恋に恋焦がれて恋に死ぬ
自分が考案した『生徒会システム』に必要なもの。
周辺地図に掲示板、そして、周辺魔獣の知識です。
もっとも滅多に出会えない魔獣よりも原生生物のほうが強そうですが。
ともあれ前情報は絶対に必須です。
これらも思ったより早く集まったのが嬉しい誤算でしたね。
仕事的には嬉しい悲鳴です。
「おらよ。周辺の魔獣地図だぜ」
メルサラが現れて唐突に自分の机の前に、ポンッと置いたのは分厚い羊皮紙の束でした。
まさか以前、依頼したものをすでに終わらせたのでしょうか。
中身を確かめてみて、思った以上、精査に描かれていたのに驚きました。
「これ、メルサラが作ったんですか?」
かなりの情報量でした。
魔獣。
無色の源素によって変化した原生生物。
その生態系は変化した元の生物の生態パターンによることが多いので、魔獣の種類がわかれば生態分析も容易いですね。
手馴れた冒険者だと分析くらいしてのけます。
内容は、さすが安定・安心・安楽のリーングラードの土地ですね。
わずか2種しか魔獣がいません。
比較的、魔獣がいないとされた場所に建立されたリスリア王国ですら13種の魔獣がいるというのに。
無色の源素を取りこみ、体長が三倍くらい膨れ上がった鹿、グローブ・ホリッシュ。
小型狼を取りこみ、凶暴さに拍車がかかった、スレッチ・ヴォルフ。
どちらもよく居るタイプの魔獣ですね。
新人冒険者なら瞬殺されますが、手練の冒険者6名ほどなら簡単に退治してしまえます。
魔獣の発生理由は無色の源素が原因ですが、無色の源素は自然の色が濃い場所には発生しずらい。
まだ人の手が入って間もないリーングラードで魔獣の数が少ないのは当然ですね。
ただ、どちらも獣型なのがちょっと気になりますね。
緑の源素が豊富な土地で、植物に寄生しない無色の源素。
そのことを疑問視する声が魔獣地図の詳細にも描かれていました。
しかし、魔獣の両方ともがどこに居てもおかしくないタイプです。
たまたま、という可能性のほうが高そうですね。
「なんだよ、文句あんのか」
赤色の髪が怒った猫みたいにブワッと浮きあがります。
短い導火線に火がつくとこうなりますね、わかりやすいしめんどくさい。
「思った以上にしっかりしてたので驚いただけですよ」
「ん? ん? そうか? そりゃぁオレが作ったからな!」
メルサラが作ったから不安なんですけどね。
メルサラの性格だとこういうのは不得意のように見えるでしょう。
しかし、メルサラもまた【タクティクス・ブロンド】です。
算術や計算式の理性的な分野、直感で魔獣を見つける経験則による感性など、さらに手練の冒険者という側面からくる分析力は誰よりも抜きん出ているでしょうね。
問題は書類製作に代表される面倒な仕事ができないことでしたが。
メルサラの分析力をうまくまとめあげて文字にできる冒険者がいたのでしょう。
こういうパートナーがいる場合、メルサラの直感力と捜査力はアテになります。
「書類製作は誰が?」
「オレに決まってんだろ」
「いえ、この字、メルサラじゃないですよね? というかメルサラ、字、書けませんよね」
戦場生まれ、傭兵育ち、冒険者家業のメルサラは文字を覚える暇がなかったようで。
読めることは読めるようですが、当然の如く文字は書けません。読みにしたってときどき変な間違いもします。
「おう。代筆に良いスカウト(斥候役)がいやがってな。なよなよしたヤツだと思ったら、思った以上に使えやがんのよ」
どうやら学園警備に雇った冒険者たちは思った以上に多種多様な冒険者を集めたようですね。
考えてみれば、不審者を見つけやすいスカウト、斥候職なんかは守衛にぴったりですし。
そういえば、どうして学園守護に王国衛兵を使わず、冒険者にしたんでしたっけ?
あぁ、思い出した。
たしか外的に学園施設は開拓村として認知されているんでしたね。
だから冒険者ギルドの顔を立てる面とカモフラージュに冒険者を雇ったんでした。
また王国からの正式依頼であることとギルドのメンツ、様々な駆け引きの結果、人材は口固く、義理固く、丁寧な仕事をする安定の人員が選ばれています。
しかし、貴族院側の影響がまったくないわけでもないので、というより一番、取り入りやすいという面から今まで接触を避けていました。
う~ん、ここはメルサラをクッションにして、冒険者たちの情報も集めてみましょうか。
意外な事実にぶち当たったりしたら儲けものです。
「他に目につきそうな冒険者さんはいましたか?」
「ん~? どうだろうな」
珍しいことにメルサラが難しい顔をしてます。
なんです? 天変地異の前触れですか?
