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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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肉を罰せよと偉い人は言いました。

 ここは統括職員室の談話室。

 もっとも現在では説教室に変わり果ててしまっていますが。


「というわけで、神経を使う部分を極めて間違っていますクリスティーナ君。精密な技術が要求されるとわかっていながら周囲の状況に気を配らなかったのなら、いくら言い訳しても通用しません。リィティカ先生にも迷惑かけてどう落とし前――は、ともかく、大惨事になるところだったのですから自覚ありますか?」

「……それは、その、この愚民が」

「黙らっしゃい。素直に非を認めなさい。ちゃんとリィティカ先生にごめんなさいなさい」

「うぅ……」


 絶賛、正座中のクリスティーナ君&マッフル君。

 ピットラット先生には悪いですが、やっぱり怒らないという選択肢はありえそうにありません。


 セロ君がもしも悪いことをしたら、ちゃんと怒れるかどうかが問題なのですけれど。


 ともあれ、リィティカ先生が怒られた分だけ、この子たちにも怒られてもらいましょう。


「ニヤニヤしている場合ではありませんよマッフル君。君も君で大いに問題があります。リィティカ先生の話を聞いて、どうして分量を多くしようとしたのです。リィティカ先生が提示した分量やレシピはちゃんと皆が危なくないように調整されているのです。それを勝手に変えて、周りに被害が出ています。今回は誰も深刻な事態になりませんでしたが、もし、酷い有様になってしまったらどう責任を取るつもりですか」

「だって、お金がないって話だからちょっとでも協力したげよーかなーって」

「あくまで予算が通常より下回っているだけです。来月には回復の予定ですのでマッフル君が気を回すようなお話ではありません」


 大嘘ですけれどねー。

 自分の案がうまくいっても来月も赤字ですが何か。

 しかし、半年後ぐらいには元に戻る算段ではあります。


 うまく回れば、の話ですがね。


「君たちが学園に居る以上、君たち自身の第一は学業です。わかりましたか?」


 仲良く黙って目線をそらすんじゃありません。


「そ、それはもちろん? ハイルハイツ家の者ならば、男女問わず文武とも優れているに越したことはありませんわ」

「……はーい。もーしませーん」


 言葉よりも態度は不満そうです。

 クリスティーナ君は正しいと思ったことをして怒られたから。

 マッフル君もまた間違ったとはいえ、褒められると思っての行動でしょう。


 結果が伴わなければ、正しくても良いとは限らないのです。


 この子達は基本、悪気だけはないのですから始末に困ります。


「あー、始末で思い出しました」


 とたんにビクリと肩を震わせる二人。

 正座していてもすぐに走り出せるようにと重心を変えたのが丸分かりでした。


 逃げられると思うな。


「先生! そんなことより晩御飯の話してたじゃん!?」

「そうですわ! 先生、手ずから料理するとは意外も意外でしたわ、興味ありますの!」


 必死で話題を変えようとしている、この哀れな山羊たちをどうしたらいいものか。


 普通なら問答無用で、びりびりハリセンに頑張ってもらうところですが。

 怒り続けるのも疲れるものです。

 

「そりゃぁ、料理できなければ誰がするんですか」

「メイドですわね」


 ブルジョワジーめ、砕けろ。


「先生なら外食してても生活成り立つんじゃね」


 マッフル君の内で自分の金銭感覚はどうなってるのでしょうか。

 まさかマッフル君から見れば、自分、ブルジョワの一味ですか? 度し難い。


「……料理できないように見えますか?」

「え? だって、先生、味覚がその……、可哀想なのでは?」

「先生が無謀な勇気で食堂の限定メニューに挑んでるの、有名じゃん」


 なんてことだ。

 まさか自分の好奇心が妙なレッテルの源になってしまうとは。

 

「アレは記念みたいなものですよ、記念。一年しかいないわけですからね」


 マッフル君の反応は薄い。あーそうなんだー、的な反応だ。

 しかし、驚いたのはクリスティーナ君のほう。


 まるで予想もしてなかったような顔は何故?

