関節さえあればなんとか動ける人体の不思議
夜光蝶を追いかける五人の少女……、つまりウチの生徒たちです。
彼女たちを拘束術式で社宅に引っ張ってきました。
一人用にしては広い社宅も、自分を含めた六人もの人間がいれば少し手狭に感じます。
もちろん、生徒たちは皆、正座させているわけなので空間的には余裕があります。
接地面積的には目も当てられませんね。
右の端から順に紹介していきましょう。
見事、レースフリルで飾りつけられた制服を着たクリスティーナ君。
Yシャツ、青黒のトリミングベストにあえてのチェック柄ネクタイ、ファッショナブルなマッフル君。
最近、ピンク色だったリボンを青に変えたセロ君。
エリエス君は何時もどおり……、と思いきや、腰にブックホルダーがついてますし中身もあります。題名は『昆虫虐殺史』。
そして、リリーナ君はスカートの下にアンダーを着込んでますね。別に覗いたわけではありません。スカートの端から見えてるだけです。
以上、ヨシュアンクラス五名、別名『こまったちゃん』たちです。頭が痛い。
さて、この子たちの拘束術式は解いていません。
しばらく身動きできない辛さを味わうといい。
「さて、寮には門限が定められているにも関わらず、こんな時間まで君たちは一体、何をしていたのかな?」
薄く微笑みながら言ってあげました。
セロ君なんか顔を青ざめて、カタカタと震えています。
「そんなの見たらわかるじゃん」
悪びれないマッフル君の頭を殴る。
「ってぇ~! 何すんだよ!」
ほんとに悪びれていないのですよ、この子は。
「あ、あのあの……、ヨシュアンせんせぃ、ごめんなさいですっ」
耐え切れなくなったセロ君が涙目で謝り始めます。
う~ん、つまり、最初から悪いことをしている自覚はあったということか。しかし、それでもなお門限を破る必要に迫られたか……、あるいはクラスメイトに引っ張られてきたか。
「大丈夫ですよセロ君。大体、主犯はさっきので確定しましたので」
あえて落ち着かせるように頭を撫でてやる。
混乱していたら反省の意味もないですしね。
「というわけで元凶のマッフル君。どういうことか説明してもらいましょうか」
「えーっと、あっははー?」
「目線を泳がしながら笑っても誤魔化しきれませんからね」
マッフル君が口を割るまで冷ややかな眼で眺めてあげました。
「えーっと、お金のため?」
殴りたい、この笑顔。
マッフル君曰く、夜光蝶は貴族の好事家に人気だそうだ。
特にリーングラードの夜光蝶は生育も良く、一番人気だそうだ。そんなに需要がある品物ではないものの売れることは売れる。キャラバンとはもう交渉済みで後は夜光蝶を捕まえるだけ、という段取りまでしていたようだ。
また、夜光蝶の鱗粉は錬成の素材として扱われるので、そっち方面にも売れるそうです。
ある程度、需要があると見越しての行動。
門限を破るというデメリットとお金というメリット、秤に賭ければイーブンといったところでしょう。
軽い気持ちで行動するには充分なバランスだ。
……色々と言いたいことがありますが、一つだけ言いましょう。
「怪しい小銭稼ぎにクラスメイトを巻きこむんじゃありません」
アイアンクローでオシオキしてあげました。
マッフル君の口から「お……、ぐおぉ……」と女の子らしくない低音の呻きがちょっと怖かったです。
ここで違和感を覚える。
マッフル君が失敗したというのに、この尻馬に乗らずに黙っているクリスティーナ君。
いつもならマッフル君の惨状を見て、「m9(^Д^) プギャー」というはずなのに、何も言わないのはおかしい。
静かなクリスティーナ君。
俯いてプルプル震えてる? こころなしか耳まで真っ赤だ。
ブツブツと何かを呟いているので、意識的に聞いてみる。
「……違うの、違いますの、ハイルハイツ家が小銭……、小銭稼ぎだなんて、違うのですわ……、は、恥ずかしい……」
自分のプライドと戦っているようです。
貴族は領土経営でモノを得る家業でしょうに。
言ってしまえば国公認の経営者みたいなもののくせに、何をいまさらと思わなくもありません。
「しかし、お金が必要ってそんなに困窮しているのですか? 最低限の衣食住は確保できているでしょうに」
本来ならば金銭を払って勉学を教わるのが義務教育だ。しかも義務ですから受けさせなければならない。
強制的にお金を徴収する代わりに知識を与えるわけです。
しかし、義務教育推進計画において、初期実験ということもあって今回、選ばれた30名と教師陣は滞在費なんかを全て王国が賄っている。
とはいえ、本当に最低限。
農民出身の子なら苦にならないレベルだろう。
必然、それ以上の贅沢をしたいと思うなら、お金が必要だ。
今のところ、生徒たちがお金を得られる機会はキャラバンで物を売るくらいだろうか?
