表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
69/374

怪談するなら学園バーベキュー場まで

 宴に戻った自分を見たリィティカ先生の御尊顔は、蒼天も青ざめる青さでしたとさ。


「よ、ヨシュアンせんせぇ、どうしたのですかぁ!?」


 リィティカ先生はさっきまでほろ酔いで気持ちよさそうな顔だったのに、今では真っ青な顔で小走りに駆け寄ってきました。

 まさか、この想いが通じたのでしょうか恐れ多い。

 しかし、自分もオトコです。オスのスィムランです……、いや、ポルルン・ポッカに影響されすぎです自分。


 ともあれ、抱きしめない道理がどこにあるというのでしょうか、いや、ない。

 カモン! 失われた青春!


「怪我してるじゃないですかぁ」


 ……え? 怪我?

 ポルルン・ポッカにアイアンクローしても、攻撃されたことはなかったはずですが?


 あぁ、それで青ざめてるわけですね。

 血に慣れているヘグマントやメルサラは動じてないですし、シャルティア先生も……、全然、意外な感じがしないのは何故でしょうね。

 ピットラット先生も学園長も驚きこそすれ、動じてない。

 アレフレットはインドア派っぽく、吐きそうな顔してましたがもっと頑張ってもらいたいところです。


 アレフレットも曲りなりにも内紛をくぐり抜けた人間でしょうに。


 観察している間にリィティカ先生がハンカチで唇に触れてくれる。

 何、この幸せ。さっきまでの不条理の反作用ですか。よし、あと五年くらい苦労がやってきても押し返せます。


「どこで切ったんですかぁ?」

「あ、いえ、自分でやりました」

「何考えてるんですかぁ! 顎まで真っ赤ですよぉ」


 どれだけ強く噛んだのでしょうか、自分。

 あ、舌で触ってみたら、肉を、完全に噛みちぎってますね。


 唇の下あたりが麻痺してて、血の感触も全然、気付かなかったわけですし。これは明日の歯磨きと御飯時に地獄を見るかもしれませんね。


 いくら精神干渉に対抗するためとはいえ、やりすぎたかもしれません。

 今、思えばあの精神干渉も地味に【戦略級】ですよね。

 【戦術級】や【上級】でも、軍用で使われる精神高揚術式や医療目的で扱われる精神安定術式と精神系に作用する術式はなくもないですが、自分の抗術式力に干渉できるほどとなれば【戦略級】でしょう。


 ポルルン・ポッカ。本気で生態を調べたほうがいいかもしれません。


「仕事は済みましたか?」


 落ち着き払ったころに抜群のタイミングでこの学園長の一言。

 見事に周囲の好奇心を満たす質問です。畜生、知ってるくせにわざわざと。


「予定外の事態こそありましたが、まぁこんなものでした」


 と、指で顎を差して、首尾を伝えました。


 学園長の指示で何かをしていた、という理由を周囲に伝えるには十分だったようで。

 深く追求されるようなことはありませんでした。


 あとはまた宴の空気。

 火の管理は自分に戻り、焼肉から焼いた果実をスライスして氷に通したりして振る舞いました。


 グダグダと続く大人の会話。

 さっきまでの不条理な会話とは違い、リアルと地続きな感じがしてとても落ち着きます。


 例え内容が――


「8名か、よし。中途半端だが一人12、13話くらいで語っていこうか。猥談を」


 猥談に向かおうとしても、だ。

 というかなんだその猥談百物語。

 邪神シャルティアは何を始めるつもりですか。


「9名ですよ」

「何を言っている。ここには8人しかいないだ――ヨシュアン」


 すごく真剣な顔の酔っ払いがいました。


「俗にいう怪談というものはフィクションだ。ありえない現実をそれっぽく語ることで体感温度を下げようとする低俗なお遊びだ。仮にも知識の探求者にして知恵の語り部たる教師がお遊びでも知能レベルの低いお遊びをする必要がどこにある」

