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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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デリカシーポイントはもうとっくにゼロです

 うっすらと見渡す限り広がっていた緑の大地は今、荒野も心荒む荒地へと変貌を遂げていた。


 地面から立ちのぼる煙。まだ消えない炎。熱された空気はゆらゆらと歪む。

 その中心で魔女は嗤う。


「カカッ! カハハハハハハハッ!」


 その笑みは酷く歪んでいた。

 狂喜を思わせる風貌と荒地は非常によく似合う。

 この世の何もかもを燃やし尽くさんとする炎の魔女の哄笑だった。


「つまんねー。くっだらねぇことに気ぃとられやがってなぁ! 正直、オレゃ、クソつまんねーことに執着しちまって面白味がなくなっちまったんじゃねぇかと思っちまったぜぇヨシュアン」


 しかし、メルサラ・ヴァリルフーガの瞳は愉悦で満たされていた。

 楽しくて仕方ない、という感情を隠しもしない。

 戦闘が楽しくてしょうがない、と言った顔は昔と全然変わらない。


 隠すつもりなんかきっと、昔からなかった。


「だけど、やっぱりサイコーだぜ! イカレ具合がパねぇ! どうなってやがるその頭ン中はよぉ! 本当に人間かぁ? あぁん!」

「そりゃどうも。できれば満足して帰ってもらえませんか?」

「こんな楽しいもんを前に帰れたぁ、どんだけ焦らし上手なんだよテメェ! えぇ!」


 帰ってもらえなかったかぁ、ため息がでそうです。


 自分は今、メルサラの使った術式・エス・ブライオムが発生した場所から少し横にズレたところ。おおよそ五歩の位置に居る。


 さきほどの場所はまだマグマがぐつぐつとくすぶっていて、非常にイヤな空気を漂わせています。

 荒れた息を整えながら、先の瞬間の行動がフラッシュバックする。


 以前、エリエス君のエス・プリムを消滅させたことがあったのを覚えているだろうか。

 錬成の最初の授業、クリスティーナ君がダダをこねて、怒ったエリエス君が自分に術式を使った時のことだ。

 こうして考えてみると、よくわからない流れだったと思います。なんで撃たれたんでしょうか未だにわかりません。

 ともあれ、あのとき、自分はエリエス君の術式をかき消した。


 これと同じことをメルサラの術式にもしただけだ。

 さすがにエリエス君の術式と違って、完全に消滅させることはできなかった。


 これは自分の秘中の秘。

 おそらく今のところ、自分しかできないだろうオリジナルの技術だ。


 簡単にいえばハッキング。

 相手の術式も源素で構成されているというのなら、『源素を操れる術式師ならばたとえ他人の術式に使われた源素でも操れる』はずだ。

 理屈上はそう。実際は人の手を加えた源素は動かせない。


 操作権のようなものが発生するのだ。


 源素は最初に操作された相手を優先しようとする性質がある。

 その結果、術式というのは一度、発動してしまえば誰にも邪魔できないものだと信じられている。


 そう、信じられている。

 誰もがそう思いこみ、実際に出来なかったから出来ないと思いこんでいるだけだ。

 まさしく『よくわからないものは理解できない』に等しいでしょう。できないからとそう簡単に決めつけて、できるまでやろうとしなかったため誰もしなかったことだ。


 セロ君にも言った、正しい努力に通じるものがある。


 相手の操作よりも強力な操作能力があれば。

 強引に操作権をもぎとれる。


 構成する陣を組み換え、入れ替え、無に帰すことすら可能な技術だ。

 対術式師用にと自分が鍛えに鍛えた源素の操作能力は、【タクティクス・ブロンド】内で誰にも負けない自負がある。


 とはいえ、あの状況はそんなに甘いものではなかった。

 もうすでに発動してしまっている術式。マグマは吹きあがり空中を舞い、すぐにでも自分に降りかかってくる状態だった。


 コンマ数秒、術式の消去だけはできたが襲ってくるマグマまでは消しきれなかった。

 そこで同時にウル・ウォルルムの上位互換、ベルガ・ウル・ウォルルムを発動、動体視力まで強化が及んだ全身筋肉で、もっともダメージの少ない箇所をダメージ覚悟で突き抜けた


