簡単な炭の作り方
マッフル君が生徒たちを連れてきたので、下ごしらえを全部、生徒たちにお任せ。
自分はセッティングに回りました。
というわけで、ここは【宿泊施設】、教師の寮の中心点。
以前、ヘグマントと格闘したあたりです。
ここをバーベキュー場にするつもりです。
バーベキューセット、あるいはキットの内容はそう多くはありません。
金網と竈、燃料となる木炭の三つです。
金網は大盤を借りてきた時に一緒に借りましたし、竈はそこらの石で適当に作れます。
問題は木炭ですね。
別に木炭でなくても、煙や匂いの少ない燃焼物ならなんでも良いのです。
最悪、術式を使い続ける耐久レースを実施するハメになります。
それだけは避けたい。
さすがに焼肉しながら術式使って、教師たちのお相手してられません。
ましてや生徒も含まれているのです。
自分が食べるヒマもないじゃないですか。
そこらの木を切って中の水分を吹き飛ばし、赤属性で炭化させてしまいましょうか。
「リスリアの一般的な燃料は大体、薪ですしね」
さっきもあげた通り、術式の火を使った料理もあることはありますが、やっぱり現在進行形で使い続けるような無茶なやり方はありません。ありえません。あってたまりますか。
数は少ないですが、石炭での調理法もあります。
しかし、石炭よりも木炭のほうがコスト面で優れますし、その木炭も薪に遅れをとります。
煙が少なくて、遠赤熱に富んでいる燃焼効果のある物質で、今すぐ大量に用意できるものですか。
なんだか最初に比べて、難易度が上がってるような気がしますが気のせいです。
悩みながらもベルガ・ウル・ウォルルムで肉体強化、パッパと石造りの竈を作っていきます。
横に長い凹状の竈を組み上げ、金網を載せて基本形は完成です。
「見た目こそ違うが遠征の頃を思い出すようだな」
いち早く現れたのは肉……、ではなく、ヘグマントでした。
「突然、招いてしまって迷惑しませんでしたか?」
主に食事的な意味で。
その日の朝に夕食の仕込みを用意する人もいますしね。
予定が狂ったりしたら事です。
自分も大人なので、この辺りの心配りは忘れません。
「何、いきなりで戸惑ったが食費は全てヨシュアン先生が持つと聞いたしな。むしろその言葉は俺が言うべきか。ともあれ、馳走になる」
「えぇ、思いつきのようなものですしね。お気になさらず」
大人な社交辞令は終了。
ヘグマントの興味を引いたのはやっぱり竈でした。
「皆の前で調理をパフォーマンスにするとは、変わった国で生まれ……、そうか、南方でそういった調理法があるという話を昔、聞いたことがある。たしか、ケネブ? ケベドゥ?」
「あぁ、それは」
おそらくケバブのことでしょう。
肉を固めて棒を突き刺し、炉の中でひたすら回転させるアレですね。
アレも長時間、熱する料理ですから屋外での調理が基本です。
「ケネディだ!」
「ちがいます」
あぶない、あぶない。
その名前は危険です。色々と。
具体的にはどこぞの倉庫の前で狙撃されます。
「リスリア出身ではないのはわかっていたが、南方出身者か。なら内紛時は傭兵の身分で入国した。そうなるとヨシュアン先生の強さもよくわかるな」
「あー、自分はちょっと特殊で」
ケバブの話はもういいのか。
いつの間にか自分の出自の話になってしまってるぞ、困った。
「色々あって流れ着いた感じです」
「漂着民か。む、そうか。確かに武の動きはリスリアを元にしている節があったな。色々と自分なりのスタイルに変えているようだが、なるほど。合点いった」
呵々と笑っているところ申し訳ないが、自分的にはまだ作業が残っている。
特に火の問題を解決しないことには下手すれば自分、長時間、術式マラソンですよ。
「ヘグマント先生。行軍訓練中はやっぱり火を起こすのは薪を使いましたか?」
「薪以外はさすがに思い当たらないな。薪ではダメなのか」
「煙の出るものだと炭っぽい味になりますよ」
「それは一大事だ。どうにかならんか?」
「無酸素状態で一瞬でガラス化させるほどの火力があればぁ、炭は作れますよぉ」
マタニティドレスっぽいワンピースにケープをかぶせただけのお姿は、迷える子羊に叡智を授けてくれる知恵の泉リィティカ先生でした。
「ようこそリィティカ先生。お早いお着きですね」
「家の目の前ですよぅ」
夕日を正面から受けて、愛らしい微笑を浮かべるリィティカ先生。
赤く染まった姿が、何やら頬染めのように見えて、なんというかお美しいです。
そして、ちょんと畏まったように背筋を伸ばして、カーテシーを披露してくれる。
優雅とか美麗とか、そういうのではありません。
かわいい、そう、かわいいカーテシーでした。
ちょ、家に持って帰っていいですか?