「ツッコミどころが多すぎて数えきれませんがあえて一つだけ言いましょう。世間一般では猥談は低俗なんですよ」


 というか怖がりか。

 幽霊とか怖い人か。


「さぁ、数えてみろヨシュアン。ここにいるメンツを。8人だ!」


 無言でテーレさんを眺めてみました。

 小さく首を振って、首を掻っ切るポーズ。

 あぁ、バラしたら殺す、と。そういうことですかそうですか。


「学園長の後ろを見て何をしている! いるのか? そういう不謹慎極まりない何かが! というか見える人か、貴様!」


 テンション高いですねー。


「あぁ、そういえば思い出しましたけれど『眼』の術式で観れる世界を『源理世界』というのです。色彩豊か、というよりも色彩だけで構成されている世界です」

「む。そういう話は軍の術式師から聞いたことがあるな。赤色一色の光景だったと聞くが」


 ヘグマントも自分が何をしようとしているのか察して乗ってくる。


「『眼』で視れる源素の数だけ、色彩も増えるのです。その人は赤の源素が視れる人だったのでしょう。アレフレット先生なら3色で構成されていると思いますよ?」


 わざとアレフレットにふってやると鼻を鳴らす。


「『眼』のないヤツらにはわからないだろうがな。アレこそ世界真理の一つだろうな。一つ見える色彩が増えるごとに世界は見違える。ない者との違いを明確に感じられる瞬間さ」


 自信満々な選民思想が見え隠れしてますが、その理屈で言うと、現在、アレフレットは自分とメルサラの下になるわけですがそれでいいんですか?


「自分やメルサラだと6色構成されています。しかし、謎の多い『源理世界』。6色見える人間が少ないことあって、未だ全貌は解明されていません。炭が茶色じみた緑色に見えたりする世界なんで最初に『源理世界』を見た方は困惑するそうで」

「へぇ……、色合いが違って見えたりするって不思議ですよねぇ」


 リィティカ先生が密かに乗ってきてくれます。なんか嬉しいですね。


「さて、そんな不思議な世界ですがある日、知り合いの『眼』持ちの術式師が慌てて自分の家のドアを叩いたのです。あれは雨の降る夕暮れどきだったでしょうか。今の気温みたく少し肌をつつくような寒さ、そろそろ冬が近づき始めていたころでしたね。自分もフレーバーティーなんかで身体を温めながら、術式具の改良なんかやっていたんですよ。激しく叩かれるドアに困惑しながら迎え入れた友人、彼はひどく青ざめた顔で自分をじっと見つめてくるんです。何か用かな? と、首を傾げてみても何も言わず、雨ざらしにしておくのもアレですし家に招きました。彼は震えていました。雨に降られてなおかつこんな気温、身体が冷めてしまったのでしょう。新しいフレーバーティーを淹れて落ち着かせようとしました。案の定、彼は落ち着きを取り戻し、やがて、ポツポツと語り始めました」


 

 メルサラは歪んだ顔のまま、そっぽ向き放ち、アレフレットは術式系の話なので興味深そうに聞き、ヘグマントは腕を組んで状況を想像しているようです。


 ひそかにピットラット先生がお茶を淹れて、喉の渇きを潤すように促します。

 学園長は音楽でも聴いてるような顔で、ひっそりしています。


 リィティカ先生は気づいていないのか不思議そうな顔で上機嫌のまま。


 ただやっぱり、だんだん、自分が何しようとしているのか気づかれ始めてますね。


 だって、シャルティア先生、黙り始めましたもの。

 ヘグマントとピットラット先生、学園長とメルサラはすでに気づいているようです。


「『女、女がいたんだ』と震えたまま、言いました。何がと言うまでもなく、彼は堰を切ったように語り始めました。『源理世界で術式の構成式をチェックしているとときどき、遠くにポツンと赤い影が見えるような気がしたんだ』」


 彼の職業は類に漏れない術式施工業です。

 自分の家の改築にも手を加えてくれる術式師さんで攻撃よりも優れた操作能力で腕を振るう一流の大工でもありました。

 ときどき術式具の構成にヒントをもらうこともあり、良好な関係を築けていたと思います。


 そんな彼だからこそ、『眼』をよく開くことがあったそうです。


 初めは『眼』の不調だと思ったそうです。

 遠くにゴミのような赤い影が見える。

 それだけなら気にもならないことです。そもそも赤一色の『源理世界』はモノクロとそう変わりませんからね。場所によっては見えないことすらあります。

 陰影だけの世界なのですから、当然、妙な塊がそこらから突然、ポっと現れてもおかしくなかったんですよ。

 これは術式師で『眼』持ちならよくわかる感覚だと思います。


 ともあれ、彼は最初は気にしていなかったんです。

 ところが徐々に、徐々に、大きく、蠢いていることに気づきました。

 それでも錯覚か、それとも何か変な術式具が近くにあるのではないかと自分をごまかしていたそうです。


 しかし、ある夜、ランプで照らされた室内で作業をしていると不自然に赤の源素が動いているんですよ。ランプ一個の赤い世界なんて、そんなに複雑なものではありません。ランプに照らされた室内がモノクロになって赤く見えるだけです。

