因果は回るよどこまでも
朝の会議前のお話。
こうして意識してみると、確かに節制を呼びかける旨が正面入口の前、通達黒板に書かれていました。
黒板とにらめっこしながら、やはり思うことは一つ。
「いつの間に……」
そう、いつの間にだ。
一ヶ月前までこんなことになるだなんて思ってもいなかった。
予算自体は結構な量があると聞いた。
リーングラードから10日ほどの距離にある地方都市の年間税収に匹敵するとかしないとか。
リーングラードの土地こそ広いものの、建物や人数を考えてもあちらさんとは規模が違いすぎる。
ようするに規模のわりに予算自体は潤沢にあるということだ。
なのにこうして節制を呼びかけているということは、どこかでお金を使ったということを意味する。
「予算の食いつぶしでもあったのでしょうか?」
「何はなくともお前が言うのか?」
気配自体は前々から気づいていましたが、質問の答えが返ってくるとは思っていませんでした。
振り向けばシャルティア先生とリィティカ先生。
服装は二人とも、教員服です。
お気に入ったんでしょうか?
ちなみに自分はローブだけ教員用のものです。
下は何時もどおり、モード系のカッターに綿パンですよ。
「おはようございますぅ。ヨシュアン先生ぃ」
「おはようございます。リィティカ先生。今日も素敵ですね。あとシャルティア先生」
今日も愛おしく、愛らしいですねリィティカ先生。
ニパッと微笑む姿だけで今日一日、頑張ろうという気になれます。
「おはよう、ではないぞヨシュアン。由々しき問題だ。主に貴様のせいでな」
ぞんざいに扱ってみたのにスルーされました。
「自分が何かしましたか? 予算の食いつぶしなんてした覚えがありませんが」
「最近、学園宛に請求書が届けられた」
ぬ。目付きが刃のように鋭い。
シャルティア先生がこのなんでも切り裂く勇者の剣みたくなっている時は、まずい。
主にお金絡みでブチキレている証拠だ。
「制服の代金だ」
あ。理解しました。
なるほど制服の金額が思ったより高かったのでしょうね。
「全生徒分、並びに教師分、定数割れを起こさない分を含め合計150着。国が相手だと思って容赦ないことこの上ない」
わずか10日で150着を仕上げた知り合いのデザイナーの腕前に、肝が冷えた瞬間でした。
ペラリと羊皮紙をめくり、自分に請求書を見せてくれる。
リィティカ先生も興味があったのか、自分と一緒に覗きこみこます。
このとき、きっと自分とリィティカ先生は同じ表情だったと思います。
ハニワとか、そんな感じです。
「……桁が二つほど多くないですか?」
「文面を疑う前に正気を疑え」
「……これってぇ、王都のシャトー・レビリアの特製クッキー、何倍分ですかぁ」
「おおよそ175万倍だ」
リィティカ先生が、気も遠くなるような顔をされていました。
「え? なんでたかが衣服でこんな金額に」
「どうして? ならば簡単な理由だ。内訳をよく見ろ」
制服、一枚あたりの部位値段まで記されていました。几帳面な。
この辺は別用紙のようで、新しい羊皮紙を見せてくれます。
服そのものの金額は大量発注のせいだろうか。
意外とお値打ち価格です。
生地自体も結構なものなのに、この値段は安いでしょう。
しかし、その下の項目……、術式具の値段が曲者だった。
「おおよそ服の三倍の値段ですか……」
なるほど。これが食いつぶしの正体か。
生徒発見用術式具、命名『サーチャーさん』が異様な金額で存在感をアピールしています。
以前にも言いましたが、術式具は高額商品です。
冒険者用の術式ランプですら、割高感を感じるほどに。
実際はアレでもお手頃価格なのにね。
わざわざ全部、用意してくれなくても良かったのに、律儀に150個も用意してくれたようだ。
自分が一日で作れる術式具の数は簡単なもので10個くらい、今回のサーチャーさんなら4つ、5つくらいでしょうか。それがわずか10日で150個、おそらく5.6人体勢で寝る間を惜しんでの所業でしょう。
職人さんたちの阿鼻叫喚が聞こえてきそうです。
あと、自分に対する怨嗟も聞こえてきそうです、怖いなぁ。
それゆえの驚きのお値段。相場より高いです。
しかし、どうしてこんな発注ミスが起きたのか。
発注と委託の段階でこちらの意図と違う何かが紛れこんだろうか。
こうした嫌がらせの類はきっと貴族院でしょう。
えぇ、そうに違いない。36名分あればいいところ、わざわざ4倍近い数字の術式具を用意したのですから、これはもう陰謀でしょうね。
「わかりました。巨悪は判明したので、ちょっと貴族院を爆破してきます」
「テロに励む前に現実を見ろ、巨悪」
つまり、高額商品の術式具の発注ミスも相まって、予算をかなり圧迫したようだ。
ついでに高額商品の是非を問いたのは自分で、術式具の取り付けがされたので婉曲的に自分のせいになる、と。
ぶっちゃけ逃げたいなぁ。
「このままだと一年を待つ前に全員でヨモギのスープだけの毎日になるぞ? ヨモギはいかん。酒に合わん」
基準はそれですか。
「そこでリィティカにも相談していたところだ。予算回復のための金策案をな」
「リィティカ先生はどのような案が?」
「えっとぉ……、ようするにお金がないからぁ物を売ればいいんじゃないかってぇ。多少なら授業用の素材が余ってますし、生徒が作った錬成物は売っても大丈夫なんじゃないかってぇ」
さすがリィティカ先生の叡智は素晴らしい。
錬成の授業だと生徒も調合しながら、実物を作る。
アレは一応、提出物なんですが生徒数と同値の30個もの同じ薬が集まって、これまた毎テーマごとに違う薬品が溜まるので倉庫を圧迫しています。
これを機に在庫を処理するおつもりですね、素晴らしい。
簡単な解毒薬や強壮薬、自分が飲んだ回復促進剤なんかも売れる商品になるだろう。
「いい案じゃないですか。生徒も調合できて身になり、自分の作ったものがどれくらいの価値になるか目に見えて分かりやすい」
「ところがぁ、それでも足りないってぇ……」
そりゃぁ、豪邸の一つや二つ、建てられるような金額を埋めるなんて中々の名案がない限り、不可能でしょう。
もっと長期的な視野で生産性を高める、とかでしょうね。たとえば全員で調薬するとか……?
