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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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一体、どんな基準で選定したもんか

 入学式も明日に控えたということで、今、自分は統括職員室に訪れています。


 これから明日の入学式の打ち合わせ、それと一年間、肩を並べる同僚たちの自己紹介なども含め、まぁ、色々とあるらしい。


 教員も調査の対象だ。

 ここらで顔合わせしておくべきだろう。


 統括職員室の一室、会議室。

 ドアを開けると学園長と5名の男女が円卓に座っている。


「こんにちわ。ヨシュアン先生」

「こんにちわ学園長、お揃いで何よりです」

「席はご自由に、と言いたいところですがヨシュアン先生が最後です。残っている席にお座りなさい」


 学園長の言ったとおり、たしかに席は一つしか空いていない。

 さっさと座ると資料を取り出し、机に並べる。


「それでは皆さんが集まったところで、第一回教員会議を始めたいと思います。まずは私の紹介をさせていただきましょう。皆さんもご存知のとおり学園長を務めさせていただきますクレオ・シュアルツ・アースバルトです。『義務教育推進計画』の最終判断報告権を有している、といえば私の立場にご理解いただけるでしょう」


 おっと、やっぱりその立場の人だったか。

 この計画において、学園で起きた様々を王に報告する義務を持っている、つまり、学園長は計画のジャッジ役みたいなものだ。

 学園長が計画に強い手応えがあれば、そのように報告するだろう。逆に計画の遂行に不備があるとわかればそう伝える。


 名実共に計画の遂行者だ。


 かなり穿ったものの見方をすれば、貴族院の出す三度のテスト。これら全てに合格出来ても学園長が「この計画は危険です」というだけで、計画の失敗すらありえるということだ。


 敵に回すのだけは避けたほうがいいだろう。


「今回、義務教育なるものがどれほどのものになるのか。正直、私には判断しきれない部分もあるでしょう。また改善するべき部分は皆で協力し合って改善していく必要を促すことにもなるでしょう。皆さんは王の偉大なる計画の一翼を担う者。王の計画をただ失敗に終わらせるものでもありません。何故なら、実際に1年間、子供たちに教育を施す側なのです。成否は問わず、ただ教育者たるべきを追求していただきましょう」


 プレッシャーをかけるつもりはない、と。

 その言葉自体がプレッシャーなのは言うまでもない。


「では次に教員となる皆さんの自己紹介から初めていただきましょう。1年間、共に肩を並べる同僚です。そうですね……、右から順に自己紹介していただきましょうか」


「うむ」


 学園長の言葉に呼応するように盛りあがる筋肉……、筋肉?

 学園長から見て右に座っていたガッシリした体格の男が立ちあがる。

 アレは……、軍服?


「俺は第三軍【旭日橋きょくじつきょう】方面守備隊よりこの計画遂行に尽力すべく王命を承った男、へグマント・ラーシーだ!」


 軍人だー!? この人バリバリの軍人じゃないですかーヤダー!?


「この計画では生徒どもの『体育』を担当する」


 なにこの人……、生徒どもとか言っちゃってる。


「生徒どもを泣いたり笑ったりできなくするつもりだ! よろしく!」


 え、それって体罰とどう違うんですか?

 うわぁ、一番初めの人がこれだとこれから先がものすごく遠く見える。自分は無事に愛しの我が家に帰れるんだろうか心配です。

 所属は軍閥か……、あまり興味がないので調べてなかったな。本音を言うと近寄りたくなかったというのもあります。というかこの人に近寄りたくない。


「次は私ですな」


 軍人と交代で立ち上がった人は60にもなりそうなお爺さん。

 一番、教育者っぽい感じだ。どうか普通の人でありますように。


「『教養』担当を務めさせてもらっております、ピットラット・イシーンと申します。職歴はさる貴族様の執事を勤めておりました。皆様、どうかよろしくお願いします」


 いきなり濃いのが出てきてしまったせいか影が薄いピットラット先生。

 が、壮年に差し掛かっていながらもピシンと伸びた背、どこまでも穏やかそうな顔立ち、何より立ち姿が堂に入ってる。

 ヘグマントが動とするなら、ピットラット先生は静……、というべきか。


 その『さる貴族様』とやらが貴族院と四つ手で握手してるようだと非常に敵の可能性が濃厚だ。その貴族を調べてクリーンだった、というのだから調べるときは一気に奥深くまで調べ尽くさないと手痛い反撃を食らうだろうな。


 次に交代で立ち上がったのは、美しくも柔らかな女性だった。


「あ、あの! わたしはそのぅ……」


 パタパタと慌てるように白衣をはたき、童顔の頬を紅潮させて涙目。


「そ、いえ、あの……、れ、『錬成』担当のぉ……、リィティカ・シューリン・シュヴァルエです!」


 無理矢理にニコリと笑っている。どうやら緊張しているようだ。

 だが、どうだろうその笑みこそ天使と言ってもいいんじゃね? 己の緊張をあの豊かな胸に隠して、なおも涙に笑みを浮かべるその様は自己犠牲と他者への博愛が詰まっている。忙しなくはためく白衣から舞う天使の羽はきっと愚民が仰ぎ見るべき信仰の全てが詰まってるんじゃないかとさえ思ってくる。


 なんだこの気持ち。愛か? 愛なのか?