 なのに、ありえないくらいの赤の源素がうごめいていたそうです。


 これは何かおかしい、と思って立ち上がってみたら、気づいたんです。


 息吹がする。


 『眼』を閉じてみたら呼吸音はしない。

 また開けてみたら真っ赤な視界の中でスー、ハー、スー、ハー、と規則正しい音がするんですよね。


 寝ているような音ではなく、息を殺して背後にぴったりと寄り添ったら。

 もしかしたらそんな音になるかもしれませんね。


 そう気づいて、彼は慌てて走り出しました。

 『眼』を閉じて、術式師としてある程度、詳しい自分のところに来たわけです。


 自分はこう言いましたよ。


「『眼』で視る世界ですから、音なんかしませんよ。音は現理世界、現実にしかない現象なんですよ」


 だけど彼は安心できず、きょろきょろと視線を動かしているだけ。


「疲れて、幻聴が聞こえてるだけですよ。きっと。集中してるからそう思うだけで」


 慰めは通用しませんでした。


「だって聞こえるんだぞ!? あの音が、音が!」


 頭を抱えたまま、震えている彼を安心させるために自分は『眼』を開き、周囲を見渡しました。

 彼よりもくっきりと見える色彩の世界は、どこにも人影なんてない。


 彼の後ろにももちろん、源素が集まっている様子もない。


 正直に伝え、ようやく彼は安心したのか少しだけ背もたれに体重を預けました。

 これからどうしよう、と現実の心配をし始めました。『眼』を開くと変な音がするから『眼』が使えないなんて、術式施工業者からすれば飯の種を奪われたようなものです。


 でも、よっぽど怖かったのでしょうね。

 彼を自宅に帰してからしばらく、『眼』を使わなかったようです。

 そのうち、忘れてしまうだろうなんて自分は楽観していたんです。


 一週間後、彼は橋の上から飛び降りました。


 入水自殺です。

 自分は後悔しました。

 もう少し、親身になって話を聞けば良かったと。

 もしかしたら彼の心配事ももう少し詳しく聞けたんじゃないかと思いましたが、もう手遅れです。


 葬儀は夜半、行われました。

 夜半、行われる葬儀はなかなかありません。

 でも、昼日中に都合がつかない場合とかあるじゃありませんか。

 だから自分もそう不思議に思わなかったのです。


 術式ランプの明かりが照らす葬儀に参列し、故人の棺に花を入れる段階になって、ふとおかしなことに気づいたんです。

 入水自殺なんですから死因は当然、溺死。

 もしくは底で首を打って死んだか、どちらかだと思うんですよ。


 なのに、棺の中の故人は包帯でグルグル巻き。

 顔なんか故人なのかどうかわからないくらい、白い有様でした。


 ただ、包帯の隙間から見える小さな肌色が、すこし黒ずんでいるじゃありませんか。


 おかしいなぁ、って思うでしょう?

 おかしいはずですよ。人が溺死してるのに、まるで火傷のような跡があるんですから。

 不思議に思って故人の家内さんに話を聞いてみることにしたら、家内さんも困惑したまま、おずおずと口を開きました。


 確かに入水だったそうです。

 水をたくさん飲んで、引き上げられたときはとめどなく水が溢れていたそうでした。


 だけど、死体を安置所に置いてから、一日も経たない内に全身が焼けていくように黒くなっていくじゃないですか。

 何かの呪いじゃないかと怯えた家内さんはすぐにでも葬式をする運びになったんです。


 あぁ、だから夜半に葬儀なんかし始めたのか。

 なんとなく納得できるような気がして、また疑問に思います。

 いえ、疑問でもなかったです。ただなんとなく彼が入水した理由がわかったような気がしたんです。


 火に包まれた人間って、水を求めるっていうじゃないですか。

 火を消そうと必死になって、地面に転がろうとするし痛みの連続で気が遠くなる中、熱さだけなんとかしようと薄れいく意識の中で無意識に火を消す簡単な方法、水を思い浮かべるそうです。


 もしも橋の上で故人がうだるような熱さに巻かれたとしましょうか。

 彼はどうすると思います? 当然、水を求めて橋の下に自分で――


「そんなバカな話、あるわけない」


 まだ暗殺されたと言ったほうが、説得力がありますよ。

 ありえない、ありえない。

 しかし、頭でわかっていても真実って気になってしまいますよね?


