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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一間章
50/374

造園と巧みな罠

 リスリア王国の中央、リスリア城。

 砦や要塞としての機能性よりも住居としての機能を優先させたせいか、華美に建築されたこのリスリア城を鳥の視点で眺めれば、二重螺旋が地を張っているように見えるだろう。

 あるいは大小の円を積み重ねた形状。


 円の中心部にある庭園はこまめに手入れされているのか、綺麗な造園の美を描いている。


 そんな人工的に作られた自然美の中、一人の女性が優雅な足取りで進んでいく。

 宮廷用のカラードレスを着用し、スカートの裾で芝生の頭を撫でながら歩く女性の名前はレギンヒルト・ジークリンデ。

 優雅に構えていても、彼女は周囲に対して、ある一定の警戒を怠らない。


 特に同じ貴族に対しては、充分に気をつけるようにしている。


 これは何も不思議なことでもなければ、特異なことでもない。

 貴族にとって貴族ほど危険な相手はいない。


 格下の者を警戒するチャンピオンはいないのと同じで、同じ土俵に立つ相手こそがもっとも警戒に値すると考えているからだ。


 これをヨシュアンに言わせるのならば、甘いというだろう。

 しかし、この感覚は概ね貴族の共通認識だ。そう容易に意識の変革は成されない。


 下手な言質でも取られようものなら、そこから利益を得ようとし始め、それを回避できても妙な取引をされたりする。


 ましてやレギンヒルトは男性からの求婚を条件にされることが多い。

 24歳と結婚適齢期も過ぎてもコレなのだから、嘆息するしかない。

 窮屈の嘆きの色がまた、か細いレギンヒルトに儚さの色を加えてしまうので、更にレギンヒルトへの注目度が増すばかりという滅多に見られない悪循環に嵌ってしまっていた。


 しかし、それも『とある理由』が原因で、一年ほど前から徐々に求婚の要望が途絶えてきている。

 むしろ『とある理由』のために結婚適齢期を過ぎたといっても過言ではない。


「(それもヨシュアンのおかげなのでしょうけれど)」


 それでもめげない相手も多かったが、四年前の内紛終了時に比べればどうってことないレベルだろう。


 そんな手前もあって王城にいるときは常に気を張っている状態を続けている。

 人前なら気を使うのはどの女性も同じなのだが、レギンヒルトの影響力を考えれば迂闊な真似はできない。


 厳粛な彼女は、だからだろうか――庭園の隅に隠れている気配に気付く。


 それは初めこそ遠巻きに伺うだけだったのが、いつの間にか接近してきていた。

 じわじわと、確実に。


 王城の二ノ丸、ちょうど城門から入って二つ目の庭園で、とうとう露骨になり始めた。


 たとえレギンヒルトでなくても、一定間隔で揺れる草葉がレギンヒルトの後をつけてきていれば無視も出来ない。


「そこな方、何用でしょうか?」


 そろそろ無視し続けるのもイヤになってきたので、隠密中の誰かに向かって声をかける。


「ふっふっふっ――」


 抑えるような笑い声。

 隠密中の細作が声をあげるなんて、もっての他だ。

 しかし、そことは違う部分でレギンヒルトは驚き、内面を外面で押し殺した。

 指摘すれば、逃げるものだと思っていたのだ。

 それが自ら存在をアピールするように笑い声をあげる、となればセオリーから外れる。

 セオリーから外れた相手というのは、レギンヒルトにとっては非常に危険な相手だ。


 内心を引き締め直して、笑い声に振り向くと――


