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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
42/374

生徒たちの品格 -土下座編-

 リィティカ先生を医務室に連れていき、医務室の30近い女性に訳を話してベッドをお借りしました。


 リィティカ先生、医務室、ベッド。

 とても心が踊る単語のオンパレードです。

 しかし、しかしながら、残念ながら、保健医が邪魔で何もすることができない。

 どっか行ってくれ! と真剣に願いました。


 生徒たちは皆、着替え等で別室に行ってしまっています。

 さて。このチャンスをどう活かそうか考えていると、リィティカ先生が起き上がりました。


「大丈夫ですか? リィティカ先生」


 安静にさせようと手で制しましたが、リィティカ先生はその手を掴んでゆっくり布団に落としました。

 ロマンスの神様! どうもありがとう! なんかいい雰囲気です!


「ヨシュアン先生ぃ?」

「はい。大丈夫ですか?」


 二度、安否を気遣います。もちろんです。何度だって問いかけていきます。


 でも、リィティカ先生は困ったように微笑むだけです。


「大丈夫ですぅ。あの……、メルサラさんは?」

「元気に荒縄と戯れているんじゃないでしょうか? あるいはメイドさんとかですね」


 謎の解答にリィティカ先生は首を傾げました。


「授業、ダメになっちゃいましたねぇ……」


 どこか残念がる姿にうっすらとした茜の光が差す。

 風が曇天を押し流したのだろう、陽はそろそろ赤色光線とか発射する頃合です。


 しばらく、どう返そうかと悩んでいる間に、リィティカ先生がビクンと震える。


「その腕ぇ……」

「あぁ、いえ、これは大丈夫ですよ。単に脱臼とヒビですから」

「大事件ですよぅ」


 しきりにそわそわしているのは、どうやら自分の怪我が心配なのだろう。


「ちゃんとした手当を受けましたので」

「ぁふぇ……」


 リィティカ先生が保健医さんを見ると、保健医さんは肩をすくめて自嘲気味な笑みを浮かべた。


「私じゃないわよ」


 パッと見て手当が完璧だとわかっていたのだろう。

 自分よりも先にリィティカ先生の安寧と安らぎのベッドを貸してくれた後、リスリアンティーを煎れてくれたくらいだ。

 だから、ミントの味が苦手なんですってば。


 そんな心遣いに応えて一気飲みしたのは言うまでもない。熱かったです。


「あのぅ、ヨシュアン先生ぇ……」


 うるうると濡れる瞳。茜色よりも薄い朱色に染まる部屋に女神がじっと見つめてくれる。なんだここは天国か?

 メルサラ撃破のボーナスがコレだというのなら報酬は充分でしょ! 我が世の春が来た!


