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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
58/374

幸せは鈍足で鈍感で手間がかかります

 学園長に概要を話したところ、感想は複雑なものでした。


「一概に許容できる内容ではない、ということは熟知してます。そうせざるをえない状況というのも同じです。さしずめ『生徒たちの実施訓練を兼ねた継続的なテストケース』と『現場の危機管理を把握させる経験則』、この二つが主な言い訳でしょうね。これだけで押し通すのはさすがに難しいですが、なんとか致しましょう。そうですね……、今週中にこの案件が必要となる事件を引き起こしてもらえるのが一番でしょうかね」


 わお。想像以上に黒いこと言い始めたよ、この老婆。

 やり方は任せます、って顔をしてます。

 しかも、アレですか? 犯人だと誰かに知られてはいけない、そういうことですかそうですか。


「その後はなるべく事件が起こらないように、事件が起きた場合は握りつぶす方法も考えなくてはいけませんね。そう考えればメルサラ・ヴァリルフーガがこの地の赴任……、という名の一時放逐はこちらの都合が良くて助かります」


 思った以上に面倒な話になってきました。アレ? 自分、こんな面倒さは織りこんでませんでしたよ?

 また自分で自分の首を絞めたようです。


 とにかく、一定以上の理解は得られたようです。

 さすがに学園長は話が早くて助かります。

 そして、気になるキーワードが盛りこまれてました。


「やはり、メルサラの件は放逐の言い訳でしたか」

「えぇ。議論は紛乱したようですが、一両日中に片がついたそうで」


 王都が遠いとは言え、短い文章を送るだけなら方法があります。

 小型飛竜による高速伝達手段。


 伝書鳩と同じ役割を持ちながら、伝書鳩より確実性のある手段として戦場で大活躍でしたからね。


「う~ん、しかし、変な話ですね。無軌道、予測不能の大爆弾メルサラを貴族が持て余しているのは知ってましたし、実際、騎士もメルサラは嫌厭の対象でした。術式師団すら手に余るからフリーの冒険者になったっていうのに」


 国政に携わる者からは嫌われ度MAXのメルサラですが、意外と国民人気は非常に高い。

 これはメルサラが平民であることも理由の一つです。


 平民が国の最高術式師【タクティクス・ブロンド】であり、実際に第一線で敵や魔獣を赤く染めているという実感が国民にわかりやすい。

 実力があれば国の中枢でも働けるという『未だかつてない前例』があるから、国民は頑張ろうとするのです。


 『目に見えてわかりやすい位置で最強を誇示する』。

 それが【タクティクス・ブロンド】を名乗るうえでメルサラに与えられた役割です。


 そんなメルサラも【タクティクス・ブロンド】であることを除けば、冒険者という身分です。


 社会的な後ろ盾は冒険者ギルドしかないという有様。

 権謀術数に巻きこまれてしまえば、権力的には成す術もない。


 もっとも、権謀術数があったとしても思ったとおりに動いてくれないのがメルサラですが。

 野生の勘、なんでしょうね?


 ともあれ、どこかの要職についているよりも自由に動き回りすぎる位置にいるメルサラはとてつもなく使いづらい駒なのです。


 ちなみに自分は、賓客という付加価値と【タクティクス・ブロンド】という位置、内乱での革命軍中枢に位置していた手前もあって、身分的には名誉国民。準貴族相当とされてます。


 あくまで相当であって、貴族じゃないのがポイントです。大事な部分です。


 土地こそ王都の隅っこに自宅を持ってる程度ですが、主だった免税処置とか色々と優遇されてるのは内緒です。


 その代わり、こんなところで先生とかやってます。

 旨いだけの話なんかねーんですよー!


 暗殺とかにもめげないハートも必要ですよ?


