堪忍袋ってどこにあるの?
娯楽面に関するアレコレには少しだけ、思いついたことがあります。
夕日が落ちきっても、教師の仕事は続きます。
そろそろ職員室の空気も元に戻ったろう。
案の定、職員室に戻ってみたら、終わらない課題に臨むあの独特な倦怠感が空気ににじみ出たものが広がっていました。
集中力が切れ始め、とも言います。
この光景は見慣れたもので、3ヶ月くらい見続けています。
つまり当たり前です。
この空気がメルサラが持ってきた空気を駆逐してしまいました。
それでも自分は妙に意味ありげなリィティカ先生の上機嫌な瞳にさらされながら、見慣れた学習要綱のスケジュールを確認します。
「この調子で授業が続くと次の貴族院の試練までに、一ヶ月分くらいの時間が取れますよね?」
全員に聞かせるように言うと真っ先に反応したのはアレフレットでした。
「ふん。いまさら何の確認だ」
無駄に鼻が高いのはどういうことでしょう。鼻炎ですか?
「まぁ、書面上、アレフレット先生の授業が一番、余裕がありますから一番に負担になってもらうとして」
「おい! なんの話だ! というよりなんで勝手に決まってる!」
「一番、優れた者が一番、負担するのは当然ですよね」
「ぐ、ぐぐ……、と、当然だな」
そんなに震えながら、言い切らなくていいじゃないですか。わかりやすいヤツです。
さて、『生徒会システム』のせいで授業の前倒しを要求させたヘグマントはどうだろうか。
かなり無理をさせている感じがある。
「ヘグマント先生は大丈夫ですか?」
「以前、チームプレイの学習を前倒しにしろ、というアレのことを言ってるのかね」
察しがよくて助かります。
「震える大胸筋に賭けて、授業に遅れはないと断言しよう」
「賭けなくていいです」
オッズすらありません。
ピットラット先生もそつなく無駄なく、着々と貯金を増やしていますし、あと、不安がありそうなのはリィティカ先生ですね。
もちろん、美麗にして黎明の女神リィティカ先生もまた優れた錬成師です。
授業の内容もマッフル君たちが起こしたようなことさえなければ、滞りもなく、学習要綱を満たしているでしょう。
「リィティカ先生は試練までに、半月くらいの余裕がありますよね」
「順調に進めばぁ、そうですねぇ」
笑顔です。綺麗で息を飲むような素敵笑顔ですが、見られてる~↑。
意味ありげすぎて恋に落ちそうですが、その意味は絶対、メルサラ関係ですよね。
ちゃんと誤解は解いておかないといけませんね、リィティカ先生と自分の輝かしい今後のために!
「計算上、私も26日の余裕があるな。しかし、それがどうした。またぞろ奇っ怪な発案か。懲りないヤツめ」
シャルティア先生は鋭すぎます。
また目を光らせて怖い、怖い。
「貴様とて時間が余る予定だろう。我々の余った時間をどうするつもりだ」
「いえ、普通ならこのまま復習に時間をかけますし、術式に余る時間なんて本来ないのですが、まぁ、学習要綱が存在しますしね。試練までにできる範囲は決まっています。だからこそ余った時間の何割かは例の『生徒会システム』に当てる予定だったのですが、それでも余るんですよね、時間」
学習要綱の改案から、皆、優秀さを発揮しているようで杜撰で適当だったはずの時間割りが効率化されてしまいました。
効率化どころか、必要ないものはバッサリとカットしてしまうほどです。
自分も形式ばった術式のスタイルみたいな項目はカットしてしまいましたしね。
「ところでシャルティア先生。この学園の娯楽をどう思いますか?」
「最悪だな」
バッサリでした。一言でした。
「学術系のフォーラムでもあれば、まだ無聊を慰められたかもしれんが、【宿泊施設】の住人含めて勤勉すぎる。不真面目よりマシなのは良いとして、人生の潤滑油たる娯楽にまで勤勉さを求めてどうする。目下、貴様が起こす騒動が私の娯楽だ」
「……それはどうも」
娯楽にされるほうは堪ったものではありませんがね。
しかし、フォーラムですか。
あの道端とか公園とか、街のど真ん中で一目憚らず叫んでいたり口論していたりする集まりのことですね。
どこぞのサロンで開かれることもありますし、ようするに趣味人の趣味の集まり、みたいなイメージがありますね。
実際、マトモなところは真面目な話合いが行われ、その結果が新しい技術として生み出されたりもします。
ちなみに自分のような術式具元師のフォーラムも王都で開かれたりしてましたが、参加したことは一度もありません。室内でやれ。
「シャルティア先生ぇ、どこのフォーラムに参加してたんですかぁ? わたしはジャグリスのエルラートフォーラムなんですよぅ」
「ほう! あの高名なエルラートか」
王の盟友だった四大貴族。
その権威は今でこそ地に落ちて、血に塗れてしまっても、彼らが残した功績は残されています。
西の大貴族ジャグリスが作り出した錬成都市ジャグリス。
多くの錬成師を排出した、錬成師のメッカです。
やっぱりリィティカ先生も錬成師なら、あの都市と関わり合いがあるのですね。
その都市で今、もっとも有名な錬成師がエルラート・イェイツランド。
メルサラの持つ専用術式具【十本指】も、確かエルラートの作品でしたっけ?
