中間管理職はどんな職でも大変です
じくじくと傷む肺腑を抑えこみながら、メルサラ・ヴァリルフーガは森を往く。
元より敗北はわかりきっていたことだ。
そもそもヨシュアン・グラムとの闘争はメルサラにとって非常に分が悪い。
赤色の源素の真髄をもってして、大火力による圧倒的な蹂躙。
これこそがメルサラの真価であり、対軍性能を持つ戦略級術式師の正しい在り方だ。
個人戦においてもソレは変わらない。
火力に任せた制圧力、広範囲に渡る面単位の暴力、敵に息継ぐ暇を与えない連射力、草の根一本残さない殲滅力。
それらは押し返すのが非常に困難で、大抵の敵は力に押されて潰され、殺される。
一方、ヨシュアンの戦略は非常に繊細だ。
一歩間違えれば、あっという間に死んでしまう。刹那の見切りを誤れば負けて死ぬ。
タイトロープのような攻防、しかし、その線の細さがメルサラの術式の隙を突く。
戦略術式師としては、その線を編みこんで網のように広げ、広範囲を巻きこみ消滅させる。
スタイルの違いこそが、メルサラとヨシュアンの違い。
言ってしまえばメルサラの攻防の多くは巨大で広範囲で、荒い。
面と面に隙間があるのだ。
その間隙を縫って、ヨシュアンは致命的な術式を流しこんでくる。
まさに一瞬の油断で首を跳ねてくる、油断ならない相手だろう。
メルサラの天敵のようなタイプだ。
「あ~あ、ちくしょぅ……」
吐き捨てるような呟きは、どこか諦めが混じっている。
何度やっても勝てない。23連敗。負けず嫌いを凝縮したようなメルサラにとって敗北は腐ったワインよりマズい代物だった。
負けたくない、と思う気持ちはある。
だが、それ以上に唇を歪める理由は結果にはない。
負けて悔しいというのはもちろん、ある。しかし、勝敗は重要なことではない。
もっとも重要なことは、自らが全力をもってしてなお滅びることのない相手だ。
どんな相手も、一度、メルサラが本気を出して殺そうとするとすぐに塵芥へと変わってしまう。
殺そうとしても殺しきれない相手。
メルサラはまさにそういう相手を欲していた。
そして、ヨシュアンはまさにそういう相手だった。
全力で撃つ戦略級を容易く相殺する様に胸が震える。
全身筋肉を総動員した近接戦闘において、致命傷を防ぎきる図太さには感動すら覚える。
中でも必殺のタイミングだった地雷術式すら回避してみせる、あの底知れなさに随の底まで焼け死にそうになった。
そして、何より――
「それにしても、珍しく本気出しやがったなぁ……」
ヨシュアンの見せた激昂は、戦場でしか見せたことのない顔だった。
かつて一度、戦場で見えた時、ヨシュアン・グラムの瞳からメルサラと同じものを感じた。
この世の全てが糞溜めのように見え、目に映る全てが陳腐でチープな糞袋にしか思えず、人殺しすら右から左への流れ作業にしか感じなくなってしまった人間特有の、感性が摩耗しきった瞳だった。
そう言った人間は全てから逃げるために愉悦に溺れる。
愉悦に溺れきれない人間は、やがて人間性まで摩耗しきって肉体より先に心が死ぬ。
メルサラは前者で、ヨシュアンは後者だろうとメルサラは思う。
かつて、まだ摩耗しきっていなかったヨシュアンがメルサラに見せた、たったの一度の激昂。
戦場での感情のぶつけ合いにヨシュアンは怒りを覚えただけだったが、メルサラはそこに愉悦を見出した。
不完全燃焼の魂を焼き尽くす、高レベル帯の殺劇。
触れれば焼け死ぬような殺し合いの妙を、愉悦を、メルサラはもう一度、味わいたかった。
ただそれだけの気持ちで、気軽に、そう恋人との情事に臨むような気持ちで再び見えた時。
全ては変わってしまっていた。
ヨシュアンは戦場で見せた激昂なんて夢幻だったかのように、まるで萎んでいくように世間の隅で術式具を創るようになってしまっていた。
それをメルサラが許せるだろうか。
熱く燃えるような悦楽。
全力をもってしてなお殺しきれない相手を殺す。
この世で唯一、メルサラを満たせる相手。
その快楽は、ヨシュアンが変わってしまったことで二度と手に入らないものになってしまった。