「いくら議論が爆発炎上したといっても、簡単に決まりすぎやしませんか? 王命云々は議会で決定したことでしょう?」

「そうですね。知人によれば『議会そのものは荒れたものの落としどころは最初から決まっていた』という感じだったそうです。駆け引きを演出する必要があったのでしょうね。まるで、しぶしぶ送り出したような。王都にメルサラ・ヴァリルフーガが居ては困るかのようですね」


 こっちに送られても困るんですよね。

 リーングラードは囚人を閉じこめる場所じゃないんですから。


「政の話は情報不足の感が否めません。こちらはこちらで隙を見せないように此度の案件の成功に努めていきましょう」


 先行き不安なお話は早々、打ち切ってしまって授業に出ることにしました。


 今日の授業はアレフレットクラスの子たちでしたが、如才ないというかなんというか。

 目立った事故も喧嘩も起きず、極めて物静かに終わってしまいました。


 専門制が始まって、つくづくおかしいと思ったことは一つ。

 やっぱり、ウチのクラスはおかしいということです。


 授業が終わった後、他のクラスの子たちとどう違うのか人生の命題のように考えながら歩いていると、いつの間にか食堂の裏までやってきてしまいました。

 やれやれ。疲れているのか注意力散漫でしたね。

 まさか【大食堂】の入口を通り過ぎてしまうとは。


 うっかりもいいところです。

 昼休みの時間も有限なので、さっさと【大食堂】に入ってしまいましょう。

 そう考えて行く道を引き返そうとしたら、ふと奇妙な建築物が目に映りました。


 ソレは金網で囲まれた閉鎖感あふれる建物でした。

 入口が一つしかないという不便さ、土が剥き出しの床に雨避け程度にしか役に立たない木製の屋根、極めて湿気がこもりそうな可哀想な一軒家。


 人が住むなら、尊厳やら人権がこぼれおちてしまうような小屋でした。


 ぶっちゃけ人が住むものではない。

 それもそのとおり、これ飼育小屋じゃないですか。


 こんなもの、最初に学園を調べたとき、存在してませんでしたよ?

 隅から隅まで調べましたもの。それこそ秘密の部屋でもないかと完璧な精査でした。


 なのに、これは何?


 【大食堂】の裏手にあるということは、家畜でも飼ってるのでしょうか?

 そう思って中を見てみたら、


「きゃうん?」


 白いボディでキュートな瞳の猫ウサギと目が合いました。


 メルサラ戦で召喚し、ぶん投げた可哀想な獣・ウルプール。

 あー、思い出した。日々の苦労のせいで全力で忘れてましたよコレ。


 召喚は術式の中でも特殊中の特殊。

 白の源素のみが可能とする、異なる場所にいる動物を連れてくる術式です。

 だいたい、大まかな位置さえわかれば連れてくることができます。


 原理は簡単です。

 動物を構成する源素を『源理世界』で明確に作りあげ、現地――対象動物がいるあちら側のを消去するだけです。

 『源理世界』を伝って距離をショートカットするのであって、空間を渡るのとは明確に違います。


 空間を操る術式は【神話級】くらいですしね。


 『眼』を開いてウルプールの源素を見てみると、やっぱりというか必然というか、自分が施した絶対隷属の術式が体内源素に刻まれています。

 召喚した動物が召喚者の言うことを聞くのは、これが原因でもあります。


 そして、この『源素世界』というものに直接干渉できる源素が白の源素です。


 『源理世界』というのはアレです。

 この『眼』に映る世界、色彩だけの世界のことです。

 どうやら『現実世界』と完全に重なっているようで。切っても切れない関係にあります。

 術式の全ては『源理世界』での影響が『現実世界』にも波及しているのではないか。


 そう、自分は考えています。


 ともあれ、このウルプールですが、どうしましょう。

 なんで飼われてるんですかね?