 最初に説明されている当たり前のことでしょうに。


 計画は一年間。

 場合によっては途中で打ち切られる可能性もアリ、と。


「………」

「でさ、本当に料理できるなら証明してほしいなーなんて」


 急に無言になってしまったクリスティーナ君に気づかないマッフル君は、そのまま何かを欲しがるような声ですね。

 いやぁ、わかりやすい。


「先生の言うことをちゃんと聞かない悪い子に御飯を作るのはちょっとね」

「ちょー言うこと聞いてるじゃん! それにさー、先生の悪食が有名になりすぎたら、リィティカ先生を食事に誘ってもいい返事貰えないかもよ」


 露骨な脅迫を。

 ないこと言いふらすつもりですか。


 んー、教師陣だけのつもりでしたが、少しばかり大きくしますか。


「なら、マッフル君にも付き合ってもらいましょう。もちろん、クリスティーナ君もね」


 交渉がうまくいった、という顔をしているようですが交渉の相手を誰だと思っているのです。貴方たちの先生ですよ。


「ちょっと大きな買い物になりそうなので手伝ってくださいね」


 にこやかな顔をしたとき、マッフル君のしまったという顔がとても面白かったです。

 反面、クリスティーナ君は何が起こったのかわからないという様子でした。


 やれやれ。クリスティーナ君は、またぞろ妙な虫を飼い始めたようですね。

 つくづく心の格子がもろい子です。


 感情を自在に操れとは言いませんが、こうも浮き沈みが激しいと術式師としては、あまりよろしくない。


 術式は心の在り方を問われる技術です。

 感情操作なんてものは、序の口の序の口。

 この程度で揺れているようでは術式師としては頭止めもいいところです。


 クリスティーナ君の様子の変化。

 たぶん、それはクリスティーナ君の中でちゃんとした芯が出来ていないからでしょう。


 死んでも何かを守りたいという気持ち。

 殺してでも奪いたいと願い怒り。


 皆殺しにしてでも世界を変えたいという、強い想い。


 そこまで行き着かなくても、ちゃんとした芯さえあれば術式師としては最低限の合格ライン。


 今まではプライドの壁が外から芯の無さを支え続けてきた。

 だけど、壁が壊れたクリスティーナ君は、今度は確たる芯の無さに揺らいでしまっている。


 考えてみれば、最初の虫採りのときもそう。

 あの様子は意地を張らなかったどころか、意地を張りきれなかった風にも見える。


 良い方向に向かっていると思ったら、実のところ、壁から一歩も歩けていなかったわけですか。


 あいかわらず妙なところで手間のかかる子です。


「せんせーい! おもーい!」


 そんなことを考えながらも、マッフル君の手元に肉、肉、肉と放りこんでいきます。


 すでに場所は説教室から遠ざかって【宿泊施設】の食材売り場です。

 【宿泊施設】なんて銘打たれていますが、小さな村落と変わりません。

 当然、人の営みがあるのですから買い物する場所くらいあります。


 自分もよく利用しています。

 もちろん、他の教師陣も。

 生徒はアレですよ、寮の管理人さんが食材なんかを購入して振舞っていますから、馴染み無いでしょうが。


「何を甘いことを……」


 どれだけ重量を積めたかなー、と振り向いてみれば、マッフル君の上半身が見えません。

 あれだけの量だと、三歳児くらいの重量はありそうです。


 肉の塊を持っている手はプルプルと震えています。

 うん、この歳の女の子にしてはなかなかに鍛えていますね。

 限界近いようですので、次はクリスティーナ君です。


「あ、ちなみに落としたりなんかしたらどうなるか、わかりますよね?」

「うぎょ!?」


 上から肉をパンパンと叩いてあげると、膝が痙攣し始めました。


「鬼ー! 魔獣ー! ケダモノー! 女の子に荷物持たせるなんてどうかしてるー!」

「はは! 口を開いていると力が逃げてしまいますよ? いいじゃないですかタダ飯にありつこうとしているのです。それくらいの労働があっても」


 何事かを考えていたクリスティーナ君も目の前の惨劇に目を見開いています。


「ま、まさか先生、アレを私にも!?」

「当然です。オシオキ……もとい、荷物運びは重要なお仕事ですから」

「許してくださったのではありませんのー!?」


 何を甘いことを、この台詞も二回目です。

 リィティカ先生に迷惑かけておいてオシオキもなく、済ませるわけないじゃないですか。


 リィティカ教の天罰代行人ですから。

 つまり、これはリィティカ神の裁きです。

 もちろん、女神リィティカには内緒ですが。


「というわけで肉、入ります」


 ポーンと放り投げてあげますと、受け取りたくないけれど受け止めざるをえなかったのか、泣き顔です。


「ぬるぬるしますわー!? きもい、キモい! よくわからないヌメヌメ感が! ヌメヌメ感ですわ!?」


 クリスティーナ君にとっては肉の重みよりも触感こそが拷問のようです。

 というわけで、触り心地の悪いモツや鳥肌部分をたくさん持たせてあげました。


 妙な絶叫を繰り広げる女の子二人を連れて、ログハウスに帰っていく自分をこの【宿泊施設】の住人はどう見ているでしょうか。

 うん、新しい噂になりかねません。


「大丈夫、他にも色々、用意してますから」


 その一言は生徒たちに絶望を与えるに十分だったようで。


 しきりに騒ぐ声を背中に受けながら、楽しいバーベキューの準備が整っていきます。


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