一つの節目に光樹の実を
泣き止むまでの間、ずっと自分はクリスティーナ君の傍にいた。
そんな自分に、自分は驚きを隠せなかった。
自分は貴族が嫌いです。
途方もなく大っ嫌いで触れるのもイヤで、『殺すことだけが貴族への接し方』と言えたでしょう。
バカ王にしても、同じです。
アレとまだ一緒に歩けているのは、アレの道が自分と似通っているせいでもある。
バカ王と自分の目的はほぼ同じなのだから。
一つ、ボタンをかけちがえればバカ王を殺してもおかしくなかったのだ。
【貴族殺し】の仇名は伊達ではありません。
ある貴族をポっと捕まえて、三親等くらい家系を辿れば必ず自分に殺された者が出るくらいです。
歴史上でもっとも貴族を殺した平民、というべきでしょうか?
そんな自分なのに、クリスティーナ君には憎しみも殺したいという気持ちも沸いてこない。
貴族だと分かっているのに。
殺意が沸いてこないのがもどかしい。
「嬉しいわけでもないのに、哀しいわけでもないのに、涙が出たのは初めてですわ」
真っ赤に腫らしたままの瞳を向けてくるクリスティーナ君。
あぁ、なるほど。
そういうことか理解しました。
この子は貴族でしょう。
王に連なる血統で、自分がもっとも殺したいと願っている血族だ。
しかし、今、目の前にいる少女はクリスティーナ・アンデル・ハイルハイツ。
貴族の少女ではなく、自分の生徒なのだ。
殺意なんて抱けるはずがない。
なんともまぁ、情けない話です。
情に絆された程度で『血の涙でできた誓い』すら全うできなくなるなんて。
でも、素直に良いとも思ってしまっているのです。
きっと、この涙を流したクリスティーナ君なら、もっと先まで行くでしょう。
勉学にしても人生にしても。
自分がそうだったのだから。
そんなクリスティーナ君の頭を一撫でして、自分は立ち上がる。
「泣きたいときはまぁ、好きなだけ泣きなさいな。自分なんか血の涙だって流したことありますよ」
「先生は本当、どういう人なのですか」
二つの気持ちは全て、真実なのでしょう。
まるで天秤が釣り合うように同じ重たさなんだから救いようがない。
複雑な気持ちです。
「クライヴ様は倒されるわ、【タクティクス・ブロンド】は降されるわ……っ!」
ハッ、と気づき、クリスティーナ君も立ちあがる。
「先生は、もしかして」
つんのめるように前へ、気持ちのまま身体も動く。
「本当に【タクティクス・ブロンド】、ですの?」
「違います」
「だって初日に」
「いやいや、ジョークですよあんなの。そうそう【タクティクス・ブロンド】が出てくるはずないでしょう。いくら国政の実験だからって風呂敷広げすぎですってば。メルサラだってそうですよハハッ! もう他の【タクティクス・ブロンド】が出てくるような事態なんてありえませんよ。ね? 国の最高峰の実力者たちがこんな辺境に何の用だっていうんですか。ありえないありえない」
どうしてでしょう。
ものすごくイヤな予感しかしない。
必死で否定しないと実現しそうです。
一応、ベルベールさんに念押ししておこう。
ヤツらの動向を察知して必ず、止めてくれと。
くっ……! それでも不安です。王都の自宅に愚剣を置いてきたのが失敗だったか。
あとクリスティーナ君にも、ここらでちゃんと言い訳しておきます。念押しです。
ノリで言っちゃったもんは仕方ないにしろ、本気にされると厄介です。この子たちは信じていませんから、まだ誤魔化しは効くしね。
それに、さっきまでの空気からいきなり嘘をつくなんてクリスティーナ君だって思わないはずです。
騙される確率は高い!
「………」
なんとも納得していないような顔です。
「やはり【タクティクス・ブロンド】でなければいけませんか?」
何かを言いかけて、つんのめった身体を戻す。
一つ深呼吸して、瞳を開けるクリスティーナ君。
そして、また一歩前に出ると手袋を脱いで、スカートをちょんと摘む。
片足を少し後ろ内側に引いたカーテシーというお辞儀作法。
今のが教養の授業ならば、100点をあげてもいいカーテシーでした。
「まずはここに数々の非礼をお許し願う頭を下げさせていただきます」
そして、背筋をピンと伸ばしたまま頭を下げる。
これがこの子なりのケジメの付け方、というのかな?
