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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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口論が始まる前から答えはもうすでに決まっている

 最後に現れた学園長の音頭によって、突発的バーベキューパーティーが開始されました。


 夏前の夜は少し肌をつつくような涼しさですが、火の元が近くにあるおかげかある程度、快適でした。

 もっとも火に一番近い自分は汗、かいてます。暑い……、しかし、これがバーベキューの火の管理人の務めでもあります。別名、損な役割。


 適当な場所に座るものの、やはり、どうしても人間というヤツは塊ってしまうものでして。

 教師は教師同士、生徒は生徒同士、隣り合っては居るもののやはり、年齢の差や立場は越えられないものです。


 すでに肉は自作の炭で焼き始め、酒も振舞われています。もちろん生徒たちはノーお酒です。未成年にお酒、ダメ、絶対。


 と、言いたいところですが、リスリア王国では未成年だろうがお酒を飲みます。

 未成年、未成熟な身体に対してお酒の有毒性、その考証などがされていないのですから法律で縛る必要もない、というわけです。


 つまり、合法。

 ですが、知っていてお酒を勧めるのもアレなので殴り倒してでも止める所存です。


「というわけで生徒諸君のお酒を禁じます」


 元々、お酒を飲めなかった境遇のセロ君、同じくエリエス君からは何の声も上がりませんでしたが、貴族らしくお酒を嗜むクリスティーナ君、商人として舐められるわけには行かなかった故に呑むマッフル君、そして、どういう生活を送ってきたのかわかりませんがお酒くらい飲めそうなリリーナ君は「えー!」と声を張りあげました。


「横暴ですわ! 不実ですわ! 暴君すぎますわ! 先生の国は絶えて廃れましたわ!」


 自分の国ってどこですか。


「圧政に対してリリーナたちは暴動を起こす構えであります。具体的には炭に水を投入するであります」


 せっかく作った炭とまだ調理途中の肉があるので、殴って止めました。


「固いことを言うな。酒を禁じるなど悪のすることだ。悪か、貴様。悪党め!」

「ヒートアップしすぎなのはお酒のせいですよね? 絶対、お酒ですよね?」


 お酒推進派のシャルティア先生からの攻性に勢いづく反勢力たち。

 武力投入は必須だと思います。


「ヨシュアン先生ぃ~。暴力はいけませんよぅ」

「大丈夫です。リィティカ先生。これは暴力ではなく神罰です」

「ダ メ で す ぅ ~ !」


 怒られてしまいました。

 あぁ、でもお酒で緩んだ瞳で怒られるのも乙なものです。リィティカ先生限定ですが。


「酒を無理に勧めるのはマナー違反だが、その逆もまた同じではないかな?」


 ジョッキで飲んでいるヘグマントからのありがたーい訓戒を頂きました。

 くっ、今回は出目が悪すぎる。


 仲間になってくれそうなピットラット先生は小さく首を振って、苦笑です。

 孤立無援ですか。

 ちなみにアレフレットは当然だろ、みたいな顔してます。解せぬ。


「わかりました。しかし、これだけは絶対です。度数の少ないものを飲むこと。原酒やシャルティア先生が飲んでいるようなものは厳禁です」

「こんなワイン、水みたいなものだぞ?」


 それでも悪足掻きとして条件を出さずにはいられない。


「水みたい、と、言っている時点で説得力なんか皆無なんですよ。水ではない、という言葉と同義です。ロック、カクテルのみ許します」

「悪しき風習は絶え、今ここに正しき法と共に新しい治世が訪れるのですわ!」


 我が意を得たりとどや顔するクリスティーナ君。

 しかし、言っている意味がわかりません。


「ねぇ、先生、どんな気持ちでありますか? 生徒に敗北してどんな気持ちでありますか?」


 殴りたい、このエルフ。


「ところで、ロックとカクテルとはどういうお酒ですの?」


 そこでも文化の壁ですかー!

 リスリアのお酒文化は原酒のみですか? ワインやビールを別の何かと混ぜるという風習はないのですか。


「ロック? カクテル? ちょーっと詳しく一席、打ってもらおうかヨシュアン!」

「おー、難しい話は終わったな! てめぇ、良い酒隠してるって話じゃねーか! 出せオラ! 今すぐだ!」


 あー、ほら。お酒魔人に捕まりました物理的に。

 シャルティア先生に首根っこに腕が回されて、メルサラに腕極められて、二人同時に酒臭い息を吐かれます。色気もクソもないです。


「両手に、はぁ~なぁ~、ですねぇ~」


 ゆらゆら揺れてるリィティカ先生から、容赦ないツッコミが。

 違うんです!? これは不可抗力なんです!


