料理は愛情、食欲は煩悩
肉を生で持たせるものではないと、今では反省しています。
いくらオシオキでも、制服が油でベタベタになってしまったのを見て軽く罪悪感。
「……先生さ」
「……こういうのはどうかと思いますわ」
「うん。ごめんね」
素直に謝りました。
とはいえ、このまま油ぎった服を着させるわけにもいかないので、マッフル君とクリスティーナ君は一時帰寮。
匂いや汚れの気にならない服に変えてくるようにと言い渡しました。
また寮長さんに洗濯をお願いするように一筆を書いたものを持たせ、一度、お開き。
二人が着替えている間に、肉に塩を塗りこんでいたり、野菜を洗ったりして前準備。
【大食堂】から借りてきた大盤に肉を置いていく地味な作業の途中、私服に変えてきた二人が帰ってきました。
「でさー、先生。こんなに肉を買いこんでどうするわけ」
「教師陣全てとしても六人分って量ではないですわね」
こんもり山になってますからね。
野菜はまるで森のようです。正直、買いすぎたとは言えません。
これを消化するためには、もう少し人数が必要です。
後で学園長やウチの生徒も呼びましょう。
「もちろん、野外料理の定番、バーベキューですが何か?」
バーベキューと聞くと、自分は野外でワイワイと喋りながら肉や野菜を直火焼きで調理する、娯楽の一種を思い浮かべます。
元々、野外で長時間、肉を丸焼きにして食べる習慣がいつの間にか野外パーティーみたいな行為に変化していたなんて余談も余談でしょう。
夏はやっぱり小川の裾野でバーベキューなんか風情でしょうに。風情でしょ?
問題はいつだって身近なところにあります。
「バーベキューって何?」
予想外の返答が飛んできました。
「バーベキュー、という料理なのはわかりましたが、どういうものですの?」
通用すらしない有様です。
「先生の故郷ではよくある調理法でして」
「そういえば、先生はどこの生まれですの。リスリア人ではないと思ってましたが」
「遠く離れた、どこでもないどこかですよ」
「意味がわかりませんわ」
適当にはぐらかしてみたものの、クリスティーナ君の瞳は絶対零度なのでした。
出身地なんて別にいいじゃないですか。知ってもどうでもいいことです。
それよりも衝撃的事実、バーベキューが通用しないところです。
あっれー? リスリアでも野外料理とかやりますよね?
「グリル・エンヴィルをしたいというのなら、この家のグリルオーブンでは足りませんわよ。これだけの量をグリルに詰めこむのですから、何度も入れなければならないでしょうし」
勝手知ったる恩師の家、と言わんばかりにグリルの調子を確かめているクリスティーナ君。
さて。リスリア王国でのバーベキューをグリル・エンヴィルと呼称しています。
あくまで自分の中では、そう等号記号で結びつけられると思いこんでいました。
実際、確かに変だと思いました。
昔、グリル・エンヴィルに参加したとき、どこにもバーベキューキットみたいなものはなかったですし、野外で調理なんかしてませんでした。
調理場でこしらえた料理を持ってきてテーブルに並べていたのを思い出します。
つまり、リスリアでは純粋に外で調理することは戦地か行軍訓練くらいしかない、のですかそうですか。
リスリア王国に住み始めて何年ですかね?
もう7年近いっていうのに、カルチャーショックです。
ちなみに冒険者の食事は大抵、携帯食料やスープが基本です。
本格的に肉なんか焼いてたら、匂いで別の何かがよってきますよ。
「先生の生まれた国の文化なのですが、そうですか。似ているからてっきり、そういう文化がリスリア王国にもあったものかと思っていたのですが」
「先生の生まれの文化……、ですの?」
「えぇ、先生が異邦人、もとい、異国人なのは知ってますよね?」
これは見た目でもよくわかるのですが、リスリア王国近辺の人種の肌色と自分の肌色は少し、違うのです。
自分は南方の種族やハイランダーに近い色合いなので、リスリア王国の『白絹のごとし』と自画自賛している肌とは全然、違います。
南方の人種に近い、とはいえ、色黒ではありませんけれどね。
口さがない言い方をすると『くすんだ肌』とか言われる肌色ですね。
とはいえ、現在、そういう肌色の違いで差別や区別とかはありません。
現在のリスリア王国は人肌の種類が豊富です。
メルサラを代表にしてしまうとアレですが、傭兵や商人などの大規模な人の出入りがあったせいで生粋のリスリア人種のほうが少ないのですよ。
ついでに先の廃止された奴隷制のせいで複数種の人類が流入する事態を引き起こしています。
つまり、アレです。リスリアは人種のサラダボール……、ほどの多文化共存状態ではないです。
強いて言うなら『人種のサラダボール(薄味)』でしょうか。
リスリア王国の文化に他の文化が折り合いつけながら暮らしている形態です。
リスリア王国の文化ありきなんですよね。キャベツ増し増しですね。
「サラダボールで思い出しましたが、肉とサラダ以外に何か欲しいものありますか? ツマミ一品はともかく、その他です」
