情けが人のためならず?
「先生は周りの評価を気にしないタイプの人族でありますね」
「君にも言ってあげたい台詞ですねリリーナ君」
リリーナ君を小脇に抱えたままで交わした言葉でした。
通りすがる生徒たちが「こんにちわー」と挨拶した次の瞬間、我が目を疑って二度見する様は恥ずかしいを通り越して、面白くなってきてました。
新たな境地を開ききる前に【大食堂】に到着。
調理班にリリーナ君の分も含めた食事を注文して、さっさとテーブルの前にリリーナ君を置きました。
もう逃げられないと判断したリリーナ君の思いっきりの良さは評価に値しますね。
当たり前のように奢られた食事を貪っています。
「で、リリーナ君。展開した術陣が何かわかりましたか?」
普通なら、それこそクリスティーナ君やエリエス君ならわかったかもしれない。
自分が編んだ術式が召喚物を送還するためのものだったと。
しかし、両名は術式を視るための『眼』がない。
クラスで『眼』持ちなのはリリーナ君だけだ。
「ぜんぜんであります」
「そうですか。精進が足りませんね、ははっ」
セーフ。適当な術式を言ってしまえば、記憶力のいいリリーナ君のことだ。
誤って覚えるはずだ。
教師として大事な何かを間違うことを引き換えに、自分は無罪を勝ち取る。
「でありますが、状況的に見て先生があの動物たちに何かをしたのだと思うのであります。攻撃でもなければ防御でもない術式で動物にかけられる術式は召喚と送還だと思うであります」
「……そうですか」
無駄にインテリジェンスが高くなっちゃって、まぁ。
二ヶ月の勉強の成果がちょこちょこと出てきてますね。
「召喚より送還のほうが面白そうなので、たぶんあの動物たちは先生の召喚動物だと思うであります」
ついでに理論より楽しみを優先した推理もどきが見事、的中していたりするので人生は侮れない。
「先生はテロリストであります」
「違います。まぁ、あまりおおっぴらに出来ない内容と情報があって、必要あっての行動ですね。ちなみに召喚と送還の術陣は順調に義務教育計画が進んでいると仮定して、中期頃になると思いますよ」
わざと緑の源素で術陣を描いてやる。
実際の送還術式は白の他に様々な色を使いますからね。
緑属性を使ってしまったが故にリリーナ君にバレてしまったのでしょう。
とりあえず、自分の行動を見抜いたご褒美のつもりで、ご飯をあげて術陣を見せてあげました。
「口封じでありますか?」
「あのですね、生徒のためにしてやったことで生徒に危害を加えてどうするのです」
「襲撃したのにリリーナたちのためでありますか?」
「誰も彼も幸せになれればいいじゃないですか。そのための先行投資……、というより、危険投入ですね。何も珍しいことではありません。君たちは授業で採取に出かける予定がありますし、体育だと実際に原生生物か弱い魔獣と戦ってもらうつもりですしね」
ペラペラと喋る自分に違和感でも覚えたのだろう。
食べる手を止めてリリーナ君が自分を見る。
「ははぁ~ん、リリーナを性奴隷にする試みでありますね」
「それ、言いたかっただけでしょう? あと奴隷制は廃止しましたよ。最後に奴隷と言う単語を聞くと嫌な記憶がセットでよみがえるので、できれば言わないでもらいたいですね。口封じはしません。然るべき時を見計らって欲しいだけです。そのとき、喋るか喋らないかをリリーナ君が選びなさい」
とたん、リリーナ君が頬を膨らませました。
目付きも厳しいものになってしまった。あれ?
「やっぱり先生も人族でありますね」
どうやらご機嫌斜めになってしまったようだ。
もうご飯も手に付けないくらいに。
なんだろうね。何か怒らせるようなことをしただろうか。
というか、リリーナ君が不機嫌になったことに自分は驚きですよ。
見てきた感じでは、いつも飄々としていてリリーナ君本人ですら自分自身を第三者視点で見ているような感じだったのに。
不機嫌。怒る。
そういう感情はエルフにとっては自身の存在意義にも関わってくる。
緑の属性と共に生きることをアイデンティティとしているエルフ。
その性質は緑の源素を集めるときと同じく、穏やかであったり物静かであったりと知的なものだ。
弱点にもなる赤の属性、闘争心や怒りなどといった感情をあまり出さない。
心の性質までもが緑の源素と密着している。
つまり、リリーナ君がこういう態度を取る、ということは『とても怒ってる』と考えてもいい。
さて、何がリリーナ君を怒らせる要素になったものか。
ごくごく普通のことを言っただけなのですが、その普通がリリーナ君にとっては度し難い、ということなんでしょう。
怒り。
生物が危険にさらされたときに起こる感情的な起伏のことだ。
危機だけではなく、自尊心やアイデンティティを脅かされたときも同じ。
以上の理由から怒りという感情には必ず理由があります。
もっとも受動的で激しい感情が怒りですからね。
自分以外の何かがないと怒れないものです。
自分の何がリリーナ君の矜持に触れたものか考え……、ん?
