大人と子供の境目は御伽噺な時間
大人の時間と子供たちの時間。
そう違いはないのだと思います。
どこでも全力で遊び、笑い、草むらに座りこんで足をバタバタさせるみたく無邪気な子供だった時間。
あの頃のように全力で遊んでしまえば明日に響いてしまい、無茶をしなくなり、衣服の汚れを気にしてしまうようになったり、座ることすら何かの理由がついてまわります。
それでもあの子供の頃と同じく、無茶なことや泥にまみれて遊ぶような。
そんな、無邪気な時間が大人にもあるのです。
「酒が入った大人のことです」
大脳新皮質を麻痺らせたシャルティア先生とアドレナリン爆発中でノル成分が不足気味なアレフレット。
二人の討論はいつの間にか経済から内政、軍務を通して外交、やがては西岸部におけるシラス漁の効率化にまで発展してしまったようです。
自分の代わりに肉を焼く係になったヘグマントは、何故か炎に照らされたままフライパンを振るっています。中身はパスタでしょうか。
焼きパスタとは新しい。
でも、世界の誰かがそういうレシピ、作ってそうですよね。
ナポリタンな風味で。
そんな炎を支配しているヘグマントをうつろな笑顔で拍手しつづけるリィティカ先生は酒に飲まれまくってます。
介抱しなきゃとダッシュで近づきそうになりましたが、どうやらそうもいかないようです。
メルサラが台に足を載せて、たからかに歌っているからです。
軍歌ですか、そうですか。軍から程遠い性格のくせして歌のチョイスが渋すぎます。夏柿並みです。
ピットラット先生、軍歌に感じいってないで場をなんとかしてくださいませんか?
学園長なんか、微動だにしてませんし。死んでません? あ、生きてますね。
どうしよう、近寄りたくない。
なるべく気配を消して気づかれないようにしよう。
それはそれとして、確かに気づかれたくないというのもありますが、自分はこの後、少し面倒事が待っています。
証拠隠滅、もとい、ポルルン・ポッカを還す作業です。
火の管理をヘグマントがやっている今ならば、チャンスだと思うのですよ。
食後のティーを嗜んでいた学園長に楚々と近づきます。
学園長だけには一言、言っておこうと思います。
「何用ですか?」
自分の首筋にブロードナイフが添えられました。
わーい、テーレさんのこと忘れてた。
「いえ、危害を加えるつもりではなく、やむを得ない事情があって気配を消してるだけなので警戒されずにナイフとかしまってもらえると助かります」
反撃しなかったことが信じるに足る証拠だと思っていただけたのでしょう。
透明系殺戮メイドのテーレさんはナイフをしまって、学園長の隣に立ち位置を改めたようです。
テーレさんの耳打ちに学園長は自分の気配に気づいて、ニコリと微笑みます。
なんか怖い。
「どうかしましたか? ヨシュアン先生」
「例の件のやり残しがありまして。ちょっと席を外します」
「えぇ、一時間くらいなら意識をそらしておけますので、その間に済ましてくださいね。何せ貴方はこのパーティーの主催者なのだから。席を外したままというのは少し座りが悪いでしょう」
実に社会人的なお言葉、ありがとうございました。
しかし、意識をそらすというのはどういうものでしょうか。
まさかと思いますがテーレさんを見てみる。
仮面のような無表情に、まったくのゆらぎはない。
テーレさんの気配消しの技術は少々、常軌を逸している。
警戒心の強いメルサラが気配を消した存在が近くにいるというのに、臨戦態勢に入ってない様子。
職員室であれほど動き回っていても、認識しているのが自分だけという異常さ。
薄々、普通の隠蔽技術とは違うと思っていました。
もしかしてテーレさんはベルベールさんと同じ、【神話級】保有者なのかもしれません。
【戦略級】の上位、人間のキャパシティをはるかに超えた術陣で構成された術式。
それが【神話級】です。
伝説に登場する魔法に等しい現象、空間跳躍、次元干渉などの高位干渉者、神に代表される存在でしか使うことの許されない全世界過干渉術式。
そんな巨大で強大な力を欠片でも身体に保有している人間。