えげつないんですよねぇ、メルサラのアレ。
「私は特別、どこかのフォーラムに固執したことはないな。懐かしい話だ。ただ己の狭い視野だけで生み出した夢想の理屈でカルナバベルを作ろうとしている輩を論破するためだけに通っていた、あの頃を思い出す」
それはただのフォーラム荒らしです。
和気藹々と雑談を続けるリィティカ先生とシャルティア先生。
終わるまでの間にカルナバベルについて語っておきましょうか。
女性の話を遮って良い思いをしたことがありませんしね。
むしろ遮らないと悪いことを回避できないというか、なんというか。
ともあれ、カルナバベル。
言ってしまえば大昔の伝承ですね。
冒険者の夢が天上大陸への道を探すことなら、カルナバベルはまさにその夢そのものでしょう。
この世界のどこかに、ある覇王がいました。
覇王は自らの偉業を天地に一つと謳い、この世の全てを手に入れたと豪語しました。管理が大変そうですね。
当然、空に浮かぶ天上大陸もまた自らのものだと主張しました。
言うのは勝手です。えぇ、言いたい放題言えばいいですよ。
ただし、説得力があるかどうかは別問題です。
覇王もまた同じことを考えたのかどうかは知りませんが、彼はありあまる財と資源を使い、天上大陸に繋がる塔を作り始めたのです。
顛末は古文書によっては違いますが、どの結末にしろ覇王が生きている間に塔は完成されませんでした。
覇王というトップを失った王国は瓦解し、覇王が作ろうとした塔も捨て置かれ、やがては自然に飲まれて消えてしまいました。
この物語を演劇として謳ったのが有名な戯曲『カルナバベル』。
今ではこの名前の無い塔を『カルナバベル』と呼んでいます。
『カルナバベル』自体、主人公の名前なのにね。
カルナバベルは泣いてもいいと思います。
「ところでヨシュアン。『貴方の娯楽になりたい』というプロポーズをどう思う?」
ペン先向けて言われても。
なんでそんな話になってるのですか。
人が目を離した隙になんともまぁ、すごいぶっ飛び様です。
「言った瞬間、夫婦間の上下が決定しますね」
「聞きたいものだ。涙を浮かべながら懇願するプロポーズ」
「夫の今後が気がかりですね」
もはやそこまでしなければプロポーズできない元凶を責めるべきでしょう。
夫のヘタレを憂うか、妻の凶悪さに目を覆うかで感想が分かれます。
「で、余裕があったらどうなんだ。全然、話が進まないぞ」
焦れたアレフレットがいつものように眉をひそめて聞いてきます。
「だから娯楽です。もちろん『生徒会システム』も娯楽に影響するでしょうね」
アレフレットが今、必死で書いているものは魔獣地図に植生地図を加えたものです。
ヘグマントが筋肉を震わせて書いているものは生徒たちの個別特性から割り出された陣形を6クラス分。
ピットラット先生のもまた、今回の件で前もって必要な物を洗い出して、用意しておく準備です。
リィティカ先生はこの数日に作れる傷薬の個数を調整しています。
シャルティア先生はこの全件において、生じる損害と利益の計算、相場の一定化を進めているところです。
自分だって生徒たちへの説明の書類、【宿泊施設】の住人への説明書類、他には学園長に提出するための全件のまとめ報告書を書いていますしね。
今やっている全てが『生徒会システム』に関わるもの。
「『生徒会システム』? なんだそれ。聞いてないぞ」
あ、言い忘れていました。
「今案件の正式名称です」
「私がつけた」
ものっそい偉そうに胸を張らなくても。
「そういえば我々もまだ何も聞かされていませんでしたな。必要だからと言われたのですが、そろそろ種明かしをしてもらいたいものですな」
ここでピットラット先生から要望が飛んできました。
そうですね。そろそろ明かしても問題ないでしょう。
もはや後戻りできないくらいまで仕事を進めてしまっています。
さて、打ち明けるべきか、そうでないか。
その判断は別の方がしてくれました。
「そうですね。参礼日前の明日は『生徒会システム』の説明があります。皆さんもそろそろ知っておいて良い頃合でしょう。思った以上に仕事が早かったようで、以前、言ったスケジュールよりも早くなってしまいましたが、皆さんが優秀なお陰でもあります。我々の苦労は生徒たちの余裕にも繋がります。無駄ではないと私が保証しましょう」