何度も何度も殺そうとしても、結局、殺しきれないせいでモヤモヤするし、不完全燃焼のせいでやっぱりモヤモヤする。
簡単な話、欲求不満だった。
「ったく、よーぅ」
内紛が終わって四年、結局、一度も引き出せなかった顔。怒りと憎悪に満ちた瞳と表情。
先ほどの戦闘もおそらくまた不完全燃焼で終わると思われたはずなのに。今回、あっけなく見ることが出来た。
「焦らし上手にも程があんだろ……っ!」
小枝に足を引っ掛け、すっ転びそうになる。
足に力を込めて大地を踏んづけたせいか、反動で折れたアバラが痛み出す。
痛みは生きている証だ。
そして、悦楽を求めることは生きる糧となる。
故に、メルサラはヨシュアンとの殺し合いを止めるつもりはないし、止めたいとも思わない。
ただ、この現状は次の殺し合いに向けて、ちょっとよろしくない状態だから立て直しの時間が欲しいと思っているくらいだろう。
あともう少しすれば、ヨシュアンが感知できない距離までたどり着く。
そうすれば、こうしてヨタヨタと歩いていく必要もない。
エス・ウォルルム――足元を爆発させてロケットのように飛び上がる術式を使って、近くの街まで一直線だ。
ここまでは予定通りだった。
ヨシュアンの感知を逃れて、無事、エス・ウォルルムによる長距離移動も成功した。
問題は――
「おいおい、なんだぁこりゃぁ?」
自由落下の衝撃を爆発で相殺して、着地するメルサラの前にズラリと並ぶ兵隊たち。
「お揃いの衣装でパーティか何かか? んん?」
リーングラード学園から十日の距離、王都からすれば二十日の距離にある地方都市。
グルリと囲った壁の向こうは城下町で、そこでメルサラは改めて傷の治療と回復に務めるはずだった。
その時間を利用して、ヨシュアンの本気を引き出す計画、ヨシュアンの弟子でも拉致して脅してやろうかとか、そんな計画を考えておこうと思ったのに。
城壁の前には完全武装した正規兵たちが詰めていたのだ。
数はおおよそ200~300程度と言ったところだろう。
その全ての視線はメルサラに向けられていて、明らかに好意的なものではない。
「悪ーりぃなぁ、おい。オレはドレスなんか持ってないクチでな。ヘルムとブレストアーマーは四年前から箪笥の肥やしになっちまってるしな。壁の華を洒落こむにゃ、入場チケットがありゃしねぇってぇところだ。そんでも踊りたいってぇ言うなら勝手に踊ってろ。それともよぉ……」
一歩、足を前に出す。
それだけで200強の人間が、身を強ばらせる。
「オレに踊らされてみるか? 焦げついた地肌さらしたくねぇお嬢さんはとっととどけよ」
メルサラの戦闘意欲に呼び寄せられた赤色の源素が熱を発し、徐々に空気の温度を上げていく。
【タクティクス・ブロンド】と正規兵の戦力差が明白だ。
ここに居る正規兵、全てがメルサラ一人に勝てないと理解している。
そもそもこの人数で【タクティクス・ブロンド】を抑えようと思ったのなら、対術式師の雄、術式騎士で構成すべきなのだ。
しかし、目の前の彼らは対術式師を想定されていないようで、ほとんどが歩兵だ。装備も王都の正式装備の型落ち、サープラス品で固めてある。
人員は少なく、装備は一世代前、歩兵ばかりの軍。
ここから想定できるものは様々だろう。
人数からは、この地方都市に詰めている正規兵の全てを導入したのだろうという事実。騎士は金食い虫だ。そう多くは詰められない。常駐する騎士の最大数は200あれば良いほうだ。
装備が悪いことからは、四年の月日の間に内紛の傷を修復しきれていないという事実。他領から流れてきた武器や防具を使わなければ、生産数が追いつかないのだろう。職人の質が悪いのか職人を誘致しきれなかったのか、この地方都市の鍛冶業がどれほどのものかわかろうものだ。
歩兵ばかり、というところからはまだ練度が低く、正規兵としての実績も少ないという点だろう。十年前は優秀な兵士が居て後続を育てることができたかもしれないが、内紛の影響でそれもままならなかったのだろう。