 くそ、こういうときだけ女ってのは力強さを発揮しますね。振りほどけない、振りほどけない!


 自分の知るお酒知識を披露するハメになりました。

 下戸に何させてんだ。というか自分もなんでこんなに知識を覚えていたのか後悔するハメになりました。


 そんなこんなな時間は過ぎていき、しかし、同時に自分は違和感を炸裂させていました。


 お酒に対して、クリスティーナ君やリリーナ君は文句を言いましたが、マッフル君だけは言わなかった。


 ただ、マッフル君は冷静な顔で少し考える素振りを見せていました。


 宴もたけなわになった頃合を見計らって、こっそりマッフル君に近づきました。

 すでにセロ君は眠たそうに目をごしごししていますし、生徒を返す時間も近づいてきてます。


 大人の夜はこれからですが、子供には辛いでしょう。


 この短い時間で、マッフル君の考えを聞いてみようと思います。


「それで、マッフル君。お酒について何か考えはまとまりましたか?」

「うぇ? や、そうじゃなくってさ。お酒ってさ、先生の言うとおり有害っていうなら、どうしてリスリアで禁酒するような法律を作らないのかなーってさ。関係ないことだけど」


 ほう、と、思わず感心してしまいました。


「続けて」

「えー? そんな深く考えてないんだけどさ。商人が取引するときはいつだって、相手が何を考えているのか考えてから取引しろってさ。あたしはそう言い聞かせられてるし、正しいと思うんだけど。法律で禁止しない理由って何かなー? て、考えてただけ。禁止する理由は先生が言ったようなのでも良いんだけど、さ。う~……、どういったらイイんだろー……」


 まぁ、知らないという理由が一番でしょうね。

 しかし、ここでは『お酒が未成年に有害である』という考えを為政者が知っているという前提で進めましょうか。


「禁止しないことのメリットを聞きましょう」

「そりゃ……、お酒が呑める?」

「ぶー、不正解です。0点です。失格です」

「なんで!?」

「商人なんだから、商人らしく考えてみたらいいんですよ」

「……もしかして、取り扱う商品が増える?」

「正確には取り扱う商品の選択肢が増えるです。お酒も立派な商品で、それを取り扱うかどうかを商人が決められる、ということは流通にそれだけの自由がある、ということです。流通に自由があれば、それだけ経済が活発化しやすい。単純な図式すぎますが、そう考えてもらっても良いですよ。ただ、自由すぎるとダメという理由はわかりますね?」


 これはすぐに答えが見つかったのか、身を乗り出すように答えてくれる。


「麻薬! 危ない薬! 違法な術式具! 危ないもの!」

「流通してしまえば危ない、国の存亡に関わる、災厄の種となる。そういったものを禁止するのは国の衰退を止め、危機を未然に防ぐことができます。これが禁止する理由の一つです」

「んじゃぁ、お酒は? 酔っ払いが喧嘩騒ぎして人を殺すことだってあるじゃん」

「そうですね。お酒は人を狂わせることもあります。では、それを理由に禁止したらどのようなことが起こるか、わかりますか?」

「え……?」


 これはちょっと難しかったのか、苦しそうに考えています。

 難産ですねー、ちょっとセクハラ臭い感じになってしまったので自重しましょうか。


「ここらでヒントをもらいましょう。はい、そこでチビチビ飲んでるアレフレット先生、答えを全部言わずに分かりやすいヒントになるような答えを期待します」

「なんでそんな無茶なフリをするんだお前は!」


 急に振られたアレフレットが慌てて足を動かしていました。

 そんなにビクつかなくても……、そんなに筋肉担ぎがトラウマだったですか?


「さぁ、早く答えて! さぁさぁ、早く! あと十秒!」

「急かすな! 酔ってるのか、この下戸男ッ」

「じゅー、きゅー、はーち……」

「だから急かすな! 簡単だろう、このパーティーが一つの答えだよ」


 さすがに歴史学者。

 すぐさま一番、優れた答えを導き出したようです。


「他の答えを思いついた方はいらっしゃいますか?」


 ついでなので、もう一つくらいヒントをあげようと思います。

 そう思ったら、すでにシャルティア先生が語る構えに入ってました。怖ぇ。


「他にも禁酒することでメリットを得られる理由があれば踏み込む動機になるな。例えば外国の酒が売れすぎると自国の酒が売れなくなる。となれば国家間の流通に赤字とまではいかないが相当、不利な条件を背負わせる理由にも成りかねん。具体的には酒への関税を強化されるだけで我が国の酒造業や流通に携わる商人は大ダメージを負うことになるだろう。そうなれば、金という力に制限を加えられてしまう。未然にダメージを防ごうと思ったら禁酒も一つの法だろう。もっとも個人的には悪法としか思えんがな」