異能者、異常者、特異者、そして【神話級】保有者。
術式とは違う構成なので、再現は不可能。
そもそも術式なのかどうかも定かではない。
総じて単一、極めて応用が難しく、効果は限定的。
しかし、術式では成し得ない効果を持つ、特殊能力。
後、特徴として【神話級】保有者は術式が使えない。
これはおそらく、特殊能力が術式を使う何かに干渉しているせいではないかと踏んでいます。
正しいかどうかは定かではありませんが、ともかく【神話級】保有者が術式を使用できるという話は聞いたことがありません。
ベルベールさんの【篤信読心】、心を読む力と同質のもの。
そんな特殊で稀有な力を持つ人が自分の眼の前に、また一人、現れてしまった。面倒です。
「【デッドリー・リー・サイン】」
テーレさんとのすれ違い様、ポツリと溢れた言葉。
「形のない形に形を与える。そのためだけの名前」
気づかれたことに気づかれた、だから、明かした……、いや、証したのでしょう。
そうしなければならない能力なのか、それとも。
「効果は隠蔽や隠業、隠すことに特化した何かですね。いえ、どちらかというと無意識下に働く何かでしょうか。人の持つ認識不全能力を発現させる範囲か個人、さっきの説明から範囲を支配するものだとは推測しましたが」
網越しの向こう側に誰かが立っているとしましょう。
その人物に意識を向けると、視界を遮っているはずの網が見えなくなってしまう。
そこに確かにあるのに、見えない、意識できない。
そういった認識の不全さを意識的に引き起こす【神話級】なのでしょう。
正直、危険度だけならトップクラスのヤバさです。
何せ、誰一人、それこそ被害者すら、目の前にいるにも関わらずナイフを向けられて察することもできず、抵抗すらできず、ただ一方的に殺されるだけなのですから。
暗殺に関する領域で彼女ほどの恐ろしい手練はいないでしょう。
「疑問」
「まぁ、聞かれてもいないことを言われたので一つくらいはお答えしましょう」
あまり時間は割けませんし、言いたくないことは言いませんが。
「どうして『私』がわかる」
う~ん、アレですか。
テーレさん自身が認めた相手でないと認識できない、という感じなのですかね。
学園長にどうして仕えているのかもその辺が理由だとして、ん? あぁ、なるほどそういうことですか。
「能力の強弱は出来ても、ON・OFFは出来ないということですか」
初めて、テーレさんの表情が揺れた。
目線が批難がましく、自分を責め立ててます。
あれ? 自分、何か変なこと言いましたか?
「油断できない」
「それはどうも」
となると、前提条件が崩れますね。
認めた相手である学園長はともかく、そこから外れている自分が何故、テーレさんに気づけたのか疑問なのでしょう。
それって裏を返すと自分が認められていないってことじゃないでしょうか?
あるいは本人が気づいていないけれど、自分を認めていることに驚いている、のどちらかですね。
できれば後者でお願いします。
前者は色々、心が痛くなりそうです。
「早急に返答を求む」
さて、実のところ、心当たりが多すぎて困っています。
気配破りはちょっと自信がありますし、この『眼』の特殊性、無色の源素を視ることができることにも関係しているような気もしますし、自分の由来にも原因しているような気がしてなりません。
「見当もつきません」
だから、そう答えてあげました。
「そう」
納得しきれる答えではなかったが、追求はなかった。
なんだか失望されたみたいでイヤな雰囲気です。
ここらで一つ、バシリと決めてやりましょう。大人力を魅せつけるときです。
「心当たりが多すぎて」
いい笑顔で答えてあげると、ナイフが飛んできました。
このメイド、綺麗に生命を狙ってきますね。
「まぁ、一つ確実に言えることは」
空中でナイフの柄をガッシリとキャッチして、くるりと返し、刃を持ってテーレさんに手渡しました。
「残念なことか、それとも安心できることかは定かではありませんが、自分は貴方のお仲間ではありません」
