尾を踏まれたので出てきました。
今回の術式授業で行う術式はエス・プリム。
赤属性の術式で赤の源素の流れに干渉し、熱を発生させ火の玉を生み出す。
初級の赤属性でオーソドックスな攻撃術式の一つでもある。
しかし、赤の源素は全ての属性の中でもっとも激しく、扱いづらいものとされている。
「赤の源素は『燃焼』を司り、闘争本能に寄り集まってくる力の流れです。主に火の中にある源素で、少数ですが強力で扱いがたい力です。ひとたび制御を誤れば、自分だけではなく他人も巻きこむ危険があります。そうならないように存分に気を引き締めること。では、今回はヨシュアンクラス、リィティカクラスを合わせて十名なので二人一組になって実習を始めてください」
それぞれ実力に伴った組み合わせは前もって生徒に言いつけておいた。
リィティカクラスの子たちがどれくらいなのか術式の授業は数字化できないのでわかりにくい上、リィティカ先生も術式の機微には疎い。
どれくらいやれるのか傍目からではわかりにくいのだ。
折角の合同授業、他クラスとの交流をさせてやりたいところだが、ここは安全面を重視しておいた。
クリスティーナ君とエリエス君。
セロ君とリリーナ君。
マッフル君はリィティカ先生のクラスの女生徒が相手だ。
「おーい。あたしの相手はだれー!」
「はい」
「あ、あんたはさっきの。マウリィだっけ?」
「うん。マウリィ・クロケッツよ。よろしく」
「あたしはマッフル・グランハザード。よろしく!」
さすがマッフル君。王族にだって物怖じしない子。
他クラスの生徒程度じゃ動じないようだ。
一度、思いっきり、揺さぶってみたい。精神的に。
そういえばマッフル君、タフな面ばかり見てるような気がするんだが……、もうちょっと女の子っぽいところも見てやるべきかな?
下着のようなその服、かわいいですよ? とか。
どうしてだろう。その発言をした瞬間、自分のあだ名が決定してしまいそうな気がします。変態とかスケベとか、そういう類です。
「ヨシュアン先生のクラスは成績優秀ばかりって聞いてたけど、やっぱりマッフルさんもそうなの?」
「あ、あたし? いや、ぜ~んぜん。術式は苦手でさー。自信ないんだよねー。あの先生、手加減してくれねーから」
言ってくれる。
これでも、ピンセットでビーズアクセサリーを作るくらいの繊細さで授業しているんだぞ。わかってない。わかってくれない……。
故郷の母さん。聞いてください。生徒がわかってくれません。哀しいです。
「そっか。よかった。実は緊張してたんだ。でもなんだか安心した!」
「あはははは? なんかひっかかるなー?」
まぁ。和気藹々としているならいいだろう。
少なくともクリスティーナ君と組ませるよりか良い結果だろう。
「上手くいきそうですねぇ」
自分の企みをこっそり看破していたリィティカ先生が、微笑みながら囁いてくれる。
女神の囁きに自分も少し、頬を弛めそうになりました。
以前、学生服を使っての生徒同士の競争意識を画策しましたが、まったく交流がない、というのも困るのです。
あくまでお互い、良い関係での競争相手であって欲しい。
それは学生服が届くまでの間でなければ出来ないことだろう。
合同制の真の目的……、貴族院のスパイ炙り出しの他にもそんな意味もあったりするのだ。
この考えにはきっとリィティカ先生も同調してくれるだろうな。
やった。同じことを思ってくれるなんて嬉しいな! 想像だけでも心は天高く舞いあがります。
「しかし、油断は禁物ですよ。彼女らは想像のナナメ上を行くバケモノです」
「あのぉ……、生徒に対する感想ですかぁ? それ」
「そう思っていれば、少なくとも足元はすくわれずに済みますから。危険な流れを感じたら、即刻、干渉の術式で対応してください」
「え? 干渉は難易度がちょっとぉ……」
おっと、アレフレット辺りの実力と混同してしまった感があったが、そういや干渉術式って難易度が高いんだっけ?