料理の手伝いでもしようとしてるのか、どこからともなくエプロンを取り出し、着用しはじめたマッフル君。
意外そうな顔でこっちを見てくれます。
「先生がまず何がしたいか説明してほしーんだけど。肉を焼くの? 煮るの?」
「あー、バーベキューというものを説明しておきましょう」
ようするに野外で金網を使った肉の直火焼きを複数種のタレで味付けして食べてもらうセルフサービス系の肉料理です。
もちろん、火を通すものならなんでも食べられるので、買ってきた野菜も焼くものリストの内です。
「わざわざ外で料理してどうなさるおつもりです」
「それが楽しい……、か、どうかはさておき、まぁ深い意味はないでしょうね。元々は長時間拘束される料理ですからね。文化に深い意味を求めても、正しいかどうかわからない曖昧な理由しかないものですよ」
貴族の夜会にしたってそうですよ。
貴族が他の貴族に対して、財力やコネクションを見せつけるためと言えば聞こえがいいですが、自慢したいだけ、とか、皆やってるから、という理由でも片付けられます。
大体、あの手の文化の理由は後付けです。
それっぽくて聞こえが良かったらなんでもいいんですよ。
特別授業っぽいことしながら、作業分担しています。
バーベキューの説明からマッフル君は肉を一口に切ればいいのだと理解し、肉切り担当。自分はカットされた生肉を大盤に並べ、一つ一つ、部屋の空いている場所へ。もちろん虫がつかないように虫除け網をかぶせてあります。
簡単な手順だったのがマッフル君の性にも合ったのでしょうか。
結構な手際で肉が刻まれていきます。
「自文化に誇りがあることはいいことですよ。ただ、固執したところで良いことはないでしょうね。取り入れられる部分があるのなら積極的に文化交流していくべきでしょう。そういえばバカ王、もといランスバール王も同じように多文化の良い部分を取り入れようとエルフとの交流を考えていますね。リリーナ君が居るのもいい例ですよ」
カット肉が一定量に集まるまで、シャルティア先生用のおツマミなんかつくります。材料は肉に夏野菜、主食が焼き肉なので炭水化物が基本ですかね?
「ふーん、リリーナがいるのって、そういう意味があんのかー」
「今一つ、要領がつかめない相手なのが欠点ですわね」
「おい、リリーナを悪く言うなよなー」
「べ、別に悪く言ったわけではありませんわ。それとも貴方はリリーナが掴みやすい相手だと思ってらっしゃるの」
「取っ手が付いてたら便利そうだよな。リリーナに関しては」
言いたい放題ですよ。
悪意を感じられないので、たぶん、彼女らなりの愛でしょうね。
こうして噂に出るのも一定の興味の現れですよ。
台所の下から乾燥パスタを取り出して、鍋で茹でます。なるべく柔らか風味に。
同時に空いている竈でお湯をつくります。
麺を待つ間にトマトを果肉の途中まで十字にカットして、後は手でむしります。荒いほうが良いんですよ。おおよそ20個くらいでいいでしょうか? 他の人も食べるでしょうし。
さっと湯通しし、すぐに氷水で冷ます。
この時、使用した術式は『リオ・ラム・ウォ』。エリエス君やリリーナ君の頭に降り注いだオシオキ術式の下位互換版です。親指大の氷を作り出すのに向いてますね。
にんにくのすりおろしに刻みバジルを混ぜて、一端、置きます。タレの一つですね。
そして、肉の盛りつけ作業に戻り、パスタが整い始めたら再び調理に戻ります。
大きな皿の上にパスタをどさりと座らせます。オリーブオイルを混ぜながらかき混ぜます。
注意点はよく馴染むように。表面の油が保湿の役割を果たしてくれます。
あと本来ならばパスタは冷水に浸すところですが、あえて止めてます。どうせ冷めるでしょうし。
あとはトマトとさっき作ったタレをあえて、出来上がり。
夏トマトの冷パスタの完成です。
ワインによく合うと思うのですが、自分は呑めないので想像です。幸い実験対象は確保できてますしね。
「先生、包丁つかうの面倒だからハサミでいい?」
「切れたらなんでもOKとしておきましょう」
「不清潔ですわ! ハサミなんて!」
「ところがクリスティーナ君。ハサミを使う料理もあったりするんですよ」
「……へ? どんな料理ですの」
「肉料理です」
「また肉……、太りそうですわ」
と、一品仕上げている途中、クリスティーナ君は何をしているかというと。
クリスティーナ君は肉の感触がイヤなのか、野菜担当に収まっています。危ない手つきでざっくらばんに旬の野菜が悲鳴をあげる。
ときどき手元が危ないのを注意しないと。
まぁ野菜なんてものは調理の仕方さえ合ってれば切り方なんて適当で良いのです。その分、サラダの盛り付けにはセンスを遺憾なく発揮してくれていますね。
具体的にいうと、直立不動のサラダスライムでしょうか。
ちょっと怖がりながら摘んでみましたが、素材の味とドレッシングの味がします。
つまり、悪いのは見た目だけですね。良かった。心底、良かった。
「汚れてもいい、匂いがついてもいい、ということはもしかして」
