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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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不幸は同類を好む

 気がついたら、【大食堂】で限定メニューを頼んでいました。

 というより注文済みで、目の前に広がってました。


 忘我のまま行動していたのでしょう。

 源素操作のために鍛えに鍛えた精神変容技術が通用しない現実があると知った今日このごろ。

 戦慄は隠しきれませんでした。


 ついでに目の前の限定メニューにも戦慄を隠しきれませんでした。


 現実はいつも自分に、恐怖で身体を震わせることばかりです。くたばりやがれ。


 さて、ルーティアンと呼ばれる調味料をご存知でしょうか。

 リスリア王国に伝統的に伝わる調味料で、潅木のつぼみを酢とワインに漬けて熟成させたものです。

 リスリアなら、どこにでも生えているルーティの木のつぼみを使ってるからルーティアン。


 味はピクルスです。


 初めて食べるとまろみのある酸っぱさで舌が転がるようですが、次第に癖になっていく。

 夏場前なんかは食欲増進のために食されます。

 包丁で細かく刻めばタルタルソースの材料になったり、絞って固めて肉を巻いてそのまま直火焼きしたり、まぁ、よくよく見られる料理でしょうね。

 ともかく、食事のちょっとしたアクセントに使われる程度で、全ての調味料の領域から超えていませんでした。


 でもね。目の前にあるのは、つぼみじゃないんですよ、コレ。


 あきらかに花です。

 緑色の花です。

 拳大あります。花ごと酢につけてんじゃねーよ。変色するわ。変色した結果、緑ってどんな化学反応だよ。もう錬成の領域じゃねぇか。


 それがドテンとメインディッシュを飾っています。

 調味料をそのまま食せと申すのか。

 確かに来る夏のためにルーティアンを使うのは間違いじゃないでしょうよ。規模に目を瞑れば。

 ついでに酢のきっつい匂いで目が潰れます。意味なく涙目ですよ。


 ナイフで一刀両断してみたら、あら不思議。

 花弁と花弁の間に肉が挟まって、肉汁が飛び散ります。でも匂いは酸っぱいです。


 一口、含んでみましょう。


「酢酸ッ!?」


 鼻が天を突きました。

 背骨が条件反射で伸びてしまいます。

 意味不明な言葉を叫びました。


 舌から受けた刺激によって、何故か背中に嫌な汗がダラダラと流れていきます。


 反射的に細かく息をするのはきっと、匂いだけのせいではありません。

 しかも、ギリギリ食べられるレベルにしてあるのが憎くてたまりません。


「そろそろ自分はここの調理班と決着をつけるべきではないかと思います。主に暴力言語で」

「ヨシュアン先生はあいかわらずですな」


 目の前で苦笑したピットラット先生の姿があります。

 忘我としていたので、何時、ピットラット先生が居たのかはわかりません。

 ピットラット先生はいつもお弁当なので、統括職員室でご飯をいただいているのですが、今日は気分を変えるつもりだったのか食堂でお弁当を広げてます。


 その彩り豊かなお弁当と自分の食事を比べると、切なさで涙が溢れそうです。


「しかし、魂が抜けた然としていたように見えましたが、正気に戻られたようですな」

「おかげさまで」


 これを限定メニューの功績だと思いたくないです。

 言うならば、功罪でしょうね。


「何があったか聞いてもよろしいですかな?」

「えぇ、生徒の一人が奇妙な性癖をカミングアウトしまして」

「失礼ですが深く踏みこむとしましょうかの。どのような状況になればそんなことに?」

「自分が聞きたいところです」


 ピットラット先生の整然とした冷静さには救われます。色々と。


 とりあえず、あまりに酸っぱいので花弁と肉の部分をフォークで分けていきます。

 肉はまだ、汁を抜けば食べれます。


 好き嫌いするなという方がいらっしゃったら、是非、酢酸を飲んでから言ってくださいね。味覚が全滅する恐怖の下で同じことが言えるなら、その人はきっとタフネスが振り切れてるか、味覚障害のどちらかです。