「どうして貴方はこんなところに居るのですか?」


 訪ねてみました。


「きゅきゅきゅ~ん、きゅきゅ、きゅきゅ?」


 あざとい愛らしさと共に何かを訴えてきました。


「心配してたんですよ。行方不明の後、どこかの上位捕食者に食べられたものかと」


 もちろん、人間も含みます。


「きゅきゅ!」

「はっはっは。それは良かった。しかし立派な小屋ですね。1LDKの三食昼寝つきですか。お掃除サービスまでついてる? そりゃすごい、貴族顔負けですね」

「きゅきゅいん?」

「はっはっは。遠慮しますよ。誰かに飼われるなんて寒気がします」


 会話してみた。

 成立しているかどうか怪しいものだ。


 謎は一つも解けないのでした。


「――先生?」


 つぶやくような声にビクンと肩が震えました。

 会話に熱中しすぎて周囲の警戒を忘れてしまうなんて……、悔しい限りです。

 そんな心の葛藤は隅において、エリエス君が登場しました。


「エリエス君、どうしました?」


 聞いておいてなんですが、一発で全ての謎が解けました。


 謎の鍵になったのはエリエス君が抱えている残飯。

 なんらかの野菜の茎の部分とか葉の部分ですね。

 このウルプール、ベジタリアンだったのか。北方に住んでるくせに省エネ体質ですね。


 そして、向かい合う大人と野菜クズを抱えた少女。

 シビアでのほほんとした空気が慙愧に耐えません。


「……それ」


 指差すエリエス君。

 端的に自白も得られました。


「なるほど、ウルプールに素敵なハウジングを提供したのはエリエス君ですね」

「はい」


 素直に答えられました。


 質問は終わったと思われたらしく、エリエス君は手馴れた様子で水の交換、餌やり、掃除を始めた。

 手際いいですねー。


 そして、その様子を黙々と見ているだけの自分。

 自分は一体、何をしているのか自問自答したくなりました。


 それでもどうしても聞かなければいけないことがありました。


「どうしてウルプールの世話をしようと思ったのです」

「……可哀想だからです」


 ふり返ったエリエス君はふっつーに無表情です。

 瞳に哀れみとか、全然、こもってません。


 ウルプールも可哀想な顔をしてなかった。

 金網にぶら下がっている。しかもアタマを地面に向けた逆さまスタイル。

 珍妙なマネをするな小動物。


「ウルプールは北方の生物です。食べるものはわかっても生態系の違うこの土地では、誰が天敵なのかわからない。三日もすれば捕食されていたでしょう」


 無表情に『捕食』という言葉がこんなに怖いとは思わなかった。

 夢にでそう。


「保護できるのなら保護すべきです」


 右も左もわからない攻撃力皆無の小動物に、このリーングラードの森はちょっと辛いものがある。


 いや、だって奥地とかいったら、ドラゴンとか居そうだし。

 単に自分の想像で根拠はありませんけれど。


 冗談抜きとしてリーングラードの森は魔獣も時々居ますし、性質の悪い原生生物がいる。主に植物系のアレが。


 エリエス君の杞憂は正しい。


「……私には保護してくれる人がいませんでしたから」


 せめて……、と小さな声が聞こえてくる。


 それは、エリエス君が執拗に自分への正式な弟子入りを求める理由なのだろうか?


 その続きを聞いてみたかったがきっとそれはエリエス君の心の中に踏みこむ行為だろう。


 聞けるだろうか? 自分に。

 ただのなりゆき教師の分際で、生徒の、人の、一人の人間の抱えている内情を受け止められるだろうか。


 ましてや『エリエス君の半生』が資料の通りだったのなら。

 完全に無関係とも言い切れないかもしれない。


 あー、くそ!

 だから教師なんて職業はイヤなんですよ!