一般レベルで術式を考えなきゃいけないから、すこし戸惑う。
「でしたら、赤属性の防御結界の準備ですね。結界を対象に飛ばせる術式は?」
「それもちょっとぉ……。私、初級くらいしか使えないんですぅ」
そんなゴロゴロ上級使える人なんていませんよねー。中級使えたら良いほうですもんね。えぇ。上級術式を使えるほうが間違ってるのです。
「では、防御結界ですね。なんとか自分が危険な兆候を感知しますから、他の子の安全に気を配ってくださったらと思います」
「申し訳ありません……、お手数をおかけしてしまいますぅ」
「いいえ、全然。気にしないでください。そういえば以前、修理した術式ランプ、大丈夫でしたか?」
「はい。前より良くなったみたいで嬉しいですぅ」
クラリと来ました。
生徒さえ、生徒さえいなきゃ! 襲ってもいいよね! むしろ生徒をどこかにやってしまえば……、術式で吹き飛ばすか?
いや、それは本末転倒すぎる。しかし、魅力的な案のようにも思えるし……、迷う。
「それとしばらくは術式の授業も続くことですので、緊急用の干渉術式が刻まれた術式具を作っておきますのでプレゼントしましょう。術式の授業は危険ですからね。対処しておいて困ることもないでしょう」
「ありがとうございますぅ……、私も何かお渡ししたほうがぁ」
「愛をください」
「それはちょっとぉ……、難易度がぁ」
困ったような笑みを浮かべられてしまった。
しまった。まだ愛はダメか。諦めませんけどね?
「錬成に関係する何かをお願いするかもしれませんので、今は気にしないでおいてください。同僚じゃないですか」
「わかりましたぁ」
快く返事してくれました。
やっぱり好きな人には笑顔で居てもらいたいものだ。
こんなこと、口には出しませんが。
しばし、自分たちは生徒たちの術式実演を見ていた。
リィティカ先生は懸命に生徒たちに危険がないかどうか、確認しているようだったがふと首を傾げ始めました。
どうかしたのだろうか?
「こうして見ているとぉ、ふっと思うことがあるんですぅ」
独り言みたいな呟きは自分にしか聞こえない。
ちゃんと聞こえるように言ってるあたり、答えを求めていないが聞いて欲しい類なんだろうか。
「錬成学は目的がある学問じゃないですかぁ。『究極の純粋』を作るために研究があって成果がありますぅ。でもぉ術式ってぇ、突きつめていけばどこまで行くんだろうってぇ」
教養は身につけることが目的。
歴史は真実を見つけることが目的。
錬成は純粋を作りあげることが目的。
数学は世界を知るための学問。
体育はきっと突き詰めれば最強というものになるのだろう。
では術式は?
なぜ、術式などというものがある?
「壮大な疑問ですね」
「いちおう、錬成学者ですからぁ」
そういえばリィティカ先生、元は学者だったっけ。
おっとりしているわりに、いやだからこそかもしれない。
自分の世界を構築するというのなら、芸術家の右に出るものは学者くらいだろう。
うん。どうして自分はリスリア王国の賓客なんかになっていたのだろう?
研究所で働けばよかったのに! 術式師なんだから需要あるでしょうに!
「疑問のお答えになるかどうかはわかりませんが、赤属性の極地に辿りついたと言われている人がいます」
内心の身悶えから逃げるように口走ってしまいました。
くそぅ、あんまり積極的に思い出したくもない人だがリィティカ先生が疑問に答えられるなら、仕方ない。
「赤の世界。燃ゆる業火。【吼える赤鉄】。数多くの異名で呼ばれ、平民でありながら六法術師にまで上り詰めた人が」
「あぁー! 知ってますぅ」
さすがに有名どころなだけあって、覚えはあるようだ。
「【タクティクス・ブロンド】のお一人で、お名前はたしかぁ……っ」
それは炎に焙られたような寒気さえする感覚。
背筋を一斉に這いあがる危機感が意識を無視して冷や汗を吹き出させる。
極大のプレッシャーだけが与える、生物本能への直接刺激。
リィティカ先生も感じたのか、とっさに生徒の前に躍り出た。
「術式の暴走ぅ!?」
違います。そんな生易しいものではない。
リィティカ先生が結界を作り始める。
そんな光景よりも自分は動揺していた。
面倒くさがりで、気分の入れ替わりの激しいあの人がこんな場所に来ているはずがない!