「ふん。これだから頭が酒で発酵したバカ女は単純でいいな。そうなる前に職人の育成を務めるのが為政者だろうが。他国との競争に負けてる時点で悪法に決まってるだろう。外国の職人を奪うだけでも酒造競争は有利に進む。職種による職人保護法をかければいい。そうなれば国民に対してダメージを与えずに流通の活性にも繋がる」

「バカは貴様だ。バーベキューという慣れない形式で頭まで狂ったか、図書院の愚者。あくまでヨシュアンの質問に対する最適解を提示したまでだ。それを足元を掬ったような持論を暴露するなど失笑ものだ。大体、貴様の答えは消費者のことが一切、考慮されていない。職人の誘致だと? 保護法だと? そのような国民に不公平感を与える法で国民の労働意欲を削ぐような真似をするから悪法と呼ばれるのだ。酒を買う消費者層はどこだ、お気楽で怠慢な貴族層か? あんなものは表層でしかない。もっとも多くの酒を消費する層はもっとも分厚い中流層だ。大体、技術だけあげてどうする。自国民には自国民なりの酒の嗜好というものがある。単純な外国主流の酒造で消費力を下げてしまったら技術などただの飾りに等しい!」

「言ったな! 数学宮のバカ女! 自国の技術を外国誘致者に特権として技術猶予すればいい! 自国の味くらい技術があれば――」


 大人は政治の話が大好きですねー。


「わかりましたか?」

「ぜんぜん」


 真顔でしたよ、おい。


「後半部はともかく、アレフレット先生の最初に言った言葉をそのまま考えるといいですよ」

「えー……、この摩訶不思議パーティーがどう繋がるっていうんだよー」


 バーベキューのどこか摩訶不思議ですか。

 マッフル君もお肉、食べたでしょう? 美味しかったでしょう? タレとかお手製ですよ?


「まぁ、こうやって発散する場も大人には必要だということですよ。そのお手伝いがお酒です」

「じゃぁ、それを禁止したら……、発散する場所がなくなる? そしたら、そしたら」


 良くない方向に行く、ということまでは想像ついたようですね。


 禁酒による法律の設立はたとえメリットがあろうともやってはいけない。

 生活に疲れた部分を吐き出す出口をふさげば、結果、どこに向かうかなんて簡単な話ですよ。


 法律を作った国そのもの。

 不満のハケ口は当然、国へと向かい、国への忠を失わせる契機になります。

 そうなれば国に忠を尽くそうとした者たちがどういうことに走るか。


 その答えの一つは、内紛という形。


 あの内紛は禁酒によってではありませんでしたが、それに匹敵する仕打ちを国民に与えていました。

 結果が今で、良い方に向かったのでしょうが、それでも流れた血は川を作るくらい、深くて長い。


 おっと、変な思考に走ってしまいましたね。

 今は過去に思い馳せるべきではありません。 


「まぁ、今はダメだとわかれば十分です。ただ、理由があり、理由を作るのは大抵、人です。マッフル君の切り口はとても良い考えであり、同時に想像力が足りていません。もっと多くを考えなさい。もっと多くを学びなさい。そして、多くの想いに触れなさい。喜怒哀楽、感情の全ては術式につながります。君がそう考え、想うこと全てが術式へとつながって成績アップです」

「最後で台無しだー!?」


 本格的にセロ君が眠たそうです。

 生徒たちのみ、お開きにして、帰ってもらいましょう。

 もちろん、夜道の先導もしなければなりません。


 学園長にそれとなく目線を送ってみると、小さく頷かれました。

 OKサインが出たようです。


 宴に関しては……、ヒートアップしてる二人が舌戦を繰り返していることですし、長引きそうです。


 自分は……、まだ材料も残ってることですし竈でおツマミでも作りましょうか。


「そろそろ君たちはお開きです。明日に疲れを残さないように、ちゃんと眠ってくださいね。宴のテンションを引きずらないように」


 リリーナ君がそれとなくセロ君を抱きあげて、エリエス君も淀みなく立ち上がります。

 クリスティーナ君はちょっとふらついてますね。あれだけ飲むなと言ったのに。

 そして、まだ考え続けているマッフル君を伴って、寮へ。


 寮に吸いこまれていく生徒たちを見送って、自分はまた宴に戻るのでした。


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