 それがもっとも単純な方法でわかるなら、魔だって差してしまいます。


 こっそり、故人を『眼』で視ようと思ったのです。


 炭の色は茶色を含んだ緑でしたが、人間の場合、様々な色があります。

 その全てが茶色がかっていて、見た目、いいものではありませんでした。

 なんとなく、こんな結果になるんじゃないかと思いました。


 彼の死因がわかった瞬間でした。


 彼は溺死でも、骨折でもない。

 水の中で焼け死んだのだと。


 どういう理屈かわかりません。

 それこそメルサラならやれそうな感じですが、どちらにしても故人を燃やした『誰か』がいるのは明白。

 騎士にでも知らせておこうと思い、それが故人へできる最後の餞だと理解し、『眼』を閉じようとしたとき――


「背中から、ひくい、ひくい声で音がするんです。呼吸音なんかじゃなく、ハッキリとした言葉で」


 ピタリと背中に張り付く、赤い塊。


 それは一言、こう言いました。



「 ミ ル ナ 」



 ギャー、という声は隣から聞こえました。

 むしろ、その声に驚いたアレフレットが椅子から転げ落ちたり、リィティカ先生が泣いていたりと阿鼻叫喚になってしまいましたが、これで判明しましたね。


「シャルティア先生、怖い話とか苦手ですか?」

「死んでしまえ! この底辺教師! 最低だ!!」


 貴重なシャルティア先生の涙目でした。


「んで、どーしたんだよ、その赤いヤツ」

「当然、アイアンクローして『見るなとは何事ですか、お前が見えないところへいけ』とベルゼルガ・リオフラムを撃ってやりましたが何か?」


 塵も残してやりませんでした。


「なんだ、新手の魔獣だったのかよ。騎士のヤツらも都市部に侵入されてるっていうのに呑気なもんだぜ」

「いやいや、見えない魔獣など騎士では対処できんぞ」


 ちゃんとヘグマントは騎士のフォローするんですね。


「もちろん、見えるのならこの屈強な筋肉で屈服させてやるがな!」

「そういう話じゃない!? というか何、普通に退治してんだお前は!?」


 アレフレットが騒ぎ出しました。

 あれ? 何かおかしなことを言っただろうか。


「その話の流れだと次の被害者はお前だろ!」

「だから退治したんじゃないですか。たぶん、アレ、『源理世界』で自動的に動く術式じゃないでしょうか? 術陣の欠片みたいなのが寄り集まって源素を食って成長した何か、と思うと面白いですよね」

「面白いわけあるか! 明日、『眼』を開く授業があるんだぞ!」


 歴史的な遺物を交えて授業する、とか言ってましたね。そういえば。


「あ、次はシャルティア先生ですよ」

「誰がやるか!」


 と、殴られました。

 唇切った跡を殴られたのですから、ちょーいてぇです。


 なお、リィティカ先生は驚きすぎて気絶してしまわれました。

 翌日、死ぬ気で土下座したのですが記憶を失っていたようで、ホッとしたような、罪悪感が増しただけのような微妙な気分になりましたが、ご容赦ください。


 そういえば、あの赤い影。

 本当になんだったんでしょうね。


 ベルゼルガ・リオフラムは一時的に周辺を源素のない世界にしてしまいますから、ただでは済んでいないとは思いますが。


 もしかしたら、まだ生きて。

 『源理世界』のどこかを彷徨っているかもしれませんね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 大好きな作品なので5周くらい読ませて頂いてるのですが…… 中でもこの怪談話回が好きすぎて、定期的に読みに来てしまいます(特に夏) 語りが巧くて世界観が詰まっててしかもオチで爆笑してしまう。…
[一言] 作り話と思ってたら本当の話なんかい(^_^;)))
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