「よくぞ――よくぞ俺の隠形を見破った。さすがは音に聞こえし【タクティクス・ブロンド】が一人。【たゆたう白銀】レギンヒルト・ジークリンデよ」

「何をなさっているのでしょうかランスバール陛下」


 なんか王様がいた。

 豪華なマントに数多の刺繍が散りばめられた衣服。

 頭に乗せた王の冠はまさに王というスタイルそのものだろう。

 身体のところどころに葉や枝を載せ、何故だろうか、目元を隠すような布のマスクで顔を隠している。


 この人に仕えていると思うと、頭を抱えたい気持ちになる。


「ちがうな。俺はランスバールと呼ばれるナイスガイかつクレバーで偉大すぎる王とは違う。そう、強いて言うならば、そこら近所の草むらに生息している野生の王だ」

「広義の意味でホームレスか何かでしょうか?」

「YES! ホームレス・キング! あるいは野良キング! うむ。キングと名をつければ全て偉大に聞こえるな。驚きの新発見だと思わないか?」

「思いませ――いいえ、そうですね」


 仮にも真にも自分の仕える王なので、あえて苦言は避けたレギンヒルトだった。


「それで何か御用でしょうか陛下」

「俺は野生の王なので何をしてもいい」

「そうですか。では、ごきげんよう」

「待てぃ! おい、無視すんな! ヨシュアンがいなくて俺のヒマつぶしが『悪の王様ごっこ』しかないのをいいことに無視すんな!」


 この際だと、ちゃんとランスバールに向き合う。


「いいですか陛下。内紛終了から早4年、まだ4年です。まだまだ民草の心は乱れ、諸外国の細作は入り乱れ、貴族は腐乱から抜けきれず暗躍跋扈が続く世の中。陛下の功績はリスリア王国に目に見えて新たな治世と知らしめ、徳義あれと政に忠を集めました。ですが未だ忠道を解さぬ者も多いのです。言わば王国の腐乱と決別し、清廉なる国家たらんとする導きの時。その切所に王自らがあろうことか『ごっこ遊び』とは如何なるおつもりでしょうか」


「あれ? 対面して一分で説教が始まったぞ? これはどういうことだ?」


「王とは常にこの世の全てからの目に触れる存在。気高きにして仰ぎ見るべきお方。その全ての民の模範とならんとする姿勢こそが民に導きを実感させ、自らの仕えるべきと心に刻むのです。軽はずみな行為は控えていただきます。これを苦言とされるのならば、単に忠道所以のこと。あえて忠言として受け取っていただきます」


「ぬぅ、言っとる意味がわからーん! えぇい、誰かある!」

「ここに」


 がさりと草むらからメイドが普通に現れた。

 レギンヒルトからすれば見慣れた顔……、もっともその顔はランスバールと同じく布のマスクで目元を隠しているが、間違え様もなく王室専属メイドであり侍女長のベルベールだった。


 一体、何のマスカレイドかと思うレギンヒルトだった。


「翻訳しろ。わけがわからんぞこのアマ」

「はい。『王様らしくしろ』と『私のせいではありません』の意味が込められています。裏には『貴方の生活態度が気に入らない』という意味もあります。つまるところ『仕事しろ』に尽きます」

「うん? それはつまり、問題ないということじゃないか」

「はい。何も」


 したり顔で笑みを深めるランスバールに追従するベルベール。

 レギンヒルトの遠回しな批難もなんのその。

 その様はまるで、以前、ヨシュアンが遊びで作っていた『ぴたごらすいっち』という装置のように見える。

 意味のなさという部分はまったくそっくりだと思うレギンヒルトだった。


「陛下。それにベルベールまで。何の冗談と嫌がらせですか」

「私はベルベールと呼ばれる気立て良く、献身的で優しく主を立たせる素敵メイドではありません。野生の王に仕えし、勤務内容も心根の内もちょっとブラックな野生メイドにございます」