理屈は、そうだ。
だが、本能は接近を感じている。
本能は嘘をつかない。
ほぼ数秒で動揺から回復、自分はおそらく訪れるだろう戦闘へと意識を変える。
「……リィティカ先生。儀式場の外側に向かって赤の結界を張ります。手伝ってください」
「え……!? は、はい、わかりましたぁ」
危機本能に任せるまま、二人で結界を張る。
せっかく初めての共同作業だというのに喜んでいるヒマがない。
「な……、なんですの?」
クリスティーナ君が呟くと同時に、生徒たちもザワザワとし始める。
この数秒のタイムラグは致命的だなぁ。
ようやく、この場にいる全員が感じ取った、それほど激しく燃えるような危機感。
リィティカ先生が自分と同じレベルで感知できたのは、リィティカ先生が生徒たちに対して気を張っていたせいだろう。
自分は危機に対して常に一定の意識を割いているので、リィティカ先生とほぼ同時期に感知した。
しかし、もしもアイツならこの程度では生ぬるい。
正直、あの瞬間、全員が殺されてもおかしくなかった。
逆点、そのつもりはないってことか。運がいいのか悪いのか。
自分はすでにソイツを認識していた。
森の彼方から吹きあがるように渦巻く赤の源素。
それはソイツが現れる前兆のようなものだ。
遠くから雄叫びのように聞こえる爆発音は、術式によるものだ。
「……やれやれ」
嘆息一つ。ほぼ同時にソイツは空から降ってきた。
リリーナ君、槍は降らなかったようですが槍より危ないものが降ってきたようですよ?
赤い流星は大地に突き刺さり、爆音とともに大地をえぐり熱風をまき散らす。
余波は自分とリィティカ先生、生徒たちが居る儀式場にまで届き、地面の草花を焼き尽くしながら迫る。
しかし、結界が功を奏したようで熱風は儀式場の手前を避けるように通り過ぎる。
赤の防御結界が無ければ、全員、肺を焼かれて内からこんがり焼きあげられていたところだった。
リィティカ先生が瞳に力をいれて防御結界を維持している。その腕はプルプルと震え、限界が近いことを教えてくれる。
「あ……」
リィティカ先生のか細い声に一層、頑張りました。
自分は一層、赤の防御結界を硬質化しリィティカ先生の防御結界の上に結界を張る。
「もう少しですので、頑張ってください」
片腕で結界を支えながら、自分は爆炎の内側に目を凝らす。
黒煙と粉塵の中、カツカツと歩いてくる跳ね馬のような髪型。
まるで『行進曲』だ。
自分はいつもと同じ感想を抱いて、顔が引き攣るのを自覚する。
真っ赤な、炎のように真っ赤な髪を揺らしながらボロボロの半袖をたくしあげ、鋼鉄製のブーツを高らかに鳴らす。
ソイツの胸に鎖を通した指輪がある。
それは自分のアルベルヒの指輪と同じ意匠でありながら、赤みがかった色をしている。
黒煙から完全に姿を現した女は空に挑むように両手を広げる。
「ぃよーう! 来てやったぜ! オレの『熱き恋人』!」
高らかに叫ぶ女に自分はしかめっ面を隠せない。
いまさら、逃げも隠れもできない。やだなぁ。この人の相手するの。
「メルサラ・ヴァリルフーガ……」
自分と同じ【タクティクス・ブロンド】であり、戦略級術式師。
戦火と戦果に祝福された赤き術式師。
「おう! そうだ! オレがメルサラ・ヴァリルフーガだ! 来てやったぜぇヨシュアン!」
名指しで呼ばないで!?