総じて、あまり強くない兵。しかし、盗賊や下手な傭兵団だと太刀打ちもできないまま終わる強さだと判断。
それだけでも充分な質、数と言えなくもない。しかし、メルサラが相手だと不足すぎた。
だからこその疑問。
戦闘狂のメルサラとはいえ、負け戦がしたいわけではない。
死んでしまえば戦闘の愉悦を味わえなくなってしまう。
特に傭兵は勝ち負けに敏感だ。
負ける側についてしまえば、一銭の得にならない。
傭兵団全体の利益のためなら、裏切りすらも視野の内だ。
ここで正規兵と戦うメリットとデメリットを沸騰した頭で考える。
さすがのメルサラも国を相手に喧嘩してられない。正規兵と戦うということは国に喧嘩を売ることと同義だ。
しかし、眼前には『敗北を前提とした哀れな子羊』がいる。
「(ん~? こいつはどういうこった。このタイミングの良さは一日二日ってぇ話じゃねぇ)」
疑問はすぐに思い当たる。
通常、兵士が戦争を始めるまでの期間は一日二日で効くものではない。
こうして展開している以上、その一週間前から準備に取り掛からなくてはならない。
とはいえ200強の人間だ。兵士たちの管理している装備類や甲冑、足りない備品の発注、武器や馬などの状態管理を含めると急いで三日。余裕があるなら四日くらいだろうか。
傭兵をしていた経験はあっさり疑問を正解へと導き出す。
「(つーかオレがリーングラードに行くって決める前から準備してんじゃねぇか)」
しかし、そうなると新しい疑問も湧いてくる。
メルサラは思い立ったように前日に出て、リーングラードにたどり着いている。竜車で一ヶ月、早馬で二十日と考えると段違いの速さだろう。
ちなみにこの地方都市から王都までの距離は竜車で二十日、早馬で十日。
実際、これらの距離をわずか一日足らず、それもエス・ウォルルムだけで踏破する術式師はメルサラくらいなものだ。
問題はその思いつきの行動が読まれていたことだ。
一体、誰が……、と、考えてもわからない。
メルサラの思いつきを知る者は『ヨシュアンに渡したいものがあると言ってたメイド』くらいなものだ。
それだって前日、『たまたま城門を抜けたところでばったり会ったのを、メルサラがついでとばかりに引き受けてやった』だけに過ぎない。
ちゃんと依頼料も貰っているので、メルサラとしては文字通り、行きがけの駄賃でしかない。
時期的にも時間的にも、そのメイドが一枚噛んでいるという可能性は否定できる。
となると、誰が、どのようにしてこんな状況を作り出したのか見当もつかない。
理解できない何かが絡みつくような不快感に、眉根を寄せるメルサラ。
「あー、もう! なんかどうでも良くなった! 死ねお前ら!」
あまり気の長い性質ではないメルサラがキレる。
謎解きや相手の心理を読んだりする心理戦は苦手なのだった。
「ば、ばば、抜刀!」
慌てて兵士長らしきヒゲの男がメルサラに向けて戦闘開始の合図を送る。
兵士の誰もが震えながら、剣や槍を抜き放つ。逃げ出さなかっただけでも充分だった。
だが、行軍とは得てして遅いもの。
兵士たちが恐る恐る構えながら前進体勢に入った頃はもう、メルサラの術式は完成していた。
『眼』で陣が見えたのなら、世界の全てを燃やし尽くす業火のような構成陣が見えたろう。
その威力と範囲は確実に正規兵たちの半数を巻きこむものだった。
誰一人としてその事実に気づかないまま、火に焼かれる虫のようにジリジリとメルサラへと向かっていく。
死の行軍を止めたのは、やけに呑気な『低い裏声』だった。
「あら~ん? メルサラたんじゃないのぉ」
あとはもう、術式を放つだけのところだったメルサラの手が止まる。
「あ゛?」
「お・ひ・さ・し・ぶ・り♪ 元気してた?」
兵士長の脇をくねくねした動きですり抜けてきた男は、一触即発の事態の中、まるで近所の友達に話しかけるような気さくさでメルサラ向けて、歩いていく。
後ろ髪だけ伸ばした短髪に頭の頂点をブルーとレッドに染めた奇抜なヘアスタイル。目の荒いメッシュ服の上にこれまた派手な裾の短いアウター。革のズボンに、背の高いにも関わらずヒールを履いている男は、何を想ったのか急に兵士長に向かって、投げキッスし始めた。
