど、先生と一緒は珍しいじゃないですか」


 やたら【大食堂】を使う自分と違い、生徒は【大食堂】をあまり活用しませんね。

 実のところ、【大食堂】の利用者で一番多いのは生徒や教師ではなく、学園従事者。

 庭師さんや事務員、大工さんがほとんどです。


 彼らの食事時間は生徒たちの休憩時間とズラされているため、利用されていると気づいてもいないかもしれませんね。

 

「なら、構いませんよ。食事は自由であるべきです」

「あの月間メニューに挑戦するのも自由なんですか?」

「男にはダメとわかっていても挑まなくてはならない何かがあると思うんですよ、きっと」


 自分だって、この世の異常を壺の中でエージングしたような奇妙奇天烈の具現に挑むつもりなんてなかったんですよ。


 ただ、無意味でも始めてしまったものは止まらないのです。

 迷走してると理解しても、です。

 なんでそこまで固執しなきゃいけないのか自分自身でもわからなくってもです。


 誰も喜びやしないのに。なんて非生産的なのでしょうか。

 まさに人はパンのみに生きるにあらず。

 サンドイッチの具は鳥肉に限るということです。


「ふぅん?」


 わかったのかわからなかったのか定かではない曖昧な顔で、ちょこんと隣に座ります。


 遠くでは食べ終わった男子生徒が木の棒を持って、何かを叫んでいます。

 まるで相対するように現れた別の男子生徒が腰から木の棒を抜き放ち、静かに何かを言い放ちます。


 そして、両名の中央に立った少年が小石を空に放って、戦いの合図を始めます。

 あぁ、少し劇っぽい感じはしますがただのチャンバラですね。


 二人はヘグマントクラスの生徒とピットラットクラスの生徒です。


 お互い、子供特有の負けず嫌いにそそのかされて割と本気ですね。

 必死になって相手の木の棒とせめぎあっています。


「男の子って乱暴ですよね。授業でもないのにあんなことして」

「誰かより強いって自分でわかりたいんじゃないでしょうか」

「先生もやっぱり覚えがあるんですか?」

「あー、どちらかというと妹があんな感じなせいで、そっちのほうが忙しかった記憶しかありませんね」

「妹? 先生、ご兄妹だったんですか?」


 うわ、気づいたら妹のことまで話してしまっている。

 なんだこの誘導尋問、噂の女子力とかいうヤツか。謎のパワーです。


「一人っ子のほうが珍しいでしょう」


 言い訳としては、悪くない回答だと自画自賛します。

 こんなご時世、産めよ増やせよです。

 もっとも、相手がいない自分には関係ないですけれどね! ひがんでなんかいませんもんね!


「それもそうかも……、あ、そういえば先生」


 なんだろうね、その目のキラキラ感。

 質問攻めされているのに純粋に知りたいオーラを出してしまっているため、教師心が反応してしまいます。


 畜生。いつの間に生まれたんだろうか、この教師心。別名、教えたがり。


「先生のメガネは不思議なメガネだとエセルドレーダが聞いていますの」


 喉が泡立つような、この奇っ怪な反応わ。


 幽霊のような女の子が木立の影から、こっそり尋ねてきました。

 気配で居るとわかっていても心臓に悪い。


「それ、私が聞こうと思ってたのに」


 マウリィ君がぶーたれてますが、そういうのは誰が聞いても一緒です。

 ティルレッタ君も自分の隣に座り、お人形のエセルドレーダ君を膝の上に置き始めました。


 しまった。包囲された。


「先生のメガネはどんなメガネ? 相手の理由を聞くことなく容赦なく微塵に打ち砕く正義メガネ? 日々の幸せを見逃さない虫メガネ? それとも陽気に弱者を殺戮するアロハなメガネ?」


 何一つ、理解できませんでした。


 メガネ、メガネねぇ。

 少しだけメガネを外して、太陽にかざしてしまう。

 昔、ジジイにもらったものを改造し続けたメガネはもはや立派な術式具そのものです。


 すると不思議な顔をするマウリィ君とティルレッタ君。


「先生の瞳の色って黒曜石みたい。不思議……」


 割れたら手を切るくらい鋭いってことですか?