ほら、生徒たちが自分を見てますから。
しかし、胸を強調するように腕を組む姿に威圧された生徒たちがすぐにメルサラへと視線をやる。
「もう少し、穏やかな登場はできなかったものですかメルサラ」
「あぁ? んだとテメェ! なんかモンクでもあんのかよ、あ?」
威圧するように片目をゆがめ、睨みつけてくる。完全にヤクザだこれ。
まったく、もっと慎みを持ってもらいたいものだ。
リィティカ先生の爪の垢でも飲んで寝てろ。
で、そのリィティカ先生は、というと。
あまりの驚きに腰を抜かしておりました。
さすが驚く姿もおしとやかで可憐だ。その姿は偶像として長く崇め続けられることだろうと信じている。
「リィティカ先生。しっかりしてください。そんな格好だと信者が増えますよ」
「し、しんじゃ?」
「いえ。こちらの話です」
「え、と、あの人ぉ……、お知り合いの方ですかぁ?」
「残念ながら、拒否したいですが、知りません」
自分でも何を言ってるのかわからないです。
ようするに願望は『拒否』したくて、実情は『正直』なんですが混ざりました。
「言い直します。知りたくなかったですが知り合いです」
はぁ……、ため息しかでない。
もう、どうしてこうなったんだろうか。アレか? 騎士団長相手だと物足りなくなって、とうとうフランストレーション溜まって飛び出して来ちゃったのか?
ありえそうで怖い。おとなしく家で梱包するときに巻いてある空気の入ったアレをプチプチ潰してればいいものを。
「ちょっと対処してきますのでリィティカ先生は全力で結界を保ってください。クリスティーナ君、そしてエリエス君」
「ちょっと! なんなんですか! 貴方は! 授業中に一体何を考えてらっしゃるの!」
自分の話も聞かずに飛び出していくクリスティーナ君。
危ないので、首根っこをひっ捕まえておいた。
「放して! 私はこの授業妨害を行なった輩に制裁を」
「されている君が言っても説得力ありませんからね」
「ぐ……、またこのような邪魔を!」
無理矢理、拘束から逃げ出し、今度は自分に向き直る。
おーおー、眉毛を逆立ててどうするつもりです。
「どうして邪魔をされるのです! いえ。もうハッキリと言わせていただきます! 何度も何度も人の頭を殴る、術式を使う、挙句に妨害者の手助け! 今日という今日はもう許しません! 貴方なんか教師として失格ですわ!」
今までのストレスが溜まってしまったのだろうか。
突然の爆発に誰もが声を失う。
しかし、まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ。
「失格で結構です。生徒をみすみす危険物に突っ込ませるような教師ならば死んだほうがいい」
クリスティーナ君の脇を抜けて、結界の前に立つ。
この一歩を踏み出せば、メルサラとの向かい合う形となるだろう。
「一ヶ月、まぁ保ったほうですね。それが君の答えというのなら自分も約束通り、教師替えの件を学園長に報告しておきましょう」
自分からはクリスティーナ君の顔は見えない。
ただ、振り向きもしなければ動くこともしていないのはわかる。
「では教師としての最後になる課題ですね。クリスティーナ君、そしてエリエス君。リィティカ先生と協力して、全力で赤の結界を張り続けなさい。君たちも含め誰一人、傷つかないように」
一応、自分の防御結界を設置型に変えて、結界の外に出る。
これでしばらくはリィティカ先生とクリスティーナ君とエリエス君、三人への負担は少なくなるだろう。
結界の外に出れば、途端に頬を熱風が撫ぜる。暑いなぁ、おい。
「お待たせしましたメルサラ」
「あぁ? 待ってねぇよ。面白い見世物だったぜ。なんだあいつら内弟子か?」
「似たようなものですよ。たった今、解雇だそうで」