「お招きいただき光栄ですぅ」
「招待客参加型パーティーみたいなものですので、無礼講で行きましょう」
「アットホームな感じなんですねぇ」
すごく、前向きに評価されてます。
どうしよう、結構、このバーベキュー、ぶっつけの思いつきなんですけど。
「ところでさっき、言っていた炭の作り方ですが」
「はいぃ。錬成でも炭を使うものがありますからぁ、それで知っていたんですよぅ」
「熱量はどれくらい必要ですか?」
「えーっと、錬成炉くらいなら普通に作れますねぇ」
錬成炉の温度は鉛、錫、亜鉛は溶かせるけれど、鉄は無理。
となると、400度前後が理想値ですかね。
「木精を抜くためにぃ、使うこともありますからねぇ」
なんとも、ほわわんとした説明です。
ちなみに木精とは、木酢液の原液になる茶褐色の液体、タールのことです。
さて、癒されながらも思案のしどころです。
400℃以上なら、術式でも容易く出せます。
えー、敵をプレートアーマーごと焼き殺す術式は……、メルサラも使っていた地雷術式のエス・ブライオムは800℃。上級の中でもちょっと上くらいの術式なら余裕で土の融点を超えますから、上級術式の中レベル程度でも十分だという計算です。
「参加型か。うむ。ならば俺も何か手伝おうか!」
「そうですね。まだテーブルの準備が出来てません。リィティカ先生をずっと立たせ続けるわけにも行きませんので、椅子も用意してもらえると助かります。倉庫に二~三個ほど簡易椅子を用意してますが、足りないと感じたらどこかから調達してきてください。オススメの調達所はアレフレット先生の家です」
「ぬぅん! そのミッション、承った!」
「自分は薪を集めてきます」
快い返事です。きっと数分後にはアレフレットの悲鳴も聞こえるでしょう。
さて、目下、考えるべきは無酸素状態、あるいは酸素不足による不完全燃焼を起こす方法ですかね。
これは緑の属性、対流を操る術式で薪周辺の酸素を追い出して、その上で赤属性の術式を包みこむように燃やせば、擬似的な炭焼き窯を再現できるはず、です。
問題はあまり時間をかけられないことでしょうか。
炭が煙を出さない理由は炎を出さないからです。
最悪、薪の揮発成分だけ燃やせれば、あるいは。
いや、どちらにしても、一人でやるには荷が重い。
上級術式を使いながら酸素を追い出すような繊細な術式を使わなきゃいけないのです。
いくら同時に術式を使えても、この作業は厳しい。
考え事しているうちに薪を集め終わってしまいました。
やることがなくって、やるべきことばかりあるこの状況はなんとも如何し難く……、
「どっせぇぇぇぇーい!!」
……なんか空から変な声が聞こえます。
そう気づいた時には赤の防御結界でリィティカ先生を守り、飛んでくるだろうメルサラ相手にリューム・プリムで迎撃していました。
「なんのぉ!」
空中でリューム・プリムを蹴っ飛ばしましたよ、あいつ。
つくづく非常識な女ですね。
とはいえ、理由というか原理はわかります。非常に高度な術式技術ですね。
内源素の抗術式力を極限まで高めて、リューム・プリムに干渉したんでしょう。
自分も似たようなことが出来ますし、驚くほどではありませんが空中でやるな。
弾かれて、遠くに着弾した煙が見えます。
あそこに誰かいないことを祈りましょう。
しかし、事態は良いほうに向かってくれました。
リューム・プリムでメルサラの勢いが落ちたおかげでしょうか。
以前、リーングラードに来たときみたく、爆熱を撒き散らすようなことはなかった。
「その危ない登場、リーングラードでは禁止です」
「なんだとぉ!? テメェはオレをパーティーに呼ばねぇですっとぼけたことヌかしやがってよぉ!」
「パーティーにお呼ばれされたかったのですか?」
「人の金で飯食えるのが嬉しいんだろーが!」
無駄に男前です。
「ともあれメルサラ、学園、破壊、禁止、罰則、ダメ、絶対」
「……チッ! わーったよ。ただし! タダ飯食わせろコラ!」
「何がただし、ですか。メルサラも手伝ってもらいますよ」
「あ? なんで飯がねぇんだよ!」
人の話を聞いてください。
「炭が足りません」
「よし。そこらの木を燃やすか」
「大火事になるので禁止です。大災害ですよ、大災害。燃やすのはこの薪です」
山積みした薪を指差して、示してやります。
どうして同僚にまで先生みたいなことしなきゃならないのか。
「揮発成分。つまり、薪が燃える要素だけを燃やすことはできますか?」
「あぁ? んなめんどくせー操作しねーよタコ」
「赤の属性のプロフェッショナルでしょうに」
「あー、ほんっっっとにめんどーなヤツだな、お前。おい恋人。火力だけ出してやるから制御やれ」