 あと人の顔をそんなに覗きこまないの。


「まぁ、まぁまぁ! 偽物メガネだったのですのね」

「偽物? あぁ、伊達ってことですか? 確かにこれは伊達メガネです」


 太陽にかざした時に分かってしまったようですね。

 というか意外と鋭い……、いや、意外でもないですね。


 ティルレッタ君は少々、自分の世界に入りこむ子ですから。

 そういう妄想癖に近い子は、人が理解できない理由から物事の本質を見事当てたりします。


 妄想は想像力に言い換えられます。

 そして想像は現実から数多の可能性を引き出す作業です。


「どうして伊達メガネを? メガネないほうがカッコイイですよ」


 よくメガネをかけている人に「メガネないほうが~~」という台詞ありますけれど、冷静に考えればその言葉、逆にとれますよね。


 メガネかけてるとカッコ悪い、という風な具合に。


 あと二人とも手元にあるメガネをよく見るためなのかどうか知りませんが、近寄りすぎです。

 かなり密着具合が半端ないです。


 しかし、妙に質問攻めですね。

 自分がどんな人間なのかマウリィ君的に知りたいと思っているのでしょうか。

 ティルレッタ君は知りません。この子に理由を聞いても無意味でしょう。


 たぶん、何かを超越しています。おぞましい方向に。


 あまり見られるのもどうかと思って、メガネをかけなおしました。


 何、マウリィ君。

 そのちょっとガッカリみたいな空気は。


 ティルレッタ君はエセルドレーダ君を近寄らせないでくれませんか?

 魂、宿ってそうで怖いんですよ。「キャシャー!」とか叫びながら口を開いて襲いかかってきたら、ベルゼルガ・リオフラムを撃つ自信があります。


「ちょっとした矯正具ですよ。『眼』に関するね」


 ちょっとぼかした感じで真実なんかを告げてみました。

 この目の色を曖昧にごまかすためという意味もありますが、それ以上に自分の『眼』の術式のせいでもあります。


 正規の手段で手に入れた『眼』ではないので、ちょっと、いや、かなり制御が難しいものなのです。

 そういう負担をメガネで補っている、というわけです。


「ねぇ、先生」

「ヨシュアン先生は」


 更なる質問攻めに入るその時、スゥ、と自分たちを覆う小さな影。

 太陽を背にした小さな影は、心なしか頬が膨れています。


 すぐに自分に背を向けて、とすんっ、と座りこむ。


「おや、セロ君……?」


 何故か無言で自分に背をもたれさせる小動物。

 あれー? なんで自分はセロ君専用座席になっているのでしょうか。


「だ、ダメなのですかっ?」

「あー、いえ、別に構いませんが」


 ここに包囲網は完成したのでした。


 髪の毛の端から見える小さな耳は真っ赤っかです。

 恥ずかしいのならやらなきゃいいのに。


 懸命に小さなパンを咀嚼する様は子リスのような姿でした。

 マウリィ君に指先でツンツンされながら、無意味に耐えてるのは一体、何の儀式なのか。


 でも、この子、食事はパンだけですか?

 何も挟んでないし、添え物があるわけでもなし。


 ともあれ、生徒の健康的な生活のために自分も協力しましょう。


「セロ君、セロ君」

「ひゃいっ」


 妙な返事をしましたが見逃してあげましょう。

 サンドイッチを分解して生み出した鳥肉を味気なさそうなパンの上に乗せてあげます。


「ぁうっ、ぁうぅ……」


 言葉をしゃべりましょう。

 しかし、言いたいことはわかります。


「先生の作ったチキンサンドの具材を食べれませんか?」

「……いぃえなのです」


 ちょっと意地の悪い言い方だったでしょうか。


 しかし、この行動。

 もしかして、わがままなのかな?

 以前、わがままを言ってもいいと言ったのを実行している感じがします。


 セロ君は人間座椅子がわがままですか。

 ずいぶんとまぁ、ドS……、もとい、可愛らしいわがままもあったものです。


「あ、あの先生っ!」


 慌てないようにとんとんと背中を叩いてあげながら、セロ君の食事スピードを調整していると、また新たな包囲網参加者が訪ねてきました。


「ぼ、ボクも一緒でいいですか?」


 ティッド君がもじもじしながら参加したそうにこちら……、ではなく、膝の上でリラックスし始めたセロ君に向けて言い出す。


「ほう……、構わんぞ? そこに座るが良い」

「なんでそんなに大物みたいな言い方なんですかっ!?」


 つい、面白くなってきたので楽しんでしまいました。

 いやぁ、セロ君と一緒に食事したいんだけど、一人で誘えないから悶々としていたところ、自分のところに来たセロ君を見て、一人で誘うよりも自分と食べることを言い訳にすればセロ君との食事という目的だけは果たせるという、いじらしい恋心から来た行動なのでしょう。


 お見通しです、お見通しなのです。

 その程度の酸いや甘いや甘酸っぱいは余裕で推測できます。


 というわけで自分を中心とした奇妙な包囲網はここに最終形をむかえるのでした。


「あの、セロちゃんはもう生徒会で何をするか決まった?」


 遠くでは決闘している二人に乱入を果たしたマッフル君は、フリド君と互角の戦いをしていました。

 