「カカカ! 世知辛いねぇ! まぁいいじゃねぇか。後顧の憂いもねぇぜ。存分に遊べるってもんだ」
楽しそうに笑うメルサラ。
戦う気マンマンなのは身から吹く、激しい火と正反対の冷たい殺気でよくわかる。
「そのまえにメルサラ。そのクレーター、ちゃんと元に戻してくださいよ」
「あぁ? つれないな! ヨシュアン・グラム! お前のハニーがやってきてやったってのにさ! 嬉しくねぇのかよ!! あぁ!!」
「全然」
「死ね!」
顔面に投げられた茶色の紙束を受け取る。
額に剛速球。殺る気マンマンだこの人。しっかり留められていたおかげで紙はバラバラになっていないのが幸いです。
冷静にうけとめ……、手が痛かった。
「これは……、『追加報告書』?」
ざっと中を見て、その内容に驚く。メルサラに目配せしてみても無視された。この野郎め。
関係ありませんって風貌だ。
これからのことを考えて、適当にポイっと儀式場の中に放りこんでおく。
誰かに見られると厄介ではあるが、今の状態でそこまで余裕のある子はいないでしょう。リィティカ先生も含めて、ね。
「これをわざわざ届けに? それはゴクロウサマですね。いやいや。良かった。何事にもならなくて。ではさっそく、そのクレーターを元に戻してお茶でも飲んで帰ってくださいね」
「あぁ!バカ言うんじゃねぇ! なんでわざわざこのオレがこんな腐れ仕事請けたと思ってンだ! いいか! 良く聞け!」
聞きたくない。ちょー聞きたくない。
「今日こそオレとお前の『殺し合い(ランデブー)』に決着をつけに来た! さぁやろう! 今やろう! すぐやろう! 殺し愛おう!」
「お断りです」
なんで殺しながら愛さなきゃいけないんだ。
相手を殺すことと愛することは真逆の概念だろ。
「じゃあ、こっちで勝手に始めちまうか!」
「人の話は最後まで聞いてくださいね」
あぁ、これはまた戦闘回避できない流れだ。
この四年間、こんな感じでストーカーされ続けていた。
結果、王都では定期的に爆発が起こるハメになったのだが、自宅が郊外にあって研究者ということで『郊外に住むヨシュアンという研究者はよく爆発を起こしている』と評判なのである。つまり、こいつのせいだ。
この件で巡回騎士と顔見知りになってしまったのは哀しい記憶だと思います。
ともあれ、こうなったらこの赤いのは後ろの生徒くらい平気で巻きこむ。
まったく迷惑極まりない。
「で、メルサラはどっち側ですか?」
「あぁ?」
「だから、どこの誰が貴女を動かしたのです」
このタイミングでメルサラの登場。
うん、ものすごくキナ臭い。
メルサラを使って学園そのものを燃やし尽くす……、にしてはやりすぎな感もあるし、無駄が多過ぎる。そんな簡単に尻尾を出すようなバカでないからこそ、自分がこんなところで教師をしているのだ。おそらくメルサラを利用して何かを企んでいる可能性がある。
となると、自主的に来たのもあるだろうが『促された』可能性が最も高い。
促した相手が貴族院、なんてありそうな話じゃないか。
貴族院は自分が学園に居ると知っているはず……、かどうかは定かではないが、高確率で予想してるだろうな。
少なくとも、自分が今、王都にいないことくらいは知っているはずだ。
どこにいようとも貴族院にとって自分は邪魔者。
消せるチャンスがあればそれに越したことはない。
そんな彼らにとって自分とメルサラの諍いは一つの隙とも言えるだろう。
それは分かっているので王命でなんとか抑えている状態だそうだ。
もっとも、貴族院でもそんな見え見えの罠にはかからないと無視しているようだが。
おかげでメルサラとの戦いが王都で繰り広げられても巡回騎士に捕まったことは一度もない。
メルサラを使って自分とぶつけ、満身創痍なところを別口の何かで潰す。