「ヨシュアン先生。好き嫌いは生徒に影響が出ますよ」

「酢酸一丁、はいりまーす!」


 ドンペリを頼む勢いで言うのがミソです。


 本当に出てきたコップ一杯の酢酸、もといお酢をピットラット先生に勧めてみたら、丁寧に蓋をしてお持ち帰りするようです。


「自家製のルーティアンに使わせてもらいましょうかね」


 冷静に返されました。

 さすがです、この敏腕執事。


「好き嫌いの話ですが、この歳で酢飲健康法を固形物でやるつもりはありません。それよりも生徒のカミングアウトの話ですが」


 詳しく事の推移を語ると、ピットラット先生はふむふむと頷いてくれました。


「ヨシュアン先生はどう感じられましたかな?」


 薄ぼけた記憶の向こう側でセロ君の顔を思い出す。

 必死に頼みこむ姿は性的なものを微塵も感じられない。

 むしろ、悩みを解き放ったときのような独特の開放感すら覚えます。


「おそらく、セロ君は特別扱いを嫌ったのだと思います」


 自分は一度としてセロ君にオシオキしたことがない。

 それはセロ君が一番、か弱いからです。

 体力的にも精神的にも打たれ弱いセロ君に、加減どころか手をあげるのも良心が傷む。

 だけど、セロ君は自分だけオシオキされていないことに悩んでいたのだろう。


 オシオキは間違った者へのペナルティ。

 今まで一度もオシオキされていない、ということは一度も間違ったことがないということ。


 セロ君にとって、きっと首を傾げるようなことだったに違いない。

 セロ君的には間違っていると思っているのに、成否の判断するはずの自分が判断放棄してしまっているのだから。


 下手をすれば、セロ君は『先生に見放された』と思いこんでしまっていてもおかしくない。


「怒らないとやっぱりダメですかね?」

「成否の判断もまた我々の務めでしょう。ですが、もう一つ、踏みこんで考えてみてもよろしいのでは」

「踏みこむ、ですか」

「私事の話で申し訳ありませんが……、一つ、お話をしましょうかね」


 自分はフォークを置いて、聞く体勢に入りました。


「私はあまり人を叱りはしません。よく出来たのなら褒めて、間違えたのならどうして間違えてしまったのかを問います。誰かにとっては叱っているように見えるかもしれませんが、こうだ! と押しつけたことだけはありません。ヘグマント先生やアレフレッド先生は違う意見かもしれませんが、本来、人を導くのに叱ることは不必要ですな」


 これはまた、信賞必罰とは違う意見ですね。

 自分は信賞必罰という姿勢は非常に効率的で便利な教え方だと思っていましたが。


「異なる意見がある、と、わかった時点で人は『間違ってるのではないか?』と自分で自分の間違いを探そうとします。学ぼうとする者は我々がいなくとも、それこそ自然や風などの人ではないものからも学ぼうとします。そこを横から『こういう方法もある』『他にも方法があって、そちらのほうが優れているのでは?』と問いかけようとしております。自らを見つめ直す機会だけを与えて、それ以上を望むのであれば、自らの経験を語るのです。ちょうど今のように」


 教える者の自立心を信用している、ということでしょうか。

 しかし、人間、尻を叩かれなければ動かないでしょうに。


「あくまで、これは個人の意見ですな。ヨシュアン先生には先生なりのやり方というものがあるでしょう。そして、それは生徒たちにも言えることでしょうな」


 これで話は終わり、と、ばかりに礼をして席を立つピットラット先生。


 ピットラット先生は究極的に叱る必要はない、という。

 信賞必罰もまた間違いではない。


 そもそも、だ。

 自分は『教わる姿勢に間違いはない』と生徒に言い放った。

 その場しのぎのいい話で終えるつもりだった、この台詞が今や別の意味を持ちそうです。


 逆のことも言えるのではないだろうか?