「ぅん、先生が出来ないと思ってることしなさいって、だから、がんばってみようかなって」

「そうなんだ、ボクも先生の言うとおりしてみようかな」


 うん。フリド君の剣筋は良いですね。

 年の割にまっすぐで力がこもっている。

 しかし、マッフル君もさすがはあのグランハザードの子。

 太刀筋を完全に読み切り、回りこむように弧を描いて首を狩りにいく。


 フリド君は振り切った木の棒をあげながら、マッフル君から遠ざかるように足回りを円弧に描く。

 マッフル君の木の棒はフリド君を追いかける。

 この追いかけっこはマッフル君にとって不利な状況です。

 必然、距離が空くということはフリド君の防御が整う時間を与えるということですし、マッフル君の攻撃は一番強い威力を発揮する距離を逃す、ということです。


 そして、見事、マッフル君の木の棒を受け止め、剣の内側に入りました。

 そのままマッフル君に体をぶつけるやり方は軍用の剣術の、体さばきですね。

 問題はマッフル君を甘く見すぎたことです。


 マッフル君はそれより早く沈みこみ、フリド君の勢いを利用して、肩を膝にぶつけてやります。


 その瞬間、フリド君の体が宙に浮く。


「お見事」


 呟くと気になったマウリィ君とティルレッタ君が、遠くの戦いを見始めました。


 あのマッフル君の足引掛け。


 まだまだ甘いですが、その技術は自分が教えた技です。

 己の体を利用して、相手の足を引っ掛けるだけの単純な技で、接近戦でも使い勝手が悪く、相手が上背の時でないとやりづらいという実戦向きなものではありません。


 ですが、マッフル君なら話は別でしょうね。

 女の子だから必然、背が低く、上背の相手が豊富です。そして、世の中の剣士はパワーファイターが主流です。

 当然のように身長があってガッチリしています。

 ヘグマントみたいなのはその中でもかなりのヘビィ級でしょうね。

 力もあって技術もあり、精神力も抗術式力も高いクライヴみたいなのは例外ですよ。


 多くの剣士は剛剣、力が基本にあたります。

 つまり、力で勝る男性が剣士として優秀となります。


 そんな中、その力を利用する技術なんかあったりして、それもリスリア人が思いつかないような技だったりしたら面白いように決まるんじゃないかなー、と考えて伝授してみました。


 伝えただけで実戦でも使えるようにするとは。

 マッフル君の格闘に類する器用さは目を見張るものがありますね。


 でも、倒れた相手にウル・フラァート(劣化版)はやりすぎです。

 きっちりトドメを差す、あのやり方は絶対、グランハザード仕込みですよね?


「相手は完全に仕留めろって先生に言われてるからさ!」


 大声で勝ち誇るマッフル君の声に、自分は項垂れてしまいました。

 危うくセロ君の後頭部とゴッチンコしちゃうところでした。


 いや、先生としか言ってない、言ってないです。

 ヘグマントなんか如何にも言いそうじゃないか、はい、きっとヘグマントのせいです。


 フリド君も痺れているだけなので命に別状はないようですが、あれほど人に術式を向けるなと言っておいたのに。

 戦争ならともかく、平和な学園で術式撃つんじゃありません。


 ……生徒限定のルールです。えぇ、教師は当てはまりません。


「女性もある程度、戦えたほうが何かと安心できますね」

「強い女の子って憧れますよねっ!」


 前言撤回が早いマウリィ君でした。


「【タクティクス・ブロンド】も六人中二人は女性ですものね。ね、エセルドレーダ?」


 その二人の内の一人が、教師生活の最大の懸念だったりしますがね。


「せんせぃ……、セロも強くないとダメな子ですか?」

「強さは人それぞれです。皆、マッフル君みたいだと先生は皆をオシオキしないとなりません」


 セロ君の短い髪を手櫛で解いてやると、猫みたいな喉音を鳴らし始めました。

 その顔の直撃を受けたティッド君が、息を飲んで動きを止めたりする姿は、楽しいですねッ!!


「ティッド君はどんな強さに憧れますか?」

「え……、それは」


 顔を真っ赤にして俯きながら、それでも強く瞼を固めて、


「す、すきな人を守れるくらい……、強くなれたらなぁ……、なんて」


 でも言葉尻は弱々しいのでした。


「そうですね」


 ちょっとだけ、ズキンと胸が痛みました。


「好きな人を守れるくらい強かったら幸せかもしれませんね」


 それは決して癒えない、内紛の傷跡。

 古い、ふるい、内紛の中に紛れて消えた、引っかき傷です。


 そんな話は今の世の中ならきっと、どこにでも転がっているありふれたお話です。

 酒場に行って募集すれば十人は捕まるでしょうよ。


 でも、自分にとってそれは、決して誰にも語りたくない物語。


 ましてや生徒に語るような物語ではない。

 教師は教師らしく、訓戒めいた、めんどくさい言葉だけを語ってればいいのだ。

 

「そろそろ昼休みもおしまいです。あそこで伸びてるフリド君も捕まえて、授業を再開しましょうか」


 小動物をゆっくり降ろして、凝り固まった体をほぐします。

 詰まりそうになった肺の空気はここで全部、吐き出してしまおう。


 待っているのは30名もいる生徒の面倒です。

 感傷に浸ってる時間はない。


 生徒たちの作品を見守りながら、わからない部分を説明する仕事に向かうとしましょう。


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