「あいつら、術式一発で腰ぬかしやがるし、剣撃は軽い、遅い、鈍い。戦闘中の判断もいちいちビビって使いもんにならねぇ。あれじゃサニーバールカートで働いてるお嬢ちゃんのほうがまだ肝に鉄が入ってやがる」
サニーバールカートって、ファンシーショップの名前ですよね、王都の。
終始、威圧感たっぷりの気合を放つメルサラに動じない店員とか。
ファンシーショップの店員さんの対応が気になります。
ちなみにファンシーショップでのメルサラは普通以上に気合入りすぎて、かなりの威圧感を放出してます。他の客がドン引きするくらいです。
きっと店員さんはオリハルコン製でしょうね。
「魔獣相手に腰が引ける冒険者って、使い物になるんですか」
「あ? 魔獣の調査中は普通だったぞ」
ん? この完全に食い違った感覚はアレですね。
根本が間違ってるときです。メルサラの。
「まさかと思いますがメルサラ。冒険者と腕試しと称して、一戦やらかしたんじゃありませんか?」
「あったりまえだろ。ナメられたらそこでおしまいの商売なんだよ。後付けでホイホイやってきたオレが馬綱握るって話を『ハイ、そうですか』で請け負ったら、そいつはタマ無しに決まってんだろ」
やっぱりですか。
つい頭を抱えてしまいました。
「どこの世界に国最強の一人が一般のアラクレに喧嘩を売るんですか」
「ナメられたら終わりだっつってんだよ。ズッポしハメりゃ大人しくなる生娘とちげぇってところを見せねぇとなぁ、あ?」
職員室で猥語を使わないでいただきたい。
「それで拳をぶちこんだわけですね、わかります」
「詰所のドア、カチ上げて、ドカン、ドカン、ドカン、だ。そしたらウィルベンキンスご自慢のクリスダガーみたく真っ青な顔で床に地図かいてやがんだ! だらしねぇったらねぇよ!」
ウィルベンキンス鍛冶師の作品もメルサラにかかれば立派な罵詈雑言です。
「それで、『バナビー・ペイター』を崖に突き落としたウィルナットのような顔で服従を要求したんでしょう?」
「なんだ、見てたのかよ。覗き屋は嫌われるぜ」
メルサラがいると自分の常識が崩れ落ちていく気分です。勘弁してください。
こんなのが国の最大戦力の一つだと思うと、クライヴも浮かばれないでしょう。死んでないけど。
「言っておきますが、メルサラ。自分らくらいの術式師になれば内源素の操作もある程度、現理世界に影響を及ぼしますからね」
リスリア人の平均身長より低く、体重もない自分でも、ヘビィ級のヘグマントと曲がりなりにも真正面からカチ合えたのは単に内源素の影響もあるのです。
肉体強化術式よりも簡単で、常時発動、それでいてコスト面も優れた内源素操作。
強化率こそ術式に負けますが、常人の運動神経がプロレベルまであがります。
ある程度、鍛えている自分ならコレのおかげで800℃の溶岩シャワーに突っ込んで生きてられるし、どこぞの騎士に真正面から秘伝の術式をぶつけられても生きていられます。
代わりに痛覚は普通なので、死ぬほど苦しいですけれど。
ともあれ、術式師の腕前に比例して内源素操作技術も向上していくので、これも比例するように肉体強化されていきます。
問題があるとしたら、外源素と内源素、同時に操作するのは慣れないと難しすぎる、ということでしょうか。
まぁ、つまり、何が言いたいかというと。
「超人が常人いぢめするんじゃありません」
この一言に尽きます。
「鍛えてやってんだ。感謝こそすれ責められてたまるか!」
強者の理屈ですよ、それは。
ボロ雑巾にされたあげく感謝しろ、なんて言われたらその日の夜に遁走を試みますから。
「警備のヤツらはオレが一から鍛えてやっからよ。お前らは安心してクソ偉そうに教師やってたらいいんだよ!」
そーなんですよねー、この人。
変なところで面倒見がいいというか、傭兵時代の名残というか。
仲間が死ぬことに頓着しないくせに、共同生活中は連携して事にあたったりするからタチが悪い。
考え方としては、アレなんでしょうね。
生活中はともかく、戦場で死んだら自己責任、とかそんな考え方なんでしょうね。
シビアです。
ため息しかでません。
そうこうしているとメルサラが自分の机に腰掛け、妙なしなを作って蠱惑的に微笑みます。
「ところでよぉ、ヨシュアン」
「なんでしょう?」
え? 何、この人。
まさか誘惑しているつもりなんでしょうか?