リリーナ君の中にも何か、矜持や誇りといったものがある?
それを触れられた? 逆なでされた?
このごくごく普通のことで?
あぁ、そうか。
なるほど。理解してみれば簡単なことだったか。
「この【大食堂】のご飯は一体、どこからやってくるかわかりますかリリーナ君」
「そんなの知らないであります」
にべもない。
そのくせ返事するんだから、まぁ、可愛いものですよ。
「もちろん【大食堂】の調理班が頑張った結果でしょうね。調理しました。では、その調理されたものはどこから? キャラバンで買った調味料、森で狩ってきた動物です。野菜は【宿泊施設】に小さいながらも夏野菜の畑があったのはご存知でしょう」
「それがどうしたって言うでありますか。そんなの関係ないであります」
「そうですね。では夏野菜を育てているのは? 大工さんなんかに代表される学園従業者の配偶者と身内。奥さんや子供です。その奥さんたちや子供たちは学園従業者から養われていますね」
頬の膨れ具合もMAXですね。
爪楊枝で刺したら飛んでいってしまいそうです。
「物事は巡っています。様々な面を見せながら役割を持ってね。リリーナ君。先生は何も君を、君たちを蔑ろにするつもりでさっきの言葉を言ったわけではありません」
リリーナ君はエルフだ。
エルフの習性は集落単位の部族構成。
狭い世界で顔見知りだけがいる世界です。
そんな場所で暮らしてきたリリーナ君はグループやクラスという一塊に対して、家族と同じ関係を求めていたのではないでしょうか。
クリスティーナ君がプライドをこじらせた時、リリーナ君は大抵、場の空気を乱すようなことばかり言ったりしてましたね。以前、メルサラがやってきたときなんかは顕著でしょう。
クリスティーナ君を諭すような言葉を言っていました。
まるで猫のように個人を好むくせに、情が深い。
他人に与える情は、どんなものだって絆と言い換えることができるのですよ。
プラスマイナス問わず、ね。
簡単な話です。
ようするにクラスを家族単位で考えた時、家族の決定権を持つ父親の役割をするのは自分だったという話。
その自分が別の家族、もしかしたらリリーナ君たち家族/クラスメイトを危険に巻きこむ可能性があった。
危険から家族の身を守るはずの父親役が、あろうことかです。
父親の義務を放棄したように見えてしまったのでしょう。
それはまだ我慢できた。
ただ、そのあとの自分の対応が我慢の蓋を開けさせてしまった。
意思決定権の放棄。
リリーナ君に任せるといった言葉が気に入らなかった。
決定権を持つ者なら、ちゃんと言うべき言葉があるはずだったのに。
人によってはきっと、つまらないなぁ、くらいの気持ちで片付けられるものでしょう。
ですが家族単位を強く意識するエルフのリリーナ君からすれば、つまらないで片付く問題ではない。
立派に怒っていい理由になりえます。
家族の絆はそれが一方通行にしたって、蔑ろにされれば怒る理由になります。
「必要なこととはいえ、やってはいけないことです。罪というべきでしょうね。罪を犯すほどの価値があることがあるなら、先生は躊躇わない、というより躊躇えないんですよ。事は君たちに関わりますからね」
「……ぶー、であります」
「罪があるなら罰も同時にあるものです。リリーナ君はクラスで一番お姉ちゃんなんですから、それくらいやってもらわないと」
「先生は卑怯でクズ虫であります」
無言でゲンコを飛ばしました。
誰がクズ虫か!
「誰かが何かをしなければならない、ということですよ。世の中の常ということは」
流通というものだって、一つの生産者がサボっただけで、この目の前のご飯はなくなってしまうのです。
家族だとしても役割を放棄してもらっては困る。
別の形で役割を果たすことはあっても、放棄することだけない。
自分は決して、君たちを見捨てることだけはありませんよ。
「ほら、早く食べないと自分が食べてしいますよ?」
「性的にでありますか?」
「食欲くらいしか今のところありませんね。あと五年くらい成長しないと食指も動きません」
「先生はロリじゃなかったでありますか!?」
なんで今日一番、そこで驚いてんだよ!
「包容力、重要です」
「先生の趣味はイマイチであります」
直截的に悪口を言いすぎですよ。
リリーナ君の目の前でベーコンをひとつまみ、そのまま胃に放りこんだらリリーナ君に睨まれました。
どうやら、もう怒っていないようで。
怒りにくい種族だから、怒っても後を引かないんでしょうね。
クリスティーナ君やマッフル君だったら、こうはいかない。
こういう面はリリーナ君がダントツでお姉さんですね。
「言いふらしたりしないでありますから、代わりに一つ、なんでも言うこと聞いてもらうであります」
「一回こっきりで後の引かないことならいいですよ」
「エロいこととかであります」
「おい、バカやめろ」
これもリリーナ君ということでしょう。