「聞いてもいいですか? 以前、師がいなかったという意味とその言葉のワケを」


 静かに、ゆっくりと振り向くエリエス君。

 そこにはやっぱり感情なんてものが見えない。


 輝きを無くした黒曜石の昏さに、厄介なものしか感じられません。


 何かを小さく呟こうとして、結局、口は閉ざされた。

 好感度が足りなかった模様。残念なのか安心したのか、自分にはわかりません。


 だけど、感情を理性で押し付けているのは目に見えてわかります。

 自分と同じ、感情に蓋をしてしまう行為。


 しかし、自分とエリエス君はまったく違う。


 自分はそうでなければ生き残れなかった。

 そうしなければ生きたいと願えなかった。

 あの内紛という名の救いがたい地獄を、亡者のように進めなかった。


 でも、この子のコレは生きるためにあるものではない。

 完全な欠落だ。感情という欠落を埋めるための理性だ。

 感情を生み出すために理性を使って、なけなしの感情を押しこめなければ、意思表現もできない。


 そんな彼女は自分の答えへ返事をしない。

 いや、もう答えはもらってしまっている。


 無言が答えだ。


 だから自分は想像してみようと思う。

 それが押しつけで傲慢なことだとしても、エリエス君を理解するために。


 資料と態度と、今の雰囲気を使ってエリエス君を再構成する。


 エリエス君は師事を仰ぐ人物が居なかった。

 そもそも両親と呼べるものすらなかった。

 誰も、何も、何かを欲して勉学に励むエリエス君を手助けしようとしなかった。


 手探りで、心細くても。誰一人、助けてくれない。

 そんな孤独な施設【アインシュバルツ】に閉じこめられていたという。


 ずっと一人の孤独。

 身の回りの世話をする、メイドが居たそうだ。

 だが、そのメイドはあろうことか、喉を焼かれて耳を潰されていた。

 なんのためか、などということは知りません。


 情報になかったですからね。

 ジェスチャーでしか伝わらない人とのやり取りはどんなものだったろうか。

 うすら寒いものしか感じられません。


 彼女は孤独だった。それは間違いないだろう。


 世話をするメイドはもはや人間ではない。

 そういう機械か何かだとエリエス君は認識していたのかもしれません。

 

 だから。同じように孤独そうに見えたウルプールに。


 誰もしてくれなかった手を差し伸べる行為を。

 自分がやって、同時に重ねてみていたのだ。


 昔、してほしかった、掌を差し出す行為。


『どうして先生はもっと早く出会ってくれなかったんですか』


 この言葉の答えが資料にあって、今にありました。


「先生、遅刻はしない主義でしてね」


 エリエス君は不思議そうな顔をしました。

 当然でしょう。突然、過ぎましたから。


「時間ぴったりがマイジャスティスです。そう、そんな自分なので、まぁ、間に合ったとは思いますよ」


 社会人としてはあるまじき台詞ですが、まぁ目を瞑ってもらいたい。

 ともかく、まだ心にあんな塊を持っているエリエス君だ。

 完全に塊を失ってしまう前に出会えたのは、きっと僥倖だろう。


 これからを使って、その塊という名の感情を増やしていきましょう。

 喜怒哀楽、それが術式の本質なのですから。


「エリエス君。特別授業です」

「はい?」

「知っていましたか? 召喚された動物は召喚者によって、還されなくてはいけません」


 漆色の瞳が大きく揺れる。

 それは感情だ。

 まだ残ってるんじゃないですか、そんな感情も。


 哀しいですか? でしょうね。

 さみしいですか? 当たり前です。

 あって当たり前なんですよ。いくら理性で感情を蓋しても、感情が乏しくっても。

 ないわけねーんですよ。


「そう、ですね。そうでした。ウルプールは先生が召喚したのでした」


 確認するように、エリエス君が呟く。


 彼女なら知っているだろう。召還被害者のことを。

 召喚された動物をそのまま放置して、二次被害を起こす事件のことを。

 よくある話でよく聞く事件です。


「還すのですね?」

「えぇ。もちろんです」


 気合を入れる。

 決して、何があっても。


 揺るがないように。

 心を乱さないように。

 自分が感情的になってしまわないように。


 小屋から出るエリエス君の動きは、緩慢だ。


「やってください」


 決心したのだろう。

 見つめる瞳は、哀しそうで見るに耐えない。


 淡白に見える反応だけど、うずまく胸中は何を思っているのやら。


「何を勘違いしてるんです? 先生はまだ授業を始めたばかりですよ」


 小屋の中でガサガサとウルプールが金網をよじ登る音がします。

 空気よめー。


「先生はですね。君たちと接するとき、ずっと思っていることがあります。君たちを幸せにするにはどうしたらいいか、です」

「生涯の伴侶として共に暮らせばどうでしょう。もしかしたら幸せかもしれません」

「生徒、生徒、先生が言ったのは生徒のことです。異性相手ではありません」


 びっくりするなぁエリエス君。

 もしかしてジョーダン……、だったのか?