ん? 生産?
「シャルティア先生はどんな方向性で?」
「出費を抑えるのが基本だろう。だが、なるべく早く予算の穴を埋めておいたほうがいいのは言わなくてもわかるな」
お金というヤツは大きく動いたほうが利益が大きいということです。
手痛い出費があり予算が大きく減った今だからこそ、最大の金額は今の手持ちしかない。
この最大金額を動かさない手はない、ということなんでしょうね。
とはいえ、戦時中と違って今のご時世、大金を動かせるのは貿易商か金貸しくらいでしょう。
国政の実験中に別の商売を始めるわけにもいきませんし、絶対的に顧客が限られています。
どちらかというと儲けるために何かをつくらなくてはならなくなった場合、予算が都合つけられる今しかない、という意味でしょうね。
さてさて、自分も考えどころです。
仮にも自分も販売に携わっている身、お金儲けに興じること自体に抵抗はない。
それにこの状況、自分的には珍しいものではない。
状況、といってもお金儲けのことですか。
自分がメンテ契約と高額商品、二つを中心に『売り』にしているのと同じことです。
平素はメンテで稼ぎ、術式具の販売で余剰利益を出す、こうして安定したお金稼ぎを実施しているのでした。
そして、今回も例に漏れない事になりそうだ。
「特産を作って周辺客を呼び、王国御用達キャラバン以外の訪れる頻度を上げる、という手もあるが、そもそも観光地ではないから人も呼べん。国政の実験施設というのも非常にやりづらい理由にもなろう。となれば考えられるのは――」
「それ以外の流通、ですか?」
「話が早くて助かる」
リィティカ先生が一人、パチパチとオメメを瞬いていました。
可愛いなぁ、できればもう少しアップでお願いします。具体的にはキスできる距離で。
「まぁ、まだ仮定の話だが良い案はあるか? リィティカにはそのまま調薬を続けてもらうとして、もう一つ、いや二つくらい欲しい」
「そうですね、生徒も金策が欲しいと言っていたので、術式具で空いた穴は術式具ということで」
「だが、それでも見込める金額は半分以下だ。他にも案がいるな」
すでに自分とシャルティア先生の中ではある程度、どんな状態になるのか予想できているので、着々と話が進む。
一方、ついていけないリィティカ先生は頻りに疑問符を頭に浮かべていらっしゃいます。
「あのぉ、他の流通ってぇ、どういうことですかぁ?」
「あぁ、いえ、簡単に言ってしまえば現在、学園とお金のやり取りをするのはキャラバンだけに限られていますよね?」
「そうですねぇ」
「つまり、学園とキャラバン。双方向の物々交換のような状態です。もちろん、お金を介して、という注意書きが必要ですが。現在、お金を集めようと思ったらキャラバンから巻きあげる――失礼、言い直します。キャラバンからお金を貰うしかありません。これはリィティカ先生がお薬を売ろうとしたことと同意味だと思ってください」
もちろん、リィティカ先生の御手を自らで作られた薬品とあれば大人買いもやむを得ないでしょう。
ついでにリィティカ先生もお持ち帰りしてもいいです。むしろメインで。
「ですがもう一つ、学園には流通先がある……、つまりお金の取引ができる場所があります」
「はぁ? え? どこかにお店なんてありましたかぁ?」
「店ではありません。ですが、その流通先が活性化すれば必然、キャラバンとの取引でも優位に立てる、ということです」
「他にも地元貴族から脅しとるというのも良いかもな。ヨシュアン、威力偵察でウラナリ貴族どもの屋敷を半壊させておけ」
「イエッサー、マム」
「ダーメーぇ、でーすーよぅ! 何考えてるんですかぁ二人とも」
わりと本気だったのに、ダメ出しされました。
「殲滅?」
「殲滅しちゃダメぇですぅ」
「強奪だ」
「強奪もダメぇ! 二人とも、本気ですかぁ!?」
ヤバい。何がヤヴァいってこれ以上、リィティカ先生の真っ赤に萌える愛らしさを眺め続けると自分、鼻血とか出そうです。
「貴族からの予算強奪の件は学園長向きなので、打診するとして」
「もぅ……、そんなのクレオ学園長でもやりませんよぅ」
あの老婆だからやりかねないんじゃないですか。
「しばらく節制状態のまま、予算穴埋めの案を固めていきましょう。次の会議はそのあたりで皆の意見も出していきましょう」
「よく奮えよ、底辺教師。貴様のせいだからな。率先してヨモギを食わせてやる」
まだ怒っているようです。
「ヨモギ、嫌いじゃないので別に良いんですけどね」
「悪食め」
誰が悪食ですか。自分、月間メニューだって無理して食べてるんですよ?
無理に食べる要素はどこにもないのですが。
ともあれ、お金儲けですか。
次々と問題が起きますね、まったく……。