「クリスティーナちゃんとマッフルちゃんのことぉ、聞きましたかぁ」

「もちろん。自分はこれでも紳士です」

「紳士ぃ? えっとぉ、ですねぇ。あの二人が言うことが本当ならぁ」

「ちゃんとリィティカ先生が眠るまで寝ません」

「あのぉ、話が噛み合ってませぇん」


 あぁ、たじたじしたリィティカ先生、初々しすぎて素敵だなぁ。

 自分は真剣に、『音に聞こえし写真技術』を開発するべきなんじゃないかと思います。

 原始的な理屈は開発されてるんですけどね。

 アレを術式具にするのは骨です。しかし、こうなったら……いや。あ、バカ王に出資させるか。


「ちゃぁんと聞いてくださいねぇ。あのぉ……」


「リィティカは無事か」


 喋り始めるリィティカ先生の御言葉をぶち破ったのはドアを壊さんばかりに開いたシャルティア先生でした。


「なんだ。ヨシュアンも居たか。これは重畳。見舞いに来てやったぞ褒めるが良い怪我人ども」

「高圧的なお見舞いですね。今度は何のお肴を追い求めて? 『伝説の白鯨』ですか?」

「ロマン以外の何がある? あるいは辛い過去か? 酒の味はどちらでも大きく変わるぞ? 幸いの話は悪酔いするがな」


 そう言いながら、ドカンとリィティカ先生の寝台に腰を降ろしました。

 なんだ、その密着具合。親密そうで羨ましいぞコノヤロウ。


「あ……、シャルティア先生ぃ……」

「さぁ話せ。同居人の知られざる性癖を知ってしまったような顔をされては話を聞かざるをえんだろう」


 シャルティア先生なりにリィティカ先生に気を使ってるのだろう。

 しかし、その表現はなんとかなりませんか? 知られざる性癖って……。


「はい……。あのヨシュアン先生が辞めちゃうって話をヨシュアンクラスの生徒たちがぁ」

「なんだ辞めるのか? そうか残念だな。草葉の陰で私たちを見守っていてくれ」

「死ぬことが前提ですか。こう円満退職的なことは考えられないのですか?」

「まさか。まともに辞められると思ったのか? 最初に契約させられただろうに」

「は? 契約?」


 そんなもの知りません。


「ん? まぁ、それはおいおい話を聞こう。今はリィティカの話だ。どうせヨシュアンの話だ。奇っ怪で奇妙な話になっているのだろう」


 自分は怪談か何かですか。


「ヨシュアン先生がメルサラさんを」

「待て、メルサラ?」


 話が進みません。

 何しにきたんだアンタは。リィティカ先生の御話を邪魔するとは不敬に値しますよ。


「メルサラとはまさかメルサラ・ヴァリルフーガではないだろうな? あの、酒場で話を聞けば、最後に近所の暴れ馬の話題になるという」


 大体、あってる。大体、あっていると言うしかないです。


「そのメルサラさんなんですがぁ、ヨシュアン先生と喧嘩してぇ」


 アレを喧嘩と表現するリィティカ先生。

 うん、喧嘩、喧嘩。ちょー喧嘩です。殺し合いなんて喧嘩みたいなもんですよ。ちょっと生命に別状があるくらいで。


「ほう? その話もおいおい聞こう。当の本人にな」

「いい加減、話が進まないので黙っていてください。リィティカ先生の話に謎の答えがあるんですから」

「仕様のないヤツだ。良いだろう。疑問は全て後にしよう」


 そうしてポツポツとリィティカ先生は語りだしました。

 本職の詩人が裸足で逃げ出すような、素敵で煌びやかで天国から語りかけてくるような優しい言葉でした。語り部としても素晴らしいとはこれいかに。リィティカ先生なら当然だろう。


 さて、ここからはリィティカ先生の素晴らしきお話を元に、自分が再現し直した話になる。

 リィティカ先生のお話より幾分か劣化してしまうが、リィティカ先生の語り部調は自分の胸の中に封印です。誰にも聞かさない。

 まぁ、話自体に多分の想像が入っているものの、おおまかに間違いはないと信じている。


 何故なら、この一ヶ月、生徒たちに手を焼いたのは自分だ。

 彼女たちのことは大体、想像がつく。


 あれはそう、自分が学園長室でメルサラを突き出した、まさにその時だったそうだ。


 儀式場から去っていった自分の背中の影でも睨みつけていたのか、ギリギリと歯ぎしりをしているクリスティーナ君。

 マッフル君はそんなクリスティーナ君を睨みつけるように見ていた。


 険悪な、ともすれば何かが起こる前触れだったのかもしれない。


 防御結界を張り続けてもなお毅然としたリィティカ先生は、


「え……、えぇ?」


 困惑されていました。

 リィティカ先生の御心には全てを理解していただけに事態の把握も遅れてしまったのだろう。

 間違っても状況についていけず、どうしようかとオロオロしていたわけではありません。


「授業をお願いします」

「ぅえぇ?」


 エリエス君の漆色の瞳は、リィティカ先生は心胆、驚かしめた。

 決して、「この状況で授業続けるのぉ」と思ったりしていない。その教育熱心な御心が苦境くらいでくじけたりするはずがない。


「そ、それでは皆さぁん……、もう一度、ペア同士で術式の、構成陣を見直してぇ」


 現にこうして、リィティカ先生はちゃんと生徒たちに正しい指示をしていた。

 的確でクリティカルな、生徒の要望を完璧にこなした指導は法務院の導師ですら肝胆寒からしめるものだったろう。内臓系多いですね。


「それから……、ヨシュアン先生ぃがいないので無理や無茶をしないでぇ、危ないと思ったら頭をかばって床にふせてくださいねぇ」


 術式の暴発は大体、術者の居た場所か狙っていない場所に向かって飛んでいく。

 エス・プリムを唱えて撃つとき、大体、人は手を突き出す。中腰になったり、格好付けて片腕とかにする者もいるが『何かを放つ』というイメージをしたとき、人は前へ向かおうとする。