卒倒する兵士長に満足しながら、再びメルサラに向き直る男。
動物の尻尾らしきストラップを腰にジャラジャラとつけた傾奇者を見た瞬間、メルサラが後ろに飛び跳ね、着地しながら男を睨みつける。
「エドウィン・フンディング! なんでテメェがここにいんだぁ!」
「ぬふふ……、それは乙女のヒ・ミ・ツ♪ と言いたいけれど女同士だものね。特別に教えちゃおうかしら?」
「女じゃねぇだろ、あいっっ変わらず頭わいてんじゃねぇのかぁ? あぁ?」
「あら、心外。せっかく愛おしのランスバール王様から指令を届けに来てあげたっていうのに。ガールズトークもさせてくれないの?」
「指令? なんだそりゃ」
色々、言いたいことはあったがメルサラは無視する。
ただ重要な語句だけ拾って返答にする。
「本当はメイドさんが持ってくるはずだったんだけど、アナタ、先に行っちゃうじゃない。アナタの速度に追いつこうと思ったら【タクティクス・ブロンド】だとワタシだけになっちゃうじゃない?」
「じゃないじゃねぇよ。んだったら、この有様はなんだってんだ」
「だって、アナタが本気で身を隠したりしたら大変じゃない。こうして展開してたら、突っかかっていくでしょ?」
「テメェの仕業かよ」
「ぬふふ」と笑うエドウィンに、苦虫を噛み潰したような顔をするメルサラ。
エドウィンの言う通り、普通に探そうとするとメルサラは見つけきれなかっただろう。
派手でよく目立つ【タクティクス・ブロンド】でも、ある程度の気配遮断や隠密はできる。
正規兵が街中を巡回したところで影も踏めなかっただろう。
「大成功みたいね」
「テんメェは……ッ」
何か色々と言いたいことがあったのだが、もう全て忘れてしまうような脱力に囚われる。
すでに状況は終わってしまっていた。
この哀れな子羊たちはメルサラの足止め兼狼煙の役割だったのだ。
極端な話、そこらの義勇兵を使っても目的は果たせたのだ。
何かをする前にしてやられたメルサラの心中は穏やかではないものの、これ以上、ことを荒らげても仕方ないと判断。
すぐに構成陣を解いて、せめてもの仕返しとエドウィンを睨みつけた。
「あら、怖い。ダメよ、シワになっちゃうわよ」
「うるっっせーよ!!」
怒鳴られたエドウィンは耳を塞いで「や~ん」とクネクネし始める。
そんな仕草をしながらもエドウィンの頭はクルクルと思考が回転していた。
エドウィンはエドウィンで疑問があった。
実際、どうしてメルサラがここにやってくるとわかったのか。
またメルサラの行動を予測できたのは何故か、などのモロモロの疑問があったのだ。
メルサラの行動は打算のない、ワガママな部分が多い。
言ってしまえば思いつきがそのまま、現実の行動に反映されてしまうのだ。
それでいてある程度の理屈が通ってしまっているので、
そんな獣のような行動をどうやって先読みしろというのだろうか。
実際、メルサラが現れるまでエドウィンも半信半疑だった。
「(んま。あのメイドちゃんの言ったとおりになったわね。やっぱり、あの子は謎だわぁ)」
この正規兵の展開やメルサラの居所など諸々の情報や手間は、実のところ、エドウィンが仕組んだことではない。
王都にあるエドウィンの私邸に訪れたベルベールに、これらの子細を説明されたのだ。
「おそらく高い確率でメルサラ様はヨシュアン様の元へと赴くでしょう。そうなれば国政の実験施設でいつもの喧嘩を行われるでしょう。これはメルサラ様にとっても、ヨシュアン様にとってもよろしくない事態となります。おそらく『明後日には実験施設に到着される予定』と、最悪の事態を慮った国王陛下より下知を賜りました。お受け賜りたく願います【濡れる緑石】エドウィン・フンディング様」
王命とあれば、断ることはできない。
エドウィンとしても、いつものことだと割り切っていた。
しかし、エドウィンにはどうも不思議な感じがしてならなかった。