「……そうなの」


 もう何も言うまいと心に決めた瞬間だった。


「ともあれ陛下。お戯れはほどほどになさいませんと、正道たらんとするものが――」

「おい、あいつ、口うるさいぞ」

「ヨシュアン様曰く、レギンヒルト様は正論で人を脅すタイプですので正常運行だと思われます。具体的対処は右から左で」

「うむ。なら問題ないな。あ、なんか殺気がヤバくなったからアレを持て! 割と鬼気迫る感じだ!」

「はい。すでに」


 ばっちり内緒話が聞こえていたレギンヒルトがニッコリ微笑む。

 男性特有の、女性が怒るサインを受け取ったランスバールの動きは早かった。


 ベルベールがパッと後ろ手から取り出した細長い箱。


 それを見たレギンヒルトの瞳がスーッと細まる。


「陛下。物で人を釣ろうというお考えは陛下が目指す腐敗を是正するという政の方針に背く行為だけではありません。陛下を信じて仕える我々への背信でもあります。信というのはですね――」

「これはヨシュアン様より承った贈物にございます」

「――誠実であるとされ誠実ということは……、今、なんと?」


「正論で人を脅すタイプですので正常運行だと思われます」


「違います。もっと先です。それと、わざとですね?」


「失礼しました。先のキャラバン経由で届けられたヨシュアン様からのお届けものです」


 ベルベールの一言は、レギンヒルトをさらに警戒させるのに充分な威力があった。


 罠である。


 まずヨシュアンからのプレゼントという部分に嘘はない。

 何故かヨシュアンは贈り物などの贈呈物に過剰な包装をしたがる。

 ベルベールの持つ小箱は、箱の周囲を貴重なパルプ紙で包み、リボンで包みを縛り上げ景観の華のように添えている。


 これは間違いなくヨシュアンの仕業だとレギンヒルトは予想する。


 その神経質なまでの過剰包装な贈り物が誰に宛てられたのか、興味がある。知りたいとさえ思う。

 贈り先が自分であれば嬉しく思うし、知らない誰かだったとしたらその相手とヨシュアンの関係が気になる。


 そして、その相手が女性だとしたら。

 どういう反応を取ってしまうのかレギンヒルトにもわからない。

 口説かれたり、愛を囁かれることは慣れていても、愛を交わし合うことには慣れていないからだ。


 いつも、どちらか一方の好意しかレギンヒルトを通さない。

 レギンヒルトからすれば、ひしめく男性の想いはすべからく無遠慮に放たれる矢であり、剣だ。

 そして、レギンヒルトが与えるモノは家族にすら、うまく伝わった試しがない。


 以前、なんとしてでもヨシュアンに好意を気づかせようと七日七晩、詰め寄ったのに何故か術式の講座を開くことになった時は、布団の上に突っ伏したほどだ。

 恋愛下手だと理解した瞬間だった。


 迷惑そうな顔ではなかったので、おそらく嫌われていないはずだとは思う。


 それはさておき、結局のところ、もしもプレゼントの相手が女性だった場合、レギンヒルトに手の打ちようがなくなってしまう。

 レギンヒルトの言葉を止めるには十分すぎる罠だ。


「そうですか。それでですね陛下。聞いていますか?」

「ぬ、矛先が変わらないな。鉄のような精神力だな」


 すぐに誰宛かを聞き出したいものの、まんまと口に出せば出したで取引に応じたようなイヤな気分になる。

 なのであえて罠をスルーする。これが正解だろう。


「これはエドウィン様宛のものです」


 しかし、ベルベールは容易くレギンヒルトの心をかき乱す。


 エドウィン・フンディングの名前を聞いて、少し安心する。

 貴族嫌いのヨシュアンが唯一、貴族の中で友と呼んでいるものだ。

 その性癖のせいで完全な安心感こそないが、何よりも納得できる。


 逆理、何かが引っかかる。

 わざわざエドウィンへのプレゼントをレギンヒルトに見せる必要はないし、何より「これは」と言った。

 まるで二つ以上、プレゼントがあるみたいな言い方だ。


「実はもう一つ、あります。分裂です」


 予想通り、ベルベールはもう一つ、細長い箱を取り出してくる。