クリスティーナ君が何かに気づいたように声をあげました。
はい、たぶん、正解です。
「肉を焼く煙の匂いが服についたりします」
「……ありえないことを聞いてしまうのですが参加者全員ですの?」
「もちろんです。参加者の目の前で焼きますからね。ドレスで来た人は指差して笑う対象ですよ」
「今のうちに先生方にその説明をされたほうがよろしいと進言しておきますわ」
ん? 何故かクリスティーナ君はジト目です。
「先生はきっと野外で食事としか伝えていないでしょう。それで思い浮かべるのはグリル・エンヴィルですわ。下手をすれば正装される方も」
うっかりでした。
もしもリィティカ先生を着飾る服を二度と着れないものにしてしまったと考えたら、自分が衣服になるしかないじゃないですか。
包みこんでやりますよ、役得です。
と、幸せな未来をトリップしてはいけない。
急いで対処をしなければ自分は無作法者というレッテルまで貼られてしまいます。
「マッフル君。肉を切ってないで、急いでお隣さん方にバーベキューでの作法を教えてあげてください。間違っても正装しないように、普段の汚れてもいいような格好で気軽にご飯を食べに来てと伝えてきてください。ついでなので他の生徒たちも連れてきてください」
「がってん! じゃ、クリスティーナ」
マッフル君がエプロンと包丁をクリスティーナに押しつけてミッションに向かいました。
君の肩に自分の未来がかかっています。
失敗しても許しましょう。その場合、リィティカ先生にのみ失敗を許します。
リィティカ先生のドレス姿、見てみたいですしね。
「それじゃ、クリスティーナ君。マッフル君がやってた作業に……、クリスティーナ君?」
野菜の盛り付け役は薄い血のついた包丁を持って、うろたえています。
「もしかして肉を切ったことはないのですか」
「バカにしないでくださりません! さっきまで見ていたのですから、この程度、この程度……」
震えながら肉を凝視する様が怖いので後ろから包丁を取り上げました。
代わりにハサミを渡しておきましょう。
「何も考えず、一口の大きさでロース辺りを切ってください」
「……これはもう、料理とは言えませんわね」
肩を落とさないように。
でも、クリスティーナ君の料理スキルに適した作業だったのでしょう。
無骨な肉の塊が生産されるのを見て、安心している自分は完全に染まっていると思います。
「実のところ、クリスティーナ君が壊滅的料理の腕前だったりしたら、どうしようかとヒヤヒヤしてました」
「お母様が料理が好きな人だったのですわ。私もお母様の料理姿を見て、手伝いをしたがりましたもの。もっともお母様は一度も私に包丁を握らせてはくれませんでしたわ」
「あー……」
納得できるものがありますね。
今もロース相手にハサミを握るクリスティーナ君ですが、作業に集中しすぎて料理に向いていない。
料理に必要な集中力は、複数の作業を同時にこなせる『集中の分散力』が必要ですからね。矛盾とも言える集中力ですが、ようするに複数の処置を一本道に仕上げる力というべきでしょうか。
自分のように平行思考ができれば、集中力を二つに割ることもできますが、普通は独立する作業を効率よくこなすための筋道を考えるものです。
自分がパスタを茹でながら、次にトマトを湯通しに使うお湯をあらかじめ別の竈で作っていたりするのもその一環です。
「クリスティーナ君は一つに集中しすぎる傾向にありますね」
「どういう意味ですの?」
「前のめりになりやすい、ということです。時に身を引き、全体を見渡す余裕が必要なのですが、一つに囚われすぎて全体を見渡すことを忘れてしまうのです」
「そんなことはありませんわ。こうして、肉を切りながら、新しいサラダの盛りつけを考えてますもの」
「それはただの注意力不足です。現に今、指の位置がハサミの刃の前ですよ。危ない」
「うっ……」
「肩に力を入れすぎないほうがいい、ということですよ。何事も全力でやりたがる君だからこそ、8割の全力で今の集中力が使えるようになりなさい。残り2割はその場を支配するのに使いなさい。誰もが全身全霊でやればなんでもできますが、何もかも出来る人は少ないのです」
しかし、こんなことを言われたところで、具体的にどうやっていいかわからないに違いない。
「そうですね、差し当たって今は肉を並べやすいように完成形を思い浮かべながら、ハサミを振るってみたらどうですか?」
ちょっと首を傾げ、でも、やり方がわかったのか、こくん、と頷く。
しかし、他の生徒の前だと意地を張りますが、二人っきりになると素直ですね。
やっぱり以前のことがきっかけなんでしょうか。
懸命に肉をカットしていく生徒をよそに、外はだんだん、赤みが強くなっていく。
そろそろ、バーベキューキットの設置に取り掛かっても良い頃合でしょう。
椅子も必要でしょうし、作業は山積みです。
マッフル君が生徒を連れて帰ってきたら、ここは任せて現場のセッティングに行きますか。
ごとん、ごとん、と肉らしからぬ音が聞こえる中、自分は次の作業にとりかかるのでした。