 意識が飛んでいく物――エス・プリムに向かっているせいなのか、それとも放つという意識が前のめりになりやすい仕草を取らせるのかはわからない。


 何故、人は手を前に向けるのだろう。哲学的です。意味がないところがそっくりです。


 実際はメルサラがやったように、手のひらどころか指一本動かす必要もない。

 必要なのは発射の構成だけであって、発射位置情報さえ陣に組み込んでおけば頭から出すことだって可能です。


 その時、髪が燃えても自分のせいじゃないですよ?


 ともあれ、術式に慣れない生徒たちは手のひらから出していくわけですが、この手のひらからというのが曲者でして。


 ちょっと位置をずらすと、自分の体――指や手なんですよね。

 髪の毛が燃える云々はジョークだったとしても、似たようなことはある。これが術式の暴発。


 初心者のうちで特に発射位置ミスは多い。

 手のひらなのに手そのものに意識がいってしまって自分の手を焼いてしまうわけです。

 もっとも発射まで時間が少しあるので、とっさに逃げることは可能です。感覚で2秒くらい? このくらいの時間があれば反射的に逃げられるでしょう。


 爆発は上に向かう性質があるので、地面は安全なのです。

 ましてや爆発位置は人の中腰辺り。膝から下が安全圏になります。


「ちゃんと的を見てぇ……、よそ見しないでねぇ。だから、ざわざわしてないで聞いてぇ……」


 リィティカ先生の言う通りにするも、メルサラとの術式戦というビッグイベント、現在の最高峰の術式を間近で見た彼女たちにとって、理想の果てを垣間見た気分なのでしょう。


 未だに興奮醒めやらぬのか、それとも恐怖から開放されたせいなのか。

 生徒たちは何かを語りたそうにウズウズしていたし、一度、誰かが口を開いたらなんとかして自分の意見を言い出そうと、虎視眈々と機会を狙っていた。


 そんな中で集中力なんて続くはずもない。

 すぐに術式の訓練は小さなおしゃべり場に変わっていった。


 その中でも真面目にやっていた生徒たちは居た。

 驚くべきことにヨシュアンクラスの全員が一言も喋らず、黙々とエス・プリムの構成をし続けていた。


 初めはリィティカ先生も感心していた。

 ちゃんと生徒たちに指導しているのだなぁ、と。リィティカ先生も負けてられないと思ったそうだ。


 お気持ちは嬉しいですが、自分なんかまだまだリィティカ先生の慈母ごとき采配に及ぶところではありませんよ。

 強いて言うなら抱かせてください。


 それは置いておく……、断腸の思いで置いておくとして!


 見ていると、ふっ、と気付く。

 ヨシュアンクラスの全員は黙っているのではない。


 何かを叫びたくて堪らないような、張り詰めたものだったと今ならわかる。

 その思いが全て、たった一人の生徒に向けてのものだと知った今なら。


 暴発する前の術式のような気配に、リィティカ先生は気を配って生徒全員を受け持っていた。


 さて、もう一つ暴発が多いとされるのが誤射です。

 人間というヤツは面白いもので、ボールを投げた際、横にズレた結果、力が足りなくなって下に落ちることは多くても初めから意図しない限り上下へのブレというのは少ない。


 大抵は横にズレてしまう。


 人体的に左右への視界回りが良好な癖に上や下への不注意が多いことにも影響があるのでしょうか。


 まぁ、人の体格や運動神経などにも左右されるので一概にそうとは言い難いでしょうけれど意識の差と考えればわかりやすいと思います。


 術式の場合、この意識が問題になります。

 真面目に目標しか見てないにも関わらず、集中できずに別の場所へと術式のターゲットを固定してしまう。

 結果、お隣さんを火達磨に……、凄惨な術式の業です。


 これも術式の構成に着弾補正を加えれば良いのでしょうが、発射位置の構成も加えるとエス・プリムという構成陣自体が大きくなってしまう。

 初級なのに使う源素の数が二倍近くなります。

 これを内源素で使えば、4回で倒れる計算になります。


 そんなもの、戦場や急場では使えません。


 なので自分は生徒たちにもロックオン&シュートデバイス無しで勘やら経験則を叩きこませる方針です。


 授業が始まるより前にそうリィティカ先生にも言っておいたので、リィティカ先生も同じようにしてくれたのでしょう。自分の言うことを聞いてくれていただなんて胸が熱くなります。