 同じような過剰包装、唯一の違いはリボンの色。

 緑のリボンがエドウィン宛。となると青の色は一体。


 リボンが【タクティクス・ブロンド】の称号を示す色合いだと考えると、緑がエドウィンだというのは肯ける。

 しかし、青となるとわからない。


 青はヨシュアンの色で、レギンヒルトの色は白だ。

 レギンヒルト宛ならば白のリボンが妥当だろう。

 しかし、あえての青。

 あるいは【タクティクス・ブロンド】と関係ないのでヨシュアン自身の色にした、という考えもある。

 単純にリボンが緑と青しかなかったという可能性も捨てられない。


 深読みしてしまうのも自覚している。


 例えば、そう。もしも『自分の親しい人』という意味での青を選んだとして、その相手がレギンヒルトだったとしたら。

 嬉しいとさえ思うが、結局、レギンヒルトはヨシュアンから直接、好意を意味する言葉を貰ったことがない。


 好きや愛しているなどといった、意味のある言葉。

 その言葉がないから、レギンヒルトは不安になる。


 はたしてヨシュアンはレギンヒルトのことをどう思っているのか。

 人伝でしか聞いてこなかったせいで、終始、確証がないレギンヒルト。


「知りたいですか?」

「意地の悪いことを……、何が目的です」

「目的だなんて、そんなはしたない。私は野生のメイドですので野心とは無関係にあります。レギンヒルト様におかれてはどうかとは存じますが」


 「あれ? 俺、空気じゃね?」と首をひねっているランスバールは無視する。

 本来、極刑ものの仕打ちではあるが、本人が『お忍びであると取れる発言』をしている以上、過剰な反応は逆に失礼に当たる。


 なので、レギンヒルトにとって現在の敵はベルベールのみ。

 戦力差は圧倒的な情報不足による、レギンヒルトの劣勢。


「どう、とは?」

「エドウィン様は現在、中立の意を示しております。彼の【タクティクス・ブロンド】は民によく尽くし、誠意ある領を収めております。レギンヒルト様もまた、自身がおっしゃるとおり、より良く内政に務めてらっしゃるとお聞きします。さて、この差は一体?」


 ヨシュアンは貴族嫌いで、エドウィンとレギンヒルトは貴族。

 お互い、ヨシュアンの言うところの『良い貴族』と呼ばれる人種だ。


 エドウィンにプレゼントが贈られ、レギンヒルトには贈られていない。


 そう考え、とたんに息苦しいものを感じる。

 まさか、自分に不手際があるとは思えない。

 嫌われてはいないはずだ。

 ただ一つ、思い当たる理由はあるが、それは時間をかけて当たる案件で当人も納得の色を見せている。


 そして、『とある理由』もまた、この話に絡んでくる。

 これまた、本人にも納得の色が濃いので気にしなくてもいいはずだろう。


 気を取り直して、呼吸も整える。


 今度は表向きを裏返す。

 これは言葉どおりの話ではなく、裏向きの話なのだと意識し、即座に思考は反応する。


 これは義務教育推進計画における立ち位置の話なのだと。

 【タクティクス・ブロンド】の内、メルサラを含む三名が無関心を示し、王派のヨシュアンは賛成派、エドウィンが中立派となれば、レギンヒルトは?


 レギンヒルトだけが立ち位置を定めていなかった。

 普通に考えればNOの位置だ。貴族院のことは好かないが、彼らの『王政保守』は理屈として通っている。しかし、内紛がどうして起こったのかを考えれば素直に首を振れない。


 長く滞ったリスリア王国に改革は必要不可欠だ。

 またレギンヒルトが所属する派閥は元老院。

 派閥の意向を尊守するならば、中立派だ。

 義務教育にそこまでの力があるかどうかも疑問点に挙げられる。


 またヨシュアンのことを考えれば、素直にヨシュアンの思うとおりにしてもらいたいとも願うので賛成派とも言える。

 いや、立ち位置という考えならばヨシュアンの傍らに立つのが正解と言える。むしろ願望に近い。ヨシュアンの傍らで同じ意思を持ち、同じように居ていたいと思うのは恋する乙女としては正しい在り方だろう。

