火狐は今日も絶好調です
とある詩人は戦略級術式師同士の戦いを『人を超ゆる戦域』と呼んだ。
いわゆる超人同士の戦いのように見えてしまう、という揶揄? あるいは隠喩? どちらでもいい。そういう含みがあるってだけで充分だ。
術式騎士クライヴとの決闘の時とは違う、ド派手な攻撃。
これこそが術式師としての本領であろう。
お互いの攻性能力が高すぎて、もはや防御はほとんど意味をなさない。
術式を術式で殺すことによってでしか防げない領域まで行く。
「燃え散れやぁぁあああ!!」
メルサラが生み出した白光よりも鮮やかに輝く極大の火球が迫り来る。
極小の太陽、といっても過言ではないその熱量は触れてないはずなのに、地面が赤く輝いてしまっている。何それ怖い。
一方、自分の片腕から伸びた構成陣、そこから射出される身の丈よりも巨大な光線。
白く青く輝く槍は、加速域を越えてメルサラのタンライガ・ウーラプリムへと迫る。
ぶつかり合う時の音を、音と認識できた者は誰一人としていない。
赤と青が対消滅する波動が源素を揺らし、風を渦巻かせ、術式同士がせめぎ合う曰く言い難い奇音をまきちらしながらお互いを滅ぼし合う。
自分が持つ最大級の術式、ベルゼルガ・リオフラム。
人間の許容量いっぱいまで構成させた陣にありったけの高速回転、高速射出を描き、青の源素と共に『水質を撃ち出す』術式だ。
戦略級まで行けば術式は物理現象よりも概念世界での余波が物理に及ぼすレベルへと到達する。
そして『水質』。
水の成分という意味ではありません。
水質というのは概念であり、当たれば水をかぶったような物理現象を引き起こす。
溺れさせることも出来れば、貫くことすらできるのに水はまったく使わないという反則級の便利さである。
それに反して使用は非常に限られており、使い道のない術式技術の一つと言えるだろう。
そもそも水という概念を理解していない者のほうが多いのだから、『よくわからないものは使えない』という人の忌避感を煽るには充分でしょう。
『よくわからない』という理由だけで使えないなんていうのは思考の放棄でしかない。もったいない。
一応、あっちのタンライガ・ウーラプリムも火の概念による直接発火なので、目の前にある極小の太陽は余波でしかないわけで。
そんなものに対抗しようと思えば、こっちも同じもので対応するわけですよ。
この領域まで来てしまうともはや水を圧縮させて撃ったり、空気を揺らして火の玉を撃ちだすのは陣の構成の無駄使いなのです。
光がお互いを食い潰し合う様を黙って見ているつもりはない。
次の術式を描き、構える。ほぼ十歩の間合い。正直、自分の五歩手前あたりで術式が対消滅していると危機感はハンパないのであった。この程度でひるんでいては殺されるのだけど、この距離から戦略級を撃つことが稀な話なのです。
やがて、双方の術式が消え、余波に起きた青い光が周囲の赤の源素を弾き飛ばす。
青の源素の特性による絶色で、メルサラの優位は消えた。
もっとも優位が消えただけだ。
その証拠に、
「うらぁあ!! 一発くらっとけぇえ!!」
腕に赤い爪のような波動をまとわりつかせたメルサラが跳躍しながら、いや、もう下降の状態だ。1秒もしない内に術式の爪は自分の喉を引き裂くだろう。
しかし、それは予想の範囲内だ。
外源素は絶色の効果で使えない。なのにメルサラは術式を使っている。
これは内源素を消費して、術式を生み出しているからだ。
自分も同じように内源素を消費する。身体の力が抜けるような感覚と共に、エス・ブレドによる波動の刃が自分の指先に生まれる。
薙ぎ払った術式の刃と、頭の上から落ちてくる爪がギチギチと音を立てて拮抗する。
「かーッ! ぶっとびそうだぜヨシュアン! そうだ! 術式戦ってのはこうじゃなきゃ面白くねぇ! どこぞの騎士サマみたくお上品に戦ってちゃぁ、闘争の意味ってヤツが薄れちまう! リスリアンティーみてぇになぁ!」