わかりやすい戦術だ。やられたら目も当てられない。しかし効果的だ。
【タクティクス・ブロンド】を倒すには【タクティクス・ブロンド】級を用意するしかない。
この戦局を無難に乗り切る方法は――メルサラに圧勝するか無傷で投降させるしかない。
無駄にハードルが上がりました。
まぁ、こっちの傷が深刻でないなら問題はないか。
どうせメルサラは怪我したって大丈夫でしょう。
「はぁん? 知りたいか? 知りたいだろうなぁ! 言ってもいいがそれじゃ、つまんねぇ! オレに勝ったら教えてやるよ! ついでにベッドで一晩よろしくしてやんよ!」
「負けたら?」
「足腰たたねぇくらい、搾り取ってやんよ」
心の底から遠慮します。
どっちも同じじゃないか。勝っても負けても得するはお前だけだ。
「チェンジで」
リィティカ先生を希望します。
「あぁ? オレが気にイラねぇってのか!」
もういやだ。この人。理性的な会話がしたい。
「何もそこまで言ってません」
「どっちなんだよ! あぁ!!」
げんなりしながら、メルサラへと歩を進める。本当に妥協や中庸という言葉が存在しない女だ。
ぴったりメルサラから十歩、離れて立ち止まる。もはや気温は真夏だ。燃えるような熱を漂わせすぎです。僻地を常夏のジャングルにしたいつもりですか。
しかし厄介な事にこの現象、源素の流れが彼女に集っている証拠だ。
少数であるはずの赤色の力。
これほど集まってくるのは彼女の実力を裏付ける他にももう一つの理由がある。
赤色の源素の特性『活発化した赤の源素は周囲の赤色を呼び寄せる』、増色の作用によるものだ。
通常、赤色の源素は中々活発化しない。狙った通りに操作するのも困難ながら赤の源素自体は非常に安定したところがあるからだ。
どんな術式で加速させても一定のラインで加速が緩やかになるし、完全に留めておくことも難しい。
そんな中、メルサラだけは赤の源素を活発化させることができる。
それはまるで『赤の源素に愛されている』かのように。
それでもって『赤』がそろうと気温が上がる。
もともと火の中にある手前もあって、集まりすぎると熱を生み出す。
危険な源素と言われるだけあって、周囲への被害はピカ一です。
「へっ! そういうこと言うってこたぁまんざらでもねぇクセによ! こうやって前に出てきたってことはお前もヤる気マンマンなんだろ!」
そろそろ下ネタはやめてほしい。
「教師なら、生徒の防波堤くらいにならないと」
「……ソレで充分だ」
凶悪すぎる笑みと共に、爆発的に膨れあがる術式。
まるで世界そのものが真っ赤に染まるような術式に背後の生徒から悲鳴があがる。
干渉術式を使っていないにも関わらず、赤の源素が可視化するほどの活性化……、やっべぇ、こいつ本気じゃないですか。
やっぱり戦闘は避けられないようだ。
いやはや、ここにきて戦闘を避けられないとか後ろ向きなこと言ってられませんね。
自分も対抗するように、陣を広げる。
もしも青の源素が見える『眼』持ちが居れば、息を呑むだろう光景。
「いいねぇ! やっぱサイコーだぜ! 【輝く青銅】ヨシュアン・グラム!」
メルサラの今にも飛びかかりそうな獰猛な獣の構えに対して、自分は横構えで迎え撃つ。
全てを燃やし尽くすようなメルサラの陣と対になるような、冷たく尖った青の術式陣。
人の身を飲みこんで世界を呑みこむ巨大な大津波を思わせる構成陣。
何かが始まるような合図はない。
キャラバンがやってきた時の興行みたく、金貨を弾く者はいない。
しかし、自分とメルサラはほぼ同時に腕をあげた。
「ベルゼルガ・リオフラム!」
「タンライガ・ウーラプリム!!」
放たれた二つの戦略級術式はお互いに向かって、真正面からぶつかりあった。