 なるべくヨシュアンとは道を違えたくないとも思う。

 できれば一緒に仕事なんか出来たらとも考えたが、術式担当の席は一つしかないので同じ職にはつけない。夢想は尽きないが今はその時でないと自重する。


 総じて、全ての派閥にレギンヒルトが所属する理由になる。


 利益だけ考えるならば、賛成派か反対派。

 感情を優先するならば、賛成派か中立派。

 理性で考慮するならば、中立派か否定派。


 最悪の場合、貴族院を敵とみなす覚悟くらいはある。


「(と、考えていらっしゃるようですが、すでに答えは決まりきっているでしょうに)」


 ベルベールは高速で逡巡するレギンヒルトの心理を読みとる。


 実のところ、この意地の悪い質問に貴族や派閥はまったく関係ない。

 プレゼントは元より、レギンヒルト宛だ。はぐらかす理由もなければ、こうして試すような理由もない。


 メイドの信条に従って、素直に渡すだけだ。


「(もっとも多くの思考を割り振ったものこそが、貴女の本心ですのに)」


 思考とは興味に強く寄る性質がある。

 人の心を読むベルベールだからこそ、明確に理解できる真理の一つだ。


 興味とは感心であり、一番、心が強く望むことを指す。


 ならばレギンヒルトは派閥よりも、賛成反対という問題よりも『ヨシュアンのところに居たい』という、なんとも安直な気持ちが素直に現れている。


 立場上、そう簡単に感情のまま動くわけにはいかないだろう。

 そうなれば落としどころも簡単だ。


「(中立派。反対派に回ればヨシュアン様との敵対を意味し、賛成派は貴族院との敵対を意味します。それに御大層に掲げた覚悟。裏を返せばヨシュアン様と敵対する覚悟はない、と言っているも同然です。明確に貴族院の敵になりたくはないので、中立を選ぶでしょう)」