「やっぱり油断できない」
とうとう、無機質系に睨まれる偉業を達成しました。
身の危険しか覚えませんね、達成感もありません。
同種っぽいエリエス君が先だと思っていたのに、どうしてこんなことになったのやら。自分の謎プランニングに疑問を呈した瞬間でした。
「じゃれてないで早くお往きなさい」
学園長にも窘められたので、殺戮系メイドの視線を背中に感じながら森へと足を踏み入れました。
森に入ると、夜光蝶の淡い光の粒が遠くで瞬いています。
まぁ、綺麗。でも意味がないのでスルーです。
さて、召喚し、隷属させているとはいえ、召喚動物の現在位置まではわかりません。
逃げたポルルン・ポッカが後日、【大食堂】の裏に建つ築一ヶ月前後のあばら屋で飼育なんかされていたら目も当てられません。
なんか嬉々として飼ってしまいそうなんですよね、エリエス君だったら。
それはそれで良いかもしれませんが、自分的には計り知れないダメージを負います。主に社会的に。
かつてリリーナ君を見つけ出した術式を使う時ですね。
陣を構築した瞬間、自分の上部、頭の上から何かがクワガタのように落ちてきました。
とっさにバックジャンプ、構成していた術式を破棄、着地と同時に攻撃用の術式リューム・フラムセンを構築し終える。
そして、指先を差した相手は、葉っぱの仮面のちんまいの。
迷子のポルルン・ポッカでした。
「うわぁ……、気が削がれる」
こっちの気負いとかまったく考慮してくれない謎生き物でした。
「とりあえず動かないように」
そう宣言するとポルルン・ポッカは頭を地面に突き刺したまま、動きを止めました。
息の根まで止まってしまう前にてっとり早く隷属術式を解いてあげます。
瞬間、バタバタと小さな足を動かして、地面から顔を抜き始めました。
なんだろう、あざといという感想しか浮かんできません。
とにかく、これで証拠は隠滅できました。
証拠はないので不起訴でしょう。
凶悪犯罪を犯した後に凶器を池に放りこんだ気分です。
ふははっ、誰も自分が襲撃事件の犯人だと思うまい! ただし二名にバレてますが何か?
無駄にテンションをあげて自分のやりきれなさを誤魔化していると、足元にいたポルルン・ポッカがいません。
周囲を見渡すと、夜光蝶の光にまぎれたポルルン・ポッカの影が見えます。
何をしているのでしょうか。ずっとこっちを見ています。
「―――」
何かを喋って訴えてきてます。
その口に夜光蝶が入りこんでも喋ってるので、いや、止そう。
風流にも勝てないものくらいありますよ、きっと。
するりと後ろを向くと、やっぱりこちらを見ている。
誘っている? 呼んでいるとも言うべきでしょうか?
謎生物の心根はわかりません。
ただ口元に夜光蝶ぶらさげたままなのが非常に残念です。
ポルルン・ポッカが誘う先はリーングラードの森の奥地でしょう。
目的もなく、手順も踏んでいないまま、こんな時間の森に入るなんて自殺行為極まりない。
理性は冷静に、無視することを告げています。
ですが、夜とは思えないくらい森は明るく、数十歩先のポルルン・ポッカの姿がハッキリわかるくらいです。
光源は夜光蝶。
ありえない数の夜光蝶が木々の隙間から顔を出し、消えていく不思議な光景。
ポルルン・ポッカの目的はなんでしょうか。
隷属の仕返し? それとも故郷に帰せとの催促?
謎生物の行動の裏までさぐれませんよ。
たとえ【神話級】保有者の考えがわかってもね。
そんなロマンより、ここら一帯を術式で焼き払ったほうがいいんじゃないかとも思いましたが、これを逃してはいけないという変な気持ちもある不思議。
よくわからない警鐘が頭の中で鳴り響いていることくらい、自覚してます。
「……帰ってきたら100年後とかじゃなければ良いほうでしょう」
昔話みたいなオチはノーサンキューです。
自分は導かれるまま、ポルルン・ポッカの後を追いました。
まぁ、なるようになるでしょう、きっと。
まさかの予定ですが、好奇心があるのも事実。
もしかすると面白い情報も得られるかもしれません。