 ここまで暴発について詳しく語ったには理由があります。


 暴発というのは術式に集中できていないから出来るミスであって。


「あっと、手がすべったわー」


 棒読みのマッフル君にリィティカ先生が振り向いた時。


「きゃあ!?」


 リィティカ先生の脇をすり抜けた火球が誰かに着弾しました。

 驚いて振り向くと、そこには肩で息をしながらも赤の防御結界を使ってエス・プリムを防いだクリスティーナ君が。おい、マッフル君、お前なんばしょっとね。


 リィティカ先生に毛筋ほどの焼け跡が残ってみろ、全世界が阿鼻叫喚に包まれた頭グリグリ刑ですよ?


「何のつもりですの!?」

「手がすべったって言ったじゃん」


 明らかに害意があった。


 マッフル君がクリスティーナ君を狙ったのは明白で、マッフル君もそのことを言葉以上に隠すつもりはない。

 反省の色の無い態度からも伺える。


 マッフル君。減点3です。

 人に向かって術式を唱えるような危ない子はオシオキです。


「人に向けて術式を使わないと習ったでしょう!」

「じゃあ、先生に向けて心無い言葉は使ってもいいのかよ」


 マッフル君の目は剣呑な迫力があった。

 心優しいリィティカ先生でも威力に、声を出すのを躊躇われるくらいに。


「そ、それは……」


 もっとも、言葉に詰まったのはクリスティーナ君だった。

 それでも負けじと睨み返すクリスティーナ君もクリスティーナ君だ。


「貴方には関係ないことでしょう! これは私と先生の問題ですわ」

「いいや! 違うね! 私たちの問題じゃん」

「大体、問題? 教師が一人、いなくなるだけじゃありませんの。誰が困るっていうの?」

「あたしが困るんだよ!」


 すでにこの場にいる全員がマッフル君を見ていた。

 そんな中でもマッフル君は止まらない。


「見たろ! あの術式戦! わかるか! 術式の苦手なあたしにだってわかるんだ! あんたがわからないはずないじゃん! あんたはどうだか知らないけどね、あんな先生に教えてもらえる機会なんて二回あるわけないんだよ! メルサラ・ヴァリルフーガ! あたしだってソイツの名前くらい知ってるさ、あぁ、知ってる。商人だからね! 凄腕の傭兵や冒険者はお得意様だもん!」


 ビシリ、と突きつけた指は犯人を追い詰めるかのようだった。


「【タクティクス・ブロンド】に勝てる先生なんかこの世のどこにいるっていうんだよ! そんな先生にあたしらは教わってるんだよ!」

「あ、あんな優雅でない勝ち方なんて……」


 さしずめクリスティーナ君は自供も出来ずに悪あがきする犯罪者か。


 まだまだ言い足りないマッフル君がクリスティーナ君の言葉に覆い被せようとした時――


「その件に関しては同意見です」


 現在、クリスティーナ君のペアだったエリエス君が口を出す。

 静かな言葉ではあったが、確かにこの場の全員に聞こえた。マッフル君が何かを言おうとしたタイミングでのディレイ……、匠の技を感じます。


 エリエス君は当然のように視線を一身に受けても動じないまま、小さな口を動かす。


「貴方は何を口にしたか覚えていますか? 初日、貴方のくだらないプライドをこじらせた時に言った言葉」

「な――訂正なさい! 王族たる私になんたる口の!」

「『【タクティクス・ブロンド】以外に教鞭を取ってもらいたくない』」


 その一言にクリスティーナ君は失速する。

 プライドによって自分を守ろうとした小さな反抗。

 過去も今も相変わらず紙のように潰されてしまう。


「そして先生は貴方に対して妥協した。無視してしまっても良かったというのに。『教師替えの約束』を。あれはもう無効だと思っていますか?」


 そのプライドに対して、自分は……、ちょっとメンド、いえ、なんでもありません。

 あえて、こうクリスティーナ君のためにね? プライドに対して妥協なんかしてあげたりね? ほら、錬成の授業だって初めてだったし学習要綱も満たさなきゃいけなかったし、大人の都合的に折れましたけど結果を妥協する詐欺でなんとかしたわけですよ。汚い大人のずる賢さってヤツですよ。