今までのメルサラの言動が頭に染み付いて、まったく性的アピールになってません。
顎を指で触られても、全然、何も感じませんね。
ただ鬱陶しいだけです。
「一発やろうぜ」
「率直すぎるわ!」
即座にメルサラの襟首つかんで、邪魔されないように両手を片腕で固定。そのまま担ぎ上げます。
「ヘグマント先生!」
意図を察したヘグマント先生が窓を開けてくれます。
肉体強化術式を発動、内源素も最大まで強化して、ぶん投げてやりました。
こうでもしないと人一人分、たとえ女性とはいえぶん投げられませんからね。
窓をあっさり通過して、地面と平行して飛んでいくメルサラ。
普通の人間ならこのまま地面にぶつかって、冗談のように転がっていくでしょう。
しかし、相手はメルサラです。
とっさだったとはいえ、メルサラも空中であっという間に肉体強化術式を描き、体を入れ替えて着地の構えに入ります。
常人なら急なGの変化に対応できやしないものですが、メルサラに当てはまるわけもありませんね、ド畜生。
惜しむらくは一階が職員室だったことです。
せめて三階なら良かったのに。
「なーにしやがんだ! オレとヤんのがそんなにイヤか!」
「仕事中です。貴方も仕事中でしょうに。あと純粋にイヤです」
「あ゛? テメェ、このスタイルが気に入らねぇってのか、んん?」
胸を強調されても。
投げキッス飛ばされても。
長ズボンで足伸ばされても。
まったくもって、一つも揺らぎません。
スタイルは良いというのは認めます。
シャルティア先生の細さにリィティカ先生とシャルティア先生の中間の胸の大きさ。
戦場に居たとは思えないくらい、歪みない容貌。
まぁ体に傷くらいあるでしょう。
というか半分くらい自分がつけたものですが、外から見る限りビジュアルに関してはまったくもって問題ありません。
なら何がダメかって? 性格です。あと性格です。最後に性格です。
スタイル以上に性格が壊滅的にいけません。無理です。ごめんなさい。自分にだってできないことくらい、あるんですよ。メルサラだけはゴメンです。
「ごめんなさい」
心の底から本気でお断りです。
「んなのどーでもいいから抱かせろ!」
なんでこいつはここまで男らしいのか。
逆ですよ、立場。逆、逆。反対。あなた、じょせい、わたし、だんせい。
「くまのぬいぐるみでも抱いてなさい!」
「バーカ、んなもん持ってきてるわけねぇだろ!」
メルサラ。今、公衆面前で己の秘密を暴露したって気づいていますか?
それってつまり、持ってるってことじゃないですか。
そんなことに気がつかないほど、頭に血が登っているのでしょうか。
しかも、自分とメルサラ、窓枠を挟んで叫び合ってますからね。
「じゃぁ作ってあげますからガマンなさい!」
「絶対だぞ! じゃなきゃテメェん家に夜這い朝駆けだ!」
一人で夜這い朝駆けって、なんでしょうね。
一回、まぐわって、帰ってまた来るんですか? ご苦労さまです。塩まいてやる。
それでも不満だったのか肩を怒らせて、詰所方面へ去っていきました。
窓枠に倒れこみながらため息ですよ。
「若いなヨシュアン先生!」
ヘグマントにバシンと背中を叩かれました。
「しかし、メルサラ警備隊長があぁもアプローチをしているというのにつれない態度なのは何か理由があるのかね?」
そんな胸筋をアピールしながら聞く話ですか?
ちらっ、と職員室内を見渡すと皆、興味があるのかこっちを見ています。こっちみんな。
なんとアレフレットまで、しかめっ面で見てますよ。
「そうだな。前から疑問だったがここらでハッキリ聞いておこうか」
持っていたペンを置き、クルリと椅子を回転させるシャルティア先生。
「何故、お前とメルサラ・ヴァリルフーガが――」
と、シャルティア先生が聞く前に動き出す愛らしい影が。
グイグイと距離を詰め、なんかキラキラした瞳のリィティカ先生。
「ヨシュアン先生はぁ、もしかしてメルサラさんと付き合ってらっしゃるのですかぁ!」
あれ? なんだろう? もしかして自分、リィティカ先生の乙女スイッチを押しちゃいましたか?