他にも生徒間での売買があるかも……、これはあまり良くない傾向だ。
あくまで生徒の立場は平等でなければならない。
これは貴族と平民を同じ部屋に詰めこむにあたり、最初に考えられた方策だ。
身分差というのは非常に厄介なシステムだ。
会社経営や軍、国の管理などの機構を求める場合、身分差は利点がある。
簡単な話、下の者が動き、得た情報を上に流し、最上部がもっとも効率のいい判断を下す。
伝言ゲームよりも、こうした水車のような情報の受け渡しのほうが劣化も少なく、広く早く伝わりやすいということです。
仕事の分担も出来ますし、原始文化から貴族社会までは、ほぼ同じシステムの基礎を使って組まれています。
はっちゃけると『誰もが思いつきやすい』文化形態になります。上位者が欲しいんでしょうね、自信がないと。
しかし、デメリットもある。
上位者の判断が下位の人間にとって理解できない、ということです。
特に上位者の判断ミスは下位の人間を無駄死にさせるだけです。上位の者に届く情報が錯綜することもありますし、システムとしてはまだまだ未完成ですね。
あと、上位者が偉いと上位者自身が勘違いし始めることです。ただの役割分担だったものに権威やら加護やらを身に付けて、妙な見栄を張り始めます。
やがて『自分は偉いのだから下の者を虐げてもいい』という変な思考へと突っ走ります。
アホじゃないかと思われますが、権力を持った途端、人が変わるなんてことはよくよく聞く話ですからね。バカには出来ません。
このデメリットがこじれたのが少し前の……、四年前から十四年前のリスリア王国です。
ともあれ、貴族社会は嫌いですが良い面を蔑ろにするつもりはありません。
貴族社会の根底にもなる上下関係についてまで、自分は否定しません。
と、とと、話が横道に逸れましたが、要するにメリットを最大限に活用し、デメリットを持ちこませないようにするには『教師>生徒』の単純な構成がもっとも隙がなかっただけのことです。
しかし、金銭のやりとりはあっという間に上下関係をつくります。
教師から生徒へ、というのは分かりきっているでしょうが、生徒間だとせっかく身分を問わないようにした制度が無駄になってしまいます。
大体、元よりお金を持っているのは貴族の子なんですから、
「金貸すから手下になれよ」的な流れがあったら、平民の子はあっという間に言うことを聞いてしまうでしょう。
平民は貴族に逆らえないように躾られていますから。
貴族が平民と見下しいじめ始めると、平民出の生徒の向学意欲が右肩下がりで爆進することでしょう。
面倒くさいからなんとかすべきなんだろうが、さて、考えどころだ。
「節制すれば、ちゃんと生活していけるでしょう?」
自分は自作術式具の販売やらメンテ契約で結構、儲けてますのでお金の心配はないのです……、あ。
メンテ契約、どうしよう?
ベルベールさんがうまくやってくれていることを祈りましょう。
ともあれ、自分の収支は大体、高額商品の取り扱いですので一回当たりの儲けがハンパないのであった。
「お金がなかったら人生は灰色なんだよ!」とはマッフル君、魂の叫びです。
「……修道院の皆に負担をかけたくないのです」とはセロ君ですが……、マッフル君が歪曲的にセロ君をディスっているように聞こえます。
たぶん、お互い他意はないんでしょうね、えぇ。
「勉強用の羊皮紙が割高でした」とはエリエス君。配られた羊皮紙では足りませんか? 足りないんでしょうね。
「キャラバンで豪遊であります!」はリリーナ君……、先生、その台詞に目を覆いたくなります。
無駄に欲望に正直すぎますよ。
さて、この中で一番、お金持ちのクリスティーナ君は一体、どんなオチを持ってくるのでしょうか?
