頭からっぽのほうが勉強とかつめこめます
「強い感情に源素はより集まります。術式を自在に操ろうとするのなら喜怒哀楽は基本として、精神を変容させる技術は術式において基本であり、絶対条件でもあります」
儀式場での授業も何回目になるのでしょうか。
実践で浮かれていた生徒たちも、何度も授業をすることで落ち着きのようなものが見え始めるようになりました。
五人、輪になって円を描き、それぞれが中心に向かって座った状態。
その外側をゆっくり歩きながら、自分は授業を進めていきます。
「故に術式は精神修養と深い関係にあります。貴族の中には術式を習うことで教養とした家系もあるそうで」
瞑想している生徒たち。
こうしていると普段の騒がしさが嘘のようです。
「優れた術式師ほど人格者が多く見られるという逸話は――なんで瞑想やめるんですかね?」
全員が目を剥いて、自分を見てました。
何、これ、ホラー?
「先生は優れた術式師だと思います」
と、漆色の瞳のエリエス君が『何かを言いたげに』言ってきます。
「先生は、すごぃです……」
セロ君も言葉ほどすごいと思ってるような口調に聞こえません。
「そーだねー、先生は術式師としてはすごいよなー」
……だんだん言いたいことがハッキリしてきましたねマッフル君。
「先生としては、まぁ及第点をあげてもよろしくてよ」
上から目線ですかクリスティーナ君。
「でも、その逸話は誤りであります」
そろそろ先生はコメカミに青筋とか浮かべてもいいと思うんですけどねリリーナ君。
「先生は人格者とは到底――」
誰もがやんわり、遠回しに言わなかったことをストレートに言いやがったよ!
とりあえずオチをつけたリリーナ君は殴っておきました。
「君たちは本当に懲りませんね。他のクラスの子は最初のゲンコツで悟りましたよ?」
先生に逆らうことは神に逆らうのと同義だと言うことを早めに覚えてくれました。
「ウチはウチ、余所は余所に決まってんじゃん」
無駄に自立精神、旺盛ですね。
反骨心も立派です。
総じて、手を焼いております。
「貴方のクラスになった生徒が、従順なはずがないでしょうに」
なんでライバル教師が言いそうな台詞を生徒から聞かされなきゃいけないんでしょうね。
「セロ君はイイ子ですよ?」
「はぅ……」
セロ君の頭を撫でてあげると、はにかんで喜んでくれます。
う~ん、養子に欲しい。
「またセロだけ依怙贔屓だよ」
「仕方ありませんね。マッフル君も甘えたい年頃なわけですね。よし、わかりました。先生、撫でてあげましょう」
「ぎゃー!?」
殺される前の鶏のような叫び声をあげて逃げなくったっていいじゃないですか。
「キモッ! 気持ちワルッ! 鳥肌すげぇ!」
マッフル君はソフトタッチよりハードのほうがお好みのようだ。
びりびりハリセンの猛威を受けて、素直に地面と反省してくれたマッフル君がそこにいたのだった。
「そういうところが人格者と程遠いのだと思います」
エリエス君……、冷静にダメだししなくてもいいんですよ?
「しかし、どうして先生は強い術式師なのに、こうも性格に難があるのでしょうね」
君たちにだけは言われたくない。
「そうだよなー。術式具現師ってピンキリだけど先生は収入いいんでしょ? 収入あって、見られないってレベルの容姿じゃないし、センスも悪くない」
「術式師としては優秀。守ってもらえるというのなら十分な力量もありますわね」
「知識も豊富。こなれてる」
「授業以外は……、やさしぃです」
「逆転の発想であります。悪いところを並べてみたらどうでありますか? ちなみにリリーナは良いところにエロいところをあげるであります」
名誉毀損もいいところである。
エロさを出した覚えはありませんよ?
「節度と教える者としての心構え、人の話を聞かないところですわ。あと暴力」
「金使いがおかしい。依怙贔屓する。とりあえず反論は暴力でなんとかなると思ってる」
「ケチです。正式な弟子入りを許してくれません。それとすぐに手が出る」
「え……、と、たまに怖くなるところなのです、で、でもっ。なでなではちょっと気持ちいぃ……、のです」
セロ君の言葉に、全員が「え?」という顔をしました。
なんか妙なカミングアウトされましたが、セロ君の名誉と今後のために皆でお口にチャックです。
「個人的な休息活動を邪魔されたあげく、勉学を強要させようと議論の余地なく有無を言わせないところにあります」
全員が暴力と思っているようですが、オシオキなのです。
だいたい、宿題を忘れる、喧嘩をする、生命を狙ってくる、居眠りする、などの授業妨害を行ってタダで済むと思ってるあたり、甘すぎます。
さて、話は変わりますが、自分が何故、授業中にも関わらず生徒たちに言われたい放題されているかというと。
調整に時間がかかったからです。
「ペイル・ウラァート」
地面を這う稲妻が生徒たちを飲みこみます。
もちろん、セロ君へ向かう稲妻は避けさせました。
このあたりの調整がちょっと苦労しました。
ところが悲鳴は二つ。
黒コゲでコテンっと倒れたのは、防御結界を張ろうとしたクリスティーナ君と、とっさに飛び上がって逃げようとしたマッフル君。