「自分、薄味が好みなんですけどね。あのミントの風味は苦手ですが」
「ふざけんな! リスリアに来て一番初めのクソ宿の出した茶のまずさったらねぇぞ! 客バカにしてんのか! 歯磨きしてんじゃねぇんだぞ!」
「どこの宿です? あ、参考までに」
「王都のだよ! 傭兵団がまともな宿に泊まれるわけねぇからな!」
「王都の……、あぁ、あの厳ついお爺さんが手料理を出してくれる宿ですか?」
「まずぃっつったら叩き出しやがったあのジジイ!」
「あの人、敵に回さないほうがいいですよ。術式を手で潰す化け物ですから。それと余談ですが敬老精神とかも大事ですよ?」
こんな会話しながらも、二合、三合と刃のぶつけ合いしてたりします。
術式師が近接できないと軽く殺されるあたり、この戦いのヤバさが伝わると思います。
一撃、一撃が生徒のソレとは比較にならない威力なので、ぶつかり合う度に発生する波動は衝撃のように体内を叩きまくります。
しかし、自分もメルサラも術式耐性は非常に高い。波動の嵐の中でも平気で戦っていられる。
首を落とそうと横薙ぎに迫る爪を腰を落として避ける。逃げ遅れた髪の毛が切れる感触のままメルサラの胴部へ刃を突き立てる。
が、いつの間にか伸びた足が絡むように二の腕を押さえこんで、伸ばしきれない。
相変わらずの奇抜な動きだ。
メルサラの恐ろしいところは戦略級術式や常人を超えた構成力、天才的な赤の源素の操作力でもない。
下手をすれば足を貫かれるだろうに躊躇もなく足を突き出す思いっきりの良さに脅威を感じる。
天性の戦闘狂。
途方もない地獄を生き抜いた狂気だけが、片足つっこんだ棺桶をぶち抜けるという。さすがに自分も顔が引き攣りそうになる。
「うおっしゃぁあああ!」
爪を振り切り、足も出しているメルサラが気合と共に振りかぶった『頭』が自分の額を叩き割る。
いってぇ、頭突きか!?
クラクラして後退る。
真っ赤に染まる視界って……、血が垂れてきました。ズキズキと傷む額はおそらく割れてるのだろう。
んな無茶な攻撃避けられませんってば。人体構造的に。
どんだけ身体が柔らかいんだよ、メルサラ。
とはいえ、割れただけ。
骨が砕けたわけでもないし、問題はない。
「おっしゃー! どうだ!」
「メルサラ……、自分の額を見てみなさい」
メルサラの額からもプシュー、と、音でも出してそうな感じで血が吹き出てました。
「テメェの額はテメェで見れねぇ! つまりテメーの血さえ見れりゃぁいい!」
「それ、言いたいから言ってるだけですよね」
そんなものをテストの答えにしてみろ、容赦なく×をくれてあげます。
「んなことたぁ、どうでもいいんだよ!」
後方に飛び、一回転して着地するメルサラ。
間合いは十歩よりも若干遠い、十二? 十三くらいだな。不吉です。
「周囲の源素も戻った! つまりこっから楽しい術式戦の始まりだぜぇ!」
絶色で吹き飛ばしたはずの源素が徐々にだが増えていっているのが『眼』で見える。
やっぱり戻ってきた源素は赤が圧倒的に多い。
高位レベルでの術式戦は、外源素のリソースの奪い合いだ。
お互い六色の、全ての色が見えていることもあってどの色が優位なのかがハッキリとわかる。
その上でどれだけの源素の量を使い、どの色の術式を選び、相手の術式行使を阻害していくかで勝敗が変わってくる。
まるでボードゲームに似た様相を呈してくるのだ。
メルサラが使ってくる術式は赤一つのみ。
様々な色の術式を使えるにも関わらず、メルサラは赤しか選ばないし、赤以外は使う気すらない。
その徹底した赤色への執着、本来ならばメルサラの不利でしかないにも関わらず『相手の策略や計算をその力業で全て叩き潰してきた』と言えばメルサラの実力もわかるものです。
戻ってきた色の数は赤7、緑1、白1、黄1……、青の色の集まりが悪いのはメルサラが赤を活性化させたせいだけではない。
ベルゼルガ・リオフラムは威力も速さも優秀だし、直後、絶色の効果によって相手の術式を全部、封印してしまえるのだが、デメリットがこれまた痛い。