「わ、私はただ……、ごにょごにょ」と恥ずかしそうに呟く。真っ赤な顔に涙目のクリスティーナ君でも自分の父性とやらを刺激するには充分なようで。
まぁ、その様子で大体、わかりました。
ようするにこの子、皆がやってるから仲間はずれにされたくなかったんでしょうね。
たぶん、クラスメイトには「仕方ありませんわね、私も着いてってあげますわ」的なことを言っておいて見栄を張ったでしょうから。
ここは大人として、そんな小さな見栄を見守ってあげましょう。
聞こえません、なんて言ったりしませんよ安心して、
「聞こえねーし、ちゃんと言えばいいじゃん」
安心できねぇよ。
こっちの気配りが台無しだ。
「う、うう、うるさい! 大体、アナタが言い出しっぺでしょうに! 責任とってオシオキされなさい!」
「オシオキされたじゃん!? これ以上、アイアンクローされてたまるかぁ! 死なば諸共だ!」
「死ね! アナタだけ死に遊ばせ!」
「み~ち~ず~れ~じゃ~!」
芋虫のように這いずり、フリルを粘着ちっくに襲う奇妙な絵柄がそこにありました。
我が家に名状しがたい角度より奇っ怪な何かがシューシューと音を立てながら、平凡という名の大事なものを侵食していってます。
無色の源素なんて目じゃねぇです。この侵度。
そろそろ宇宙的な法則によって、お隣のシャルティア先生が怒鳴りこんでくるんじゃないかと心配です。
適度に二人とも殴って止めて、拘束術式を解きました。
拘束術式が拘束しきれないものがあると知った26歳の夏でした。
「ともあれ、お金が必要なのはわかりましたがルールを破っていい理由にはなりません。ルールは誰を護るかというと君たち自身を守っているのです」
実際は強者を護るためのルールですけれど。
「その君たちが自分でルールを破ればどうなるか、わかりますね」
「ご、ごめんなさいです」
「すみませんでした」
「エロ本はベッドの下でありますか」
ここは素直に謝るシーンだよ! 人の言うことを聞かない不可思議生命体め!
なお、オシオキによって悶絶している二人は謝るようなコンディションではないので割愛しました。
真面目な話で返しますが性欲くらいは理性でどうにかしないと戦略級は撃てませんよ?
戦略級術式に要求される感情操作は、ある意味、心の理の限界でしょうね。
自分の場合だと鋼の硬さを越え、海底よりも暗い、感性の停止を持ってしてベルゼルガ・リオフラムを使いますし。
メルサラのタンライガ・ウーラプリムにしても狂気の闘争心が無ければ撃てないものですから。
内紛当時、感情のハイエンドをいつでも引き出すためにと薬品を使うこともあったようです。
もっとも自分たち、今世代の【タクティクス・ブロンド】級は極まった者が多いのか薬品の使用には至っていないようですが。
常識人にはきびしい集団です。
ヤク中代表のような先代【タクティクス・ブロンド】は……、あえて言うまでもないでしょう。
言ったところでもうすでに全員、死んでますけどね。
「ちゃんと謝ったので反省文で許してあげるとして。夜道は怖いですからね。皆、寮まで送りま――」
「先生」
エリエス君が木製ダイニングテーブルをじっと見ていました。
そこには今日の授業が終わった後、帰ってきて広げた書類と術式具を創る道具が転がっています。
特にエリエス君の視線は自慢の刻印セットに向かっています。
革のマットの上に無造作に置かれた、金属に術式を刻むための専用の小槌や各種の線が描かれたポンチ、術式の設計図などなど。
「先生が術式具元師の仕事をしているのは知っていました」
「へ? そ、そうなのですか?」
初めて知ったという顔のセロ君。
エリエス君には屋上で言った……、わけではありませんが、そうだと匂わせることは言っておきましたからね。
たぶん、自分が術式の道具を創る職業――術式具元師だったくらいの予想は立てていたでしょう。
「興味がありますか?」
「蝶よりは」
短く、瞳は急き立てる。
金欠の生徒たち。術式具元師の生計。二つが交わってピン、と来ました。
「作ってみますか?」
「術式具を、ですか?」
「えぇ。材料はふんだんにありますからね。そうですね……、仮に作ったものが術式ランプとして材料費と受講料を引いて、取り分は売れた金額の30%くらいが妥当ですかね」
実は、最初のキャラバンが訪れた時、衝動に任せた大人買いのせいで金属が余ってしまう事態が発生しまったのだ。
自分が本当に作りたい術式具は、このリーングラードでは作れない。