学園長室を開けて入ってきた学園長から鶴の一声。
そして、目線はやっぱり自分。
そうですよねー、発案者が自分ですもの。
発表も自分ですよね。喋れってことですよねー。
「では簡単に説明します。今回、教師陣に苦労してもらったのは全て予算穴埋め案から派生した、ある種の利潤を作り出すことです。同時に生徒のスキルアップにも繋がる発案。これを総じて『生徒会システム』と呼称しています」
「私がつけたのだがな!」
もういいです。どこまで自慢するんですか。
「最初に考えたのは、利益ではなく生徒たちの能力でした。生徒たちも新しい技術や知識を得てきています。しかし、定期的にテストこそすれ、それが本当に実践の場において役に立つものなのか。我々はおろか生徒たち自身も実感がありません」
「確かに修練を重ねているだけでは実力が上がっている実感は持ちづらいものだ。必ず、修練は本番のために使われる。そう考えれば3ヶ月……、2ヶ月半か。そろそろ一度、実践に持ちこんでも良いな!」
ヘグマントは脳筋ですが、だからこそ練習と本番の相互関係について詳しいのです。
「どうやって実感させる。魔獣とでも戦わせるか? バカげている」
「いいえ、アレフレット先生。そのまさかです」
これに一同、ざわめきました。
「バ、バカか! そんな危ないこと、あの未熟者たちにやらせるつもりか! 冒険者がいるだろ! メルサラ・ヴァリルフーガだって!」
「メルサラに任せたら森がなくなりますよ。危険極まりない。それにいきなり魔獣の相手をさせるつもりはありません。幸い、その手の方法で我々より優れた集団がいましたのでね。それを模倣させていただきました」
「経済的貢献を果たし、なおかつ実践の場でステップアップできる方法……。ははぁ、なるほどなるほど。確かにありますな。そういった手段と方法が」
もう何が行われるか理解した者もいるようです。
あぁ、リィティカ先生がおめめをパチクリしてますね、可愛らしい。
「リィティカ先生。錬成素材はどこで入手されますか?」
「それはぁ、錬成院の倉庫にぃ……」
「では在野の方は」
「えぇ~っとぉ、自分で採取したりぃ、冒険者の方にお願いしてぇ……っ!」
さすが叡智の結晶リィティカ先生です。
すぐに答えを見つけ出してしまいました。眼福……、もとい感服です。
「『生徒会システム』の基本構造は冒険者たちが依頼し、請け負う場。ギルドのシステムとそう変わりません」
ギルドの依頼システムと違い、等級で受けられる依頼が変わるようなものはありません。
なんでも受けられるし、何重にも受けられる。
しかし、失敗の罰則もちゃんと存在し、生徒たちは自分の特性や実力、目の前の依頼の難易度に悩むことになるでしょう。
そして成功すればちゃんと賃金を得られて、ちゃんと仕事したという成果から自信を得られて、なおかつ実力の確認にもなります。
依頼は我々教師陣や【宿泊施設】の住人、キャラバン限定、受ける側は生徒限定です。
そして生徒たちは依頼を達成するために、学園、あるいは【宿泊施設】の住人から依頼に必要なアイテムを買わねばならない、というわけです。
自分で考えておいてアレですが、かなりアコギのような気がします。
他にも考えられる面倒事なんかは色々ありますね。
不可能あるいは無理であろう依頼はハネたり等、自分たちが選別しなければならないでしょうし、貴族院が変なことしないように定期的に細作潰ししてあげないと……、よし、早い段階から見つけて泳がせておいた細作どもをこの期に一気に潰してしまいますか。大義名分もありますし。
「何故、邪悪な顔つきをしているのかね」
「いいえ、こちらのことですよ」
ヘグマントめ。察しがいいのも善し悪しです。
「現状、生徒が受けた依頼の精査は受けた生徒の教師が行うことになるでしょうね。そのうち依頼専用の事務員を常駐できればと思いますが、ここは節制しましょう。予定では自由に受けられるようにはしましたが、ここで協力、というか相談です」
この案件ばかりは自分一人では決められない。
全員の協力が必要です。
「週に一回、全生徒がクラスチームに別れて、一つ一つの依頼を受ける『生徒会活動』の日を作りたいと思っています。ゆくゆくはクラスを混ぜて、特化混成部隊や工兵部隊などが行う特殊依頼の模擬などをしていきたいとも考えています」