 時間が解決してくれないかなーって。


「先生はそう思っていなかったようです。貴方との約束をまだ守ろうとしています」

「……貴方もヨシュアン先生じゃなきゃいけないっていうんですの?」

「言うんです」


 間も、隙も与えない返答だった。

 エリエス君の漆の瞳と青色の瞳がぶつかり合う。


「私の『先生』です」


 この言葉に、周囲が息を飲むか吐くかの違いこそあれ、声にならない声をあげた。

 違います、エリエス君。言葉が足りてません。先生、君たちの先生ですからね?


「内弟子になります」


 また勝手に!?

 というか何故にそこに執着するんですか? そんなに内弟子が羨ましいですか?


「それを奪おうとする貴方が……この感情はきっとこう呼ぶんでしょう」


 淡々と呟く。もう止めて。

 クリスティーナ君より先に先生の心が折れる。


「クリスティーナが憎い」


 寒気がしました。

 なんで自分、こんなところで怪談、聞かされてるのかな?

 怪談でしょ? 表情の少ないお人形少女が『あなたが憎い』ですよ? どう思います? 夜にでも現れたら恐ろしいでしょう。でもね。


 自分のいない間にこんな話されてるこっちが恐ろしいんですよ!

 次に何が出てくるのかわからなさすぎて!?


 クリスティーナ君も喉を詰まらせて、後退ったそうです。迫力勝ちですね。ついでに先生の肝が冷えっぱなしで凍死しそうです。


「いや、それは……」


 言い過ぎ、とマッフル君も珍しくフォローに入ろうとする。

 たぶん、マッフル君も怖かったんでしょうね。それを抜きにしてもマッフル君は優しいところがありますからね。


 セロ君の時にしても、まっさきに拍手してあげたのはマッフル君でしたし。


「マッフルさん。先生は言ってました。『人に向けて術式を撃ってはいけない。撃っていいのは死んでもいい者だけだ』と」


 そんなこと言った覚えないですよ!

 何? このツッコミ不在の超空間がさっきまで展開してたってことですか?


「あれは……」

「手段は選ぶべきです。たとえ先生がメルサラ・ヴァリルフーガに勝った時のような場合でなくとも」


 自殺しよう。

 奇しくもシャルティア先生の言葉が実現しそうです。草葉の陰ってどこでも良いんですかね?


 マッフル君すら撃沈させてエリエス君は一歩、後ろに下がりました。


「私からは以上です。さ、喧嘩の続きを」


 誰が何を言うというんですか、この状況で。

 リィティカ先生もリィティカクラスの全員も、もうリアクションすら取れなかったそうです。


「うぇ……」


 しかし、このプレッシャーに耐え切れなかった子がいた。


「うぇぇぇぇん!?」


 突如、泣き出すセロ君。


 ……あれ? エリエス君、確か君は『マッフル&クリスの喧嘩で』セロ君が泣いたと言ったよね?


 嘘か。いや、本当にそうだと思いこんでいる節があります。

 その時の表情からはわからなかったが、つじつまだけは合いそうです。


 そんなセロ君に慈愛の源素リィティカ先生がまっさきに駆けつけます。


「ど、どうしたのぉ? 大丈夫ですからぁ」


 ポンポンと肩を抱くリィティカ先生は女神の抱擁を持ってセロ君を癒やし包みます。

 マジで羨ましい。血を吐くような気持ちです。


「あ゛ーっ、ぜんぜぃやめぢゃうですかぁ……っ!」

「え? えぇ……?」

「あ゛ー!」


 子供泣きにリィティカ先生も戸惑います。


「そ、そんなことぉないですよぅ。ヨシュアン先生は良い人ですからぁ、きっとセロちゃんのことをねぇ」


 それでも頑張ってあやす姿はまさに光り輝く慈母のごとくだったろう。

 まさか自分がした表現すら、すでに自然体でこなされてしまわれる。女神は伊達じゃないと思います。


「セロまで泣かすことないじゃんか!」

「アレは私のせいではなく、エリエスさんです!」


 珍しく正論ですね、クリスティーナ君。

 あるいは真実、かな?