「高名にして先哲、連綿なる知の先を行く者よ。この無知蒙昧な子羊にどうか知の光をお与えください」
それらは正式な弟子入りを果たす時に使われる文言だ。
儀式的な、今では廃れて等しい作法。昨今だと略式ばかりで、こうも丁寧に作法を守られると……、なんとなく悪戯したくなります。
なので、してみました。
「授けましょう。我が先を行く者たちより連綿と受け継がれし知の荒道を。我が学びの徒クリスティーナ・アンデル・ハイルハイツよ。貴女の暗き道に知の洋燈を。古く乾いた詩の香りと共に豊かなる実りの下へと、参りましょう」
「我が学びの師よ。ヨシュアン・グラム師よ。其の高き御身の深き魂に感謝を」
真っ赤に腫れた瞳は、まるで紅を引いたかのようなアイライン。
その瞳が優しく、喜びを示すように。
あるいは照れ隠しのようにうっすらと線を引く。
少女のあどけなさに女性の美しさとはこういうことを言うのだろうか。
そう微笑むクリスティーナ君はとても大人びて見えました。
不思議な感覚ですね。魅力ではリィティカ先生に負けますが。
「まぁ、こういうことです。納得しましたか、生徒諸君?」
そんなクリスティーナ君の前でおどけるように言ってみせる。
「え……?」
意味が分からず、自分の顔を見る。
しかし、自分がクリスティーナ君を見ていないとわかると、自分が見ているものを見ようと首を動かす。
その動き、油の切れた機械仕掛けみたいですよ?
まず、一番に目を引いたのはショックを受けたように目を何度も瞬かせるエリエス君が。
「『階梯儀式』……、その方法がありましたか」
何かを欲しがる漆の瞳が、何を欲しているのかわかります。
「高名にして先哲――」
「やりませんよ? そういう堅苦しいのは一回で充分です」
「……不条理」
それはこっちの台詞です。
何、虎視眈々と正式な弟子入りを狙っているのです。
この子の執着の源はなんなんでしょうね。いつか分かる日が来るのでしょうか。
やだなぁ……、血とか見そう。
リリーナ君は必死で鼻を鳴らしているが、妙に納得いかない顔をしている。
「エロいことは?」
「ねぇよ」
不満そうな顔をするな不思議生物。
「ちっ……。先生はヘタレであります」
「おーし、こっち来なさい。紳士淑女の正しい生き方というものを拳にこめて教えてあげましょう」
逃げようとするリリーナ君を捕まえて、グリグリ刑(片手ヴァージョン)にしてあげました。
だんだんこなれて来ましたね、この子も。
何せ、オシオキ率がクリス&マッフルの次に多いですからね。
さて、自分がリリーナ君と戯れている間、頭の再起動が行われたクリスティーナ君が顔を真っ赤に染めていた。
「い、いいいいい、い、いったい、これ、これはどういう」
「いやー、途中で術式が切れたみたいですね。驚きですね。これだから黒色の源素は無口系シスコンみたいに安定感の欠ける仕様で安心できませんね。君たちも黒色の源素なんか信用せず、色んな術式を試してみましょう。あと五色もあれば大体、なんとかなりますから」
ここぞとばかりに言い訳と彼方に居る黒色ゴキブリ野郎の悪口を言いまくってやった。
出来れば本人の目の前でネチネチ言ってやりたいが、居ないので仕方ない。
「ど、どこから」
「大丈夫ですよ。ちゃんと『階梯儀式』の頭からです」
ついぞ口をパクパクさせてしまったクリスティーナ君。
そんなクリスティーナ君をニヤニヤした顔で見ているマッフル君。
「ようやく素直になれたんだからいいじゃん。何かってーと裏でグチグチ、グチグチさぁ。文句も言えないんなら、さっさと認めちゃえって」
「おだ! おだ、おだまりなさい!?」
ん? なんだろうね。
素直になれなかったところが裏では結構、こじれていたのかな?
それも込みで今回、解決した……、という認識でいいのでしょうか。良かったじゃないですか。
ところが、マッフル君とまた喧嘩すると思っていたクリスティーナ君はこっちをキッと睨みつけて、人の顔面に指を突きつけた。
「せ、先生が悪いのですわ! こ、こんな恥ずかしい場面をあ、あろうことか!」
「立派だったじゃないですか。ちゃんと自分に正直に――」
「先生のバカー――!!」
ポコポコと殴りつけてくる王族娘。
地味に腹部に衝撃が走ると右腕も傷むので、左手でクリスティーナ君の頭を押さえつけてやりました。
空を切る子供パンチ。
こうしていると可愛らしいもんです。
「バカ! バカ! メガネー!?」
メガネは関係ねぇよ。ディスってんのかレディ?