説明は前倒しになってしまいましたが『生徒会システム』自体、来週、参礼日明けから始動です。
「例えば原生生物の討伐を受けた生徒が、勉学に励めないほどの怪我を負ったらどうする。義務教育計画の立場上、犠牲者を出しましたじゃ通らないんじゃないのか」
「個人で受ける場合においては、そこまで危険なものを受けさせるわけには行きません。つまり、『生徒会活動』の日では戦いや狩りなどの怪我を負う可能性があるものを、それ以外は採取や清掃、住人の手伝いなどに分ければいいのではないでしょうか。『生徒会活動』の日はそれぞれの教師もクラスチームについていく義務があります」
「あのぉ、戦いはちょっとぉ……苦手ですぅ」
「教師には自作の補助術式具を貸します。魔獣くらいなら、まぁ、なんとかなるようなものです。もちろん、後衛前衛、どちらも使えるものです。えー、リィティカ先生のように戦えない方は他に?」
ちらりとシャルティア先生を見ます。
するとシャルティア先生は鼻で笑いました。
「初級までなら嗜み程度にな。純戦闘となればさすがに厳しいな。ヨシュアン。その補助術式具は私に合わせてカスタマイズは可能か?」
「もちろん。仕事でもよくやってました」
「なら、問題ない。貸せ」
その自信満々な態度はなんなんでしょうね。
リィティカ先生は緑属性による障壁防御と、風弾が出るリングを貸してあげようと思います。もちろん、メルサラの攻撃にだって耐えれそうな強力なものを予定してます。
シャルティア先生は応用の効く黄属性の杖型術式具です。
びりびりハリセンの設計図があったので、それの流用ですね。
強弱、範囲設定を決められるタイプですが少々、リーングラードでは使いづらいと思いますが……、
「何、ここに素晴らしい錬成師がいるだろう。リィティカ、黄の源素薬を頼む」
「あ、はいぃ。でも黄色結晶が……」
「結晶は後でいくらか融通しますので、お気になさらずに」
「え、あ、はい。なら大丈夫ですぅ」
あとはピットラット先生ですね。
「教師はお目付け役として後衛をするのでしたら、やはり遠くに手が届く術式具が良いですな。ヘグマント先生はどうされます」
「軍から持たされた術式具がある。さすがにヨシュアン先生に術式具4個も負担させられはしないな!」
というわけで自分が参礼日に作るのはピットラット先生の赤属性の術式具と、シャルティア先生の黄属性の術式具ですね。
リィティカ先生のは昔、自分が作ったもので、王都からわざわざ持ってきていたものを用意しています。
なので作る必要がない分、楽ですね。
さすがリィティカ先生、自分の都合まで考えて貸用の術式具にまで慈愛を。
慈愛、総取りな気分です。
しかし、軍用の術式具ですか。
サープラス品くらいしかお目にかかれませんし、ちょっと興味がありますね。
「………」
そして、アレフレットのあの目です。
「何か?」
「べ、別に僕はお前の術式具がなくても生徒くらい守れるからな! 勘違いするなよ!」
何を勘違いしろというのでしょうか。
うん、術式具、欲しいの? 欲しいなら物欲しそうに言えよ。
「ふふ、どうした図書院の愚者。ずいぶんガマンしているようだな。が、無意味だ。どうだ、欲しいのだろ? ん?」
そしてシャルティア先生はこんなアレフレットを見過ごし、もとい見逃しません。
「ヨシュアン、そうだ。くれてやったらどうだ」
「えぇ、そうですね」
嫌な予感がしているのでしょう。
アレフレットの顔は喜びよりも、警戒心全開でした。
「ただ、いくら教師同士とはいえタダ貸しはどうかと思いますね」
「あぁ、我々のように非力でない者が力を欲しがるとは……、この欲しがりめ」
言いたい放題です。
「「跪くといい。そしたらくれてやろう」」
シャルティア先生が言いそうなことを言ってみたら、台詞がハモりました。
「お ま え ら はっ!!」
アレフレットがキレました。
飛びかかってきたのを叩き落として、それから今日も仕事収めです。
押し付けた手前もあって、今回も大盤振る舞いでしたが。
正直、金銭よりも時間が足りない。
なんとか三人分の調整をしてしまわなければなりませんね。