「リリーナさん! 貴方もそうお考えですの!」


 今まで、遠目で見守っていたリリーナ君は急に飛び散り始めた火花に不思議そうな顔をして、トコトコとクリスティーナ君に近づいていく。


「先生は確かに面白い人でありますけど」


 そして、ちょっと身体を屈めるとクリスティーナ君の耳元で二、三言呟く。

 泣き声にかき消されながらも、ところどころ音をリィティカ先生は聞いていたそうです。


 その辺は自分が推理しました。

 おそらく、こう言ったのだと思います。


「そんなことより、『そういうのは』早く終わらせたほうがいいであります。だって、一番後悔しているのはクリクリでありましょう?」


 年長者でもある不思議エルフは、クリスティーナ君をそんな名前で呼びますか。

 初めて知りました。


 しかし、まぁ、リリーナ君は不思議生物ですからね。

 こう、クリスティーナ君の心の中をクリティカルしたって不思議でないというか……、いや、あの子、あの性格に隠れがちですが頭、良いんですよ。

 大体のことは一発で覚えますしね。


 エリエス君が秀才でエースなら、リリーナ君は天才でダークホースです。


「また貴方は訳の分からないことを……」


 顔を真っ赤にしながら、反論しても説得力がない。


 ほぼ全員からのバッシングを受けたクリスティーナ君はどう感じたでしょうね。

 プライドが高く、見栄も張る子が一クラス分とはいえ衆目を集め、自分の非を突かれている。


 後戻りなんか出来るはずがない。


「とにかく関係ないったらないのですわ! アレは私と先生の問題! 大体、先生が本当に約束を守るとは決まってないですもの!」

「まだそんなこと言ってる! ぶたなきゃわかんないかなぁ!」

「やってみなさいな! 王の血統に手をあげて貴方、タダで済むとは」


 言い切る前にビンタが出ました。

 衝撃のあまり、クリスティーナ君が尻餅をついてマッフル君を睨みあげる。


「バカはぶたなきゃわかんないって親父が言ってたけど、本当だったっぽいね。いい加減、そんな見栄ばっかり張って本当に」


 クリスティーナ君の返しはグーだったそうです。


 今度はマッフル君が尻餅をつく番だった。

 この瞬間、キャットファイトのゴングが高らかに鳴り響きました。


 もはやこの時点でリィティカ先生も呆然自失として、己を責め始めたそうです。

 自分がもっとしっかりしていたら……、と、考えていると自然と泣けてきたそうです。


 マジですんませんでした!! 土下座しましたリアルで。


 シャルティア先生の冷めた目と慌てるリィティカ先生の前です。


 この時点でもう、授業どころじゃなかったのですが何を思ったのかエリエス君はリリーナ君とペアを組んで術式の授業を自分たちで始めてしまいました。


 他の生徒たち……、リィティカクラスの生徒も喧嘩を止めようと必死だったようで、マウリィ君がまず二人の間に割ってはいり、もみくちゃにされて吹き飛ばされてしまいました。


 これはもう無理だと判断したリィティカクラスの二人はエリエス君とリリーナ君の真似をすることでスルーを決めこんだようです。

 このスルーがマウリィ君を除いた二人の癇に触ったようで、すぐに注意し始めました。


 ところが、ここで予想外だったのはこの二人、もう構成陣を作り上げ、発射体勢に入っていたことが問題だったようだ。


 突然、同級生に注意された二人は集中力を欠いて、術式を暴発。

 照準をミスるといった暴発を引き起こし、そして――



「儀式場の中央で爆発を……」

「マジすんません! もうお願いしますから謝らせてください!!」


 土下座どころか額で床はピカピカですよ。


 あー……、もう、こんな流れを聞いてしまったら謝るしかないじゃないですか。

 この後は平謝りする自分を必死で止めるリィティカ先生の図でした。


 あの子たちは居ても居なくても自分の手を煩わせるんだなぁ、と心底、思いました。

 生徒というものの理不尽を心ではなく肌で感じた瞬間でした。


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