「どさくさに紛れて弟子入りしたくせに……」
背後でボソリと呟くエリエス君が怖いです。
この子、最近、怖さを強調し始めたね。何があったの? マイナスベクトルにパラダイムシフトでも起きたの?
「ともあれ、これで一件落着ですね」
この子たちには学園長に教師は死ぬか一年経つまで辞められないと言われたことは黙っておきましょう。
もう時間も時間なので生徒たちを連れて、学び舎の外へ。
すっかり陽も落ちきってしまって真っ暗です。ところどころの街灯や星明かりでなんとか道こそ見えますが心許ない。術式ランプ一つでもあれば余裕で社宅まで辿り着けるのですが。
「あ~あ。すっかり暗くなったじゃん。誰かさんがわめくから」
「うるさいわね! 大体、貴方が妙なことを押しつけなきゃ!」
「おー? やるか!」
「ちょうど表ですわね! 花壇に悪趣味な下民を飾りつけて差し上げますわよ」
「門にフリルのヴァカを貼りつけてやんよ!」
すっかり元気になった生徒はいつものように喧嘩し始めました。
君たちはもう、何? 止めるのも面倒くさくなってきたのですが。
「うぅ……、こわいのです先生ぃ」
そして、左腕の袖を握ったままのセロ君。
この子の復活に一番、時間がかかったのは言うまでもない。
この時間まで教室に残らされることになった元凶です。
「学舎の中の術式ランプを外します」
「待ちなさい。というか止めなさい」
何、急にやる気になってるんでしょうかエリエス君よ。
学舎の中、通路に等間隔で並んでいる術式ランプは、最悪の事態を想定してつくられたものです。
勝手に取り外されたりしたら、どんな不具合が出るものかわかりません。
そして相変わらず、右側の安全圏のリリーナ君はあまり気にしていないのか暗闇に戸惑う自分たちを不思議そうな顔で見ている。
まぁ、君たちエルフは常に薄暗い森で生息していますからね。
暗い程度では動じないんでしょうが。
この暗闇、そして生徒全員が揃っている。
良いシュチュエーションですね。
「では特別授業を始め……、何故、急に身構えるのでしょうか?」
クリス&マッフルですら喧嘩を止めて、急にこちらを振り向くくらいだ。
暗すぎて気配だけでしかわかりませんが、たぶん、ふりかえったのでしょう。
「先生は突然すぎるのですわ」
「そーそー。大体が無茶ぶりだし」
何、同調しはじめてんだ。本当に仲が良いのか悪いのか判断が難しい子たちです。
「大した話ではありませんよ。言うなら君たちのこれからについてです」
「これから、なのですか?」
すぐにセロ君が反応してくる。
「えぇ、君たちが一年でどれだけ成長するのか。具体的には自分にもわかりません。その目安は大体、学習要綱で予想できますので少し『一年後の君たちの光景』というヤツをわかりやすく教えようと思います」
「未来視ですか? 先生は星詠みの業まで」
「いえ、そんな途方もないものと一緒にしないでください。アレは術式ではなく個人の固有能力の一種ですからね。未来視なんて無理です」
この状況を作り出した原因の一角、星詠みさん。
あの人は……、なんだろうね。難しい人筆頭です。
能力面も性格面もよくわからない、というのが本音です。
話が逸れますが、次元とか時間系の術式は戦略級の上位、【神話級】と呼ばれています。
これが使える人間は……、いません。
自分でも無理です。
そもどういうレベルのものかすら想像つきません。
ただ、部分的にコレを再現できる者がいる。
それが星詠みさんやベルベールさんのような人たちなのでしょう。
「君たちが使えるようになるだろう術式を今から見せるという意味です」
納得できたのかそれぞれが小さな反応で返してくる。
「では、始めましょうか」
構成するは緑色の術式。リーングラードの土地に豊富に用意された緑の源素を集め、編みあげ、陣へと変える。
「――おおきいであります」
その光景を見たリリーナ君は思わず、呟いた。
波紋が一つ、空間に落ちる度に何か陣が生まれる光景。
ポツポツと小雨降る水たまりのような光景は陣構成時におけるサートール方式独特の光景だ。
描く陣はまるで大きな樹。