 おかげでローブのあちこちは黒く焼け焦げ、中には皮膚すら届くものもある。

 いくら術式耐性があるからといって、土が赤化するほどの温度は800℃以上、そんなものが降りかかってきたら、自分だって死にますよ。


 あれほど長いと思った一瞬はない。


「どーやって防ぎやがったよ。ありゃ必殺だったはずだぜぇ。タイミングも威力も申し分ねぇ」

「術式耐性ですよ」

「ホラこくなよタコ助。似合ってねぇのはメガネだけにしとけよ!」


 リーングラードに来て、初めてメガネに関して触れられました。

 くそ、なんだこの敗北感。最初にメガネキャラだって言及されたのがメルサラだということがかなり悔しい。


 伊達メガネで術式具ですが、戦闘用のものではないのであまり意味がありません。チャーミングポイントですよ、チャーミングポイント。略してCP。

 略す意味があったのかどうかはさておき。


 火傷でジクジクと傷む四肢に、脂汗が流れます。


 手当をしないと危ないかもしれません。

 下手を打てば戦闘中に意識を失う。


 あまり長くは持ちそうにない。


「術式は発動してた。それが不発なんてぇー話、オレに限ってありえやしねぇ! ましてや途中まで動いてたもんが止まるわけがねぇ!」

「一生、考えてろ」


 鼻で笑ってやる。


「あ?」

「頭悪いクソ女の分際で、よくも『俺』の生徒を狙ったな」


 自分の状態が状態なので、今まで我慢してきましたが。

 もうそろそろ我慢の限界です。


「もう一回、地べたに這い蹲らしてやろうか」


 腹の底にたまった憎悪はもう限界一杯です。


「それとも両腕両足を叩き潰してやろうか」


 あと、たった二発しか術式が撃てなくって、それがどうした。

 自分よりもメルサラが有利だったとして、それがどうした。


「安心しろ。楽には殺さない」


 この程度の絶体絶命を打ち砕けないで何が戦略級術式師か。


「カ――」


 怒りに染まっていたメルサラの顔が歪みに歪み、醜く曲がる。


「カハハ! そうだ! そうだそうだそうだ! そうこなくっちゃなぁ! えぇ? らしくなってきたじゃねぇか! 三千人を殺した時も! 俺の傭兵団を半殺しにした時も! そうだったろ! それがお前だ!」


