おいでませリスリア国立リーングラード学園
両側を木々がズラリと立ち並ぶ道。
まだまだ完全に舗装されていないせいかガタガタと車輪と地面が擦れる音を聞きながら、ため息をつく。
「そろそろ到着になります」
御者さんの言葉に感謝で返して、荷物をまとめ始める。
まぁ、こんな風にして自分は教師をやるハメになった。
トラブルらしいトラブルも無く、もしかしたらこっちに来てからの七年間の中でもっとも穏やかな一ヶ月だったかもしれないほど、何もなかった。
あまりの何もなさに、不安になってしまうほどだ。
ともあれ一ヶ月も竜車に揺られる旅。
要約するとあのバカ王の思いつきとフットワークの軽さが原因なのだ。
エム・プリムじゃ足りなかったと、何度、後悔しただろう。
後悔分の請求書は後でバカ王に切っておこう。
もちろん、物理的かつリアルでキルな世界共通語で。
またの名を 鉄 拳 制 裁 という。
「見えてきました」
竜車の御者は、目的地に着いたことを報せてくれた。
一応、これから一年、暮らすことになる場所だ。
一度くらい、全景を見渡しておいてもいいだろう。
御者台の窓を開けて、こっそり前方を伺ってみる。
白亜の二本柱。豪華な紋様の格子門。
出迎えるように校舎へ伸びる彩り緑な花壇、新緑の若木たち。
その間から見える建物は凸状の、よくある建物だ。
その巨大ささえ目をつぶれば。
三階建ての真っ白な校舎は何かの冗談かと思うくらい横に長い。
右端から左端まで全力ダッシュしてタイムでも計るつもりだろうか。
竜車の音で、鳥達が一斉に校舎から飛び立つ。
それは何か、新鮮なもの、と言った感じを自分に与えてくれる。
……うん。
……どこの貴族のお屋敷だ?
周囲を見る。
森だ。問答無用に、森だ。
前を見る。
建物だ。問答無用に、立派過ぎる。
なんだこのギャップは。
舞踏会でも開くつもりなんじゃないか?
そう訊ねたくなるほど、立派な建物があった。
というか不自然だ。
すぐそこ。茂みの向こうから原生生物がひょっこり顔を出しかねない森で、目の前にはとんでもない豪邸。
こんなの子供の数だけ比例して建てられたら貴族院でなくたって、反対する。金のかけすぎだ。
倒産でもしてみろ、不渡りでも出してみろ、整備されなくなった建物はあっという間にアンデッド系魔獣の快適な職場作りだよ。
「いや、これはないわー」
ボソリと呟いた。
「立派なお屋敷ですね」
御者さんが追随するように答えてくれる。
ですよねー。
お屋敷に見えますよねー、でもこれ、学び舎なんです。
いや、わかりますよ?
将来的にはこの校舎には色々な子供たちがやってくるんでしょう。
300人か? 400人か? まぁ、学校に入れられるようなご家庭や貴族なら問題ないだろう。
でも、この校舎を作った理由は義務として『全ての子供たちに教育するための』施設なんです。
長旅も難しいご家庭も視野に含めております。
僻地に作って! 王都から竜車に1ヶ月もかけて! 往復2ヶ月の旅費をなめんじゃねぇ!
だいたい今から来る子たちはたったの30人です。
こんな巨大な学び舎に30人、寂しさで死ぬウサギなら震えて死ぬるわ!
むしろこんな学び舎の廊下を歩く自分の姿を想像して、ブルリとくるわ!
なんで教室に向かうだけで寂しい想いせにゃならんのか?
こんなんだったら近場に適当なのを作ったらいいでしょう! いや、理由はわかっています、教えてもらってます、でも納得できるかぁ!
小市民なめんな。おうコラ税金返しやがれよ。
「御者さん。質問です」
「はい。なんでしょう」
「誰もいない学校……、もとい屋敷ってどう思います?」
「……正直、不気味ですね」
ほら、見てみ? これが一般人の感性よ?
これだから貴族ってヤツは、王族ってヤツは頭おかしいんだ。
見栄のためなら死ねますってか? おう喜んで殺したるわ。
着いた瞬間、問題点を発見しました、死にたい。
いやいや、ここで挫けたところで意味なんてない。
どうせこれから面倒なことだらけだ、これくらいの覚悟ならしていたつもりでしょう自分。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
とりあえず、要改善項目として、建物が立派過ぎるという件はきっちり報告させていただこう。