上位の術式の中でも規模だけなら戦略級に届くとされる、もっとも使い物にならない術式。
しかし、術式に触れる誰もがその力の一端を垣間見ている。
「フロウ・プリムという術式は元々、【神話級】とされた術式を劣化させ、人が使えるように矮小化し、最小効率で使えるようにと極小化して生まれた術式と言われています。【神話級】ではありませんが現存する術式の中でもっとも古いものの一つ、それがこの術式――」
一般人よりも構成力のある自分でもある程度の負荷がかかるほどの術式だ。
それでも止めない。たとえ誰にとっても意味がなくとも、この光景を生徒に見せてやれる、その意味だけあればそれで充分だ。
「イルミンシア・プリム」
その瞬間、術式は活性化し始めた。
緑色の源素の特徴である『活性化を促せば緑の源素が発光する』性質、『発色』の効果が始まる。
それらは人が見るには小さすぎる、まるで蛍の光のように小さな光ではあるがイルミンシア・プリムの影響でそれぞれが集い、球体を形成していく。
自分の拳の大きさにも満たない光の珠は幾つも増え続け、やがてリーングラード中を満たしていく。
この光景をどう表現したものだろうか。
いくつもの緑の光が闇を蹴散らしながらふわふわと風に乗って運ばれていく。
光り輝く綿毛が闇を泳いでいるような幻想的な光景。
「ふわぁ……」
セロ君のときめきレベルがMAXまで上昇したため息が聞こえてくる。
色恋の話を聞いた時に出る声です。ロマンチックな光景にやられたと見える。
もう周囲に闇はない。
生徒たちの顔一つ一つがハッキリとわかるくらい、無数の光源があちこちにあるのだ。
「なんだこれ!?」
マッフル君が走り出し、光の珠を触ろうとして手を振りかぶるがすり抜ける。
諦めたくないのか今度は虫を捕まえるように手を被せるが、フワァと手をすり抜けてフヨフヨ、浮かんでいく。
「ていうかこれ、全部、フロウ・プリム?」
見渡す限りのフロウ・プリムの光景に、マッフル君もいまさらながらに驚き始めた。
「イルミンシアの光樹……、でありますか?」
どうやら、リリーナ君はイルミンシア・プリムのことを知っていたようだ。
「そうですね。イルミンシアの光樹。古い古い、古の時代。旅人が訪れた鎖の森で出会った森の少女とのお話。神話の一つですね」
創世の物語の一つで、まぁ、ぶっちゃけマイナーすぎる逸話です。
その少女が使ったとされる術式がこのイルミンシアの光樹、イルミンシア・プリムではないかと言われています。
その森の少女の子孫がエルフだというのだから、リリーナ君にとっては感慨のある術式なのでしょう。
「ともあれ、この規模の術式は出来なくとも、せめてこのレベルには達して欲しいと思っています」
「出来ますの?」
問いかけるクリスティーナ君の瞳は揺れている。
自信がないのだろう。しかし、
「マッフル君にも言いましたが……、先生、君たちが死んでも覚えさせますからね。できないなんて言わせません。言うのは死んだ後です」
「無茶」
エリエス君が好奇心よりもツッコミを優先するぐらい、酷いものだったと理解してくれたら幸いです。
「そして、君たちは自分が死なせませんので『出来るようになる』以外の選択肢はありません」
「さらに無茶」
でもエリエス君は嬉しそうだ。なんなんだろうね。
他の子は皆、「えぇ? そりゃないわ」という顔してるというのに。
「わかりましたね。わかったなら返事をしましょう」
「できるかー!?」
「やってられませんわー!!」
「これは無理」
「先生が無茶苦茶なのです……」
「さすがに同胞にも後ろ指さされるであります」
異口同音すらしないバラバラな返答ではあったが、否定の意思だけが綺麗にハモっています。
いやいや、出来ますって。自分にだって出来たんですから。
この日、ようやくヨシュアンクラスがクラスとしてまとまったような気がしました。
最後は先生を真正面から否定するという団結っぷりです。
まぁ、このクラスはこれくらいでいいんでしょうね。
変に固まっているより、無軌道、無茶、無謀でデタラメ。
でも、どこか似たものばかりで、ノリがいい。
これがヨシュアンクラスですよ。仕方ない、仕方ない。