 爛々と目を燃やし尽くし、テンションの上がったメルサラはもう堪えられないように身じろぎし始める。

 肉を前にした猛獣のような、親の仇を目の前にしたような、獰猛を通り越した凶暴さを辛うじて身体の中に留めている。


 挑発して悪いが、メルサラ。

 もうすでにお前の攻略は終わってる。


「お互いクソの中で死ぬんだ! 死ぬまでやろうぜぇ!」


 嫌です。そんなの。

 自分、死ぬなら無難にリィティカ先生の膝枕の上と決めています。


 とはいえ、ようやっとテンション極まって長話してくれましたね。

 これで自分の作戦は終了です。


「特大のを喰わせてやんぜぇ! タンライガ――」

「ルム・レンツァーラ」


 遅い。詠唱はほぼ同時でも戦略級と中級では速さの観点でこっちに軍配があがる。すでに自分の術式は完成しているのだから言うまでもない。


 白の術式は『干渉』を意味する。

 授業初日でマッフル君とクリスティーナ君を押しつぶした術式も白の術式だ。

 重力干渉と言ったように、何かの物理作用に干渉し、ありえない結果をもたらす効果がある。


 さて、白の術式でもっとも有名なものこそが、今、自分が使った術式。


「ウルプールの召喚」


 『源理世界』に干渉し、ここにはいない生物をここに喚びだす術式だ。


 突然、自分とメルサラの間に白い球体が現れ、ドーナツ状に広がっていく。

 やがて、『源理世界』同士が接続され、穴の中からポン、と毛玉のような物体が落ちてくる。


「な――」


 その時のメルサラの顔は驚愕だった。

 術式を消去された時よりも、自分が豹変した時よりも、もっと深い驚きです。

 メルサラが今まで構成していた術陣が分解してしまうほどのものですからね。


「ちくしょう……」


 苦々しい顔のまま、見つめる先は召喚された物体。


「きゅいん?」


 と、一鳴きして毛玉形態から、耳がぴょこんと飛び出す。

 そいつは自分が何故、こんなところにいるのか不思議そうにキョロキョロしている。


 ウルプール。

 この自分が召喚した生物はウサギとネコを足して割ったような、女の子好きする非常に可愛らしいもの。

 体長は人間が容易に抱きしめられる小動物サイズで、北方の地に生息する温厚な生物だ。


 その小動物は周囲を見て、地獄のようだと思ったのか慌てて身をプルプルと震わせる。

 わーい、何そのポーズ。あざとい。


 戦闘を硬直させた小動物。ただ喚んだわけではありません。

 今から一仕事してもらう予定です。強制的にね。


 そして好機到来。

 自分は今の光景を見ている全ての人間に対して、虚をつくような形で走り出す。

 メルサラも自分の姿にハッとして正気にもどり、構えようとする。


 だから、遅いんですよ。


 走りながらウルプールの首根っこを引っ捕まえて、そのまま――


「メルサラ! 受け取りなさい!」


 ぶん投げました。

 小動物を、ボールみたいに。


 しかも、渾身の力を込めて。


「ちくしょ―――――!!!」


 メルサラは叫ぶ。

 女性なんですからその叫びはないと思いますが、まぁいいでしょう。


 誰もがこのメルサラの姿を予想できなかっただろう。


 自分にとっては予想どおり、メルサラは両腕を広げてウルプールを受け止めようとした。


 荒々しく、獰猛で、凶暴。

 それでいて戦闘狂の彼女がたった一つ、無視できないもの。


 実はメルサラ、ファンシーグッズとか集めてる人です。

 でもプライドとか外面を気にして、「嫌いだ」とか言っちゃう人です。

 買い物とかに行くと、つつー、と目が可愛い小物に向かったりしてるくせに、自分が振り向くと目線をそらしたりするのです。

 コイツの自宅も殺伐とした感じなのに、ところどころの家具はファンシーメーカーが作ったものです。

 あきらかに買いにいこうとして別のものを買ってる流れがまるわかりでした。


 隠しているようですが、自分の眼はごまかせない。


 そもそも、『生徒たちと話している途中、あえて自分と生徒の話が終わるまで待っていた』ところも、答えさえわかれば、わざわざ待っていた理由もわかる。


 だって、こんなリーングラードくんだりまで来るほど戦闘狂の癖に、自分の戦闘態勢が整うまで待つ理由がないじゃないですか。


 お互いGOで始まる戦争なんかやったことのないんですから。

 不意打ち、騙し討ちなんて当たり前。

 だから『待つ』という行為こそが異常なのだ。


 メルサラが好きそうなお人形お人形したエリエス君とかフリル満載、クリスティーナ君、小動物ちっくな魅力あふれるセロ君、そして絶世の愛らしさを含むリィティカ先生があの場に居たんですよ?


 メルサラが真の隠れファンシーファンなら、攻撃を躊躇います。


 まぁ、お互い六年近く、知り合いやっていると。

 そういうところくらい、わかってくるものですよ。


 とまれ、メルサラはウルプールを捕まえる。

 さっきまでの獰猛さが嘘のように慈愛の顔で。

 心成しかキラキラのエフェクトがかかっているような気がしなくもないですが。似合わねぇ……。


 まぁ、とっとと終わらせましょう。


 投擲したフォームからすぐに体勢を整えて、大地を蹴る。

 と、同時にリューム・ウォルルムを発動する。


 本来なら、メルサラの目の前に止まるのが本当の使い方。

 しかし、自分はあえてメルサラを越えた数歩先に術式を設定して――


「メルサラ、これで何連敗でしたっけ?」


 加速しながらボディをぶん殴りました。

 キラキラした顔のまま、吐瀉物ぶちまけて吹っ飛んでいきましたとさ。


 ちなみに自分は、というともっと酷いです。


 右腕の関節という関節がボキボキ鳴りました。

 衝撃で首とか腰が非常に痛かったりしましたが、もっと激痛が走るのはこの後です。

 それまでに、ぶっ飛んで三回転半して地面にバウンドしたメルサラに向かって言ってやります。


「あぁ、23連敗でしたね。ご苦労さま」


 そして、腕を押さえたらものすごく痛いので、触れられずに悶絶を噛み殺しました。

 ちょーいてぇです! やばい、頭が真っ白になる。

 きっと外から見たら自分、うずくまってプルプル震えてると思います。


 やっぱり、格好よくはいきませんでした。


 メルサラとやりあって以来の、最大級のダメージを受けました。

 やば……、痛すぎて呼吸が難しい。腹筋とか鋼鉄で出来てるんじゃないかと自問するぐらい力入ってます。


 しかし、メルサラをこのままにもしておけないという理由もあって、歯を食いしばりながら立ち上がります。

 ウルプールがメルサラの傍で目を回してるのなんか、無視、無視。

 そして、なんか色々汚い、白目とか向いているメルサラの首根っこを捕まえて、ズルズルと引きずっていきます。


 目的の場所はもちろん、学園長室。

 その前に儀式場に寄って、生徒たちの様子を見ないと。

 あと『追加報告書』も取ってこないと。


 なんか全員、ドン引きしてる。

 リィティカ先生は腰を抜かしたまんまで、愛らしくも物凄い勢いで目を見開いてるし。

 生徒たちも口をあんぐり開けたまま、自分やらメルサラを見ている。


 あっれー? 生徒のために頑張ったのになんだろうなぁ、この空気。


「えー……、と、このように赤属性は非常に危険な術です。のみならず、術式はすべからく危険を内包していると言っていいでしょう。個人の裁量が問われる技術。それが術式です。くれぐれもこの人……、メルサラみたく、己の本能の赴くまま行動しないように」

「先生、冷静すぎます」


 エリエス君から冷静なツッコミが入りました。


 リィティカ先生なんか「あうあう」言ってますよ?


「というわけで先生、ちょっと色々、痛み的なアレで精神的に危ない状態なのでこのバカつれて校舎に戻っています。リィティカ先生の言うことをよく……、聞くように」


 そして、そのまま儀式場を出る。

 遠い……、校舎まで、遠すぎる。あと重い。力を失った人間って重い。

 しかし、この後のことを考えると気絶もできない。


 自分は全力で意識を保ちながら、学園長室を目指した。

 その後ろに二つの轍なんか作りながら。


汚くても勝てば戦争なのです

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