「あぁ! でもメルサラさんは【タクティクス・ブロンド】ぉ。ヨシュアン先生は一般人ですぅ。埋め難い差が二人の『愛』をより熱く燃えさせるのですねぇ。ロマンチックですねぇ。悲劇ですぅ」
あああああ、なんということでしょう。
暴走機関車もかくやのごとく、自分の理解できない言葉が羅列されるのでした。
これが女神の啓示ですか、わかりました。
「大丈夫ですぅ。わたしはぁ、そんなハードルなんか超えられると信じてますからぁ! 愛でぇ!」
あと、好きな女性に言われたくない台詞をちゃんと順序よく踏んでくれるリィティカ先生の言葉に、自分は綺麗に傷ついていきます。
うん。これが女神の試練ですね。立ち直れそうにありません。人生で最高の難易度です。
「違います。アレには欲望こそあっても、愛はありませんからね」
「愛と欲望は表裏一体ですよぅ!」
ダメだ。ちゃんと修正しないと。
このままだとリィティカ先生の麗しい空想の中で、自分とメルサラの幸せに満ちたヴァージンロードが敷かれ続けてしまいますおぞましい。
「相手を欲しいと思う気持ちと相手に欲してもらいたいって気持ちって似てると思うんですぅ」
「あ、はい、そうですね。でも違いますからね。というか目覚めてください」
どう言ったら、この辛い試練を乗り越えられるのでしょうか。
くそ、メルサラめ。精神攻撃とは面妖な。
説明すると色々、語っちゃダメな部分まで語ってしまいそうですしね。
概要だけ話してしまいますか。
「内紛で少々、殺しあっただけの仲ですよ」
「殺し愛ですねぇ」
「愛はいりません。ノーサンキューです。食堂裏の小動物にくれてやってください」
欲しい愛は目の前にあるのに届かない不条理はどうしてくれましょう。
無理矢理、唇うばうとか? ダメですね。自分にはハードルが高すぎます。ヘタレというのなら笑いなさい。ベルゼルガ・リオフラムでお応えしましょう。
「おい。それはつまり、あのメルサラ・ヴァリルフーガとやりあって生き残ってるってことか? バカげてる。あの【タクティクス・ブロンド】と百歩譲って知り合いだったとしよう。だが、あんな化け物を相手に生き残れるのなんか信じられないぞ! 僕だって戦場に出たことはある。貴族として民を率いて馳せ参じるのは当然だからな。だけど、僕が見たものは焦土と化した戦場だけだった。生き残りなんか数える程度だったよ。後から聞いた話だと、そこにはメルサラ・ヴァリルフーガが所属していた傭兵団が居たと聞く。なのに、あんな地獄を引き起こした相手を前にどうしてお前なんかが生き残れる? 嘘だと思うのが妥当だろ」
アレフレットが冷静な意見をあげてきます。
「前にヨシュアン先生がメルサラさんを倒してたのをぉ、ちゃんとこの目で見ましたよぅ。生徒たちだって見てますものぉ」
「どうせ卑怯な手でも使ったんだろ」
大正解です。
ですが、メルサラを無血で降そうと思うならそれくらい当然です。
というか、ルール無用がジャスティスです。
「だが、ヨシュアン先生はかなりの手練だと俺は思うぞ。なぁ、ピットラット老」
「そうですな。純粋な武術、というよりも総合的な戦力としては他の追随を許さない、ように見えますな。物事のブレイクスルーに長けている観察眼などは特に」
ぐ。結構、観察されてますね。
ヘグマントは当然として、ピットラット先生なんかは確実に核を突いてきてます。
年の功、おそるべし。
「つまり、勝ち残る可能性より生き残れる可能性なら十分、ありえるという話だろう? だがそんなことはどうでもいい。どうなんだヨシュアン。ヤったのか? ヤったことがあったのか?」
話は知らない間にエスカレートしています。
あっれ~? 知り合いかどうかの話してるのにどうして、そこで妄想とか願望が入っちゃうのですかね?
そんなに自分とメルサラをくっつけたいのか、この野郎ども。
「ないですね。もしもそんなことが起こりうるなら、世界を滅ぼします」
意地でも滅ぼしてやりますよ。神ごとね。
「なら単純に性格の不一致のようだな。うむ。あの性格を除けば小さくて可愛いと思うのだがな」
ヘグマントから見れば、どんな女性も小さいでしょうよ。
とりあえずヘグマントがまとめてくれたおかげで、それ以上の追求は……。
「本当のところはどうなんですかぁ? 極限状態の男と女って惹かれあうですからぁ」
ありましたよ、えぇ。
あのキラキラした瞳は愛らしく、美しく、素敵すぎるのですが言葉が痛いです。
この後、リィティカ先生をなだめるのにどんなに苦労したものか。
いや、それ以上に。
気配を感じて、ふと目をやったドアの向こう、小さな影が揺れました。
その小動物みたいな影は、気づかれたことに気づいたのか、廊下をダッシュで逃げていきました。
非常にイヤな予感しかしません。
さっきまでの話を第三者が聞いて、どう誤解するものか。
想像もつきませんが、どういう方向に向かうかくらい理解しています。
自分にとっては非常に面白くない展開へと、爆走しはじめるでしょう。
そんな真似をさせるわけにはいかない。
すぐさま恋に興味津々な小動物を捕まえるために自分は駆け出しました。
もちろん、魔獣地図は最終的に周辺地図作りに貢献するアレフレットにお任せしてからです。
あぁ、もう。次から次へと仕事だらけですよ。
なんとかしてもらいたいものです。