「クリスティーナ君はオシオキの察知が鈍かったですね。単純に出遅れです。いくら通常術式よりも防御結界が速いといっても、防御陣の構成速度に迫る術式構成さえあれば、このとおりです。術式の腕を鍛えるのも重要ですが、攻撃を予測する力……経験則も積まなければいけませんね。マッフル君は反応こそ素早かったですが、相手の行動が広範囲であるか個人単位であるかの違いを見極めなければなりません。この場合、防御結界が正解です。マッフル君が逃げ遅れたのは単に範囲外まで逃げきれなかったことにあります。もっと速く動くか、それともとっさに防御結界を張れるか、さもなければ攻撃に耐えるために抗術式力を高めることをオススメしましょう」
逆転、ダメージを受けなかった二人――エリエス君とリリーナ君はというと。
黄と緑を混ぜた混合結界、黄緑の防御結界を張って座ったままのエリエス君。
「エリエス君はどうしてその色の結界を?」
「結界は同色での対消滅が基本です。先生が術式でオシオキする場合、黄と緑の術式を多用します。なので黄緑の防御結界なら高確率で防ぎきれると予想しました」
赤は殺傷力が高いためNG。青は衣服が濡れますし、凍らせて使ったりしたら痛いじゃすみません。
白は攻撃術が乏しく、黒は使うに危険すぎます。
消去法で感電効果のある黄、風圧による吹き飛ばし効果のある緑がオシオキにオススメです。
「先生の術式によくついてこれましたね」
「防御の硬度もそれほど硬くしなくても良かったのが、素早く張れた理由の一つです」
「もしも、先生の術式がもっと威力の高ければ壊されていましたよね?」
「先生はオシオキ用にと術式の威力を極めて低くしています。基本の硬度でも十分防ぎきれるように調整してあるのでしょう」
さすがヨシュアンクラスのエースはよく見ている。
そして、人の高さの三倍近くある大理石の上で、ちょこんと顔を出しているリリーナ君。
「さて、リリーナ君。君はどうしてそんなところにいるのかな?」
「先生が危ないことをするからであります」
「違います。どうして上に逃げたのか、ということを聞いているのです」
「安全なのがここだからであります」
野生の本能かよ。
実際、ペイル・ウラァートは地面に稲妻を走らせる黄の術式です。
前後左右にちょっと移動した程度では問題なく、当てることができます。
しかし、上方向や地面のない場所には効果がなく、【儀式場】にある大理石は高価な術式具なので破壊するわけにもいきません。
大理石の上までジャンプできる脚力があるのなら、これほど安全な場所はありませんね。
「オシオキを予測できたのは?」
「先生があれだけいじられて、何もしないわけないであります」
これも経験則というべきなんでしょうか。
無駄に警戒心の高い生徒ができてしまいそうです。反省はしませんが。
二人の解答に満足したので、そろそろ終わらせましょうか。
「二人とも、パーフェクトです。ただ一つ欠点があるのなら」
エリエス君とリリーナ君の頭の上にゲンコツ大の氷を落としてあげました。
無詠唱の『リオ・ラム・プリム』と呼ばれる術式。
形式変化によるラムの術韻が、リオの術韻を変化させます。
つまり、水から氷に変更させる術式で、さらにアレンジで出現位置を全員(セロ君以外)の頭の上に設定してあります。
もちろん、ダメージを受けたクリスティーナ君とマッフル君の頭の上の『リオ・ラム・プリム』は解除しておきました。セロ君は元から除外。
安定、安心の二段構えです。
氷が直撃したエリエス君はうずくまり、リリーナ君は大理石の上から身を投げてしまいました。
まぁ、変な落ち方しないように緑の術式でクッションを作ってあげてますから、安全ですね。
「オシオキが一つで済むと安心していたことですね。先生のオシオキを防ぎきれると思ったら大間違いです」
「……先生はオシオキに技術を使いすぎだと思います」
冷静に不満をぶつけてきましたね。
とまれ、自分のオシオキを受けて、マトモに受け答えできたのはエリエス君だけでしたか。
まぁ、まだ始まって二ヶ月とちょっと程度ですものね。
まだまだ精進させる余地があって良いことです。
「全員、瞑想の時間に無駄話なんかしているからです。気を引き締めて、感情操作をしなさい。術式の基本となるところほど、おろそかにしてはいけません」
死屍累々を見渡す。
すると、セロ君と目がぶつかった。
すぐに伏せてしまう、その瞳。
何かを言いたげだったのが気がかりでしたが……、時間も押していることです。
ちゃっちゃと授業を進めて、金策案を練らなければ。
そして、授業が終わり、さぁ、煮詰めようかと思ったとき。
「ぁの……、せんせぃ」
セロ君がおずおずと自分の前に歩いてきました。
上目遣いが似合う顔です。
何か授業でわからないことでもあったのだろうか?
そう考えて無理からぬと思うのです。
「どうしました? 何かわからないことがあったのならなんでも聞いてくださいね」
「あのぁのっ、ゎたしっ」
意を決して、ちいさな手を握りしめる意気込み。
頑なに引き締められたお口を開いて、こう言いました。
「せんせいに、おしおきされたぃですっ」
今の自分の心境はどんなものだったのか。
どんなに時間をかけても思い出すことはできませんでした。
びっくりしすぎて心が非想の領域に至ったようです。
別名、頭からっぽ。
セロ君の爆弾発言に、生徒も自分も固まったまま。
吹き抜けるのは生暖かい夏の風だけ。
いやいや……、とんでもない伏兵が現れたのでした。