 義務教育計画において、中立派こそが圧倒的多数だ。

 そこにエドウィンとレギンヒルトが所属するのは、ランスバールの立場を考えれば、あまり良い話ではない。


 言ってしまえば、どちらに転ぶかわからない層がたくさんあるということなのだから。

 情勢次第ではランスバールたちの負けもありうる。


「(出来ればレギンヒルト様はこちらの陣営に。そうでなくとも『こちらに有利な中立』の立ち位置を築いてもらいます)」


 ベルベールの思惑通りに、レギンヒルトは決意する。


「元老院の派閥としての意向に是非はありません」


 思った通りの答えを、ベルベールは無表情のまま受け止める。


「ん~? お前、それでいいのか?」


 もしも意外なことがあったとしたら、ここでランスバールが口を開いたことだった。


「おいおい、レギン。お前、まさか義務教育がどんなもんか理解してねぇとか言うんじゃないだろうな? ん?」


 隅でバッタの交尾を眺めていたと思っていたら、いつの間にかレギンヒルトの背後にランスバールが居たのだ。

 思考を読むベルベールでも、この行動は驚きに値する。


 思考のない行動は読めない。

 ランスバールは時々、そんな思考すら伴わない行動を平気でやってのける。


「それは陛下。子供に教育を義務付けるという法律で」

「おう。なんでお前らはそう、中立だの反対だのわけのわからん言い訳ばっかりなんだ? ガキが頭良くなって、お前ら困るのか?」


 心底、わからないという顔をする。

 これにはレギンヒルトも驚く。


 義務教育推進計画を取り巻く権謀術数を知らないとは言わせない。


「お前の言う忠がどうのこうのってのは、アレか? 頭良くなったら意味がなくなるもんか? ちげーだろ」


 ただそこに在るだけで、跪きそうになる威圧。

 普段の言動では到底、想像もつかないような王威がランスバールの背より吹きすさぶ。



「忠を尽くすべき俺が居るんだぞ。賢しいだけのバカに何ができる。己に自信がないからそうやって迷うんだろーが」



 ランスバールの意見は単純明快だ。

 それ故に万人には難しい方法。


 国民全員が賢くなったら、それに負けないくらい自分が賢くなればいい。

 誰かが跪きたい、そう願われる上位者であればいい。


 誰に対して忠を尽くすか、そう問われているのに「誰にも忠を尽くさない」とレギンヒルトは答えたも同然だと言われたのだ。


 そう取られても仕方ない答えでもあった。


「失礼しました陛下。私は――」

「俺は野生の王だっつーの。そういうのはパーフェクツで光り輝く威風とか纏ってるランスバール王に言ってやるべきじゃね?」

「ですが、私は陛下の前だとしても、やはり中立の意を貫くでしょう」

「ほーん」


 鼻でもほじりたそうな顔でレギンヒルトを見下ろす。


「家が大事か?」

「家族を尊ばないものはいないでしょう」

「何に忠を尽くす?」

「王以外にと仰れるのなら民に」

「ヨシュアンのどこが好き?」

「それは関係ありません」


 舌打ちするランスバールを射抜く、冷たい瞳。


「いずれ10年、20年先。リスリア王国は大きく変わるでしょう。その初動はきっと今です。だからこそ早期の判断で民を惑わすつもりはありません。そのためなら個人で動くことも視野に入れております」

「ま、好きにしろや」


 もう興味をなくしてしまったのか、適当にヒラヒラと手を振りながら草むらに帰っていくランスバール。


「どうやら、レギンヒルト様の在るべき場所は固まったようで」


 同じように草むらに帰っていくベルベール。


「ちょっと待ちなさい」


 ベルベールの肩を掴んで動きを止める。

 いや、止めたはずだった。


 なのに肩だったものはいつの間にか包装過剰な小箱に変わっていた。

 まるで手際のいい奇術師の手品でも見たかのように、レギンヒルトの柳眉が大きく動く。


「それは景品です」


 ベルベールの声だけが庭園に響く。


 ランスバールの入っていった草むらに向かって、リューム・プリムの術式を放つ。


 バッサリと庭園の一画が剥ぎ取られた跡。

 そこには何の痕跡も見当たらない。


 王もメイドも忽然と姿を消し、レギンヒルトだけが庭園に残されていた。


 一体、これは何の試しだったのか。

 あるいは試しではなく、もっと別の何かだったのか。

 レギンヒルトにも想像がつかない。


 ただ、手に入れたプレゼント、飾りつけるリボンにはなかったはずの一葉のカードが添えられていた。


 カードの中央には『親愛なるレギンヒルトへ』と短く刻まれた文字。

 裏返せばヨシュアンの名前が記されている。


「……もっと普通に渡してもらえれば素直に喜べたものの」


 ポツリと、唇から自然と言葉はこぼれ落ちる。

 あれほど圧迫されたり、驚かされたり、決意させられた後でプレゼントを渡されても手放しに喜べやしない。


 しかし、そんな気持ちとは裏腹に口元はゆっくり、締まりないよう緩んでしまう。


 大人の女性なのに、その微笑みは子供のようでもあったと知る者は、



「おぉぅ……、儂の庭園が、儂の作品がぁ……」



 手塩を賭けて造り上げた造園の美の匠。

 孫のように草木を愛する王城勤続50年のベテラン庭師、ゲルハルト(65)くらいなものだった。


 その嘆きに気づかぬまま、去りゆくレギンヒルト。


 後日、ランスバール王発行のゴシップにて、庭園を破壊するレギンヒルトの絵と虚実織り交ぜの内容が記されていた。

 王城の噂にてソレを知ったレギンヒルトの唇は、酷薄そのものだったそうだ。

 


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