 はい。リィティカ先生、もろドストライクです。


「以前はぁ、錬成院所属の錬成所で研究員をしてましてぇ……、培った知識を誰かに伝えていけたらなぁって思っていまして、もう弟子を取らなきゃいけなかったんですけれど、そしたら計画に参加しないかと師に勧められて」


 なんと気高い思想だろう。

 知識を己のものだけとし、私腹を肥やすことにしか知識を使わない腐ったバカ貴族どもとは大違いだ! そう全ての知識や技術は後続に伝えなければなんの意味もない! それをリィティカ先生は理解し、深慮と優しさで生徒に教えていこうと言うのか。


 誰だよ天使とか言ったの! 女神だろこの方!


「と、とにかくぅ、よろしくおねがいしますぅ!」


 個人的によろしくされたいです! はい!


 と、とと、軽く暴走してしまった。落ち着け自分。

 女神が降臨されたくらいで取り乱すとか、未熟極まりない。これから自分は何にも知らない生徒たちに、眉間にシワよせながら知識を与えていくのだ。

 我慢が試される仕事だメンドクサイ。それなのにこの程度で取り乱したりしてはいけない。猛省せねば。


 正気に戻って錬成院……、元老院直下の組織の一つだっけ? 錬成は術学にも色々絡んでくるので知ってるといえば知ってます。

 しかし、個人的で申し訳ないですが元老院に関して喋りたくありません。というか関わりたくありません土下座イヤです白いのチョー怖ぇです許してください。


「次は私だな」


 女神の紹介の後に立つ、マッドな空気漂う女性。


「元老院直下、数学宮より派遣されたシャルティア・シャルティロットだ。もちろん担当は『数学』だ。少しの間だが学園内部の会計も手がけることになっている。領収書を切りたい輩はまず土下座してから頼むよう、心掛けたまえ」


 なんでこの人、無駄に居丈高なんだ?

 まぁ、でもシャルティロットという家名は知っている。

 元は底辺貴族だったが内紛の折にあちこちから貸しと借りを繰り返し、まるでわらしべ長者のように上流貴族まで登り上げた半成金貴族の名前としてよく聞く。


 内紛時にお家断絶されたヤツらも多いだろうからな。嫉妬と恨み節のデュエットソングがお家断絶されたヤツらから流れてきたんだろうさ。


 それとシャルティロット家ではもう一つの噂も聞く。

 『数字の天災児』と呼ばれた少女こそが、シャルティロット家を押し上げた立役者だとも影の支配者とも囁かれている。まさかシャルティア先生がその女の子だった……、とかそんなオチは期待していません。自分の人生を振り返れば十中八九、そうだった確率が高かったとしても信じたくありません。

 自分が知るところはこんなもんか。

 貴族と言えば貴族なのだが、どういうわけか貴族院に近寄らない変人家系とも言われてたっけ。


 この中ではリィティカ先生の次に、貴族院と繋がりが薄い。

 裏はどうなっているか知らないが……、もしも彼女が噂の天災児なら、蛇か鬼かで例えたら、二つを隠す藪みたいな人間だろうさ。棒で突っつくにしても周りを固めてからだな。


 そしてまた 元 老 院 !?

 勘弁してくださいマジで。もし白いのと交友関係にあったりしたら、自分、この人たちに一生頭が上がる気がしません。


 座る瞬間、何故か自分に視線を送ってきたが無視しておこう。

 心の平穏が一番です。


 乱れる心を整えているうちに、隣の長身男が立ち上がった。


「以前、アルグリア大図書院で大司書を務めていたアレフレット・フランクハインだ。この『義務教育推進計画』では『暦学』を担当する。若輩者の身ではありますがどうかよろしくお願いします」


 アルグリア大図書院といえばリスリア王国でトップの蔵書を誇る図書院だったか。

 あそこには何度かお世話になったからよく覚えている。

 アレフレット? 知りませんよそんな人。あそこで人の顔を覚えるくらいなら本の中身を一行でも覚えるべきだろ。なにせ貸禁ばかりが並んでる図書院だったからなぁ。


 しかし、そつのない挨拶だ。

 まぁ、こういうのに慣れてるんだろ。紹介にパンチ力がないのは仕方ない。


 国立で管理も王下の組織が手がけてる分、うん、元老院でないだけ救いだ。

 見ようによっては味方とも取れるが、はてさて、あそこの雇用形態がどんなものか知らないので、これも調べる必要アリ、かな。

 ベルベールさんへの手紙で教えてもらえるようお願いするか。


 次は自分の番だ。


「あー、『術学』担当のヨシュアン・グラムです。趣味は術式具の開発、仕事はソレ関係で生計を営んでいました」


 とたん、教員たちがたじろぐ。

 何かおかしなことでも言っただろうか?