「合成術式ですか」
戦略級術式を百名以上の術式師が構築するように、異なる人同士で術式をつなげる技術はそう珍しいものではありません。
むしろ、一番初めに作られた技術の一つとも言えます。
「オレからすりゃ、燃えるもんは全部、燃えるんだよ。狙ってんなもんできるかっつーの」
このあたりは認識の違いですかね。
成分を燃焼に結びつけるのと、燃焼で個体を結びつける違いというかなんというか。
簡単に言えば、メルサラ、おおざっぱすぎです。
「術韻はベルガ・エス・フラァウォル。術式はお任せします。制御系だけは空白で。自分がいじりますから」
「ベルガ・エス・フラァウォルっつーことは、全体放出火力だぁ? 焼き尽くすってーんなら話は早いじゃねぇか」
「普通ならそうでしょうが、こっちでリューム・ウーラテレスの三重かけします。それから制御系の操作です。酸素を抜くので燃焼力はありませんが、リューム・ウーラテレスが隔てる空間内部の熱量だけなら相当なものがあると思ってください。それとリィティカ先生は抗術式力に自信が無ければ直視を避けてください」
「は、はいぃ」
頑張って目を瞑るリィティカ先生は可愛いですね。
三重かけは、空気の層で窯を再現するためです。
まず、一つのリューム・ウーラテレスで薪周囲を無酸素状態にし、もう一つでベルガ・エス・フラァウォルの熱量を内側に押さえこみます。さらに表面に熱を逃がさないように放射熱を無理矢理、分散させます。主に上空に。
制御系はメルサラがやりすぎないようにリミッターをかけるのと、範囲の限定だけに絞ります。
これで熱伝導さえ完璧なら、短時間で炭が作れる……、んじゃないでしょうか?
やってみなければわかりません。
「では、行きますよ」
メルサラの周囲に広がる術陣。ポッカリと一部分だけ陣が空いてます。
そこに自分も源素を伸ばして制御系の陣を描きます。
そして、最後にリューム・ウーラテレスを三つ重ねて、地味に制御系陣だけを変える。
「ベルガ・エス・フラァウォル!」
メルサラが火力を放出し、赤く染まる球体が薪を包む。
うっわ、放射熱だけカットしたとはいえ、近くに溶岩でも流れてきているような危機感。
しかも、眩しすぎて目がチカチカしますね。
もう少し、内源素の強度をあげるべきでしょうか。
いや、あげておきますか。
「おい、いつまで続けんだ」
「燃えきるまでですが……」
いつまで、と言われたら……、いつまででしょうね?
『眼』を開いて『源理世界』の色彩を視る。
赤い繭の中に緑の粒がたくさん転がっている。
これが薪でしょうね。
薪から小さな青の源素も飛び出していくところを見ると、少し残っていた水分が飛んでいっているのでしょう。
赤い繭の影響で緑の源素が一つ、一つと崩れていく。
壊れた緑の源素は徐々に彩度を失って、個体のような硬さを持つ『くすんだ緑』へ。
茶色に近い緑の源素、あれが木炭、でしょうか?
やがて、全ての緑の元素が茶色っぽくなったところで、術式を止めました。
黒焦げた土、熱が肌をジリジリと焼くその中心。
黒い物体が転がっていました。
「……完成ですかね?」
「あー?」
ズカズカとメルサラが炭っぽいものに近づくと、その一つを思いっきり、踏み潰しました。
「おう、炭だな」
リィティカ先生も終わったことに気づいたのか、ちょっと近づいて、炭の様子を見ている。
「ちょっと品質は悪いですけれどぉ、炭ですよぉ」
「そうですか……。いや、もうやりたくないですね」
下級とはいえ、三つも重ねがけ、制御系も負担しましたし、下手な戦略級より疲れます。
「錬成の実験もそうですけれどぉ、お料理でも使いますしぃ、炭を作れる人を探してぇ、炭焼き窯を作ってもらいましょうかぁ?」
「そうしてもらったほうがいいですねー」
もうなんでもいいです。
身体がだるーい。
「先生! 下ごしらえできたよー!」
マッフル君が自分の家から顔を出して、手を振ってます。
「ヨシュアン先生! アレフレット先生と椅子を確保したぞー!」
「は な せ ! 僕を担ぐんじゃない! というかいきなり家に入りこんで椅子と僕を拉致するパーティーってなんなんだよ!?」
ぐったり膝をついている場合じゃない。
「おや、ずいぶん騒がしくなってきたが、もう始まりか? なかなか楽しそうになってきたじゃないか。なぁヨシュアン」
バーベキューはこれからなのです。
続々と参加者は現れてます。
いや、もう、終わらないかなぁ。
始める前に精魂尽き果てそうですが、気力を尽くして自分は立ち上がります。
あっれー? バーベキューってこんな修羅な感じでしたっけ。
自分は故郷のことを思い出しながら、バーベキューという名の戦地に足を踏み入れるのでした。