 しかし、その冗談。現実にしたら五人の生徒と共同生活ですよ? 胃に穴があきます。


「……幸せの価値観は人それぞれです」

「そうですね。正しい答えです。まさしく人の幸福は他人ではわからない。たとえば、このウルプール」


 当の本人はわかっているのかわかってないのか野菜のクズを頬張ってる。


 うわ。吐いた。

 なんで今、この状況で吐く。

 雰囲気読めよ小動物! 感じ悪ぃな! もうこいつ還しちゃおうか。


「元居た場所のほうが幸せかもしれません」

「……はい」

「でも、ここで暮らしていることもまた、ウルプールにとって幸せかもしれないんです」

「………」

「どっちが幸せなのか。先生には見当もつきません。さっき会話してみましたが、はは。意思疎通すらできませんでしたよ」


 自分が何を言いたいかわからないのだろう。

 ずっとエリエス君は自分を見上げて、見つめている。


「では、君たちは? 君たちは何をすれば幸せになるでしょう」

「それは……」

「わからないんですよ。やっぱり」

「先生にもわからないことがあるのですね」

「もちろんです」


 先生、万能じゃないからね、と、付け足す。


「君たちにどうすればいいか。欲望を満たすことが幸福、なんてことは言いませんよ? だから、大まかに。ありていに言ってしまえば憶測ですね。こうすれば幸せになるかもしれない。幸せになる方法を自分達で見つけるかもしれない。そして、先生が君たちに与えたことで将来、君たち自身が望む幸せをその手できちんと掴み取れるように。手段としての方法を教えているつもりなんです」


 難しいものです。

 自分の幸せすらままならないっていうのに。


「知っていましたか? 先生が心を込めて、君たちに日夜、くるし~い宿題を提出していることを」


 わかってくれると嬉しいな。

 ほんと、毎回、文句言うのが三名居るからなぁ。


 フリルと不良と不可思議生命体のことです。


「というわけで。先生はエリエス君だけに一つ、宿題を出そうと思う」


 あえて、わざとらしく考える素振りをする。


「そうですね。召喚で残された動物が、どのようにすれば幸せになれるか」

「……先生?」

「君にはウルプールが幸せになるまで、観察してもらいます。一年間の……、いいえ、もしかしたら、ずっとかもしれませんが」

「……はい」


 この時、自分は見た。

 ほんのすこし動いただけだけど。


 間違いなく驚いて、喜びを表す、ちいさな口元。


「これも教えておきましょう。ここにいる二名と一匹。暫定的にもっとも幸福の総計が大きな数こそが、もっとも幸せであるという考え方を。最大多数の最大幸福と言います」

「最大多数の最大幸福……」

「功利主義者が提唱した、まぁ暫定的な、幸せのよりよい形でしょうか。思想錬成師でもとびっきりキワモノな論文でしか見られませんがね。ともあれ、一匹の意見はわかりませんがエリエス君はウルプールが居たほうが嬉しいでしょう?」

「はい」

「そして、エリエス君が嬉しいということは。先生もまた、嬉しいということです。二名が幸せである。数の上ではもっとも幸せだと言えます」

「ウルプールは、本当に還さないのですか」

「えぇ」


 短く答えを返してあげました。


「……そうですか。難しい宿題です」


 これはどう変わるのだろうか?

 あるいはどう変えてしまうのだろうか?

 踏みこみすぎたかもしれないし、まだ余裕があるかもしれない。


 よくわからないし、先のことはわかりませんが。


 エリエス君にとって新しい一面になってくれると、先生、恥ずかしい話をした甲斐があったものです。

 誰にだって先の自分がどう変わるかなんて訪れるまでわからないんですから。


「ところで先生。小動物に話しかける大人を見ていて正直、複雑な気持ちになりました」


 手痛い逆襲が訪れました。


「宿題の一部として、レポートに書いて提出してよろしいですか」

「お願いだからやめてくれませんか?」


 本気の声が出てしまいました。


 しかし、今回のことで一つ、わかったことがあります。

 まさかのエリエス君の虚偽申告。


 それは、エリエス君がお金を欲しいといった理由です。

 羊皮紙が高かったなんて言ってましたが、たぶん、嘘ですね。


 ウルプールの餌代。そして、小屋代。

 なるほど。こうなってくるとエリエス君には意地でも次の参礼日の特別授業に出てもらわなきゃいけませんね。


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