ランスバール王だとしても、メルサラの行動を把握しきれるかという点。ベルベールから受けた指令とその内容では、『まるで未来が見えているかのような動き』にエドウィンの漢女の勘が妙だと囁いていた。
ものの見事にメルサラが見つかった運びにしてもそうだ。
まるでメルサラの心の中が全部、読まれているような流れだった。
王命そのものはともかく、作戦自体、ランスバール王の意思と関係ないのかもしれない。
そんななんとなくの予感だけで相手を詰問するわけにもいかないので、素直に王命を持ってメルサラの前に訪れるに至ったのはいいが、この疑問が新しい暗鬼を生む。
「(メルサラたんが失脚したところで貴族院と王派に影響はないわ。メルサラたんは無所属で好きな風に動いてるだけだものね。ヨシュアンとのいつもの喧嘩だけど、実験施設を壊滅させない限りは大丈夫……、だいじょばないわね。主にヨシュアンが。苦労が映えるそこがイイ男だけど、あぁ、ヨシュアンは今頃、どんな風になっちゃってアレな感じかしらん♪)」
もっとも、暗鬼も裸足で逃げ出す内容だったが。
「(それは置いておいて。メルサラたんも貴族院に唆されるような子じゃないし、となると『襲撃させることが目的』かしら? 他にも『メルサラたんがいない間に何かをしたい誰かの陰謀』、もしかしたら『ヨシュアンの正体をバラすのが目的』とか? う~ん、どれも弱いわねぇ。パズルのピースが抜け落ちてるというよりも、偽のピースが混じってるような。とにかく、ここは様子見が無難ね。どちらに情勢が傾いても対応できるように……、ね)」
貴族院にも王派にも属さないエドウィンからすれば、義務教育推進計画は情勢が変わる大波のようなものだ。
出来れば安穏にして居たいのもあるが、義務教育推進計画の在り方でエドウィンの立ち位置が変わるというのなら、一貴族として対応せざるをえない。
貴族院のやり方の先にある内紛という形。王派の貴族全体の力を削ぐやり方。
どちらにも偏りたくないエドウィンらしい方向性でもあった。
出来れば天秤が揺れているような、現状を維持する方向に持っていきたいエドウィンからすれば、メルサラがこれからどうなるか興味がある。
個人的にも貴族としても。
「それで、王命の書類なんだけど」
ごそごそとアウターの上着から取り出した一通の書簡筒。
直径5cm長さ30cmの円筒状の書簡筒をひったくるように奪うメルサラ。
「んなもん、どうやってそのピッチリアウターの中に入ってたんだよ」
「乙女はヒミツのポケットがたくさんあるものよ」
「ナイチチ(性別的に)が隠せるもんなら隠してろよ」
「ひど~い☆」
クネクネしているエドウィンは放っておいて、書簡筒を明けて一枚の紙を読む。
「あ゛? なんじゃこりゃ」
その内容を二度三度と読み直しても、変化はない。
ただ、最後に『ランスバール王直筆の名前と王印』が押されている以上、これは紛れもない王命だ。
「あら、やだ。意外ね」
後ろから書簡を覗きこんだエドウィンも、唇に手を当てて驚いている。
「ふっざけんなよ! やってられっかぁああああ!!」
ビリビリに引き裂いて燃やし尽くしても王命があった事実は消えない。
「ダメよ。諦めなさいな」
何が書かれていたのか、もう確かめる術はない。
内容は今、ここにいる二人しか知らないのだ。
「ちくしょーー!!」
叫ぶ炎の魔女。
そして、書簡の内容から何が起こるのか予想していたエドウィンは肩をすくめて、ここから十日離れたリーングラードに居る同僚を思う。
「ヨシュアン、アナタ、大変ねぇ」
しみじみ呟くエドウィンの声は、メルサラの絶叫にかき消されてしまった。
「……あの、隊長? 我々はどうしたら?」
「……さ、さぁな。とにかくあの【タクティクス・ブロンド】と相対して生き残れた。これは事実だ」
もはや用済みとなった正規兵たち。
しかし、別命もないのでこの場から動くに動けず、呆然と【タクティクス・ブロンド】の二人を眺めていただけだった。
「とりあえず我々の次の任務は、兵士長殿を起こすことだろうな」
なんとも言えない空気が兵士たちの間に蔓延していくのだった。