 皆、イイところから引っ張ってこられているようだが、自分の本職は研究者で、王国の賓客っていうのは職業じゃないからね。術者の側面もあるけれど、貴族に雇われてまで術者なんてやりたくない。ので、ここは研究者という面で押したほうがいいだろう。


 それ以上に、この場にいる誰が貴族院の手先かわからない。


 王国の賓客ですー、なんて言ったら即、自分の立場と正体がバレてしまう。わりとこっち方面で名前はともかく、存在は有名なのです。

 そんな愚行は犯しませんよ。


「この計画において、ヨシュアン先生は自国で義務教育を経験されたことがある唯一の方です」


 学園長の言葉で、何故か納得したような空気が流れる。

 しかし、一人納得しなかった男がいたようだ。小さく鼻で笑う音が隣から聞こえる。


「王国、帝国、法国、三国の中で『義務教育』と呼ばれる法措置は行われていない。にも関わらず、彼は『義務教育』を経験したことがある? どこの僻地からやってきた蛮族だ……、失礼、未開人だ」


 誰が蛮族か。失礼なヤツだ。

 隣の男はこっちを見て、探るような目をしている。なんなんだこいつ。


「異邦人なのは確かですが、暦学を担当する教師がそんな視野狭窄でどうするんです」

「何!?」


 立ち上がるバカ一匹。すでに自分の中ではこの男はバカ認定済みです。

 よし、ちょっと黙らせるか。


「世界はユーグニスタニア大陸の三国だけではないでしょう。海の向こうに王国が認める国があります。他にも王や統治者のいないまま大国として名を連ねる国家の形態や自治区を発展させた政治形態もあります。むしろ政治体系として統治者が居たほうが未熟なケースもあります。蛮族と呼ばれるもののほとんどがワンマン体制で統治者が崩れた時ほど国に影響を及ぼしやすいとされます。これは王というピラミッド型の権力体制の永遠の弱点とも言えるでしょうね。もちろん合議制にも弱点は存在します。おそらく貴方は義務教育をしている国は王がいない国として、穿った視線で偏見を持ちましたね? 現実、政治体制として未熟なものほど王がいるほうが多いにも関わらず。そして知っていますか? 王が居ながらも義務教育を推奨している国があることを。そういった国ほど文化水準は極めて高い。此度の計画でバカ……、いえ、ランスバール王が狙い定めている部分はまさに王国でありながら文化のある豊かな国です」


 まくし立てる。反論なんてさせる気はありませんよ。


「貴方の偏見は王の深慮を疑う行為ではありませんか?」


 最後にバカ王を盾に批判までする徹底ぶり。

 見ろ、二枚目が口をパクパクさせて座り始めたよ! ざまぁ!


 一方、ヘグマントは首を傾げた。


「うむ。つまり、どういうことだ?」


 脳筋は理解できなかったらしい。


「つまり、義務教育は文化水準を高める効果がある、ということです」

「ほう。そうなると新兵器などが作りやすくなる、ということか。我々にとっては実に喜ばしい!」


 なんでそっち方面で物事を考えやがりますか戦争野郎。


「はぁ……、ヨシュアン先生は物知りなんですねぇ」


 女神の羨望をいただきました!

 まぁ、あえて義務教育の弊害を喋っていないあたり、自分の悪辣っぷりが自分でもわかってしまうという。こんな自分を許してくださいリィティカ先生。


「相手がどんなものかもわかってないのに上辺だけで判断する。頭の硬い大図書院のヤツら特有の傲慢だな」

「ぐ……ッ!」


 シャルティア先生の嘲笑とも取れる言葉に、アレフレットが憎悪のような瞳で睨み返す。

 結局、言い返すこともせず、椅子にふんぞり返ってしまったアレフレット。


 んー、なんだこの二人。ずいぶん仲が悪そうだな。


 一応、学園長とアイコンタクトしてみたが肩をすくめられただけだった。


「話は逸れましたが、自己紹介は以上です」


 自己紹介の大半が同僚を論破したあげく、空気を険悪にしただけだったけれど良しとしよう。

 えーっと、ほら、リィティカ先生に出会えただけで良かったじゃないか自分。

 あー、良かった探ししてる時点で本末転倒だ。


「これで全員の紹介が終わったところで明日の会場作りの説明をします。お手元の資料を参考にそれぞれの役割分担を決めようと思います」


 今のところ、決定的な情報なんてない。

 気を楽にして、明日の段取りに取り組んだほうが建設的で、心に優しい選択だ。


 自己紹介で得た情報はベルベールさんがすでに調べているだろう。

 だから、その情報の深い部分を送ってもらい、それを元に切りこんでいく方針でいいだろう。


 しかし、なんで自己紹介ぐらいでこう色々と悩まなきゃならんのか。


 おまけに妙な人間関係までこさえて、まぁ。


「では、まずは入学式ならびに開園式に使う椅子と机、その他の資材ですが――」


 おっと、もう話が始まっている。

 ため息するヒマもありゃしない。


 何はともあれ、明日はリーングラード学園の初始動だ。

 同時に計画の開始も意味する。


 さて、どうなることやら。


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