 教える姿勢にもまた間違いがないのなら。

 いや、これも究極的には生徒の数だけ無数の教え方を考えなければならないということだ。


 一つにこだわってはいけない。

 だから、叱る必要はないのでしょう。叱られることも、同じで必要ないのかもしれません。


 だけど、現実、きっと義務教育はダメになってしまうだろう。

 叱られない人間は甘ったれになるだけですからね。


 あー、いや、そうなるとセロ君が甘ったれになってしまうわけで。

 怒るべきなのはわかってるが良心が傷むわけで。


「どうすればいいものか」

「どうするもこうするもねーだろ。間違いだろーがなんだろーが、まずぶん殴って黙らせりゃいいんだよ」


 いやいや、牽強付会でもありえない、ぶっとんだ解答ですよ、それ。


「本気でなんか教えようとか思うならよ、まずは痛みと恐怖だろ」

「拷問してるわけじゃないんですよ……、はい?」


 目の前に真っ赤に染まった跳ね馬のような髪型がちらつきます。疲れているのでしょうか?

 次にこの世の全てに不満でもあるのか反骨心がそのまま現れたような鋭い眼。疲れって目にきますよね?

 そして、たわわな胸に光る六芒星の刻印の入った見慣れた指輪。そうか、生活の疲れって幻とか見るのか。


「んなわけねーですよ!? このメルサラ!!」

「あぁ? なんか文句でもあんのかよ?」


 あのメルサラ・ヴァリルフーガが爆炎もなく、登場したのでした。

 うっわー、この同僚、ここで登場しちゃうの?


「殺るか? ん? 殺りあっちまうかー?」


 すごく嬉しそうです。

 まずい、このままだといきなり出会い系殺し合いモードです。


「メルサラ。今までどこに行ってたんですか? キリキリと吐きなさい。こいつの生命が惜しかったら」


 こんなこともあろうかと用意しておいた小さな編みぐるみをポケットから取り出し、フォークを突きつけました。

 もちろん、編みぐるみはお手製ですが何か?

 ついでに、メルサラが好きそうな真っ白なウサちゃんです。


「人質とか卑怯すぎんだろ!? 血も涙もねー!」


 敵という敵を燃やし尽くすことで評判のメルサラに言われてしまった自分は血も涙も乾いた干物だと思います。


「ちなみに納得のいく答えを得られたのなら、この編みぐるみウサちゃんはプレゼントしましょう」

「潜伏しようとした地方都市によ、エドウィンが王命を持ってきやがったんだよ。ったく、いい迷惑だぜ」


 素直ですねー。


 ちなみにエドウィンとは、自分やメルサラと同じ【タクティクス・ブロンド】で、【濡れる緑石】の号を持ったマイフレンドです。


「王命? ということは、まさか」


 嫌な予感しかしません。


「国政の実験を邪魔した罰だとよ。職務は後でバァさんが知らせてくれるってよ」


 嫌な予感は形になりやすいわけで。

 メルサラ・ヴァリルフーガ。リーングラード勤務が決定されましたちくしょー!


「なるほど。またバカ王か……」


 はるか遠い地でこの様子を想像して爆笑しているだろうバカ王の姿が、ハッキリわかります。

 あの野郎、嫌がらせするためだけにメルサラをリーングラード常勤にしやがった!


「わかりました。非常に腹が立って、今、リーングラードの地を地獄に変えてやりたいくらいですが自重するとして、メルサラ、最後に聞きます」

「おうよ。好きに聞けよ」


 とか言いながら、編みぐるみばっかり見つめるメルサラ。


「どうして、リーングラードを強襲しようと思ったんですか?」

「お前が居るからに決まってんだろ。なんだ? 貴族院のヤツらにハッパかけられてやってきたとでも思ってたのか? おいおい、んなワケねーだろ。オレがアイツらの言うこと聞くとでも思ってんのか? 声かけてきた瞬間、玉二つ、消し炭にしてやんよ」


 そうでした。この人、こういう人でした。

 貴族院だろうが王様だろうが、そもそも相手が弱いくせに権力を持っているとかいうパターンには非常に厳しいのです、メルサラは。


 下手するとこの王命だって、ちゃんと言うこと聞く気があるのかどうか。


 とりあえず今すぐ聞きたいことはなくなったので、編みぐるみを差し上げました。


 嬉しそうに編みぐるみを受け取った後、周囲を警戒するメルサラ。

 そんなメルサラには悪いですが、懸案事項が多くなりすぎて自分、手一杯状態になりました。


 金策、セロ君、そしてメルサラ。

 お願いですから面倒事は一つずつ来てくださいね。


 また一つ、神に呪う理由が増えたというものです。


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