王都の自宅にある、動かせない専用の工具も必要なので実際、金属を買いためても仮説実験は出来ても、本実験できない状態にありました。
結局、持て余してしまったところ、錆びるに任せるよりも消費できるなら、それに越したことはない。
「術式ランプとか作れるでありますか?」
「まぁ、蝶を捕まえるよりかは儲かるでしょうね」
言った瞬間、ゾンビのように立ち上がって「マジで!?」と叫ぶマッフル君。
「はい! はぁい! やる! 絶対やる!」
「マッフル君は、どうしましょうかね」
「土下座する! 初めてのはあげてもいいからやらせてよ!」
「言葉には気を付けましょう。卑猥な言葉に聞こえますからね」
金のためならそこまで身体を張りますか。ドン引きです。
ちなみに「初めて『作った術式具』はあげてもいいから『術式具製作を』やらせて」が正しい言葉です。
さて、作りたい者が居るというのなら、自分もやぶさかではありません。
「あと30%はボリすぎ!」
「かなり良心的だと思いますよ。本当なら50%でも良かったんですから」
「20%!」
「賃金の値上げ交渉は受け付けません」
「なら25%でどうだ!」
「受け付けないと言いましたよ?」
ニッコリ微笑んで、拳を見せると引き下がりました。
「交渉に暴力なんて先生はわかってない」とブツブツと呟くのがわかりましたが、あくまで教育課程の一環も含めてあります。
どこかの誰かさんは術式が苦手みたいですからね。
術式の構成が目に見えてよくわかる術式具の製作はマッフル君のためにもなります。
先生の深い愛はなかなかわかってくれる兆しを見せません。
時にはオシオキを交えて、魂に刻みこんでいきたいと思います。
それとはまた別に、自分は少し手を顎に添えて考えてみる。
パッと思いついた問題は二つ。
問題の一つは教えるための時間。
放課後、一時間だけちょこちょこ教えていくのと、参礼日の午前中をまるまる使って教えていくのと。
どちらが自分にとって負担が少ないだろうか?
そして、生徒たちの負担にならないようにするにはどうしたらいいものか。
「あ、何それ。出し惜しみ? 先生、そんなイヤらしいことするんだ? 門限ブッチは謝ったじゃんかよ!」
「違います。別の理由です。別に渋っているわけではありませんよ。そもそも教えようかと言ったのは先生のほうですからね。ただ――」
「ただ?」
「これで君たちの成績が落ちたら、本末転倒ですから」
露骨に呻くマッフル君でした。
他の子も鼻白んでいるような空気を帯びています。
そして、問題のもう一つ。
このリーングラード学園は、非常に生産性が欠けている。
正確には『生産にすごく時間がかかるもの』が売りです。
この学園に生産するものがあるというのなら、それは生徒たちに他ならない。
優秀な人材を各方面に派遣することを条件に、貴族や各商業からお金を貰い、それを予算にして学園を運営している。
もっとも、この学園は開園して間もないため、信用性なんてあったものじゃありませんけどね。それはそこ、国営であることが信用の肩代わりです。
かくして貴族連中は金をもぎ取られて弱体……、は、横に置いておいて、予算はある程度あるようです。
しかし、それも無限ではない。
さて、そのあたりの具体的な数字や感覚はシャルティア先生のほうがよく知ってるでしょう。
ともあれ、この学園、常に消費しているだけの状態です。
時間と共に予算を食いつぶしていくので、最終的には金欠になっていくと思っていました。しかも、一番お金の無い層、生徒たちから。
どうしていきなり生徒たちが金欠状態になっているのか。
原因を探らなければならない。
「ところで、他の生徒たちも同じような状態……、お金がないと言ってましたか?」
「え? そりゃぁ、平民勢はいつも似たようなものじゃないの? あ、でも最近、なんかご飯の質が下がったような?」
「節制のご協力の、通知がありました」
ぼそりと呟くエリエス君。
節制の協力? いつの間にそんな話が。
これは明日の会議でも聞いてみる必要がありますね。
「それより先生」
「えぇ、教える時間については後日、改めて言いましょう。ちなみに参加は自由です。また、他の生徒にも呼びかけてみてもいいと思ってますので……、いえ、もっと詰めてからにしましょう。ともかく、もう時間も遅いので皆、送りましょうか」
生徒たちを寮へと連れ帰る途中。
生徒たちの和気藹々とした絶叫やら怒鳴り声を聞き流しながら、自分はこの状況について深く思慮を巡らせていた。
これが貴族院からの影響だとすると……、そろそろ尻尾の一つくらいは握れそうな感じです。