使った後に青の源素が集まりにくくなってしまうのだ。
つまり、ここから先、自分は五色、現在ある色の四色までしか使えないということになる。
そのうえ、赤の術式を使ってメルサラと勝負することはできない。
理由は簡単。
自分の構成力、陣を組む速さがメルサラより遅いのだ。
ハッキリ言いましょう、赤に関してのみメルサラのほうが術式師としての腕は一枚上手です。
威力も速さもメルサラに劣るとなれば、必然、自分は負けるだろう。
相手は赤色のプロフェッショナルですからね。コンスタントに術式を使う自分とは違う、一点特化型。
自分は現在、三色の術式しか使えないことになる。
内源素を使えばその限りではないが、使えば使うほど体調を崩し、終いには気絶してしまうこともあって、なるべく使いたくない。
さて。考えどころだ。
互いに手の内を知り尽くした仲です。
そりゃ数ヶ月に一回は死闘を不本意に繰り広げているわけですから、術式の使い方や癖、ストック量なんかも把握しています。
だからこそ、『予想』こそがこの戦いの決着を分ける。
どれだけ相手の意表をつけるか、そこが重要なポイントになる
「そんじゃぁまぁ! 第二死合といこうぜぇ!!」
メルサラの声と共に、自分も術式を構成する。
もちろん、構成するために使う色は、緑、白、黄の中級位が使える程度だろう。
この三つで勝負を付ける。
一方、メルサラは赤の術式、撃ち放題ですけどねー。世の不平等さを感じます。
先手を打ったのはメルサラ。
一瞬にして構築された合計十四ものエス・プリム。
一つ一つがエリエス君が撃ったものとは比較にならない。両手を広げるくらいの大きさの火球が空中で轟々と渦巻いている。
確実にアレ、一撃で人を殺せる威力を宿しているでしょう。
「ベルガ・エス・プリム!」
流星雨のように火球が迫る。おい、これが世界単位で起こったら確実に世界は滅亡ですよ。
なるべく術式は使いたくない。赤の防御結界を構成して盾のような形にする。
手を動かせば盾も空中で動いてくれる。よし、これで防げるはず。
火球の衝突に合わせて結界の盾を動かすとあっけなく壊れました。
「………」
メルサラが指さして笑ってました。膝も叩いてる。大爆笑だよアイツ。
くそ! なんだその威力! 予想外でしたよ!
どうやら以前よりも強くなっている模様。どうなってんだよ……、そう簡単に強くなれるような実力じゃないでしょうお互いに。経験値とか数十万単位でしょうに……、ちくしょう。化け物かコイツは。
残り十発、盾一個で頑張ってみることに。
男の子は根性です。
横に避けたりしても無駄だ。ほぼ面単位の攻撃に左右の回避は悪手すぎる。
ここは危険を承知でまっすぐ前へ。
背中のほうでボカン、ボカン、と、ちょっと見たくない感じの音がする。
「おいおい、いいのかぁ? 前に出てきちまってよぉ! 後ろが心配じゃねぇのか!!」
「な――」
その言葉に状況も忘れて、後ろを見てしまった。
確かにメルサラの言うとおり、巨大な火球が儀式場へと向かってる。
そこにはリィティカ先生と生徒たちがいる!
もう着弾間際だ、間に合わない。
「甘ぇよ!」
わかりきった罠だった。
見えている罠だった。
火球は自分が張った設置型の結界だけを壊して、残りの威力はリィティカ先生と生徒たちの結界に吸収されて消えてしまった。
問題なんてなかったのだ。
だけど、自分は振り向かざるをえなかった。
だって、生徒を心配しない教師なんかいないに決まってるじゃないですか!
「終いだ。エス・ブライオム」
突如、足元から真っ赤な光が自分に襲いかかった。
地雷型の赤の術式。ある一定のポイントに敵が入りこんだ時に、熱した地面を対象者の足元から吹き出す仕組みだ。
こんな簡単な術式にかかってしまった自分を責める間もなく。
あっという間に自分は赤い津波に巻きこまれてしまった。




